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GRAPEVINE 新境地と円熟、生粋のライブバンドならではの熱狂も印象づけたツアー東京公演をレポート

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GRAPEVINE 撮影=藤井拓

GRAPEVINE 撮影=藤井拓

GRAPEVINE tour2021
2021.9.15 東京LINE CUBE SHIBUYA

GRAPEVINEのメンバーたちは、いつもどんなふうにステージに登場してきただろうか。この日、田中和将(Vo/Gt)は両手を挙げながら出てきたが、これまでそんな姿を見たことがあったか、なかったか。記憶は定かではないが、ともあれ、田中のそんな様子からはライブが開催できる歓びを、座席を埋めた観客に伝えようとしているように少なくとも筆者には見えたのだった。

そして、その田中をはじめ、メンバーたちがそれぞれにセッティングを終え、演奏を始める準備が整うと、金戸覚(Ba)がベースをぶんぶんと唸らせながらリフを奏ではじめた。1曲目は5月にリリースした最新アルバム『新しい果実』の6曲目に収録されているロックナンバー「阿」。

ベースの音から始まるという予想もしていなかったオープニングに意表を突かれたのか、気持ちが追いつかない観客と、そんな観客を置いてきぼりにするように亀井亨(Dr)の激しいドラムプレイを合図に演奏の熱をぐいぐいと上げていくバンドのギャップがおもしろかった。バンドがびしっと演奏を終わらせると、それまでまるで固唾を吞むようにステージを見守っていた観客が覚醒したように拍手を送る。

そこに間髪入れずにバンドが繋げたのが、再び金戸のベースから始まる「冥王星」なんだから、思わずニヤリとせずにいられないではないか。西川弘剛(Gt)がコードをかき鳴らす8ビートのロックンロールに、ようやくバンドの演奏に気持ちが追いついた観客が体を揺らし始めた。中には待ってましたとばかりに拳を上げる者もいる。

ライブはまだ始まったばかりだ。観客の気持ちをいったん落ち着かせるために、跳ねるリズムが心地いいミッドテンポのポップナンバー「Afterwards」を、田中のスキャットと高野勲(Key)のピアノが掛け合うという見せ場も交えながら披露した直後に田中が語ったのがこの言葉――。

「6月からツアーを敢行しています。6月、7月と2か月やって、8月空いて、9月から(コロナ禍の状況次第では)またどうなることかと思いましたが、こうしてできました。来たからには最後まで楽しんでいってください。非常に素直なことを言っております」

最後のセンテンスを付け加えるところがなんとなく田中らしい。続けて、彼は「新しいアルバムを中心にやります。万が一、まだ聴いてなくて、知らん曲があったら、ざまあみろ(笑)」と、今日のライブの趣旨を発表。その言葉どおりにGRAPEVINEはこの日、『新しい果実』の全10曲を軸に新旧のレパートリーを織り交ぜた全23曲を2時間15分にわたって披露した。

『新しい果実』というタイトルには新境地と円熟の2つの意味が込められているんじゃないか。筆者はそう考えているのだが、この日のライブはその2つの要素に加え、生粋のライブバンドならではの熱狂も同時に印象づけたのだった。

『新しい果実』が生々しいバンドサウンドよりも、いかに楽曲を構築するかに重点を置いた作品だったから、その反動だったのか。それとも思うようにライブ活動ができない今の状況に対して、溜っていた鬱憤を晴らしたかったのか。いずれにせよ、GRAPEVINEなりにAORを消化した「目覚ましはいつも鳴りやまない」から繋げた「COME ON」の8ビートのグルーヴの上でメンバーそれぞれに熱のこもったプレイを繰り広げながら作り上げたサイケデリックな音像の中から、ローリング・ストーンズ風のロックンロールが浮かび上がるダイナミックな演奏が生み出したのは、熱狂という言葉がふさわしい熱い空気の渦だった。曲の終盤、「Come on! Come on!」とシャウトを重ねた田中が曲の終わりに「どうも! サンキュッ!」と言い放ったのは、自分たちの演奏はもちろん、体を揺らしつづけた観客の反応に大きな手応えを感じたからだろう。

