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務川慧悟「僕のピアニスト人生にとっても想い出に残るリサイタルになる」 “大切すぎる”ショパン音楽への想いを語る

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務川慧悟

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2021年春、エリザベート王妃国際音楽コンクールで見事3位入賞を果たしたピアニストの務川慧悟。その務川が12月、東京・サントリーホールでリサイタルを行う。選んだのは、オール ショパン プログラムだ。

パリに移り住んで7年。今まで務川とショパンの結びつきはあまり見えてこなかったが、‟エリザベート” という一つの大きな目標を超えて、まず心に浮かんだのが、オール ショパン作品での演奏会だったという。コンクール後、初の日本での凱旋リサイタルは、「ショパンは最も身近なところにある作曲家」と語る務川の本質的な部分に迫る濃密な二時間になりそうだ。

プログラムに込めたのは、ショパンへの憧憬

――東京でのオール ショパン プログラムへの意気込みをお聞かせください。

今回、初めてサントリーホールで演奏します。世界的に見ても素晴らしいホールですし、オール ショパン プログラムということで意気込みとしては相当強いものがあります。ただ、オール ショパンだからといって、「やってやるぞ」という感じではなく、自然体での演奏を心掛けたいと思っています。

――務川さんとショパン作品というのがあまり結び付かないのですが、ショパンという作曲家はどのような位置付けですか?

確かに、そういう(結び付かない)イメージが強いと何故だかよく言われます​。ただ、僕自身、最も曲数を弾いているのは、実はショパンなんです。「一番好きな作曲家は?」と問われたら、ショパンと答えると思います。ただ、コンクールなどの場では、ほとんど弾いていないですし、むしろ、あえて避けるようにしてきました。

務川慧悟

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――その理由は?

ショパンを弾くということ、そして、特に審査される場においては、ショパンを演奏し、評価を得ることが、どれほど難しいかをわかっているからです。ただ、僕は自分なりにショパンをこう弾きたいというのが強くあって、僕自身のショパンに対する憧憬や思いに共感し、理解してくれる聴衆の前であれば、以前からオール ショパンでのプログラムを演奏してみたいと心に決めていました。そういう意味では、僕の中で一番身近なところにある作曲家と言えるかもしれません。

――では、今、ついに、機が熟したということでしょうか?

エリザベート・コンクール後の日本でのリサイタルということもあって、僕の中で「あえてオール ショパンにしたい」という強い希望が自然に込みあがってきたんです。エリザベートでもショパン作品は一曲も弾いていないのですが(笑)。

――今回のラインナップは、初期、円熟期、そして、晩年作品とバランスの良い構成になっていますね。

基本的にショパンの生涯を順に追って構成しています。冒頭に置いた「ドイツ民謡『スイスの少年』による変奏曲」は、まだショパンが作曲を学んでいた頃の少年時代の知られざる作品ですが、すでに技巧的な華やかさがあります。

続いて、もうすぐパリに行く、という頃に作曲された遺作のノクターンとワルツ、そしてパリに移ってから生み出された中期の三作品、「マズルカ 作品24」、「スケルツォ 第3番」、「即興曲 第3番」と続きます。ここまでが休憩前の前半部分です。

務川慧悟

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――後半は舟歌とソナタですね。ソナタは第3番を選ばれました

いわゆる晩年といわれる時期の二つの作品です。僕にとって、ショパン作品に好きな順をつけるのは容易ではありませんが、もし、あえてそう聞かれたら、一番目は「ソナタ 第3番」と答えると思います。それほど好きな作品です。

――「3番」作品が多いですが、生涯を追うかたちの他にも、ストーリー的なものはありますか?

3番が多いのは完全に偶然です(笑)。年代順をもとに調性などの具体的な前後のつながりを考えていたら、最終的にこのようなかたちになりました。王道なラインナップではありますが、見えない部分で具体的な要素が網の目のように絡まっていて、僕自身の中では、ちょっとしたこだわりのあるラインナップになっていると思います。

例えば、本来ならスケルツォで華やかに前半を終えたほうが効果的かもしれませんが、そこは、あえて即興曲の3番で静かに前半を終えるというようなかたちにしています。そのようなところも、当日、実際の演奏の流れの中で、お一人おひとりに何かを感じ取って頂けたらと思っています。

務川慧悟にとってショパンの音楽は「大切すぎる」

――務川さんの場合、ショパンのような作曲家の音楽や作品に深く同調すると、良くも悪くも、精神的に何らかの影響を受けたり……というのはありませんか?

