Karin. 撮影=高田梓
今年3月に初めてのフルアルバム『solitude ability』をリリースし、5月にはその裏側にあるもう一つの物語としてDigital Mini Album『solitude minority』を発表したというのに、もう新作の登場だ。しかも、その新作は彼女のニュー・シーズンへの第一歩だという。投稿数1万件超という大人気企画『純猥談』とのコラボという形自体も新しい注目作『二人なら – ep』でKarin.は、どんな新しい一歩を踏み出したのか。
――今回の4曲は、3月にアルバム『solitude ability』をリリースして以降の時期に作った曲たちですか。
3曲はそうなんですけど、1曲だけ「曖昧なままでもいいよ」という曲は今年の1月に作っていて、今回の純猥談とのコラボの話をいただいた時にその曲のことを思い出したので入れたんですけど、他の3曲は純猥談のエピソードから作りました。
――以前に作っていたという「曖昧なままでもいいよ」も含め、全て純猥談を踏まえた曲だから、どれも恋愛にまつわる内容になったんですか。
自分がこれまで書いてきた曲は、誰かを思って書いたわけではなくて、自分の内側にある心情を曲にしていたので、今回のお話をいただいた時に、そのエピソードを読んでそのまま曲にするというのは無理だなとまず思ったんです。そういうことをやるのは私は向いてないなって。それで、いろんなエピソードを読んでいって、そのなかで自分とリンクするところを大きく視野を広げて作っていったんです。だから、恋愛の曲にしようと思って書いた曲というわけではないです。
――新曲3曲のもとになったエピソードは全て同じですか。
「二人なら」と「717」は同じエピソードから作ったんですけど、「最後くらい」はまた別のエピソードです。
――「曖昧なままでもいいよ」は純猥談とのコラボの話の前に作っていたということですから、とするとこの曲のとっかかりはKarin.さんの体験や何か気持ちの変化だったんですか。
この曲を作ろうと思ったのは『solitude ability』に収録されている「過去と未来の間」という曲を完成させた時なんですけど、それはその時に一つの自分が終わったなと思ったからなんです。自分がやりたいことの一つを終えた気がしたんですよね。10代の間にずっと綴ってきた孤独というテーマは「過去と未来の間」でまとめきったなって。で、アルバムの全体の制作も終わって、年が明けて今年になったら、まだリリースはしていないけれども私自身の気持ちはもう全く違うものになっていたので、いままでとは違う曲を書きたいなと思ったんです。誰かがいる、ということを想像できるような曲を作りたいなと思って、それで作ったのが「曖昧なままでもいいよ」です。
ーー「曖昧なままでもいいよ」に<私は昔よりも鋭い心で成り立ってしまっているんだ>というフレーズがありますが、それはつまり「過去と未来の間」以前とは違うよ、ということですか。
音楽を始める前と、こうやって本格的に音楽をやっている自分を比べた時に、例えば「命の使い方」のように、悲しいことを歌にするということに対して、あるいは心の痛みや傷つくことに自分が鋭くなってしまっているんじゃないかなと思って、その歌詞を書きました。
――そうなってしまっていることは、音楽の作り手としてはいいことであるのかもしれないけれど、一人の人間としてはちょっと厄介なことでもあるんじゃないでしょうか。
音楽的には、自分がそういう歌を作ることによって、誰かが励まされるかもしれないじゃないですか。そういう意味ではプラスの価値があるとは思っているんですけど、自分のなかで思うのは、そういう曲を自分が作った以上はこれからもずっと歌っていかないといけないから、そのたびにその曲のもとになった悲しみや心の痛みが思い返すことになるのは辛いなと思うんです。それでまた傷ついて、そういう曲をまた作って(苦笑)、みたいな連鎖が続くんじゃないかなという不安もあるし。でも、そうなってしまうのは心の痛みや悲しいことに関してもう敏感になってしまっているからだから……。
――それは、第三者的には因果なことだなあと思うんです。
職業病、みたいですよね(笑)。
――(笑)。それはそれで、しょうがないという感じですか。
そうですね。それを一切断ち切ろう、というふうには思ってないです。
――逆に、悲しみや心の痛みに敏感になったことによって世界が広がったり、見えるものが増えたりしている感覚はありますか。
こういう世の中の状況になって自分の気持ちを整理する時間が増えたので、いろんな人のことを見る余裕もできてきたような気がします。
――その「鋭い心」で純猥談のいろんなエピソードを読んでみて、どんなことを感じましたか。
