渋谷すばる
2019年10月9日。
ワーナーミュージック・ジャパン内に立ち上げた自身のレーベル【World art】から、デビューアルバム『二歳』をリリースする渋谷すばる。
全曲作詞作曲を手掛けた全12曲は、赤裸々にぶつかる“渋谷すばるの生き様”を感じさせる意欲作だ。
音楽ライターとして、アーティストのインタビューをする様になってかれこれ20年以上が経つが、アーティストごとに音楽との向き合い方が大きく異なることを日々の取材で感じる。
自らの言葉と感性を音楽というツールを使って表現しているアーティストにとっては、そここそが一番素直になれる場所であるに違いない。
しかし。その表現は様々で。そこに、ありのままの自分をさらけ出す者もいれば、逆に正反対の自分を創り出す者もいれば、そこに空想世界を生み出して徹底的に演じる者もいる。
渋谷すばるというアーティストは、間違いなく【ありのままの自分をさらけ出す者】である。
ギターの音1本から始まるデビューアルバム『二歳』。渋谷すばるはそのまじりっ気ないギターの音に、とても素直な歌声を乗せて歌う。1曲目に相応しいと感じた「ぼくのうた」。それこそは、まさしく赤裸々。“人見知りの変な大人”の自己紹介だ。それ以外の何物でもない。彼を知る者は彼らしいと感じ、彼を全く知らない者は、渋谷すばるという人間に必ずや興味を抱くことだろう。それくらい真っ直ぐな“人見知りの変な大人”の自己紹介だ。
ドカドカとガサツとも思える音が放たれる中で、力の限り吹きまくられるブルースハープが印象的な「ワレワレハニンゲンダ」。口を大きく開き、腹から叫ばれるダイナミックな歌声は、人間として生きる当たり前を改めて幸せに感じさせてくれるパワーを持ち、ルーズなロックンロールの「アナグラ生活」でも、これまた“人間・渋谷すばる”がポップに描かれる。フォーキーな始まりの「来ないで」は一見ちょっぴり拗れた恋愛ソングなのだが、少しマイナーなメロディが心地良いこの曲の最後にはドンデン返しが待っている。一筋縄ではいかないぜ! と、まんまと笑う渋谷の関西人魂が光る1曲だ。小賢しいエフェクターを通さず、アンプ直の生音で届けられる「トラブルトラベラ」は、ドラム、ベース、ギター、鍵盤、ブルースハープそれぞれの楽器の個性が際立った極上ロック。言葉遊びが癖になるサビのフレーズや、昭和なメロディラインに体を委ねたくなるこの曲は、この時代だからこそ新鮮に思える懐かしさを宿す。長いシンバルのカウントからアコギに繋がれ、1曲を通し、シンバルとアコギという少ない音数に乗せて届けられる「なんにもない」は、新たな人生をスタートさせるべく出た旅で見たのだろう新鮮な景色を思わせる、現在の渋谷すばるの心境を映したどこまでもナチュラルな世界だ。旅の時間の中で録ってきた音なのか、はたまた日常の雑踏なのか、音と歌の奥に薄っすらと聴こえてくる生活音が、今、渋谷が生きている場所を鮮明に浮かび上がらせる。
「爆音」は衝動。サウンドを浴びたその衝動をただただ、言葉と音で表現した衝動がなんとも潔く、ディープなギターの単音から幕を開ける「ベルトコンベアー」は、サビで伸びやかな美しい旋律へと切り替わる、想像を超える展開を魅せる曲。ロックという括りにとらわれることのない、音学人としての渋谷すばるの表現の広さを感じさせる楽曲であるとも言える。少し切なさを含むアルペジオからゆっくりと始まる「ライオン」は、彼をここまで連れてきた感情がそのまま乗ったミディアムな楽曲。この曲に彼が何故、“ライオン”というタイトルを授けたのか。そこにも、渋谷すばるらしいと感じられるのだろう深い意味が込められている気がしてならない。そんな含みも、彼の音楽性だったりするのだろう。「ライオン」からゆったりと流れ込む「TRAINとRAIN」も、自分のことを歌っているのかと思いきや、“僕は電車”という言葉でまたまた意表を突いてくる。が、しかし、その先にある“これからは僕自身が敷いたレールを走ろう”というフレーズは、やはりここに描かれたストーリーは、渋谷すばるが歩んで来た人生そのものなのだと確信させられる。
