ボブ・ディラン、菅野ヘッケル氏による2019年ツアー最新レポート公開「ロックンローラー・ボブが戻って来た」
菅野ヘッケル氏によるボブ・ディランの2019年ツアー最新レポートが到着した。
「ボブ・ディランを追いかけて」
by 菅野ヘッケル
2019年秋アメリカ・ツアー、ロックンローラー・ボブが戻って来た。
2019年10月11日にカリフォルニア州アーヴァインからスタートした秋のアメリカ・ツアーの締めくくりが、11月23日~12月6日にニューヨークのビーコン・シアター(10回)でおこなわれた。ボブは14年(5回)、17年(5回)、18年(7回)も、ツアーの最後はビーコン・シアターだったので、いつしかディラン・ファンはニューヨークのビーコン・シアターを聖地のように考え始めている。収容観客数2900人(全席指定席)の歴史的な劇場に、地元の人だけでなく世界中から多くの熱心なファンが集まってくる。もちろん、ぼくも毎回見に行っているが、その度にかならず日本人ファンの姿も何人も見かける。興奮のビーコン・シアター連続公演の後、まるでクールダウンするように、18年はフィラデルフィアのザ・メットで、19年はワシントンDCのジ・アンセムでツアー最終公演がおこなわれた。
ボブのコンサートは開始時間ちょうどに始まるのが当たり前になっていたが、開始の8時になっても始まらない。ステージの様子を観察すると、背景を覆っている黒幕の前に3体のマネキンが立っている。タキシードを着込んだ男性が中心に、数メートル離れた両隣にはドレスを着飾った女性が立っている。何の目的かわからないが、ボブのアイデアであることはまちがいない。ステージ両サイドには数年前からボブのコンサートではお馴染みとなった石膏の胸像が飾られている。ステージ上のセッティングは、左からマイクスタンド、ドラムセット、横に寝かせたウッドベース、ステージセンター前方(といっても奥行きのあるステージなのに半分ほど奥まった場所)に2本のマイクスタンド、やや前方に斜めに設置されたアップライトピアノ、その背後の台の上にペダル・スティールとラップトップ・スティールが並んでいる。客席に丸見えのアップライトピアノの裏側を隠すためなのか、そこにも3基目の胸像が置かれている。頭上には大口径の照明機器が7個ぶら下がっている。街灯のようなスタンド型照明も設置されている。ピンスポットは使われないようだが、以前よりは明るいステージになりそうだ。これならボブの表情も見えるだろう。
10分ほど過ぎてようやく場内の明かりが消され、ストラヴィンスキー作曲の「春の祭典」の一部が流れ、暗闇のステージ右手からボブを含む6人が姿を現し、それぞれ所定の位置についた。音楽に重なるようにドラムスティックのカウントが響き、そのまま1曲目の「シングス・ハヴ・チェンジド」が始まった。照明が点くと、ステージセンターにギターを抱えたボブが立っている。ボブがギターを弾くのは久しぶりだ。黒いテレキャスターのネックを水平になるように持って弾いている。若い日のロックンローラー・ボブを思い出すような、格好いい姿だ。ボブは数フレーズ弾くたびに、右手でマイクスタンドを握りしめるので、ピックを使わずにフィンガーで演奏しているように見える。リズムを刻むコードは弾かず、もっぱらリードギターに専念しているので、ピックを使わないのだろう。
最近のディランのコンサートは、かつてのように日替わりでいろんな曲を演奏することはない。ツアーごとに、ほぼ毎回おなじセットリストだ。これをファンは「ザ・セット」と呼び始めている。ブロードウェイのショーのように捉えてもいいだろう。2019年秋のアメリカ・ツアーの「ザ・セット」を紹介しておこう。来年の日本ツアーは、2019年版「ザ・セット」を下地に、かなりアレンジしたものになると予想している。
1.シングス・ハヴ・チェンジド(2001年、映画『ワンダー・ボーイズ』主題歌:アカデミー賞受賞曲)
ボブはセンターステージでギターを弾きながら歌う。途中コーラス部分は大胆なメジャーコード展開にアレンジされている。
2.悲しきベイブ(1964年、「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。メロディもオリジナルに近いアレンジで、ドニー・ヘロンのヴァイオリンが効果的だ。
3.追憶のハイウェイ61(1965年、「追憶のハイウェイ61」)
ボブは立ってピアノを弾きながら歌う。ギターとピアノによる激しくバトルするロックナンバーに仕上がっている。
4.運命のひとひねり(1975年、「血の轍」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。後半はセンターステージに移動し、ハンドマイクでハーモニカを吹く。ボブのハーモニカはここ数年あまりなかったほどメロディアスで感動的だ。また、アメリカン・ソングブックの時代を経たことで、ボブのヴォーカル表現力にさらなる深みが加わったと思う。
5.キャント・ウェイト(1997年、「タイム・アウト・オブ・マインド」)
ボブはセンターステージでハンドマイクで歌う。せっかくマイクスタンドがステージ前方に設置されているのに、ボブはマイクをスタンドから外し、後方、ベースのトニーのそばまで下がって歌う。右手にマイクを持ち、上半身をやや斜め前屈みにして、左手を水平に突き出して歌う。セクシーで格好いいボブだ。
