さかいゆう 撮影=大橋祐希
これを至福と言わずして何と言おう。さかいゆうのニュー・アルバム『Touch The World』。その名の通り、ロンドン、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンパウロへと乗り込み、現地のミュージシャンとのセッションで作り上げた珠玉の12曲。憧れのジョン・スコフィールドを始め、敬愛するミュージシャンとの夢のコラボを実現させた前作『Yu Are Something』に続く、“世界のさかい”シリーズ第二弾と言うべきアルバムだが、スケールの大きさで言えば今作が上回る。ロンドンではインコグニートのブルーイ(Gt)や、ジャミロクワイの創立メンバーだったスチュワート・ゼンダー(Ba)、サンパウロではプリンスの作品で活躍したレナト・ネト(Key)、ロサンゼルスでは新世代ジャズのトップ・アーティストの一人テラス・マーティン(Sax)ら、綺羅星のごとく輝く才能たち。その中でひときわ輝く一等星、日本が世界に誇るさかいゆうに、アルバムのエピソードを語ってもらった。
――前作の取材のときに、「もう100回ぐらい聴いてる。こんなことは珍しい」と言ってましたよね。
ああー。今回は、70回ぐらい聴いてます。
――ちょっと少ないですね(笑)。
いや、でもまだ、出来てから1か月ちょっとですから。前回は、けっこう時間が経ってからインタビューを受けた気がする。
――じゃあ、ほぼ同じペースですかね。それぐらい自信作。
前作にはけっこう思い入れがあって、今作も同じぐらい思い入れがあったから、ちょっと不安にはなったりしました。(前作を)超えていきたいじゃないですか、出来上がった時の感触として。前作はジョン・スコフィールドと一緒にできたんで、それには勝てないんですよ。僕の中で一番好きな人だから。初めてスクーターに乗ったときの興奮みたいなことですから。
――ああー。
そこから先、ポルシェを買おうが、フェラーリを買おうが、最初に乗った原付の感動にはかなわないから。でも、前作の経験と反省を踏まえつつ、より音楽に集中して作れたと思います。
――ちょっと、語弊あるかもしれないですけど。仕事感を感じさせない、ピュアな歓びが詰まった作品だと思ったんですね。このアルバム全体から感じるフィーリングとして。
それは、スタッフを褒めてほしいですね。手前味噌だけど。仕事感を感じさせないアルバムを作るということは、誰かが仕事を担っているということだから。
――そうですね。その通りだと思います。助けられてる感はありますか。
助けられてしかいないです。
――世界をめぐる音楽の旅は、前作から始まってますけども。気持ち的にも、繋がってるんですよね?
いや、それとこれはまた別ですね。「また行ける」となったのも、去年に入ってからだし。でもよく考えたら、7か月ぐらいで全部作ったのはすごいですね。既存の曲もあるけど、けっこう書き下ろしてますから。「Getting To Love You」「She’s Gettin’ Married」「孤独の天才(So What) feat. Terrace Martin」「想い出オブリガード」「リベルダーデのかたすみで」「グッナイ・グッバイ」は書き下ろし。しかも、ほかにもたくさん書いて、その中から選んだから。ディレクターのサディスティックな姿勢と、僕のマゾヒスティックな、言われたら応えたくなる性癖が、うまく共鳴したんじゃないですか。
――現地のスタジオへ、ほぼ二人で行くわけでしょう。ディレクターさんと。
そうです。だから、うまく作用したんじゃないですか。「これは俺じゃなきゃできないな」という瞬間もありましたね。ほかの誰かだったらこのトラブルに対応できてないだろうな、みたいな。逆もありきですけど。
――トラブル、ありましたか。
そんなことばっかりですよ。メンバーが決まるかどうかわかんないとか。エレキベースのつもりが、ウッドベースしか持って来てなかったとか。曲も、この日までにメロディとトラックができてないとダメだって、1週間前に判明したりとか。ほかの仕事も詰まってるから、頭の中で曲を書いたりとか。そういうことはけっこうありました。
さかいゆう 撮影=大橋祐希
――結果的に、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンパウロで録音した、珠玉の12曲が揃いました。
本当は15曲ぐらい収録できそうだったけど、削ったんですよ。60分超えると、長いなと思っちゃう。アルバムは、10~12曲ぐらいがいいですよ。削った曲も駄作じゃなくて、すごくいい曲なんだけど、あえて削りました。でも、どうなんだろう。まったくトレンドと関係ないアルバム、作っちゃいましたね。
――そうですね、良い意味で。そのへんも含めて、ピュアな作品だなあと思ったわけで。
これしかできないだけですよ。でも確かに、ジャンル分けできないんですね。R&Bと言えなくもないけど、J-POPな曲も入っていたりするから。
――グラミー賞にノミネートされるなら、どこに入りますかね。ポップ・ボーカル・アルバムかな。
ベスト・アルバムがいいな。グラミー獲ろうか。
――しれっと獲っちゃったら、かっこいい。
(挾間)美帆ちゃんが、ノミネートされてましたね。「裸足の妖精」を一緒にやった、2か月ぐらいあとにノミネートされて、「おー!」ってなりました。鬼才ですから、彼女は。
――それぞれの土地で得たものと言うか、音の違いを聞いてみたいんですけども。まずロンドン、どうですか。
