空白ごっこ
空白ごっこ『全下北沢ツアー』
2021.9.12(sun) 下北沢CLUB251
セツコ「コロナが落ち着いていなくて、もしかしたら最後までできないんじゃないかという心配もあったんですが、みなさんが感染対策を守ってくださったり、万全の体調で来てくださったことで、無事10回目を迎えることができました。やりきれて本当に嬉しいです。ありがとうございました!」
7月から9月にかけて、下北沢10カ所のライブハウスで開催された、空白ごっこの初ツアー『全下北沢ツアー』。様々な個性を持ったバンド/アーティストを招き、ツーマン形式で行なわれた今回のツアーは、めでたく全公演チケットソールドアウト。SPICEでは、ツアー初日であり、空白ごっことして初のライブとなった下北沢ERA公演をレポートしたが、冒頭に記したセツコの言葉通り、スタッフ/オーディエンス問わず、ツアーに関わったすべての人たちのサポートもあり、9月12日(日)、無事にツアーファイナルとなる下北沢CLUB251公演を迎えた。
シナリオアート
ツアーファイナルに招かれたゲストは、シナリオアート。ハヤシコウスケとハットリクミコのツインボーカルに加え、シンセベースを操ったヤマシタタカヒサもコーラスに参加した「アダハダエイリアン」に始まり、3人が鳴らす音が躍動感たっぷりに疾駆していく新曲「アイマイナー」に加え、代表曲の「ホワイトレインコートマン」と「ナナヒツジ」の連打、さらにはハットリがキーボードを奏でた壮大なスロウナンバー「ホシドケイ」まで、実に幅広い楽曲群を披露した。ちなみに、シナリオアートの出演がアナウンスされたのは、この日のチケットがソールドアウトした後。つまり、3人の目の前にいたのはすべて空白ごっこを観に来たオーディエンスという状況ではあったのだが、しっかりと身体を揺さぶり、心を掴む圧巻のパフォーマンスを繰り広げていた。
シナリオアート
シナリオアート
シナリオアート
舞台転換と場内換気が終わり、いよいよ空白ごっこのステージが始まる。初日公演同様、SEに合わせて行進するように入場してきたセツコ……だったのだが、ステージに入ってきた瞬間から、初日の彼女とはあきらかに雰囲気が違っていた。約1ヶ月半の間に長尺のライブを立て続けに経験したこともあり、場慣れしたところはあると思う。しかし、それだけではない何かが、彼女から滲み出ていた。まだ歌い出す前ではあったのだが、この短期間で彼女が間違いなく成長したことが、その立ち姿や佇まいからまじまじと伝わってきた。
空白ごっこ
“下北沢だいちゅき♡”と筆で書かれた半紙を掲げた後、セツコがマイクスタンドの前に立つと、ドラムが4カウント。1曲目は「運命開花」だ。駆け抜けていくバンドサウンドの上で、ときに激情的に声を張り上げながら歌うセツコ。歌い出しからかなり集中して曲の世界に入り込んでいる。初日公演のときは、序盤はやや固さがあって、この日も後のMCで「最終日で緊張している」と話していたのだが、その印象は皆無。いきなりトップギアで、力強いロングトーンを伸び伸びと轟かせた。「空白ごっこです」と落ち着いた声で挨拶をした後、続けてアップテンポの「ストロボ」へ。クラップをしたり拳をあげたりと、フロアの熱を力強く牽引しながら歌を届けていく。
空白ごっこ
穏やかでマイペースなMCを挟みながらも、退廃的で怪しげな空気をまとった「リルビィ」ではクールに、苛立ちや虚無感を叩きつけるような「だぶんにんげん」ではガナり気味にと、曲ごとに歌の表情を見事に切り替えていくセツコ。感傷に満ちたギターロックの「雨」や「なつ」は、どこか泣いているようにも聴こえる彼女のエモーショナルな歌声が、一段と映えるものになっていた。また、弾む鍵盤の音色とスラップベースが絡み合う「キザな要素が足りない」や、煌びやかに高揚を煽る「ハウる」といったダンサブルな楽曲では、手を左右に振ってフロアをまとめていたのだが、その姿はボーカリスト然としていて、かなり堂々としている。なかでも圧巻だったのが「ピカロ」だ。音源ではアンニュイな空気が漂っていたが、現場で体感すると、サポートメンバーが奏でるグルーヴィーかつパワフルなサウンドがかなり強烈。そこに対して、ときにヒステリックなまでに声を張り上げ、メリハリを利かせた迫力のある歌を、ステージを歩き回りながらフロアに投げかけていたところに、圧倒的な成長を感じさせられた。
