宮本浩次 撮影=後藤倫人
宮本浩次の最新アルバム『縦横無尽』はまさに縦横無尽な作品だ。枠がなく、縛りがなく、自由で斬新で自然で素直。しかも音楽的に実に豊か。だが、彼はいきなりこの境地に達したわけではないだろう。ファーストアルバム『宮本、独歩。』とカバーアルバム『ROMANCE』での成果を糧として、自らを鼓舞し、自らの音楽を更新し続けてきたからこその作品だと思うのだ。『宮本、独歩。』『ROMANCE』『縦横無尽』という3作品を聴くと、宮本と一緒に音楽の旅をしている気分になり、ワクワクしてしまう。それは彼が“宮本浩次ソロワーク”を思う存分楽しんでいるから、そして強い覚悟を持って新たな可能性を切り拓いているからだろう。人との出会いや再会、昭和歌謡というルーツの再確認。それらによってもたらされた刺激を創作の源として、今の彼の歌声で今の彼の歌の世界を作り上げている。五十五歳のあまりにも純粋な、そして人間味あふれる歌声はあらゆる世代に真っ直ぐに届いていくに違いない。『縦横無尽』の「無尽」には「限りがない」という意味がある。最新作『縦横無尽』からは音楽の限りのなさとともに、宮本浩次の限りのなさも伝わってくる。この新作に至る流れと収録曲について、宮本にじっくり聞いていく。
——今回リリースされたアルバム『縦横無尽』は『宮本、独歩。』『ROMANCE』という流れがあってこその作品だと感じました。宮本さんはどのように感じていますか?
まず『縦横無尽』は自分の中ではサードアルバムという位置づけなんですよ。2019年にスタッフのみんなと「2020年、どういう形でアルバムを出していくか」を話し合ったんですが、その時に私からお願いしたのは2020年3月にアルバムを出したい、そして同じ年の10月にカバーアルバムを出したいということでした。
——ということはソロ活動をスタートする時点で、カバーアルバムを作ることを考えていたのですか?
そうです。ソロ活動をするにあたって決めていたのは、やりたいことを全力でやることと、今までできなかったことをやることで。2020年3月に発表した『宮本、独歩。』はコラボレーション曲が入ってくるなど、大きな流れの中に身を委ねて作ったんですが、カバーアルバムはソロとして絶対に作りたいものでした。
——カバーアルバムを作りたいと思った理由は?
私の中での昭和の大スターである沢田研二さんや矢沢永吉さんがパフォーマーに徹して、歌を歌っている姿を見て、自分もいつかパフォーマーに徹して歌ってみたいと思っていたんですよ。矢沢さんはご自分で曲を作っていらっしゃいますが、作家が書いた歌も歌っているじゃないですか。自分も作家の歌を歌ってみたいと思っていたんです。その意味でも『ROMANCE』は自分にとって必要なアルバムでした。
——『ROMANCE』はカバーでありながら、オリジナル作品以上にクリエイティブな作品ですし、宮本さんがおっしゃるように、セカンドアルバムという表現がふさわしいですね。
小林武史さんを始めとするクリエイターたちとの出会いが大きかったんですよ。でも『ROMANCE』はもともとは小林さんと一緒に作る予定ではありませんでした。2020年3月に緊急事態宣言が出て、ツアーが中止になってしまいまして。カバーアルバムを10月に出すならば、ともかくたくさん歌って、その中から選曲しようと思って、100曲くらいカバーしたんですよ。細川たかしさんの「心のこり」、石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」などもカバーしました。トップ歌手たちのすさまじい歌唱力をまざまざと感じながら、歌い続ける日々という。
——選曲の幅が広いですね。
中島みゆきさんの「化粧」という曲との衝撃的な出会いもあり、そうした感動や衝撃もそのまま『ROMANCE』に注ぎ込まれていると思います。100曲歌った中から18曲を厳選して小林さんに聴いてもらったんですよ。「もし気に入った曲があったら、一緒にやりませんか」って、気楽な感じで声をかけさせていただきました。
——小林さんとは『宮本、独歩。』で3曲を一緒に作った流れもありますもんね。
そうですね。「冬の花」「ハレルヤ」「夜明けのうた」という3曲の制作で密度の濃い時間を過ごしたことも大きかったと思いますし、もっと遡ると、20年前に一緒にアルバムを作った時の信頼がそのままつながっていました。
——エレファントカシマシの12枚目のアルバム『ライフ』は小林さんプロデュース作品で、2001年に宮本さんが当時ニューヨークにあった小林さんのスタジオを訪れて一緒に制作した経緯があります。その当時はどんな日々でしたか?
