DIR EN GREY 初となる無観客ライヴ生配信を敢行、全世界のファンがひとつに
3月28日、横浜市に新設されたKT Zepp YokohamaにてDIR EN GREYが無観客ライヴを実施した。その模様はバンドのYouTube公式チャンネルを通じて生配信され、まさしく世界規模の大きな反響を集める結果となった。
DIR EN GREYはそもそも3月27、28日に組まれていた同会場での二夜公演を皮切りに、「TOUR20 疎外」と銘打たれた今年最初の国内ツアーを実施することになっていた。が、新型コロナウィルスが猛威を振るうなか、その事態終息が見込めないことから同17日の時点で両公演とそれに続く仙台、札幌の延期が発表され、さらに24日には大阪での各公演についても同様の措置が取られたことが報じられていた。そんな中、3月23日に明かされたのが、この無観客ライヴと全世界に向けての生配信実施だった。DIR EN GREYにとっては無観客状態での公演実施も、ライヴの生配信自体も、史上初の試みということになる。また、KT Zepp Yokohamaは3月7日に開業を迎えているが、こうした事態により公演見送りや延期などが相次ぎ、結果的にはこれが同会場で最初に実施されたライヴ・パフォーマンスということになった。
当日の配信は、午後2:30よりスタート。ふたつの連続的プログラムのような形式がとられ、まずは4時間以上にわたりメンバーやバンド関係者たちのインタビュー、普段ならば決して目撃することのできないサウンド・チェックやリハーサルの模様などがドキュメンタリー的に紹介された。もちろんこちらもすべて生配信である。そして19:00からはライヴがスタート。新たなツアーの開幕を待ち焦がれていた日本国内のファンのみならず、国外からも桁外れのアクセスがあり、同夜のうちにドキュメンタリーは13万、ライヴは15万を超える視聴回数を記録。その後も数字を伸ばし続ける結果となった。
また、ライヴ放映中にはTwitterにおいても話題を独占し、「これが音楽の力!」「明日への活力をもらえた」といったポジティヴなメッセージを集め、国内トレンドの首位を独走。同様にメキシコ、ポルトガル、中国でも1位を記録し、全世界のトレンド3位になった(ちなみにドイツでは24位、ブラジルでは33位、アメリカでも37位を記録)。加えてこの模様は中国最大級の動画配信プラットフォームであるDouyu TV(斗魚直播)を通じても同時に配信され、大きな反響を集めた。ライヴ配信中には視聴者数ランキングの1位を記録しているが、現地の担当者によれば、単体のアーティストによるライヴ配信での首位獲得は、中国においてはごくまれなことなのだという。
この公演には「The World You Live In」というタイトルが掲げられていた。すなわち「TOUR20疎外」と同じ時間軸上にはありつつも、独立したものという解釈なのだ。当然ながら演奏内容は現時点においての最新オリジナル・アルバムにあたる「The Insulated World」(2018年9月リリース/通算第10作)を軸とする内容のものとなった。また、この公演タイトル自体は、昨年9月にリリースされたシングル“The World of Mercy”の歌詩に含まれる〈お前らの生きてる世界〉がそのまま英訳されたものだが、実際、世界がこのような状況に追い込まれていなければ実施されることもなかったはずのライヴでもあるだけに、その意味深長さも広く伝わったことだろう。DIR EN GREYはかならずしも社会的なメッセージ発信を主たる目的とするバンドではないが、デビュー当時から人間が抱えるさまざまな〈痛み〉というものをテーマのひとつとしてきた。その彼らが、視聴者たちに〈自分たちの暮らす世界〉の現状に目を向けるよう促すかのような言葉をこの公演に掲げていた事実からも、深刻化する一方の事態に対する危機感、問題意識の強さが感じられた。ことにすべての演奏終了後、メンバーたちが去ったステージ背景にこのツアー・タイトルだけが浮かんでいたラスト・シーンには、とても示唆的なものがあった。
具体的な演奏内容については別掲のセットリストをご参照いただきたいところだが、約70分間のライヴ・パフォーマンスのなかでことに印象的だったのは“Ranunculus”から“The World of Mercy”にかけての美しくも壮絶な流れだった。また、通常のライヴでもいわゆるMCというものをほとんど行なわない京が、この夜のステージ上で歌詩意外に口にしたのは、ライヴを締め括った“詩踏み”の前に発された「LAST!」という一言だけだった。カメラを通じて視聴者を扇動するような言葉を吐くことも、何かを語りかけるようなことも、彼は一切しなかった。が、だからこそ逆に彼らが音楽と歌詩、パフォーマンスを通じて表現しようとしているものが、より混じりけのない状態で伝わることになったのではないだろうか。同時に、久しく彼らのライヴから遠ざかっていた人たち、これまでライヴ・バンドとしての彼らに触れたことのなかった人たちにとっても、このバンドの本質的なところを知る絶好の機会になったに違いない。
実際、この3月最後の週末については東京都に限らず各自治体から不急・不要の外出自粛要請が出ていたわけだが、そうした状況はここ日本国内に限ったものではなく、世界各地が同様の問題を抱え、いわば苦悩や不安、葛藤を共有した状態にあったともいえる。そんななか、かねてからワールドワイドな活動を続けてきた彼らの音楽や姿勢に共鳴するファンは、それぞれの国、それぞれの安全が確保された場所から、このライヴの模様を見守っていたわけだ。確かに彼らの演奏中、KT Zepp Yokohamaの場内にいたのは、13台のカメラを操る撮影クルーをはじめとするスタッフのみで、純然たる観客はその場にひとりもいなかった。そうしたオーディエンス不在の状態で行なわれるものを〈ライヴ〉と呼ぶことに抵抗をおぼえる読者もなかにはいるかもしれないが、巨大スタジアムにも収容しきれないほどの数の共鳴者たちの視線を間接的に浴びながら繰り広げられた5人の演奏は、まぎれもなく〈ライヴ〉だったし、ある意味、通常のライヴを超える何かが感じられるほどの特別なものになったように思われる。また、いわゆる配信用のライヴであるとはいえ、映像や照明を駆使した演出なども、実際のライヴにまったく遜色のない、DIR EN GREYならではのクオリティを伴ったもの。会場には彼らのライヴに携わるレギュラー・メンバーのスタッフたちが顔を揃え、この画期的な試みを支えていた。
前述の通り、「TOUR20 疎外」については、すでに横浜、仙台、札幌、大阪での各公演について延期措置が取られ、5月の振替公演日程が発表されている。現状、このツアーは4月16日に組まれている名古屋公演をもって開幕を迎えることになっているが、実際問題、今後の状況次第ではそれも確実とは言い切れないところがある。ただ、バンドや関係者たちが、いつツアーがスタートしても差し支えないように万全の体制を整えた状態にあることは、この日の配信プログラム前半のドキュメンタリー部分でもメンバーの口から語られていた通りだし、現実に彼らのエンジンが停止してなどいないことは、この日の鬼気迫るライヴ・パフォーマンスからも明らかだった。
今は何よりも、バンドの側もオーディエンスの側も、心おきなくライヴを楽しむことのできる環境が一日も早く確保できることを願いたいところだが、同時に、この歴史的な一夜を経たうえで、DIR EN GREYが次にどんなステージを披露してくれるのかが、楽しみでならない。期待は膨らむ一方だが、きっとそれを超えるものを彼らは提示してくれるに違いない。
Text by 増田勇一