一つ自分と似ているなと思ったのは男女の関係に関する部分ではなくて主人公の人間性というか性格の部分で、でも主人公の体験自体は私が全く体験していない世界だったので……。内容も性愛だったし、理解しようと思ってもわからない!というか、うまく消化することはできなかったですね。「こういうのもあるんだ」という感じですね。ただ、みんな“普通って何なんだろうな?”と思ってるんじゃないかなということは、どのエピソードを読んでも思いました。どれも、男女の関係性を綴っていて、そのほとんどはハッピーエンドじゃないんですよ。みんな多分“普通でいられたらな”と思ってるけど、なかなかうまくいかないんだなと思いました。
――普通ということについては、Karin. さんもよく考えるんじゃないですか。「普通の女の子」「とか「普通の大人」とか。
そうですね。その本を読んでさらに、“普通ってなんだろうな?”と考えてしまいました。
――「こんなのもあるんだ」というようなことをいろいろ見知ったことで、Karin.さんのなかの普通に関する考え方に何か変化はありますか。
「自分らしく生きるぞ!」とか(笑)、何か心境が変わったというようなことはなくて、いままでの自分に対して、なんで“普通でいられたらな”と思ったりしてたんだろう?という、哲学的な気持ちになったりしました。
――その疑問については、今の時点では何か自分なりの答えはあるんですか。
例えば普通という言葉を使って歌を作ってみて自分で違和感を感じないかとか、普通という言葉の定義を曲にしながら自分なりに考えているところです。そもそも普通という言葉がよくわからないから。
――「音楽を仕事にしようと決めた時点でKarin.さんは普通じゃないですよ」と言われたら、どう答えますか。
「かもね」って(笑)。
――「そんなことないですよ。私は普通ですよ」と言うつもりはない?
そうですね。何を根拠に「自分は普通だ」と言い切れるのか自分にはわからないし、そもそも学生時代から、普通でいようとしていたけど普通ではいられなかった人間なので、普通というものに気持ちが向くことはあってもそれほど強い執着があるわけではない、という気がします。
――学生時代は普通でいようとしたこともあったけど、今ではもう普通ということ自体を気にしなくなっているということですか。
そうですね。だから、“なんで普通でいられたらなと思ってたんだろう?”と考えたんだと思います。
――なるほど。そういう話を聞いた上で今回の曲作りの話に戻ると、今の Karin.さんは曲作りに向かう場合もかなり客観性が増してるように感じます。Karin.さん自身は今回の曲作りを振り返って、主観と客観の間合いに関して何か思うことはありますか。
「二人なら」を作るにあたって、客観的ということはとても意識していました。というのは、いままでの自分だったら「二人なら」のようなサウンドの曲は多分作れなかったと思うんです。きれいなメロディに、打ち込みのとてもシンプルなサウンドの曲なんですけど、自分じゃない誰かの曲を聴いてるような感覚で作りました。そうじゃないと今回のコラボの曲は作れないなという気がしたし。自分が思ったことの全ては「717」で曲にしてしまっていたから、その次は他人として見るということを意識しながら「二人なら」を作りました。
――「二人なら」と「717」は同じエピソードから作ったということですが、そのとっかかりはどういうことだったんですか。
まず、「私もただの女の子なんだ」というエピソードの主題歌を作ってくださいというお話だったので、そのエピソードから最初に「717」を作りました。「717」というのはエンジェルナンバーという、一つ一つの数字にも意味があるし、その組み合わせによってもいろんな意味が出てくるという言い伝えみたいなもので、「717」という数字の組み合わせが意味しているのは「あなたは今、良い道を進んでいて、このまま自分を信じてやり続ければ幸せになれる」ということなんですよね。私がそのエピソードの主人公にかけてあげたいと思ったのはそういう意味の言葉だったんですよ。それであの曲を作って聴いてもらったら、映画の監督の方がそのエピソードを投稿した女性と現在も連絡をとっているそうで、現在の彼女はすごく幸せで、投稿した出来事のことはもう忘れてるみたいなんですよと話してくれたんです。“そうか、幸せになってるんだ”と思って。それで作ったのが「二人なら」です。
――「自分じゃない誰かの曲のように」という表現はすごくピンときたんですが、「二人なら」はこれまでのKarin.さんの曲との比較で言えば、かなり明るい印象の曲ですよね。
そうですね。
――それは、自分じゃない誰かの曲のように、と思って作ったら明るい曲になったという感じですか。
二人という言葉を音で表現するとなると、いままでとは違うのかなと思って。それに伴ってやっていくと、ああいうサウンドになりました。
――「最後くらい」はさらに明るくてポップなサビの曲ですが、あの曲はどんなふうに生まれた曲ですか。
6月にやった配信ライブの前に作った曲で、もとになったエピソードは女の子が別れを切り出して合鍵をポストに入れたけど、その場から立ち去れないっていう。彼との、今までの思い出やいろんな出来事に背中を向けられないという話で、それを読んだ時に“これは、書けそう!”と思ったんです。
――“これは、書けそう!”と思ったのは、どうしてでしょう?