ともかく小林さんといろんなことを話しました。この人とこれ以上は話すことがないというくらい、生まれた時からの全部(笑)。小林さんは私の7歳年上なんですが、とても安心して話せる人なんですよ。それから20年近く経って、「冬の花」のプロデュースをお願いして、再会した時も、全然時間が途切れていませんでした。その流れもあってカバー曲のデモテープを渡したら、1週間後に小林さんが「宮本、できたよ」って18曲の中から選曲し、10曲のアレンジをしていて、一つのかたまりになったものが出来ていてびっくりしました。最終的には別な曲順になりましたが、曲順まで考えてくれていて。
——小林さんとしても宮本さんのカバーアルバム制作にやりがいを感じたからこそ、そこまでやってくれたんでしょうね。
そのデモテープを聴いて、小林さんにお任せしようと決めました。小林さんは素晴らしいプロデューサーであり、人情味のある人なので、全面的にお任せして、自分は歌手に集中しようと素直に思ったのです。先にNHKのドラマのタイアップ曲「P.S. I love you」を作り、その後、『ROMANCE』を作り、その流れのままに「shining」「passion」「sha・la・la・la」「浮世小路のblues」というタイアップ曲を作り、その信頼感のまま『縦横無尽』の制作に入りました。バンドのメンバーもそうです。名越由貴夫さん、玉田豊夢さん、キタダマキさんと『ROMANCE』を一緒に作り、そのまま一緒に制作して、どんどんバンドになっていきました。
——6月12日の東京ガーデンシアターでのバースデーコンサートを観た時、小林さんを含めた5人の一体感あふれるバンドサウンドに驚きました。それぞれが音楽的にも人間的にも深く踏み込んで演奏しないと、あんなアンサンブルやグルーヴは生まれません。何年も一緒にやってるバンドみたいで、衝撃的でした。
「P.S. I love you」で玉田くんと出会い、『ROMANCE』でも多くの曲をこのメンバーで一緒に作り、「shining」以降もこのメンバーを中心に作っていく中で、バンド感が形成されていきました。小林さんを筆頭として、現場でただ演奏するだけじゃなくて、「じゃあ次は宮本はどういう歌を歌いたいんだ」という流れも含めて、彼らと共有し始めた。テレビの音楽番組にもたくさん出たんですが、同じメンバーで演奏して、そのたびに深まっていったものはあると思います。
——『縦横無尽』、宮本さんの縦横無尽な歌も素晴らしいですが、自在なバンドサウンドも見事です。
そうなんです。これはバンドサウンドなんです。小林武史さんというバンマスがいて、優れたミュージシャンたちが一緒に音楽を奏でています。玉田くんは練習やレコーディングが終わると、すぐに帰ってしまうので、会話はほとんどしたことがありません。「こんにちは」って挨拶するくらい(笑)。でも音を通じて会話できている。これがミュージシャンのとてもかっこいいところですね。小林さんにしても、例えば私の弾き語りのデモテープに対して、「宮本、この音はどうだ?」と音で返してくるわけです。それに対して私も歌や歌詞で返す、という理想的な音楽のコミュニケーションが生まれていました。そういう瞬間を体験すると、ミュージシャンって、かっこいいなあとつくづく思います。
——『縦横無尽』の収録曲についてもうかがいます。1曲目の「光の世界」はバースデーライブの最後に小林さんと二人で演奏した曲です。ライブ前日に歌詞を作っていたとMCで言ってましたよね。
あの時点で1番とサビだけできてて、コンサートの最後に歌いました。人前でコンサートをやるのは本当に久しぶりだったので、集まってきてくれた人たちに感謝の思いを伝えるという意味でも新曲を1曲やりたいと思って作った曲です。ガーデンシアターのライブの1週間前に曲を書き、歌詞は前日にほぼ形にしました。
——歌とピアノが軸となった曲ですが、この構成は?
