本多槇一郎総支配人
小劇場演劇のメッカ、東京・下北沢。その中核を担うのが、本多劇場をはじめザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアター、『劇』小劇場、小劇場楽園、シアター711、小劇場B1の8つの劇場を運営する本多劇場グループ。その本多劇場グループではコロナ禍の2020年6月に、演劇の無観客配信をスタートさせた。それは新たな実験を行うというよりは、1日も早く、活気あふれる劇場のある日常を取り戻すための動きでもあった。グループ総支配人の本多愼一郎氏に話を聞いた。
■何か準備をしなければ再開がどんどん遅くなってしまう
――3月末、東京では劇場公演が一気に中止になりました。そうした動きの中でも下北沢の劇場はしばらく開場していて、頑張っているなと思っていたんです。そのころの状況はどうだったんでしょうか?
あのころは情報が非常に不確かだったじゃないですか。日々内容が更新されていたり。今もそういう印象はありますが。「自粛しなさい」という声は劇場にもありましたし、劇団にも届いていました。うちも開けていたとはいえ、3月末には運営が厳しいと判断して、ゴールデンウィークくらいまで公演を予定していた団体さんと話し合いを始めました。それでも「やりたい」という方々も多数いらっしゃった。でも「今公演を行うことは劇団の今後の活動に良い影響を与えない」と中止を決めていきました。
『DISTANCE』入江雅人 (写真:和田咲子)
『DISTANCE』永島敬三 (写真:和田咲子)
――それから2カ月という休業状況が続きました。どんなお気持ちでしたか?
当初の緊急事態宣言はGWまでだったので、まずはそこを目指そうとは思ったんです。でもGW後に再開というのは難しいだろうとも感じていました。そして予想通り延長になり、次が6月1日ごろと発表されました。すべてが曖昧な状況の中、しかし何か準備をしなければ再開がさらに遅くなってしまう。一方、東京都から配信だけなら劇場を使用してもいいという情報が出ていましたので、それを信じるしかなかったんです。ただし緊急事態宣言下で配信を行っても世間の納得を得られない部分もあったので、解除後になるであろう6月1日に合わせて無観客生配信を計画しました。5月頭ごろに20年来の付き合いがあった脚本家・演出家の川尻恵太さん、御笠ノ忠次さんと打ち合わせし、『DISTANCE』という一人芝居(計11人の俳優が参加)を無観客上演し、イープラスさんのライブ配信サービス・Streaming+で有料生配信を実施したわけです。これなら安心して皆さんに見ていただけるという思いと、これが世間に叩かれるようならしばらくは何をやってもダメだろうという基準としてやったところはあります。そして何より劇場からの配信でないと意味がないという思いは強くありましたね。
『DISTANCE』井上小百合 (写真:和田咲子)
『DISTANCE』川尻恵太(右)と御笠ノ忠次(左) (写真:和田咲子)
その後、本多劇場では6月13日(土)~6月14日(日)に、「三密回避シチュエーションオムニバス舞台『デジタル本多劇場』」を上演。グループ内の各小劇場も配信公演や観客数を制限した公演で順次再開をしており、『劇』小劇場とOFF・OFFシアターでは、「オンライン即興演劇実験ライブ-演劇を止めるな-」と題し『インプロ実験ライブ』を6月12日(金)・19日(金)に実施。
さらに、6月19日(金)〜21日(日)には「小劇場B1」にて劇場公演とライブ配信の二本立てで行う、本多劇場グループ PRESENTS|ACALINO TOKYO『演劇の街をつくった男』を上演する予定。これは演劇ジャーナリストの徳永京子氏が本多劇場グループ代表の本多一夫の半生を取材し、書き上げた『「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢』が原作。脚本・演出を担当するとくお組・徳尾浩司がオリジナル・ストーリーを交えて舞台化する。詳細は、https://acalino.jp/2020/06/06/engekinomachi/ 。
『演劇の街をつくった男』モデルの本多一夫(右)と脚本・演出の徳尾浩司
■小劇場協議会を立ち上げ、小劇場が情報共有しながら、共に再開に向かう
――その無観客生配信に込めた思いを教えてください。
『DISTANCE』公演は、いかに早く劇場を再開するかに向けて、どれだけの安全対策をすれば、お客様が安心してきてくださるかの環境づくりの側面もあったんです。関係者向けには「こういった取り組みをしました」という情報を公開したり、掃除の仕方、消毒剤、ポップ類の作成などさまざまな情報を劇場や劇団からも収集して企画に盛り込みました。
私たち自身の姿勢としては『DISTANCE』から一人たりとも感染者を出してはいけないということを念頭に、稽古はzoom、仕込みはマスクとフェイスガードの装着を必須にし、換気も過剰なくらい徹底しました。今できることをやりながら公演を進めた、という感じでした。
本多劇場よりも大きな劇場では、隣の席との間にパーテーションを入れてお客さん同士の感染の可能性を減らす、そこにマスクやフェイスガードを取り入れれば、感染の可能性をかなり下げることができるのではないか、という実験もしています。
――それと並行して、都内の小劇場が情報を交換して発信する小劇場協議会( http://jipta.jp/ )を結成されたんですよね?