6.マスターピース(1971年、「グレーテスト・ヒッツ第2集」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。後半はセンターステージに移動し、ハンドマイクでハーモニカを吹く。オリジナルよりもスローテンポで、歌詞もすこし書きかえられている。感動的な仕上がりだ。
7.オネスト・ウィズ・ミー(2001年、「ラヴ・アンド・セフト」)
ボブは立ってピアノを弾きながら歌う。ふたりのギターとラップトップが重厚に響き、新加入のドラマーが前任のジョージ・リセリよりもストレートなロックリズムを刻むので、かなりハードなできになっている。
8.トライン・トゥ・ゲット・ヘヴン(1997年、「タイム・アウト・オブ・マインド」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。ドニーのヴァイオリンとトニー・ガーニエのスタンドアップ・ベースが印象的に響く。
9.メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ(1997年、「タイム・アウト・オブ・マインド」)
ボブはセンターステージでハンドマイクで歌う。歌が始まると客席から歓声が上がる。最近のボブの作品のなかでは広く一般に知られた曲になっていることがよくわかった。ここでもドニーのヴァイオリンが印象的に響く。
10.ペイ・イン・ブラッド(2012年、「テンペスト」)
ボブはセンターステージでハンドマイクで歌う。これまでよりもやや軽快なロックナンバーに変わっている。重々しい怒りはやや薄れた感がするが、反面内容が伝わりやすくなったように思う。ブリットが加わったことで、自由さを増したチャーリー・セクストンが見事なギターを聞かせてくれる。
11.レニー・ブルース(1981年、「ショット・オブ・ラブ」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。ボブがこの曲を歌うと予測できたファンはいないだろう。2008年に2回歌って以来なので、2019年の極レア曲だ。ドニーのヴァイオリンをフィーチュアしながら、ボブは感動的なヴォーカルを聞かせてくれる。歌がうまい。
12.アーリー・ローマン・キングズ(2012年、「テンペスト」)
ボブはセンターステージでハンドマイクで歌う。トニーがスタンドアップ・ベースでリズムを刻み、ボブはダンスのように左手を空中で動かす。驚いたことに、ボブが「わたしはまだ死んでいない・・・」と歌うとき、観客もいっしょに歌う。ファンはこの歌が好きなんだ。
13.北国の少女(1963年、「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。控えめなバックにボブの歌声が荘厳に流れる。ヴァースごとに奏でられるピアノのリフを聞いていると、この歌が古いイギリス民謡をベースにしていることがよくわかるような気がした。
14.ノット・ダーク・イェット(1997年、「タイム・アウト・オブ・マインド」)
ボブはセンターステージでハンドマイクで歌う。ボブのヴォーカルにディレーエコーがかけられる。生命の尊厳をも感じさせる絶品に仕上がっている。
15.サンダー・オン・ザ・マウンテン(2006年、「モダン・タイムズ」)
ボブは立ってピアノを弾きながら歌う。3台のギターが絡み合う純粋ロックンロール・ナンバー。日によっては、この曲からアンコールが終わるまで、観客全員が立ち上がることもあった。
16.スーン・アフター・ミッドナイト(2012年、「テンペスト」)
ボブは座ってピアノを弾きながら歌う。背景の黒幕に満天の星が投影される。照明効果が使われるのは、この時だけだ。
ボブがチャーリー・セクストン、マット・チェンバレン、ボブ・ブリット、ドニー・ヘロン、トニー・ガーニエの順に紹介。このツアーからバンド・メンバーがチェンジしたので、バンド紹介が復活したのだろう。ボブはそれぞれの名前を紹介した後に続けて一言付け加える。さらにビーコンの終わりに近づいた夜、ボブはめずらしく「今夜は会場にジャック・ホワイトがきている。ジャック、立ち上がって顔を見せたらどうだい」と話した。ジャック・ホワイトはニューアルバムのプロデューサーとうわさされていた人物なので、ファンの興奮は高ぶるばかりだ。ニューアルバムのタイトルは「デイズ・オブ・ヨア(昔の日々)」とまでうわさが流れていたが、結局これはフェイクニュースだと判明した。そのほかにも「今夜はスティーヴ・アールが来ている」「今夜はリトル・スティーヴンが会場にいる」「今夜はマーティン・スコセッシとローリング・ストーンのヤン・ウェナーが来ている」と話す場面もあった。この数年、ボブは歌う以外にことばを発することは皆無だったので、ファンは大喜びだ。観客との距離を縮めたい気分になったのだろうか。
17.ガッタ・サーヴ・サムバディ(1979年、「スロー・トレイン・カミング」)