ロンドンはね、街を歩いていて、そこで生まれる音楽の意味がわかりますね。悩んだり苦しんだり、どこの国でもするじゃないですか。それをどういうふうに音楽にぶつけて、悩みを解消するか。たとえばイギリスだったら、アメリカのロックを聴かせても、その悩みはたぶん解消しない。もっと内に秘めた、自分と対話する感じだから、すごい暗い音楽でも、全然ネガティブじゃない。
――ああー。なるほど。
サンパウロとかリオとか、ブラジルは貧富の差が激しいから。そういう場所だからこそ、音楽ぐらいは明るくあってほしいなと思うだろうし、「ここからサンバとボサノヴァが生まれる理由がわかるわ」と思いましたね。似たような話で、“キューバ人にマイルス・デイビスがわからない説”があるんですけど。
――ほおー。
キューバ人のミュージシャンとバンドを組んでる、白人の友達が言ってました。「キューバ人にブルースはわからない」って。だからマイルスもわからないって。キューバの人にとって音楽=キューバ・ミュージックなんですよ。「なんで音楽を聴くのに悲しまなきゃいけないんだ?」って、音楽の作用が違う。イギリス人は、余裕があるから、音楽で気分を上げたり落としたり、そういう使い方をするんだと思うんですね。R&Bも、アメリカのR&Bみたいにやたらキャッチーで、ファンクもノリ一発みたいな感じじゃなくて、イギリスのR&Bやファンクは、もっとディテールが細かかったりする。ジャミロクワイですら、ちょっと曇りを感じますからね。
――確かに。
言うても、スティービー・ワンダーは、やっぱりアメリカンだなと思うし。インコグニートのブルーイも、モーリシャス出身で相当ハッピーな人だけど、出て来るサウンドは比較的明るくても、こだわるところがけっこう細かい。イギリスのミュージシャンは、ものすごくタイトで細かいです。日本のファンク・バンドがうまくなると、どんどんロンドンに近づいていく気がする。島国だし。
――感情の起伏が似てるのかもしれない。
似てると思いますよ。音楽に求めるところは、ただ明るくてキャッチーというだけじゃない。日本も、だいぶアメリカナイズされてきましたけどね。
――「Soul Rain」は、ロンドンのアビー・ロード・スタジオ録音ですよね。ビートルズで有名な。個人的には、すっと肌になじむ感じが一番しましたね。しっとりと、密室感があって。
ストリングスがいいですよね。雲に突き抜けてない感じの音。日本の首都が金沢にあったら、日本の音楽はさらにイギリスに似たかもしれない(笑)。
さかいゆう 撮影=大橋祐希
――ニューヨークはどうですか。
ニューヨークは、アメリカじゃないから。ニューヨークだから。ニューヨークは、世界の音楽の中心であることは間違いないと思いますね。すべての才能ある人が集まってきて、1年間に入ってくる人と出ていく人の数が一緒。戦いに敗れて故郷に帰る人と、夢を抱いて出て来る人が同じだけいる。あそこにいるだけでも、すごい刺激がありますよ。あそこだけ、重力が二倍ぐらいある気がする。いい街だけど、自分が強くないとやっていけないから、すごく面白いですよ。
――ゆうさん、肌に合うんじゃないですか。
住むんだったら、ちょっと離れたところがいいですけどね。ニュージャージーとか。でも、ニューヨークに住んだとしたら、毎日ライブを観に行くでしょうね。楽しくて。自分の好きな人が、毎日どこかでやってるから。
――5~7曲目のニューヨック・セッション。大好きです。きれいなメロディのバラード系が多くて、しかも日本語でしっかり歌ってる。
ああ、ほんとだ。でも、意図的にやったことは一つもないですね。「裸足の妖精」をサンパウロでやっても、ロンドンでやっても違和感があるだろうし、ニューヨークしかないだろうと。音の響きを楽しんだ感じですね。テラス・マーティンと一緒にできたのは、かなりありがたかったですね。当日まで、来るかどうかわかんなかったんですよ。ジャズマンだから。
――ジャズマンだから(笑)。昔ながらの。
ジェームス・ジーナス(Ba)、ルイス・ケイトー(Dr)は、ジョン・スコフィールドの紹介だったから、絶対来るだろうけど、テラス・マーティンはジェームス頼みだったから。
――無事に来て良かった(笑)。素晴らしいサックス・ソロです。「孤独の天才」のテラスは。「鬼灯(ほおずき) feat. Nicholas Payton」の、ニコラス・ペイトンのトランペットも素晴らしいし、ニューヨーク・セッションは、管楽器が特にかっこいい気がする。あと「孤独の天才」は、歌い方もいつもと違うじゃないですか。すごく太い声でどっしり歌っていて、場所やムードがそうさせたのかな?と。
できるだけ無心に歌ってるつもりですけど、声は変わってきますね。それは歌詞と、その曲のメッセージで、歌い方を感じながら、それを発している感じですね。声のトーンを、喉や、胸が、決めてくれてるんじゃないですか。
――そして、LAはやっぱりLA。乾いて、抜けた音がする。
「Soul Rain」を聴いた後に、戻って、「21番目のGrace」を聴いたら、笑っちゃうぐらいLAですね。
――やっぱり空気が違いますか。
全然違います。日差しもあるし、楽器も乾いてるし。ピアノが一番変わりますね。ロンドンは曇ってて、LAはパキパキ。左手の音がこんなに抜けがいいのは、日本ではないですね。「21番目のGrace」のピアノは、僕が好きなジョー・サンプルの感じなんですよ。ピアノにも、表情はいろいろあるんです。
――面白いなあ。ブラジルは?
