倖田來未 撮影=森好弘
2020年にデビュー20周年を迎える倖田來未。2000年に全米で先行デビューを果たし、翌年には2ndシングル『Trust Your Love』のリミックス盤が全米ビルボード総合チャートにランクイン。日本での活動でも、「エロかっこいい」を掲げて一大ムーブメントとなり、ファッションとしての「セクシー」を確立。『キューティーハニー』(2004)をはじめとするカバー曲の数々も独自のカラーに染め上げてきた。近年も、2014年にはVR(仮想現実)ミュージックビデオを世界で初めて制作。2018年から現在に至るまでは、2010年リリースのカバー曲『め組のひと』がTikTokで大ブレイクしている。倖田來未は、海外アーティストとのコラボも積極的におこなうなど、世界のエンタテインメントシーンへと意識を向けながら、日本の若者たちのトレンドの中心にも必ずいるのだ。そんな彼女が、20周年を前にしてさらにアグレッシブな進化を遂げる。ニューアルバム『re(CORD)』を自身の誕生日でもある11月13日(水)にリリースし、9月14日から10月25日まで4都市26公演のホールツアー「re(LIVE)」も開催。さらに11月7日・8日には、2013 年のアリーナツアーをホールで再現する「大阪文化芸術フェス2019 KODA KUMI LIVE JAPONESQUE re(CUT)」を開催。そして、これらのタイトルに必ず付いているのが、「re」というワード。日本を代表するアーティスト、倖田來未はいったい何を「re」にしようとしているのか。この言葉の捉え方について探りながら、倖田來未というアーティストの深層を触れるために話を訊いた。
――ニューアルバムのタイトルが『re(CORD)』ですが、まずこの「re」という言葉が、今の倖田さんにとってキーワードになっているんですよね。
ライブツアーも「re(LIVE)」で、大阪文化芸術フェスにも「re(CUT)」というタイトルがついています。郷ひろみさんのヒット曲『GOLDFINGER ‘99』(1999)を2019年バージョンとしてカバー(復刻)するという意味合いも含んでいます。あと私の楽曲の中で、コンサートで愛されている曲があるんですが、それもリレコーディングしています。かつての音楽、そして倖田來未自身の19年の歴史、そういったさまざまなものを塗りなおして更に進化させていこうという気持ちで「re」と名付けているんです。
――確かに倖田さんは以前より、日本の人気曲のリバイバルも数多くおこなってこられました。
そうですね、『め組のひと』や『キューティーハニー』などいろんな曲をカバーしてきました。だけど、原曲に勝るものはないと私は考えています。だったら、倖田來未らしく大胆なアレンジをして、新しい印象を与えるものを提示したい。『GOLDFINGER 2019』も、違ったイメージを持ってもらうためのアプローチを心がけました。
――そういえば、2008年の『FNS歌謡祭』で郷ひろみさんとコラボレーションもされてましたよね。郷さんが『キューティハニー』を、倖田さんは『How many いい顔?』(1980)を歌い、最後に『言えないよ』(1995)のデュエットがありました。
私は郷ひろみさんの大ファン……というか家族ぐるみで大好きです。『GOLDFINGER ‘99』は、これまでカバーをしたアーティストさんがいなかったんです。私も何年も前からずっと歌いたい気持ちがあって、2020年の20周年を迎えるにあたり、どうしてもこの曲をやりたかった。この想いをお手紙を書いて送ったりしましたし、自分自身、いつ歌わせて頂くことになっても良いようにトレーニングも取り組んでいました。ひろみさんの声の色、歌唱力は特別なものがありますから、鍛えないと『GOLDFINGER』は歌えません。
――トレーニングはいつ頃からやっているんですか。
昔から歌うための身体作りはやっていたけど、2020年を一つの大きな目標にして、2015年頃から歌い方の基礎を作り直していました。とはいってもそれは『GOLDFINGER』のためというより、10年後、20年後もこれまでと変わらずきっちり歌い続けていくため。トレーニングをしているおかげで今、精神面、肉体面の両方がとても充実しています。
倖田來未
――先ほど、「倖田來未の歴史を塗り替える」というお話もありましたよね。これはあえてお伺いしたいことですが、そうしなければいけない必要性はどこにあるんでしょうか。「塗り替える」というのは、賭けでもありますし。
それは多くの方に勇気や感動を与え、サプライズしたいからです。「倖田來未」はエンタテインメントを発信するアーティスト。なので、常に新しいものに取り組んで、それを発信し続けたいと思いますし、誰もやったことのないことにも挑戦し続けたいと思っています。それにやりたいことが引き出しの中にいっぱいあって、それをどんどん出していきたいから。出た分だけ、また(アイデアが)溜まっていっちゃう。実現可能なこと、不可能なこと、どちらも引き出しの中にはたくさんあるんです。
――倖田さんはそれをひっきりなしに出してくるワケですよね。まわりのスタッフのみなさんは大変そう!