僕は強く同調できますね。いろいろな理由がありますが、ショパンがポーランドを離れてパリに行ったということや、身体が弱いという事実など、僕の中でオーバーラップすることが多いのもその一つです。僕も身体が弱いところがあって、マズルカなどの(ショパンの)個人的な感情が強く込められた作品に救われた経験が数多くありました。同調し過ぎて鬱になったり、暗くなるというより、むしろ、一日の終わりの疲れた時に、心の底から弾きたいと思うのが、僕にとってのショパンの音楽です。

務川慧悟

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――ショパンの音楽が、ご自身の心の鏡のように感じられるのでしょうか?

僕の勝手な思いでしかないのですが、自分の心情に一番近いのがショパンなんじゃないかと感じています。シューマンも好きですが、かと言って、シューマンのことがわかるかというと、決してそうではないです。

――ここまでショパンへの思い入れが強いのに、ショパン・コンクールに挑戦したいとは思いませんでしたか?

もちろん候補にはありましたが、エリザベートと同年開催でしたので悩みました。最終的には、僕にとって「ショパンは大切すぎる」ので、出ないことに決めました。

――ショパン作品で争いたくないと。

コンクールでは、どうしても演奏を通して何らかの爪痕(印象)を残さなくてはいけません。本来、自分の心の赴くままに自然に弾いていたら良い演奏になったかもしれないものを、コンクールのために意図的に手を加えなくてはならないくらいなら、むしろ、自分の心の感じるままに演奏し続けたいと思いました。もう一つは、自分の師匠が、かつてエリザベートで優勝したというのもあり、以前からエリザベートには、とても憧れていました。

――ちなみに、オール ショパンのラインナップでレコーディングしてみたいというお気持ちはありますか?

ぜひ、してみたいです!CD一枚分くらいなら明日にでも(笑)。あと、ショパン作品なら、いわゆる”駄作”と言われるものでも一度は舞台に挙げてみたいですね。一つひとつの作品がどうということではなく、僕自身の中でショパンという人間そのものに興味があるからだと思います。

エリザベート・コンクールを振り返る

務川慧悟

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――先日、上位入賞されたエリザベート王妃国際コンクールでは、2曲の新曲演奏も見事でしたが、現代曲への関心は?

現代音楽に関しては、そこまで造詣が深いとは思わないのですが、パリは現代音楽が盛んな都市ですので、触れる機会も多いですし、楽譜をどう読み込んだら良いかを学ぶチャンスも多いです。パリにいることで自然と影響を受けているのだと思います。そういう意味では恵まれていますね。

――セミ・ファイナルでの、ラモーのガヴォットの演奏もすばらしかったです。フランスは、現代音楽と同様に古楽も身近なところにある印象を受けます。

そうですね。パリに留学して、学校の副科で古楽を選択した時にすばらしい先生に出会い、古楽の世界にはまっていきました。古楽は昔から好きで、チェンバロも趣味でよく弾いていましたし、奏法なども、さらに深めていきたいと思っていますが、今は現代ピアノが忙しくて、なかなか手がつかない状態です。学校では古楽器でショパンを練習する機会にも恵まれていましたので、(現代ピアノでも)ショパンを演奏する際は、つねに当時の楽器の響きを頭の中に思い描くようにしています。

――今年のエリザベート王妃国際コンクールの他にも、以前、ロン=ティボー国際コンクールや浜松国際ピアノコンクールでも上位入賞していますが、務川さんにとって、「コンクールに挑む」ということは、どのような意義があるのでしょうか?

言うなれば、「挑まざるを得ない」という感じです。昔から人前で演奏するのが好きで、「それで生きていきたい」と心に決めていました。そして、それを実現するための一番の手段は、コンクールに出て、評価されるということだともつねに考えていました。なので、決して、コンクールが好きというわけではないです。

務川慧悟

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――小さな頃から、「ピアニストになる」という強い意識があったのですか?