ボブは立ってピアノを弾きながら歌う。書きかえられた歌詞をメジャー調のロックナンバーで歌う。この歌で80年にグラミー賞ベスト・ロック・ヴォーカルを受賞したことがわかるような力強さを感じた。歌い終わると、何の挨拶もなくステージ右手に消えて行った。本編の終了だ。
アンコールを求める歓声や拍手が10分以上続いただろうか、暗闇のステージにボブとミュージシャンたちが戻って来た。
18.やせっぽちのバラッド(1965年、「追憶のハイウェイ61」)
ボブはセンターステージでギターを弾きながら歌う。オリジナルはボブがピアノを叩くように弾きながら歌ったのだが、今夜はギターで歌った。不思議な人だ。しかもリードを取るのはボブだ。ボブの代名詞のような3連音符を主体にする独特のリフが心地よい。ボブはギターを捨てたわけじゃない、弾けなくなったわけじゃないことを観客に見せたかったのだろうか。あるいは、ボブ流ファン・サーヴィスなのだろか。いずれにしても、ギターを弾くボブは格好いいし、いつでも熱烈歓迎だ。
19.悲しみは果てしなく(1965年、「追憶のハイウェイ61」)
ボブは立ってピアノを弾きながら歌う。コンサートを締めくくるには、意外な選曲という感じもするが、スローなヘヴィーブルースに仕上げられている。
今や恒例となった最後は、ボブを中心にバンド・メンバーが横一列に整列する。昨年までのボブは「どうだ!」と言わんばかりに観客を見回し、わずかに頷いただけで去って行ったが、今年はちがう。全員がはっきりわかるほど、頭を下げてお辞儀をしてから消えて行った。昨年までのボブは、観客に向け一方的にパフォーマンスを見せるコンサートだったが、今年のボブは観客とコミュニケーション取るような、暖かみにあふれるコンサートに変わった。ステージ場で笑顔を見せる場面も増えた。大歓迎だ。
ボブ・ディラン:ヴォーカル、エレクトリック・ギター、アップライトピアノ、ハーモニカ
トニー・ガーニエ:エレクトリック・ベース、スタンドアップ・ベース
マット・チェンバレン:ドラムズ
チャーリー・セクストン:エレクトリック・ギター
ボブ・ブリット:エレクトリック・ギター、ボトルネック・ギター
ドニー・ヘロン:ラップトップ・スティール、ペダル・スティール、ヴァイオリン
2020年、ボブ・ディランの来日コンサートを大胆予測する。
2020年4月にボブ・ディランの来日コンサートが決まった。本格的ツアーとしては、2016年4月以来、9回目の日本ツアー。しかも会場は、過去2010年、2014年にもツアーをおこなったことのある、ボブが気に入ったと言われるZepp限定ツアーだ。世界中のファンがうらやむのも当然だろう。
ボブ・ディランは、来日のたびにちがったコンサートを見せてくれる。古くからディランを追いかけているファンは、今や伝説とされる1978年の衝撃的な初来日のステージを鮮明に覚えているはずだ。当時はフォークの神様と称されたボブが、13人編成のバンドをバックにラスヴェガスを連想させるようなステージ衣装でステージに現れ、ファンならだれもが知っているはずの代表曲を、すぐにはわからないほど大胆に変えたアレンジで歌った。その後も、86年にはトム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズをバック・バンドにしたロック・ショーを、1988年にスタートさせたネヴァーエンディング・ツアーで初めて来日した1994年にはスティールギターを加えたカントリー色の濃いステージを、97年は観客をステージに上げるほどの驚きのステージを、2001年はチャーリー・セクストン、ラリー・キャンベルと二人のギタリストが在籍した極上のステージを、2010、14年はスタンディングでおこなわれたZeppツアーを、16年はピアノに専念するボブが多くのアメリカン・スタンダードをカバーするなど大人の雰囲気にあふれるホール・ツアーを、と来日のたびに異なるステージを展開している。
はたして来年のツアーはどうなるのだろう? ボブの行動はだれにも予測できないが、強いて予想するなら、代表曲をギターやピアノを演奏しながら新しいセットリスト、2020年版「ザ・セット」を世界に先駆けて日本ツアーで初めて見せてくれるはずだ。14年のZeppツアーではだれも予測しなかったし、あまり知られていなかった「ハックス・チューン」を初めてライヴで歌ったこともあった。メンバーは、チャーリー・セクストン、ボブ・ブリット、ドニー・ヘロン、マット・チェンバレン、トニー・ガーニエの5人編成で来日すると思う。マネキン人形も連れてくるだろう。もしかしたら、新しいセットリストにうわさされているニューアルバムから新曲も登場するかもしれない。2019年12月から2020年3月末までは、ツアーがないのでスケジュールも空いている。2012年の「テンペスト」以降、3枚のスタジオ録音アルバムを発表しているが、すベてアメリカン・ソングブックのカバーだった。そろそろ新作を発表しても不思議ではない。期待は高まるばかりだ。いずれにしても、何かが起きる。ボブは過去を振り向かない。過去の再現や何かのコピーはしない。挑戦の連続だ。その瞬間、その時に生まれるものを大事にする。奇跡の瞬間を見逃さないようにしたい。そのためにも、何度もZeppに足を運ぼうと思っている。