早くもクライマックスを迎えたかに思えたが、前述したようにこの日の見どころは、新境地と円熟と熱狂の3つ。甘いバラードをニューウェーブなファンクサウンドに落とし込んだ「居眠り」以降は、『新しい果実』でアプローチした新境地を物語る曲の数々を披露する。ムーディーなスローナンバーを、歪みと揺れとともに聴かせた「最期にして至上の時」、エレクトロなビートも鳴らしたポップソングの「josh」、メランコリックなバラードをラップ風のパートとともにポストロックともプログレとも言える音像に落とし込んだ「ぬばたま」、そしていかにもエディットしたようなサウンドを5人の演奏で再現しながら全員で荘厳なハーモニーを重ねたオルタナソウルの「ねずみ浄土」。間に「lamb」「CORE」といったロックナンバーも挟みながら披露したそれらの曲を聴きながら、28年の活動歴を誇るGRAPEVINEのベテランらしからぬ挑戦に思いを馳せる。そこには熱狂に身を委ねる心地よさとはまた違う、音楽に対する感覚が研ぎ澄まされるような刺激が確かにあった。

ツアーが終わる名残惜しさを語ったあと、思い出したようにGRAPEVINE初のLINE CUBE SHIBUYA公演であることを、「今言うことか(笑)」と自ら突っ込みながら観客に伝えた田中が「行くぞ!」と声を上げ、『新しい果実』収録の正調オルタナロックナンバー「リヴァイアサン」から始まった後半戦は、「覚醒」「さみだれ」とストレートなギターロックサウンドの魅力を円熟味とともにアピール。そして、同期でホーンを鳴らしたソウルフルなロックナンバー「Alright」で、観客の手拍子とともにアンセミックな空間を作りあげ、本編は終了――と思いきや、最後にもう一捻りを加えるところがGRAPEVINEならではか。

歌っている田中の表情がわからないくらい暗い照明の中で演奏するという演出の意味を考えさせられた「光について」、そしてシーケンスのサウンドが嵐のように鳴る中でメランコリックなメロディーとともに《神様が匙投げた》など、鋭い言葉を投げかけた「Gifted」。「Alright」のアンセミックな空気から一転、その2曲でヒリヒリとした緊張感をめいっぱい高めたまま、メンバーたちはステージを去っていったんだから、アンコールを求めずにはいられないだろう。

「アンコール、サンキュー。サンキュー、LINE CUBE SHIBUYA」

鳴りやまない観客の拍手に応え、ステージに戻ってきた田中が「まだまだ30万曲ぐらいあるんで長丁場になる。帰りに、どこか寄ろうと思っても、店、開いてまへんで(笑)」と言ったのは単なる軽口だったのか、それともある特定の業界だけが自粛を強いられる今の世の中を皮肉ったのか。いずれにせよ、バンドは緊張を解き放ちたいと思っている観客の思いに応え、ビートルズの影響が滲む「Chain」、ブラックミュージックの香りがほんのり漂う「ソープオペラ」、そして同期でホーンも鳴らしながらタイトなバンドアンサンブルの魅力をアピールした「Arma」の3曲を披露。3曲とも17年発表の15thアルバム『ROADSIDE PROPHET』の収録曲だったのは単なる偶然か?

この日、「先のアナウンスができない状況だが、これからもよろしくお願いします」と田中が言っただけで、GRAPEVINEはバンドの今後について具体的なことは何も言わなかった。そもそも口数が多いバンドではない。しかし、こんな時代だ。彼らが今何を考えているのか聞きたいという観客もいたかもしれない。そういう観客がもし、いたとしたら、《研ぎ澄ませもっと》という言葉とともに未来を祝福するように演奏した「Arma」は、GRAPEVINEなりの誠実な答えになっていたはずだ。その意味で、「Arma」ほど、このライブの最後を飾るにふさわしい曲はなかったと思う。

取材・文=山口智男 撮影=藤井拓

 

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