中野ミホ(Drop’s) 撮影=日吉“JP”純平
2019年に結成10年を迎えた4人組バンドDrop’s。2年前に活動拠点を地元・北海道から東京へ移し、以降もメンバーが入れ替わるなど、バンドを取り巻く状況が変化するなかで先日、3年ぶりとなるフルアルバム『Tiny Ground』をリリースした。この作品には、東京で暮らしている現在の自分たちのリアルな感情、そしてかつて過ごした北海道への気持ちが詰まっている。アルバムを聴いていると、Drop’sが過ごしたこの2年を同じように体験したような感覚になる。北海道時代を思い起こした楽曲の温かみにくらべ、東京について歌った楽曲はどこかシビアに感じることができ、その街で過ごすことは決して楽なものではなく、さまざまな迷いのなかで日々を送っているのだと想起させられる。そんな心模様を映し出したアルバムとあって、非常に味わいが深く聴きごたえある作品となっている。今回のインタビューではメンバーの中野ミホ(Vo.&Gt.)に同作を紐解くうえでもっとも重要な「東京」というワードを中心に話を訊いた。
中野ミホ(Drop's)
――『Tiny Ground』ですが、噛み締めがいのある歌詞がたくさんあって素晴らしい作品でした。
今作は、(石川)ミナ子が加入してから作った初めてのフルアルバムなので、10年を振り返るというよりここから始まる気持ちでした。
――アルバムタイトルについて、Tinyは小さいという意味で逆にGroundは広さをイメージさせますが、相反する単語を組み合わせた言葉ですよね。
このタイトルを思いついたのは私なのですが、「何があっても自分はここにいる」といった気持ちを込めました。自分という小さな存在の中に、大きなものをちゃんと持っていたい。約2年半前、地元・北海道から東京へ引越し、その間に作った曲が多いのですが、東京で暮らす中で「ここには私にとって大事なものがあるんだ」という気持ちを少しでも失ってしまうと、どんどん流されちゃう怖さがあったんです。
――それは東京という街の怖さにも繋がるわけですね。
本当に、油断したら流されちゃいそうで。収録曲「アイラブユー」の中で、<虫めがねの中の暮らしです 東京>という歌詞があるのですが、人の大きな流れがあるなかで、自分という存在はここではすごく小さい。東京に憧れて出てきたけど、自分の生活でいっぱいいっぱいになっていて「ちっぽけだな」と思ったりするんです。小さな悩みがたくさんある……。そういう部分にクローズアップしました。
――今作では主に東京での生活と北海道を思った曲が多いですよね、特に東京について歌った楽曲は、そういった葛藤がにじんでいます。
北海道では実家暮らしでしたし、家事を親がやってくれていたので自然の中で、のびのびと生きることができていました。だけど北海道を離れて、「毎日の生活ってこんなに大変なんだ」と実感したんです。(気持ちを)無にしたら簡単で楽なんですが、そうしたらダメだと必死に抗う自分がいます。
中野ミホ(Drop's)
――「Lost in Construction」という東京について歌った曲がありますが、このタイトルはソフィア・コッポラ監督の映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2004)をモデルにしていますよね?
あ、その通りです!
――あの映画は、ヒロインが東京に滞在することになり、東京の文化や街の雰囲気に違和感、孤独感を抱いていく物語です。
曲自体は、映画を観る前にできていました。もともと「工事中(=construction)」という仮タイトルだったのですが、そこに「迷い込む」という意味の「lost in」というワードをくっ付けたら良い感じで。そのとき「そういえば『ロスト・イン・トランスレーション』をまだ観ていないな」と思って。曲をプロデュースしてくださった多保孝一さんも「あの映画、良いよ」とおっしゃっていたので観たんですけど、あの映画で描かれている東京は綺麗でもあり、滑稽でもあって、いろんな顔が映し出されている。私も東京は好きだけど、疲れるところもあるし印象が一つではない。そこが街としておもしろいです。
――今作もあの映画同様、東京の街・人との距離感や速度感の違いが描かれていますよね。「アイラブユー」や「Cinderella」など、そこに溶け込めない自分が表れています。
生活の中でぽろっと出てくる気持ちを歌いたいので、このときはそういった曲が多いですね。でも、大事な人やものがあれば、何があっても明日に向かう力になると信じています。
中野ミホ(Drop's)
――特に、自分の居場所を探しているような曲が多いですよね。「部屋」「あなた」「いつもの席」など、どの曲でも拠り所を見つけようとしている気がします。
確かに、自分の居場所は全体を通してテーマの一つになっています。その曲を聴いた人が100パーセント、リアルに感じられなかったとしても、どこか思い当たるところがあって欲しいですね。
――でも、どの曲も聴き手にちゃんと浸透してきます。