そう思い始めたのは中学生くらいだと思うのですが、人前でピアノを弾くのは小さな頃から大好きで、よく音楽の授業の後などに友人たちの前でピアノを弾いていました。音楽で人を楽しませるのが大好きだったんです。

――エリザベート・コンクールについては、今、振り返ってみてどのようなお気持ちでしょうか。

精神的にはもちろん過酷でしたが、その分、良い想い出が多いです。期間中の一か月はホストファミリーのお宅に滞在しましたが、本当に良いファミリーに恵まれました。そして、本選に向けては王妃所有の音楽学校の寮のようなところで一週間を過ごし、準備します。

――電子機器はすべて持参できず、音楽とだけ向き合う生活を送るわけですね?

本当にいい経験でしたね。携帯が無いとか、通常の生活習慣とは違った環境に置かれるということ以上に、他5人のファイナリストたちと濃密な時を一緒に過ごせたということが、何よりも僕の中に残っています。

――滞在中はお互いが交わる時間も多いのですか?

多いですね。一日2回は全員が揃って食事をする機会が設けられていて、ピアノで一緒に遊んだりもしました。エリザベートでファイナルに残るコンテスタントたちは、さすがに僕よりも知識も経験もある人々ばかりで、インターナショナルな会話もボンボン飛び出したり、本当に刺激になりました。僕が持参したワインもみんなで仲良く空けました(笑)。 ※務川さんは無類のワイン好き。

今、このコンクールを振り返ってみると、終わって満足というよりも、むしろ、「もっと学ぼう」という思いのほうが強いです。それは彼らとの共同生活から得た影響が大きかったです。

「ピアニストになるなら、社会を良くしたい」 務川慧悟、未来への一歩

務川慧悟

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――務川さんの良き友人であり、パートナーでもある反田恭平さんは、NEXUS という会社を立ち上げ、「オーケストラ株式会社」も設立するなど、ユニークに突き進んでいますが、仲間として、パートナーとしてどのように感じていますか?

僕自身、高校生くらいの頃から「ピアニストになるなら、社会を良くしたい」という思いがありました。そもそも、反田君が会社を立ち上げて、僕もその思いに賛同したからこそ、メンバーに入りましたし、入れたのはとても幸運だと思っています。反田君の行動力は真似できませんが、僕は彼に頼りながらもいろいろやりたいな、と思っています。

例えば、僕自身の中では、クラシック音楽がもう少しカジュアルな存在になって欲しいと思うこともありますし、音楽教育的なことも、もっとオープンにできたらと感じています。

――具体的にはどのような活動を描いていますか?

反田君が最近オンラインサロン(「Solistiade」)を立ち上げましたが、僕自身も、とても興味があります。このような画期的なプラットフォームを活かして、僕なりに「ピアニストが作品を演奏するまでのプロセス」ようなものを、もう少しオープンに見せてもいいのかな、と思っています。

――務川さんの手の内を惜しみなくオープンにすると。

いや、大したメソッドはないのですが(笑)、それが有意義であるならば、普段はあまり見せない、曲を作り上げていく過程や考え方を共有してもいいのかな、と思っています。

――それは務川さん自身も、今まで多くの師匠たちからそのような影響を受けてきたからこそ感じることなのでしょうか。

それはとてもありますね。もちろんレッスンから受けた影響もありますし、それ以外で、例えば彼らが練習している時の姿から得たものや立ち振る舞いからもあります。むしろ、教えてもらったというより、盗んだという感じですが。僕自身も、人間としても惜しみなくいろいろ与えていけたら嬉しいです。

――興味深いお話の数々、ありがとうございます。最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

気付いたら初めてのオール ショパン プログラムでのリサイタルですが、僕のピアニスト人生にとっても想い出に残るリサイタルになると思いますので、ぜひ見届けに来て頂けたら嬉しいです。

務川慧悟

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【コメント到着】務川慧悟ピアノ・リサイタル 2021

取材・文=朝岡久美子 撮影=敷地沙織

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