うん、本当に大変だと思う(笑)。でも類は友を呼ぶのか、変わった人が自然と集まってくるから。で、一緒になって面白い企画を考えてくれる。すぐに出来るものだったら、熱が冷めないうちにやる。気をつけているのは、自己満足にならないこと。だからアイデアが浮かんでも自分だけで動かさず、いろんな人のスパイスを取り入れています。
――『re(CORD)』の楽曲面についてもお伺いたいのですが、アルバムには7月、8月の先行配信曲も収録されていますが、どれも聴きごたえがかなりありました。『Eh Yo』は関西弁の「ええよ(良いよ)」という言葉も引っ掛けられています。
『Eh Yo』は、ラグビーW杯2019 HANAZONOの公式テーマソングとしてオファーをいただいた曲。日本を背負って勝負に挑む選手のみなさんにエールを送りたかったんです。競技場で流れて、一体感が生まれるような曲を意識しました。
――「ええよ」という語感とか、あと<This is my BEST!><この世界は僕のもの>の歌詞など、自分で自分を肯定するようなフレーズが散りばめられていますよね。他人から認められてやっと自分を肯定できることが多い中、自分がやっていることを自分で肯定するのってなかなか難しい。
本当にそうなんですよ。私は10代、20代の頃、自分をまったく肯定できなかった。本当に自信がなかったんです。でも人って、自分を肯定することで強くなれる部分がある。自分で褒めるところを見つけた方がいい。私の場合、結婚が一つの転機になって、そこから自分を肯定する曲が増えました。
倖田來未
――結婚をして家庭を作ると、守りに入ったり、大きな賭けに出られなくなったりする場合が多いですよね。ただ、それこそ第2弾配信曲「Summer Time」には<push>や<ねじ込む>という押しの強いフレーズが出てきます。確かにみんなが抱く倖田さんの印象って「攻め」ですよね。倖田さんが守りに入ることはないんじゃないかって。
いや、実はすごく守りに入りたいタイプなんですよ。「エロかっこいい」というテーマにしても、デビューをしてそれを確立できるまでの間、批判的な意見がとても多くて。心が折れかけるときも、もちろんあった。だけど「自分が格好良いと思えるなら、それでええやん」と貫き通して、「倖田來未=エロかっこいい」が出来上がりました。それでも、結婚をして子どもが生まれたとき「このイメージでやってもいいのかな」という迷いがありました。
――その迷いを振り切らせてくれたのが、ご家族だったと。
旦那さんが「倖田來未はいつまでも変わらないでほしい」と言ってくれたんです。「やるべきことをセーブせず、あの頃から変わらない倖田來未でいてほしい」って。子どもも、私がライブをしているところを見るのが大好きで、それにも勇気づけられました。家族が応援してくれるから、私も躊躇もなく「倖田來未」でいられるんです。
――確かに「エロかっこいい」というテーマは衝撃的かつ亜流でしたよね。人って、見たことがないもの、想定外のものに恐れを抱いて拒否反応を示すと言いますし、だから批判的な意見も多かったのかなって。だけど収録曲『DO ME』では、今や堂々と<王道が好きならそっちへGO>と歌えるようになっています。
わたし、強気ですよね。
――ええ、本当に(笑)。この歌詞ってつまり、倖田さんは決して王道ではなく、カウンター的な存在であることをご自身で認めていますよね。
私の基盤にはクラブ・サウンドがありますが、メジャーというフィールドでそれを届けられるアーティストは、デビュー当時は今ほど多くなかった。でも、あのときのアンダーグラウンドには、メジャーには手が届かないけど格好良い曲を作っている人がたくさんいたんです。そういう音楽を、多くの人に聴いてもらいたかった。こんなことを自分で言うのはおこがましいですが、「倖田來未」を何とか売り出して、架け橋になりたかった。
倖田來未
――「倖田來未」の曲は確かに、いわゆる王道ポップソングではないですよね。
私はきっとその方向性ではない。人と違ったことをしようとしているから。だから「エロかっこいい」で否定を受けたりもしたけど、「私の好きな音楽を、みんなに聴いてもらえるきっかけになれたら」という気持ちはずっと同じ。どんなことを言われても、自分が作っているものに関しては「絶対に良い」と信じてやっていますから。