不器用に生きてきた様が描かれた「生きる」は、“頑張れ”とか“大丈夫”という言葉は何処にもないが、不思議とその言葉が聴こえてくる。この歌詞に書かれた言葉たちは、きっと彼が自分自身に言ってきた言葉でもあるのだろう。だからこそ、この曲は強い。有言実行した彼自身が歌うこの曲の持つ説得力は何よりも強いメッセージとなって聞き手に届くのだと私は思う。
このアルバムの最後の曲として選ばれている「キミ」は、とても優しい。弾き語りで届けられるこの曲は、一番最初に録られる状態の一発録りのデモの様。だからこそ伝わる温かさがそこにはある。聴き手の不安や涙を大きく包み込む言葉と歌声は、不器用にしか愛せない渋谷すばるの人間性を映し出している。
渋谷すばるが渋谷すばるという人生と真正面から向き合って生きて来た未だからこそ歌える歌である。
純度200%の『二歳』は衝動そのもの。
そんな渋谷すばるの“理想の音の具現化”を叶えたのは、彼と共にこの作品の制作に取り組んだミュージシャンたちの力だ。
今回のサウンドを渋谷と一緒に創り上げたのは、俳優の大森南朋がリードボーカルをつとめるロックバンド・月に吠える。のギタリストでもある塚本史郎。ベーシストは塚本と同じく九州出身で、IRISとSMOKY & THE SUGAR GLIDERのオリジナルメンバーでありながら、多くのアーティストのサポートミュージシャンもつとめるなかむらしょーこ。ガールズバンドで鍛え上げたタイトで力強いドラミングが印象的なShiho。様々なアーティストのサポートミュージシャンとしてもソロアーティストとしても活躍中のキーボードの山本健太だ。そんな彼らたちもまた、純粋に音楽を愛するロックミュージシャンである。
真っさらな状態から自らの求めるサウンドを追求したいという渋谷の想いもあり、このプロジェクトにあたって初めて顔を合わせたメンバーでもあった今回。曲作りやレコーディング現場では一切妥協を許さず、理想の音が出せるまでとことんこだわり続けていたのだという。
渋谷すばるのデビューアルバム『二歳』を聴いて想うこと。
ここにあるのは純粋な音楽。そして日常。過度なメッセージなど存在しない。無理に背中を押したりもしない。何処を切り取っても渋谷すばるありのまま。ただただそれだけ。
聴き手からしたら、もっと寄り添って欲しいと思うのかもしれない。しかし彼はそれをしない。自分の道は他人に切り開いてもらう者ではなく、自分自身で切り開くものであることを知る彼は、自分の好きなサウンドにこだわり、自らのやりたいことを音に落とし込み、歩んできた人生の中で感じて来たことと、現在、生きる上で日々感じたままを言葉に置き換えて歌うことで、聴いてくれた人の力になれたらと思っているのだろう。彼が音楽に救われ、音楽にのめり込んでいった様に。彼の歌には、そんな願いが込められているのが見えてくる。
2019年、10月9日。
音楽に導かれ、この始まりの場所に立った“人見知りの変な大人、渋谷すばる”は、“アーティスト、渋谷すばる”としての一歩を踏み出す。
ここから音を通してたくさんの仲間と出逢い、更に深まっていく音楽への想いと、出逢いを通して広がっていくであろう感性と渋谷すばるの生き様が反映されていくであろう言葉(歌詞)の変化が楽しみでならない。この先の彼の笑顔と涙の全てが、多くの聴き手を救ってくれますように。
文=武市尚子
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