小林さんと二人でやりたいな、アルバムの1曲目もこれでいきたいなと思って作った曲です。元々はギターで作った曲ですが、小林さんに渡したあと、歌のメロディはそのままに、違うコード進行になって戻ってきて。小林さんのこの曲のピアノって、さまざまな音、さまざまなコードの響きを駆使しながら、宮本の歌をどうやってきらめかせるかという一点に向かっています。このピアノの演奏に小林さんの思想が集約されていますね。しかも宮本の歌声と歌詞に対して、ディープになりすぎないギリギリのところでサウンドを作り上げている。歌詞を書いて歌い、歌と歌詞に対して、小林さんが演奏していく。そのやりとりはスリリングで感動的で、これこそが音楽のあるべき姿だなと感じましたし、この曲を1曲目にしたいと考えていました。
——歌も素晴らしくて、穏やかな歌声の中から揺るぎない意思や光のイメージが伝わってきました。歌詞はどんなところから?
私のストレートな日常が描かれた歌詞ですよね。マイナーのコード感だし、暗い歌になってもいいと思って作ったのですが、自分が光の世界にいることを表現できたので、うれしかったですね。自分が二十歳くらいのころに休日に石神井公園に行くと、みんながくつろいでいて、そういう姿に敵意を燃やす自分がいたんですよ。「オレはお前らとは違う。オレはファイティングマンだ!」って(笑)。ところが五十代になって、車を運転しながら車窓から公園を見たら、公園で人がくつろいでいる光景があり、自分もそういう人たちと一緒に歩いていくんだな、仲間なんだなと感じられて。そういう自分の人生そのものの流れを描いているような歌になりました。
——穏やかな歌声も新鮮でした。どうしてこのような歌が歌えたんだと思いますか?
素直に歌っているのは間違いないですね。どんな職場でもいい仕事をするには、いい先輩、いい仲間がいて、いい環境が揃っていることがたぶん大切だと思うんですよ。なんでこんなに話が通じちゃうんだろう、なんでこんなに気が楽なんだろうという瞬間は、永遠には続かないものですが、そういう瞬間には当たり前のように素直になれるので、素直に歌うことができたんだと思います。
——「stranger」はつい体が動いてしまう曲です。レッド・ツェッペリン、プライマル・スクリーム、ドアーズに通じるバンドサウンドが全開でありながら、歌が真っ直ぐ届いてくるところが素晴らしいです。
サビのところで4つ打ちが来るのは小林さんのアイディアです。私はプライマル・スクリームもストーン・ローゼズも大好きだったので、硬質なイギリスのロックミュージックに通じるバンドサウンドの中で歌うことができて、楽しかったですね。歌だけを聴いていなくてもいいのが新鮮な感覚でした。エレファントカシマシで歌う場合には、がなりたてがちになる歌をギリギリのところで叫ばずに歌うことができました。音楽において、計算と技術とイメージがすさまじく大事で、それらを高いレベルで備えているからこそ、ポップミュージックとして成立するということがわかって。目からウロコというか、新しい感覚を感じました。
——「この道の先で」はWOWOWの欧州サッカーのテーマ曲です。どんなイメージから生まれた曲ですか?
