HYDE、総勢22名のオーケストラを率いたコンサートツアーを中野サンプラザにてスタート 新曲「NOSTALGIC」も初披露
今年ソロ活動20周年のアニバーサリーを迎えるHYDEの新たなる旅、「20th Orchestra Tour HYDE ROENTGEN 2021」。すなわち総勢22名のオーケストラを率いて全国11都市14公演を廻る壮大なコンサートツアーが6月25日・26日、東京・中野サンプラザホール公演にていよいよ幕を開けた。
コロナ禍により音楽を始め、エンターテインメント業界も少なからぬ打撃を受けるなか、逆風に屈することなくこの状況下において実現可能なライヴの在り方を模索し続けてきたHYDE。今ツアーに先駆けて昨年末から今年3月にかけて開催されたアコースティックライヴツアー「HYDE LIVE 2020-2021 ANTI WIRE」では徹底した感染予防対策の下、これまで彼が追い求めていたハードでラウドなロックスタイルから一転、聴かせることに主軸を置いたステージを展開し、客席も全席指定のうえ着席での観覧とすることでニューノーマル時代に則した新たな表現スタイルを確立してみせた。オリジナル楽曲に施した大胆かつバラエティに富んだリアレンジはアコースティックを歌いながらもその既成概念を根底から覆し、HYDEというアーティストが生み出す音楽の底知れない可能性を改めて深く印象づけたことも記憶に新しい。そうした画期的成功を糧にさらなる進化と音楽性の追求に踏み出したのが今ツアー「20th Orchestra Tour HYDE ROENTGEN 2021」と言えるだろう。
「HYDE Christmas Concert 2017 -黑ミサ TOKYO-」や「HYDE ACOUSTIC CONCERT 2019 黑ミサ BIRTHDAY」などオーケストラを擁したコンサートは過去にも行なわれているが、ツアーとして全国を廻るのはこれが初となる。また、ツアータイトルにも冠されている通り、2002年にリリースされた彼のソロ1stアルバム「ROENTGEN」を再現することが今回の主たるコンセプトだ。HYDEのソロ・ワークスにおける原点にして、もっとも密やかでパーソナルな息遣いを感じさせる異色の傑作「ROENTGEN」。HYDEが持つ“静”の側面が浮き彫りにされている本作は、その性質上、ライヴでの再現を想定せずに制作され、それゆえ“ROENTGEN”と銘打ったステージはリリース当時もほとんど行なわれていない。コロナ禍の今だからこそ今しかできないライヴをしようという発想から実現に至った今ツアー、ソロ活動のスタートから20年という歳月を経てついにそのときが訪れたのだ。
ツアー初日となる6月25日、そこはかとなく緊張感を漂わせていた場内は開演時刻と同時に暗転した。新型コロナウイルス感染症予防対策のため観客はマスク着用が義務づけられ、歓声など大声を発することが禁じられているが、それを補って余りある大きな拍手はどれほどこの瞬間を待ち侘びていたか、ありありと物語っている。一気にみなぎる昂揚に先ほどまでの緊張感などたちまち霧散してしまったようだ。応えて鳴り渡るオーケストラの豊潤なアンサンブル、その深く重層的な音色に包まれてHYDEも「ROENTGEN」の特色のひとつでもある中低音域の厚みある歌声をオープニングから存分に響かせる。派手なステージセットや演出を一切必要としない、純度を極限まで高めた音楽によってのみ満たされたこのうえなく贅沢な空間。表情豊かに織りなされる「ROENTGEN」の楽曲たちは、20年もの時をあっさりと超えて実に鮮やかだ。「EVERGREEN」や「SHALLOW SLEEP」などアルバムに先立ってシングルリリースされ、今なお折に触れて演奏される「ROENTGEN」の代表曲と呼ぶべき楽曲はもちろんのこと、インダストリアルな音像が作品内でも異色の存在感を放つ「NEW DAYS DAWN」や、世界的文学作品「アンネの日記」に触発されて歌詞を書いたという「SECRET LETTERS」に滲む自由への憧憬と静謐であるがゆえに痛烈な悲しみは、コンサートで再現されればいっそう立体的な情感を伴って聴き手の心を激しく揺らす。物語的世界観の完成度はもとより非常に高いアルバムだが、生の楽器と生の歌声で演奏されることで作品にさらなる奥行きが加わったようにも感じられた。