この女の子に共感できたから、ですね。今までのことを無かったかのようにするということは自分はできないので、それに関して自分が思うことを曲にしてみたんですけど、この曲の歌い出しの歌詞は<出会う順番を間違えた>って、致命的なミスですよね(笑)。そんな歌詞から始まる曲ってどうなるんだろう?と自分でも思って、自分もワクワクしながら作ったので明るいサウンドになりました。しかもクライマックスに差し掛かるところで<こんなこと言いたくない>という歌詞も出てくるんですよね。それでも、言いたいことがパンクするくらいどんどん溢れ出して、転調して、でも君のことを思ってるっていう。そういう気持ちを曲に仕上げてみたら、すごく面白い作品になったなと自分でも思っています。
――確かに<出会う順番を間違えた>という歌い出しはすごいけど、その次の歌詞が<でも正解じゃなくても良かった>ですよね。
出会う順番がちゃんとしてたらどうなってたのか、私にはわからないですけど、多分それは望んでないと思うんです。正解だったら、印象に残ってない気がする。何かがあったから、それが忘れられなくて、それに背中を向けられないということなんだと私は思ったので、だから<出会う順番を間違えた/でも正解じゃなくても良かった>なんです。
――「正解」という言葉もさっき話に出た「普通」という言葉に通じているというか、「普通、人はこう考えるよね」ということが「正解」とされるケースが多いですよね。でも、Karin.さんは「そもそも普通という言葉がよくわからないから」と言われたのと同じように、「正解ってどういうこと?」というような感覚があるんじゃないですか。
今までの私の曲には愛という歌詞が多かったじゃないですか。それは、誰も教えてくれないことですよね。優しさとか「こういう人であってほしい」というような願いは人から言われたりもするけれど、愛って誰も教えてくれない。でも、みんな生まれた時からその感覚は知ってるんですよね。自分なりの、愛の定義を知ってる。そのことを書いたのが『solitude ability』に入っている「愛は透明」という曲なんですけど、今回はそのフォーカスが普通ということに向けられたというか。誰も、普通でいるための正解を教えてくれないという……悲しさでもないんですけど。例えば「正義」にしても、自分にとっての、ということでしかないじゃないですか。愛も普通も全部、それと同じなんじゃないかなって。そういうふうに、人間がずっと思ってる、考えずに済まそうと思っても済ませられないことを、今までも、そして今回も歌っていると思うんです。それがわからないから歌っているんであって、その対象が今までは愛だったけど、『solitude ability』で一つの自分が終わったと感じたのは、愛について綴っていた自分に区切りがついたということで。今回のKarin.は普通ということに重きを置いているような気がします。
――今回の4曲は新しい一歩という感じですか。
そうですね。このepを作るにあたって、アレンジャーさんとバンドメンバーを新しい方にお願いしました。つまり、物理的に「次」に行けるような環境を作って、そのアレンジャーさんと顔合わせをした時に「今年の私はメロディーメイカーになりたい」と言ったんですよ。Karin.と言えば声、歌詞、というところにこれまでは注目してくださってたと思うんですけど、今回は私のメロディに注目してくれるといいなと思ったので。それで、作ったのがこの4曲入りのepなんです。
――11月のツアーについても聞かせてください。今回は、新しいシーズンに入ったKarin.さんを披露するライブということになりますか。
今回は“solitude time to end“というツアー・タイトルで、solitudeシリーズは終わらせたいと自分で言って終わらせたんですけど(笑)、ライブで直接見せることなく配信だけで終わったので、今回はまずそれを表現したいなという気持ちがあります。ただ、それと同じ時間というか、同じ日の同じ場所で、solitudeシリーズが終わって次の自分――つまり孤独や愛を歌っていた私が「普通」とか「誰かがいる」ということを表現するようになった私を提示できたらいいなと思うし、それをみんながどう思うのか、その反応を直接確かめたいと思っています。
――ということは、新しい自分を十分伝えられたなという実感を持てれば成功、ということになりますか。
成功しました!と思うのは、多分2回目のツアーなんじゃないかと思うんです。今回は、ワンマン・ツアーというのはどういう感じなんだろうな?というのをまずは体験してみるという感じだと思います。
――いいツアーになることを期待しています。今日は、ありがとうございました。
取材・文=兼田達矢 撮影=高田梓