この曲は弾き語りで作っている時から高揚感があって、その時点で歌詞のイメージが湧いていました。昔、「星の砂」や「デーデ」を作った時もすぐ歌詞ができたんですが、それらの曲と同様で、曲を作った時点で1番の歌詞の6、7割はできていて、<坂道のぼってキミに会いたい>というフレーズもすでにありました。
——一気に視界が開けるイメージを喚起させられるフレーズです。疾走感、高揚感、開放感が気持ちいいです。
サッカーの高揚感に通じる要素を表せる曲になったなと思います。スポーツって、すごいですよね。サッカーのくわしい人に、ヨーロッパのスペインリーグやチャンピオンズリーグがとても盛り上がるものであることは聞いていたので、スピード感で並走できる曲になればいいなあと思っていました。
——「浮世小路のblues」はHuluのオリジナルドラマ『死神さん』主題歌です。どんなところから作った曲ですか?
『死神さん』の堤幸彦監督から「奴隷天国」「真夜中のヒーロー」みたいな曲というリクエストがあったんですよ。この人はエレファントカシマシの曲をかなり知っているなと思った時点で気が楽になりました。「何しろ宮本さんの好きなタイプの曲をお願いします」と言ってくださったんです。ドラマも独特のテイストを持ったおもしろい作品で、田中圭さんが演じるキャラクターもおもしろくて、イメージしやすかったこともあり、伸び伸びと作りました。
——昭和歌謡に通じるダンディズムやニヒリズムも感じましたし、ロックのエッセンスもありますし、自在な曲調も歌詞もいいですね。
この曲は縦横無尽感が極めつけの曲のひとつになりました。いろんな極北の要素の融合した曲。アルバム曲としてのみならず、シングル曲、ポップミュージックとして成立させられたことが自信になりました。「花男」も「待つ男」そうですが、ヘビーなメロディに和製メロディを乗せるのはもともと好きだったんですね。堤さんとの会話によって、その要素がより際立ちました。小林さんに言わせると、ツェッペリンの「カシミール」。そうした要素を玉田さんのドラムや名越さんのギターが引き出してくれました。
——「十六夜の月」は叙情的な歌詞の世界をモータウンのリズムに宮本さんの歌が歌っていて、まさに縦横無尽な曲です。
アルバムの最後にできたのがこの曲ですね。私が最初に作った時はこういうリズムじゃなかったんですが、小林さんいわく、「モータウンをやっているイギー・ポップ」(「Lust For Life」)のイメージで、この形になりました。私の中ではとても大事な曲で、サビで<美しい思い出>というフレーズを使うことができたことがうれしかったんですよ。
——というと?
<美しい思い出>という言葉はこれまでだったら、おそらく排除してしまった言葉だと思います。大好きな永井荷風の『墨東奇譚』という小説を改めて読んで気がついたんですが、私が感動する街の描写って、実は普通の言葉の積み重ねだったんですよ。「十六夜の月」も普通の言葉で歌詞を作った第1弾の作品ぐらいに思っています。
——『ROMANCE』を作った経験が活かされているのではないですか?
歌謡曲をカバーした経験が活きている部分があるかもしれませんし、サウンドとの兼ね合いで楽に作ることができたから、こうなったという面もあるかもしれません。日常の延長の歌詞なんですが、五十五歳が美しい思い出を振り返るって、ごく当たり前の行為だと思うんですよ。「待つ男」や「珍奇男」を歌っている宮本浩次じゃなくて、五十五歳の普通の男の日常の光景を、普通の歌、普通のメロディで表現できました。「珍奇男」みたいなインパクトを出さなくても、十分破壊力のあるフレーズとして、歌えているのが非常にうれしかったです。
——「春なのに」は中島みゆきさん作詞作曲の歌謡曲のカバーです。歌も演奏も見事ですが、この曲を『縦横無尽』に入れたのは?
『ROMANCE』の時にレコーディングしていたんですが、曲数のことなど、いろいろあって入れなかったんですね。そのまま全員がこの歌の存在を忘れていたんですが(笑)、3、4か月前にたまたまカーステでこの曲のイントロが流れてきて、「そう言えば、この曲を録ったな」って思い出しました。これは本番の録音でドラムも玉田くんが叩いていることも判明して、入れようということになりました。自分でも気に入っているカバーです。
——「東京協奏曲」は小林武史さん作詞・作曲の作品で、Mr.Childrenの桜井和寿さんとのデュエットが実現しました。小林さんが作った曲を歌うのはどうでしたか?
