椎名林檎、デビュー20周年の全国ホールツアーをWOWOWで独占放送
今年3月2日から5月27日にかけて行った椎名林檎の全国ホールツアー「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)」。全国17カ所23公演でのべ55,000人を魅了し、大盛況のうちに幕を閉じたこのツアーから、WOWOWでは5月17日、東京・NHKホール公演の模様を7月29日20:00より独占放送する。
そもそも今回のツアー、当初は「椎名林檎のひょっとしてレコ発2018」という、やや脱力気味のタイトルが掲げられていた。だがそこにはある秘密が隠されていた。
本編冒頭、スクリーンに映し出されたカウントダウンの数字がその時を告げて、CGで描かれたスペースシャトルが発射されると、彼奴等(=スペシャルバンド“MANGARAMA”)を従えた椎名が「人生は思い通り」を歌い始める。
すると宇宙を泳ぐシャトルから、昨年末にリリースされた最新セルフカバーアルバム「逆輸入 〜航空局〜」のパッケージが放出される。意表を突く映像と弾むような歌声に酔いしれている観客へ、彼女がこう呼び掛ける。
「いらっしゃいませ。“ひょっとしてレコード発射2018”へようこそ」。
なるほど、人類を宇宙へと届けるプロセスに、パッケージをリスナーへと届ける(=“レコード発売”)それを重ね合わせた映像は、彼女らしいユーモアによる所信表明“演説”もとい“演出”か。無論、その所信とは音楽への飽くなき情熱と弛まぬ挑戦であり、パッケージへの手間暇を惜しまぬ真摯な姿勢である。
だが初期の代表曲である「ギブス」などを経て「JL005便で」が演奏されると、突如スクリーンに「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)」の文字が映し出される。そう、ここで今回の真のツアータイトルが明かされたのだ。つまり“レコ発”さえもがトラップで、ここまでの時間は壮大かつ贅沢なアバンタイトルだったというわけだ。
では“真空地帯”とは何を指すのか? 椎名はここから更なる攻勢でそれを示していく。彼女は初期の楽曲群と、石川さゆりやSMAPらに提供した「逆輸入〜航空局〜」収録のセルフカバーを交互に演奏して、観客の思考を撹乱していく。
なかでも圧巻だったのは、彼女がランジェリー姿で、床に倒れ、髪を振り乱し、身体をくねらせながら歌いのたうちまわる一連のパフォーマンスだ。見てはいけない女の情念が曝け出されたかの如き愁嘆場は、固唾を呑むほどの迫力だ。
女性なら誰しも憶えのある過去の苦い経験。蓋をしたくなるような劣情。椎名はそれらを観客(特に女性)一人一人の記憶に成り代わり、演じるように歌い上げる。鎖を巻いて、鍵をかけて、心の奥底にひっそり眠らせておいたパンドラの匣。それがこじ開けられた時、人は息をすることさえままならなくなる。そう、“真空地帯”とは観客の「呼吸を止める」という覚悟だったのだ。
やがて本編が終盤に差し掛かると、椎名は「静かなる逆襲」「華麗なる逆襲」「孤独のあかつき」「自由へ道連れ」といった痛快な曲を立て続けに繰り出していく。
日本最高峰の演奏家で構成されたバンド“MANGARAMA”のハイレベルな演奏。楽曲と絶妙なランデブーを奏でる演出映像。錚々たるハイブランドのクロージングを中心とした美麗な衣装。そして何より、椎名の“歌”が、強く、生々しく観客の記憶に刻まれたこの夜のステージはまさしく必見である。
ラストに披露されたのは、宣誓にも似た「人生は夢だらけ」の熱唱だ。今を生きている。そんな実感が胸を打つ歓喜の大団円の模様は、ぜひWOWOWの独占放送で確かめてほしい。
思わず息を呑む孤高の才覚。そして目を奪われる艶姿。自作自演の音楽家が20年目に魅せた“剥き出し”のシンガーたる姿に、あなたは何を思うだろうか? では、あらためて「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)」へ、ようこそ。
文:内田正樹
撮影:太田好治