ブラジルは、生ピアノがあったんだけど、キーボードでやりました。あえて。生にありがちな、ミッド(中音域)のゴン!っていう音があんまりない。そこが生ピアノとキーボードの違いです。生ピアノは、編成が多いバンドでも存在感があるから、音が小さくてもちゃんと聴こえる。だから、結局生が好きなんですけど、ブラジルのレコーディングは楽器がめちゃめちゃ多かったんですよ。ギター2本にパーカッションとドラムがいて、みたいな。そこで僕が生ピアノを弾くと、目立ちすぎちゃうから。ブラジルの2曲「想い出オブリガード」「リベルダーデのかたすみで」は、レナト・ネトのキーボードを聴かせたかったから。僕は一歩引いて。
――プリンスのアルバムで弾いていたレナト・ネト。
ブラジルのファンクは、レイド・バックしないですから。ブルドーザーのように前に前に進んでいく。むっつりしてない。そこがかっこいいですね。
――それは最初の話題に出た、土地柄と音楽との関係性で言うと、陽気さや明るさを潜在的に求めているというか。
求めてると思います。彼の解釈が面白いんですよ。僕のデモテープを聴いて、ソロを気に入ってくれたんですけど、けっこうレイド・バックした弾き方をしてたんですよ。それをネトが弾くと、絶対レイド・バックしない。どんどん前へ進んでいく。ドラムみたいに弾くから、彼が入ると、リズムに推進力が出る。プリンスは、タイトなリズムが好きだから、ネトみたいなファンキーなプレーが、自分のギターに合うと思ったんでしょうね。これがハービー・ハンコックだったら、もうちょっとねっとり弾くし、僕はどっちも好きですけどね。それがすごく勉強になりました。
――並べて聴くと、よくわかりますね。で、前作のインタビューの最後に、このアルバムは「J-POPに飽き飽きしたおじさんへの、希望の光」と言ってたんですけども。
そんなこと言ったんだ(笑)。
さかいゆう 撮影=大橋祐希
――今回はどうですか。どんな人に届けたいですか。
じゃあ、引き続きおじさんに(笑)。でも、届けたいという気持ちよりも、届く人には届くんだろうなって、僕はそういうふうにやってますね。押し売りでも選挙でもないから、応援してくださいとも言わないし。必要とされなくなっても、やることは変わんないから。独りでも音楽はやるから。たとえばマッサージ師とか、ヨガのインストラクターとかやりながらお金貯めて、年に3曲ぐらい録って、3,4年かけてアルバムを出すと思いますし。『Touch The World』みたいな作品は、作れないだろうけど。
――そうですね。今だからこそ作れた、奇跡のアルバム。
だから今は、この子をできるだけ、しっかりと届ける仕事をします。まさに今からが仕事なんで。
――再現は難しいと思いますけど、ライブ、どうしましょう。
再現はまったく考えてないです。ライブ・アレンジを作り直します。
――リリース・パーティーは、5月4日に梅田クアトロ、5月17日に日比谷の野音。楽しい宴になりそうですか。
なりそうです。東京公演には目玉商品があって、二部構成になります。大阪のライブ+アルファになるんで、盛りだくさんの予定。たぶん、最長3時間半ぐらいやりますね。その内容を、今まさに詰めてます。
――おおー。
『Touch The World』が好きだと思ってくれる人が、さらに楽しめるように。ちゃんと仕掛けを考えてます。
――誰か来ますか。大物ゲストとか。
呼んじゃいますか。AIで。
――それはいいです(笑)。生身の人間で感動したいので。ライブ楽しみにしてます。
あと、そうだ。アナログ。
――ああー。アナログ盤、4月に出ますね。宣伝しましょう。
びっくりするぐらい、音がいいですよ。行きつけのアナログ・バーで、CDと聴き比べてみたら、全然違いましたね。アナログは、本当にそこでライブやってるみたいだった。最初は、自分が聴く用に自分で作りたいと言ったんですよ。それが実現して、売ることになった。メトロポリス・スタジオのジョン・デイビス(マスタリング・エンジニア)はすごいですね。天才です。
――みなさん、アナログもぜひ。音楽の楽しみがさらに広がります。
CDでもアナログでも、ぜひ聴いてほしいです。
取材・文=宮本英夫 撮影=大橋祐希
さかいゆう 撮影=大橋祐希