全国公立文化施設協会さんが『劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン』を発表されましたよね。その内容を踏まえて、小劇場協議会としてのガイドライン( http://jipta.jp/?p=1 )を作成、発表させていただきました。公文協さんのガイドラインを読み解きながら、可能な限りの対策を練って、ほかの芸術活動団体の意見も参考にしています。その内容は小劇場の劇団などに対しては厳しい内容だと思います。小劇場協議会に参加してくれた劇場さんたちの間だけでも、意識共有を強め、一緒に再開に向けて進みましょうという思いがあるからです。ただ見方によっては、劇場側から劇団に押し付けているんじゃないかという意見もいただきました。でも、そこは緊急事態宣言が解除されたからと、自由にやってしまって劇場周りから感染者が出ることになったら、再び演劇界全体が休業しなければならなくなってしまいます。そうならないことを一番に考えて動いています。これは段階的な内容です。社会情勢を見ながら、随時内容を改定していこうと思っています。
小劇場協議会の様子
小劇場協議会の様子
――劇場からの配信はいつまで行う予定ですか?
うちがこれから配信用の設備を充実させていく予定は今のところないですが、配信をやりたいという相談があったときに、何もわからないのではお話もできないので、6月に関しては、うちも勉強しながらやっているような状況です。ただオンラインに関しては、今後は会場に来た方々と地域にお住まいで今まで会場に来られずなかなか参加できなかった方々がつながる窓口にはなりそうです。地域によっては公共ホールだけで、小劇場がないところもたくさんあると思うんです。僕はそういった地域の方への発信、映像環境のクオリティも上げて、いい作品を発信できる、面白い試みをやっていけるのであれば、今後も実施していく可能性はあると思います。また配信と劇場での観劇との住み分けもできるものだと思っています。
――今回、劇場を使って配信するということにこだわっていらっしゃいますよね。一つには先ほどの感染防止対策に関する試行錯誤のためですが、表現という部分で新たなものが出てきそうな予感はありますか?
それが劇場で配信を行うという意味で重要だと思っています。こういう騒ぎにはならなくても、劇場は常に新たな試みなどを試してきている場所です。その延長上のことにすぎません。劇場というのは特別な空間です。映像配信だとしても、劇場に演者がいて表現がある。今行ってることは次につながる新たな手法になるという感触は確かにありました。
そういう意味では『インプロ』に関しては、今後も何回か重ねて、オンラインと劇場での両方からの相互発信型などのいろいろな可能性を試していきたいと思っています。
『オンライン・インプロ実験ライブvol.2』より
『オンライン・インプロ実験ライブvol.2』より
■映像配信が客席減を補完する収入になる可能性
――改めて映像配信の中から何か発見はありましたか?
やはり主催者側が気にしているのは、公演は行うけれど、客席数を制限してしまったら興行にはならないということだと思うんです。そこの判断が一番難しい。もちろん映像配信について否定的な意見もありましたし、考え方はさまざまです。映像のスタッフさんを新たにお願いするので、その人件費などをペイできるのかという課題もあります。今回の試みで明らかになったのは、もちろん生の舞台を見るのとは違うんですが、演劇をきちんと見られる環境にはできたと思うんです。こういう仕組みを取り入れることで、何らかの収入にはつながるかもしれないという感触がありました。僕らにとってはそのことの方が需要だと考えます。
――最後に、これから始まる“新たな日常”への思いをお願いします。
今回のことをポジティブに考えれば、アーティストが配信している映像表現を見るというきっかけができたことでしょうか。そこには「少しでも演劇を忘れないで」という意味合いも強くあったと思うんです。ただ今まではアーティストさんのおかげで無料で楽しませていただいた分、これからはお客様にも少しだけでも応援、還元していただけたらと思いますね。
そして、これからいろんな劇場が一歩ずつ活動を始めていくでしょう。私たちが先行して動き始めたのは、誰かが動かなければ進まない、という思いもありました。また体温測定、感染者が万が一出た場合の名簿の記入、アルコール消毒などはお客様には本当に積極的にご協力いただきました。今後こういう様子が普通に行われていくのだろうなと思います。
もう少し先には、さらなる感染防止策の工夫を演劇界全体でしてくださると期待しています。その情報を共有して、演劇業界が早く日常を取り戻せるようになってほしいと願っています。
取材・文:いまいこういち
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