そうした手応えを、HYDE自身も実感として得られていたらしく、MCでは「やっと「ROENTGEN」に会えた気がします。僕もこうして歌っていて感慨深いし、うれしい。しかも、このメンバーが再現してくれるなんてすごいなってタイムマシンに乗った気分でやっております」と声をはずませる。また、「ROENTGEN」制作当時を振り返り、「自分だけの宇宙を作りたくて仕方がなかったんだよね。自分の好みだけで隅々まで作品を作り上げるということをしたかった。なので20年前、無理を言って作らせてもらったんです」とソロ活動をスタートさせた心境を語る場面も。日本とロンドンを往復し、曲作りとレコーディングに明け暮れた日々は楽しくも、そう容易に繰り返せるものではないと思い知らされるような大変さにも満ちていただろう。「こんなアルバムはしばらく作れないな、やるとしても10年後かなって当時のインタビューで言ってたんですけど……20年経ちましたね(笑)」と冗談めかしながら、現在、「ROENTGEN」の続編にあたるアルバムを制作中であることも明かしたHYDE。
そのなかから数曲を披露し、次作に向けてオーディエンスの期待を俄然、引き上げていったが、なかでも白眉だったのは今ツアーのスタートに合わせてこの日配信リリースされた新曲「NOSTALGIC」だ。ダブルカルテットが奏でるストリングスの重厚なアンサンブルに繊細なピアノの旋律が絡み合い、さらにフルートの柔らかで肉感的な音色、トランペットやトロンボーンの張りのある音色はドラマティックな楽曲をなお劇的に彩る。しかし、オーケストラによるダイナミックな演奏は然ることながら、何より目をみはらされたのはそれらにけっして埋もれることのないHYDEの伸びやかでスケール感に溢れたヴォーカリゼーションだった。憂いを帯びながらも果てしなく雄大な歌声は、天賦の才でもある一方、ソロとして20年、もっと言えばL’Arc〜en〜Cielのヴォーカリストとして30年にも渡って積み上げてきた努力と研鑽の賜物に他ならない。艶めいたファルセットを織り交ぜながら歌い上げられる「NOSTALGIC」は今の彼だからこそ体現することができた現時点最高をマークする一曲だと断言したい。
「ROENTGEN」の楽曲や新曲のみならず、セットリストには彼のキャリアを反映した数々の名曲も並ぶ。まだ初日を終えたばかりのツアーだから詳細を明かすのは避けるが、トリビュートアルバムにも参加して歌っているあの曲のカヴァーや、フィーチャリングアーティストとしてコラボレーションした楽曲、親交深いあのアーティストに提供した楽曲のセルフカヴァーなど実に豪華なラインナップだ。しかもHYDEはそれらをことごとく自身のものにし、HYDEならではの唯一無二の歌唱として轟かすのだからたまらない。「ROENTGEN」を標榜したコンサートでありつつもただの原点回帰に終わることなく、むしろ現在進行形で進化するHYDEの凄みを徹頭徹尾見せつけられたように思う。
「『ROENTGEN』を作っていた当時はデジタルだったりダンスミュージックだったりが盛り上がっていて、こんなアコースティックなアルバムは誰も求めていませんでした。まさに時代に逆行するというか、単純に自分がやりたいことをやっただけっていう感じだったんですけど。でも僕、ロックって音がうるさいだけじゃなく、反抗するとか時代を変えていこうとする、そういう意味もあると思うんです。あのとき『ROENTGEN』を出すというのは僕にとってはロックだったんですよね。静かなアルバムではあるけど、時代に逆行するっていう気持ち。それが当時の僕なりにかっこいいなと思っていて」
コンサートの終盤、HYDEはそう告白し、今作っているアルバムも世の中に必要とされているかはわからないけど、世間の主流に乗っかるのではなく自分なりに納得できる作品を作り上げて世に送り出したいと想いを語る。そして「このアルバムを20年も聴いてくれてありがとうございます。本当に君たちは僕の良き理解者です」と感謝を告げ、「こういう状況ではあるけれど、今日は夢を見られたと思うんです。僕もすごく楽しかったし、みんなにもきっとここに来てよかったと思ってもらえたんじゃないかなって。このツアーで日本中のみんなにいい演奏と“生きていてよかった”って思えるような夢を届けられたらいいなと思ってます」と宣言。沖縄を除き、全国的に緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだまだ不安定な状況は続くだろう。先行きが不透明な現実のなかで音楽に何ができるのか。そう自身に問いかけながら、オーケストラを帯同したHYDEの新たな旅は続いてゆく。終演後、初日を無事に終えた安堵とオーディエンスへの親愛を浮かべ、いつまでも去りがたそうにステージから手を振るHYDEの笑顔と、場内に満ちた多幸感がいつまでも胸に残った。
(取材・文 本間夕子)