空白ごっこ
佇まいからパフォーマンスまで、その成長ぶりにひたすら驚かされっぱなしだったのだが、もうひとつ、初日公演では見られなかった光景があった。
それはライブの中盤のこと。「エモーショナルなことを言う質(たち)ではないけど、こうやってみんなに向かって伝える機会も少ないので、この場を借りて、私の気持ちを聞いていただけるとありがたいです」と、セツコはこれまでのことを訥々と語り始めた。
空白ごっこ
歌を歌いたいと親を説得したときのこと、メンバーである針原翼とkoyoriと出会ったときのこと、どこにも居場所がなかった自分にとって、空白ごっこという居場所ができたこと。だからこそ、経験が少ない自分がステージに立つことで、リスナーを幻滅させてしまうのではないか、嫌われて見放されてしまうんじゃないかと思い、ライブをするのを恐れていたこと。しかし、様々な人達からのアドバイスや支えもあって、今は目の前にいるオーディエンスが楽しんでくれていることがとにかく嬉しいこと。途中、涙で言葉を詰まらせながらも、自分の想いを隠すことなくオーディエンスに伝えると、最後にこう締め括った。
セツコ「今やっと、スタート地点に立てたと思っています。もっと成長を見守っていただけると嬉しいです」
そんなMCの後に届けられたのは「19」だった。<もうちょっとはやく走れたらいい/もうちょっと長く この道を>──。儚くも美しく、それでいて力強いバンドサウンドと共に、そんな切実な思いや意志や願いを、繊細に、そして熱を込めて歌っていたセツコ。初日公演のMCは、まだ不慣れな感じもあり、どこか戸惑っているような印象もあったのだが、自分の思いをフロアに向かってまっすぐに語りかけていくその姿に、強く胸を打たれた。
空白ごっこ
人が何か大きな成長を遂げたとき、「まるで別人のように」と表現されることがある。『全下北沢ツアー』を通して、セツコは確実に成長したのだが、しかしそれは、何か別のものに変貌したという類いのものではない。セツコはセツコのまま、愚直に経験値を積み上げたことで自信が生まれ、自分自身を素直に表現できるようになったのだろう。そして、スキルやパフォーマンスの向上はさることながら、ステージ上で自身の感情を開放できるようになったことが、もしかしたら今ツアーでの一番大きな収穫だったのかもしれない。セツコというボーカリストでありアーティストが、今まさに美しく花開いていく瞬間を目撃できたような気がした。
奇しくもなのか必然なのか、空白ごっこが10月20日にリリースする2ndEPのタイトルは『開花』だ。この日、EPに収録される新曲「プレイボタン」がアンコールで披露されたのだが、浮遊感のあるサウンドに心地よさを覚えつつも、これまでの空白ごっことはまた少しだけ違った空気であり、美しさを放つ曲になっていた。先行して発表されている楽曲群含め、2ndEPもかなりの充実作になりそうな予感。心待ちにしていたい。
そして、全10公演の締め括りとして披露されたのは「リスクマネジメント」。アッパーなサウンドを全身で浴びて、髪を振り乱しながらハイテンションで歌い叫んでいるセツコの姿は、初ツアーのエンディングになんともふさわしく、ここからさらに力強く羽ばたいていく未来を強く期待させられる大団円だった。
文=山口哲生 撮影=鈴木友莉