――好きなものを突き詰めてきた姿勢の一つが、今年ツアー「KODA KUMI LIVE TOUR 2019 re(LIVE)」や11月の『大阪文化芸術フェス2019 KODA KUMI LIVE JAPONESQUE re(CUT)』につながってくる。これは2013年に倖田さんが開催した日本をテーマにしたアリーナツアーを、演出規模を変えずにホールで再現するという限定公演。日本のファンだけではなく、インバウンドにも目を向けた企画ですね。
あのツアーは私にとって出産後、最初のアリーナツアーだったので非常に重要なものでした。今回、トラックの量がこの19年間で一番多い。あと6年が経って映像技術も発展したので、再現するとは言っても当時とは違うものが仕上がってきます。
――もうセットなどを組んでリハーサルはおこなっているんですか。
先週(8月下旬)、初めてやりました。「こういうことをやろう」というアイデアはたくさんあったけど、実際にそれらが実現可能かどうか不透明だったので、「大丈夫かな」と心配事の方が多かった。ただ、私の想像をはるかに超える形になっていました。
――2013年の『JAPONESQUE』も十分素晴らしかったですけど、あれを上回るってことですか!?
うん。格好良いものを、格好良く塗り替えることって本当に難しい。あと、「芸術的にすごい」とかではなく、ちゃんと一般的な目線で楽しんでいただけるものになっています。これは本当に自信があります。見に来てくれますよね?
――ええ、めちゃくちゃ見たいです! 最後にもう一つお伺いしたいのが、2018年夏頃から現在に至るまでTikTokで倖田さんが歌う『め組のひと』が中高生を中心にバズっていることについて。倖田さんは2000年代ギャル文化の象徴的存在でしたけど、2010年代の若者文化にもちゃんと受け入れられている。やっぱり倖田さんとギャル文化はいつまでも切り離せないものなんだなって思いました。
ハハハ(笑)。私は、自分の年齢(36歳)や世代、流行りをあまり意識せず、好きなことをやっているだけです。ファッション面も「年甲斐もなく」とか、「もうちょっと落ちついた服を着た方がいい」と言われたりもするけど、根本的に好きなものは好きですし、好きな服を着たい女性の心理として当たり前だと思いますし、そういう部分はこの先も変わらない。いくつになっても、自分にとってかわいいものは、変わらずかわいい。500円、1000円のリーズナブルな服でも、自分が良いと感じたらそれを着たいです。
――倖田さんは、何気に流行りに乗っていくタイプでもないですよね。
“倖田來未”という人は、そうですね。コンプレックスの場所を出した方がかっこいいと昔スタイリストさんに言われ、ファッションに対する考え方が変わりました。コンプレックスだからといって全部を隠す方が、スタイルやバランスが悪くなるのではないかな?と私は考えています。こういう感じでどうしたら良いか考えて検証するのも結構好きで、自分の好きなものを、今の時代にどのような形でアウトプットしようかをいつも考えています。
倖田來未
――そのアウトプットの一つがTikTokだったワケですね。
私の母もTikTokがめっちゃ好きなんですよ!
――そうなんですか(笑)。
かわいいものはかわいい、嫌いなものは嫌い、好きなものは好き。デビュー当時、エロかっこいいで売り出していた時代、そして今に至るまで、「そう言い続けて生きていく」という決心が強くなってきました。
――それってすごく勇気がいることだし、同時に年々、倖田さんの魅力を高めている要因でもあると実感しました。
デビュー当時は、経験もない分どんどんやってみようという思いもあって怖いものがなかったんですよ。若さで押し切れたから。今は年齢を重ねていろんな経験をしてきたので、正直、スタイルを貫くことへの怖さも確かに大きくなっている。だけど、「倖田來未なんだからいいんじゃないか」と開き直れる部分が出てきました。それが、倖田來未が作った道筋。2020年で20周年を迎えますが、私は「倖田來未」がやってきたことを信じて、活動をしていきたいですね。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=森好弘