私はこの歌、本当に大好きなんですよ。小林さんらしい、優しくて素敵な歌だと思います。20年前のテロのあった年に小林さんのニューヨークのスタジオに行った時、「あなたのやさしさをオレは何に例えよう 」という曲の歌詞が書けなくて、煮詰まっていたんですよ。それを見て小林さんが「宮本、30何年間生きてきて、いろんな人への感謝の気持ちはないのか?」っていろいろ言ってくれたことを思い出しました。<鳴らせ オレの いのちに触れてく 鉄の弦をかき鳴らし 愛の歌で 言葉になれ メロディになれ この場所で>という櫻井さんとの掛け合いの歌詞は、当時言ってくれたことと同じでエールを贈ってくれている気がして、うれしくなりました。
——桜井さんとデュエットをして、感じたことはありますか?
彼はポジティブなエネルギーにあふれた人だなと思いますね。もちろんいろんな悩みも持っているとは思うんですが、歌に乗せた時にポジティブなエネルギーに変換する能力が素晴らしい。テレビ番組で一緒に生歌でデュエットした時に、私も一緒に歌っていて温かい気持ちになりました。彼の歌声にはそういうパワーがあるんですよ。彼の歌のポジティブな素晴らしさを感じました。
——「passion」は『みんなのうた』の曲です。宮本さんが『みんなのうた』の歌を歌うのは「はじめての僕デス」、「風と共に」そして「passion」で3曲目になります。
『みんなのうた』には楽しい思い出、いい思い出しかありませんね。「風と共に」も素敵なアニメーション映像で、バンドで優しくていい歌が作れた手応えがありましたし。今回びっくりしたのは、NHKの方から「子ども向けみたいなことは考えなくていいので、宮本さんのメッセージを歌に込めていただけますか。例えば、『ガストロンジャー』みたいな曲を」と言われたことでした(笑)。エレファントカシマシの宮本浩次の味方の人たちが応援してくれているんだなと感じることができて、うれしかったですし、張り切ってポジティブなメッセージが届く曲を作りました。一切ネガティブなことを言わずに作ろうと考えて作っていて、<どの道 この道 俺の道>というフレーズができた時にガッツポーズをしました。
——あらゆる世代に届く歌なのではないかと感じました。「sha・la・la・la」もそういう曲で、「sha・la・la・la」という言葉の響きがとても気持ちいいです。この曲は作る時にどんなことをイメージしていたんですか?
私もこの「sha・la・la・la」という言葉が大好きで、そこにどうつなげるかだけを考えていたんですが、自分でも手応えのある曲になりました。これはアルバムの心の拠りどころというか、核になる1曲だと思っています。
——Aメロの歌い方はちょっとボブ・ディランを彷彿させるところもありますが、この歌い方は?
弾き語りで作っている時はもっと崩した歌い方でした。フォーキーな歌にしたかったのですが、Bメロでメロディが前に出てくる展開なので、Aメロはあまり力を入れすぎないようにと思いながら歌っていました。
——「just do it」は疾走感あふれる曲です。重心の低いソリッドな演奏で、歌もガツンガツン入ってきました。
小林さんのアイディアでベースレスなんですが、歌とギターとドラムとピアノで、これだけの鮮やかな世界観とスピード感を表現できたのがうれしいですね。やはり演奏力は大事だなと思いました。レコーディングではまずドラムとギターをやったんだけど、1回しかやっていないのですが、その緻密さと力強さに衝撃を受けまして、このドラムとギターに鼓舞されてやたらとテンションの高い歌詞になってしまいました(笑)。どうしようかと思ったんですが、サウンドを沈んだ質感にしたことによって、説得力を持たせることができて、最終的にはいい形にすることができました。
——「shining」はフジテレビのドラマ『桶狭間~織田信長 覇王の誕生~』の主題歌となった曲です。昭和歌謡経由のスパニッシュの匂いもするスケールの大きな曲です。
ドラマで使われるということで、渾身の曲として作ったんですが、この曲が自分の中でどういう位置づけになるのかが最初は見えなくて、心配していたところもありました。でもこうやって13曲できて、『縦横無尽』の中に入ってみると、<俺の始まりの場所>といったフレーズも含めて、むしろこの曲が精神的な支柱というか、力強いメッセージを表現した曲になったと感じました。この曲は古川昌義さんのガットギターも素晴らしくて……すごかったですね。
——「rain -愛だけを信じて-」はフォーキーなテイストを持った作品ですが、雨の持っている浄化作用やポジティブなパワーも表現されています。どんなイメージから作ったのですか?