多保さんと作った曲は特に、「どうやったら一発で耳に入ってくるか」を考えて作りました。たとえばお店に流れていて、すっと耳に入ってくる曲や歌詞ってあるじゃないですか。そうしたかったんです。だから、かなり意識し、精査していきました。言葉を歌に乗せたときの感じの良さとか。そこは多保さんに勉強させていただきました。英語の詞もこれまではあまり使ってこなかったけど、耳触りを意識して積極的に使いました。
――それって、いわゆる「ポップス」というものですよね。
歌詞ってメロディに乗ったときに、もっとも美しくならないといけない。それを意識して作られているポップスって本当にすごいなと。日本語でポップを歌うことの難しさと、それをちゃんと達成している曲の偉大さを特に最近感じています。これまでも、ある程度は歌詞がすっと入ってくることを目指していたつもりでしたが、多保さんと仕事をすることで「ここまで精査しないと洗練されないんだ」ということがわかりました。
中野ミホ(Drop's)
――数年前から、Drop’sのインタビューでもポップという言葉が出てくるようになりましたが、初期曲はそうではなかったですよね。
そうですね(笑)。
――でも、ある時期からインタビュアーに「今回はポップですね」と言われるようになった。そうコメントされることに違和感はありませんでしたか。
ああ、確かに最初はあったかもしれません。バンドを始めたばかりの高校生のときは、がなるように歌っていましたし。ポップとか頭になかった。だけどハタチをこえたくらいから、日本語でずっと歌い継がれている曲は本当に素晴らしいと思うようになり、少しずつDrop’sに取り入れるようになりました。やっぱり音楽をやるうえで曲はずっと残って欲しいし、何年経っても口ずさめるようなものであって欲しい。沢山の人の心に残る曲を作るにはどうしたらいいか、それを考え続けています。
中野ミホ(Drop's)
――日本語でポップソングを構成するために必要となるものの一つは、「季節」を表す言葉ですよね。たとえば「風が吹く」という言葉でも、季節によってその風の意味合いや情景が変わってくる。今作も、季節感が各曲に多く込められています。
散歩をしているとき季節の変わり目にハッとして、曲に落とし込むことが多いんです。だからまさにご指摘に近いかもしれません。「匂いが変わったな、そろそろ春だな」とか、そういう瞬間を私は大事にしているし、愛おしさもある。私は季節、色、時間帯など具体的なイメージで曲を沸き立たせていくんです。
――そうそう、時間的背景もかなり重要に感じました。顕著なのは「EAST 70」。みなさんの10代の頃を振り返っている曲ですよね。育ってきた環境などに思いを馳せていて、北海道時代の懐かしさがあふれている。東京生活の話を先ほど聞いたので、余計にかつての風景を大切にしているのかなと想起します。
決して、10代の頃に戻りたいとかそういう感覚ではないんですけど、当時はもう戻ってこないんだなという気持ちが強くて。今でもいろんな音楽に心が動くけど、あのときほど揺さぶられる感覚はもうないのかなって。友だちと音楽の話をしていたような時間すら、とても尊かったですし。
――「EAST 70」には、<ぼくらは いつもの席 イヤホン分けあってた>という歌詞もありますね。
そうそう。<刺さった あの一つの シャウト>という歌詞は、高校時代に友だちと尾崎豊さんの曲を聴いていて、ものすごくグサッときたことを思い起こしています。
――え、そうだったんですか。
実はそうなんです。私は、取り繕っていないもの、嘘がないようなものが好きで、「この人は全部を歌にしているんだろうな」と感じる曲に心が惹かれるんです。そのとき思ったことをそのまま歌っているんだろうなという気がするし、本心を隠したり格好をつけたりせず、そのままを全部……それこそプライベートも全部みたいな。だから歌がちゃんと聴き手に伝わってくるんだなと。
――「自分に嘘をつかない」は中野さんご自身の曲作りの根幹にもなっていますよね。そうなってくると、今後制作される曲で興味があるのは、先ほどから話があがっていましたが「東京との向き合い方が音楽にどう影響していくんだろう」という部分です。東京について歌った曲と「EAST 70」なんかは、楽曲の温度感も違いますよね。そういうものが次作以降、より正直な形で曲に表れるんじゃないかと。
悪く馴染みたいくないですよね。これから東京のことをもっともっと好きになりたい。だけど大変さもある。先ほどお話をしたように、感情を平坦にしてしまえば楽に過ごせるけど、そうはしたくない。今はそうなりそうだから怖さがあるんです。知らず知らずに東京と争っているのかもしれませんね。ただ、自分が感じていること、思ったことは変わらないので、その想いをちゃんと歌にしていきたいです。
中野ミホ(Drop's)
取材・文=田辺ユウキ 撮影=日吉“JP”純平
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