ビートルズの「Two of Us」みたいな4つ打ちの感じで、心情を吐露する曲のイメージがありました。「ガストロンジャー」じゃないんだけど、フォーキーに心模様をマシンガンみたいに語っていくイメージ。しかもそれを女性的な視点にして、かわいらしさみたいなものを入れられたらということは思っていました。アレンジに関して言うと、小林さんのアレンジはさらにやさしくて広がりを持ったデジタル感、例えばイギリスのコールドプレイのようなサウンドで洗練されたものになっていて。アルバムの大団円に向かって、高揚感のある曲になった手応えがありました。
——アルバムの最後は「P.S.I love you」です。愛にあふれる歌声に包まれていくようでした。この曲はNHKドラマ10『ディア・ペイシェント~絆のカルテ~』の主題歌です。そのために作った曲なんですか?
ドラマの主題歌ということで作りました。この曲も最初は自分の中でどういう位置づけの曲なのかがわからなくて、歌詞が爽やかすぎるし、甘すぎるんじゃないかなって。でも何度も歌っていくうちに、<大人の本気でさあ立ち上がろう><やっぱり何度でも立ちあがる人の姿はどこかまぶしい>といったフレーズは、実は自分が素直に言いたかった言葉だったんだと気がつきましたし、タイトルの「P.S.I love you」という言葉も、実は力強い思いで歌っていたことを思い出しました。かつて「四月の風」という歌を作った時と通じるところがありますね。
——どういうところが共通するのですか?
それまで「珍奇男」や「奴隷天国」みたいな曲ばっかり歌ってきて、いきなり「四月の風」ができて、<ああ 君に会えた 四月の 四月の風>と最初に歌った時はなんだか物足りないなあと思ったんですよ。その時と同じように、しばらく時間が経つことで、素直なメロディと素直なサウンドの中で素直な気持ちで歌っていたんだということに気がつきまして。この曲は実は自分にとってとても大事な曲なんだということがわかりました。
——47都道府県ツアーもあります。やろうと決めたのはどうしてなんですか?
エレファントカシマシの30周年の47都道府県ツアーで味をしめたところはありますよね。こんな素敵なものはないんですよ。鹿児島に行った時、70すぎた方が「奴隷天国」で踊っていたりしましたから(笑)。東京でコンサートをやっているとそこまで目立たないんですが、地方に行くと、いろんな人が来てくれていることがわかります。『ROMANCE』を経て、聴いてくれている世代が広まっている中で、いろんな土地に行ったら、きっとみんな、来やすいんじゃないかと思うんですよ。テレビで「ロマンス」を歌ってた人が来るってことになったら、娘さんがお母さん連れたりして、来やすくなるじゃないですか。『ROMANCE』を作ったことで、おじさんからもサインを求められることがあったので、地方でやったら、そういうおじさんが気楽に観にくることができるかもしれません。宮本浩次の『ROMANCE』からの活動の流れには、こちらから地方に出向いていってコンサートをやるのがふさわしいのではないかと考えています。
——小林さん含めて、バンドのメンバーとのツアー、特別な体験になりそうですね。
そうなんですよ。小林さんも張り切っていまして。「宮本、俺はこんな長いツアーは初めてだよ」って、とても楽しみにしてくれています。
——このメンバーで47本回ったら、バンドとしてもさらにとんでもないところまで行きそうですね。
楽しみですね。健康に留意しつつ、1本1本しっかりやっていきたいです。
取材・文=長谷川誠 撮影=後藤倫人