2021年11月20日(土)ミューザ川崎シンフォニーホールにて『伊福部昭百年紀Vol.8 藤岡幸夫の指揮で聴く伊福部バレエ音楽の総決算!』が催される。映画『ゴジラ』のテーマ音楽によって知られる作曲家の伊福部昭(1914‐2006)の映画音楽を中心としたオーケストラによる復元演奏に取り組む伊福部昭百年紀シリーズの一環で、指揮を藤岡幸夫、演奏をオーケストラ・トリプティークが務める。バレエ&ダンスファン、舞台好きにとっても大いにそそられる。
伊福部は舞台のための音楽、ことに舞踊のための音楽を少なからず遺している。なかでも、日本の現代舞踊のパイオニア江口隆哉(1900‐1977)と宮操子(1907‐2009)の舞踊団のために『イコザイダー』(1947年)、『プロメテの火』(1950年)、『日本の太鼓“鹿踊り”』(1951年)などを作曲した。伊福部夫人の勇崎アイが江口・宮の門下であった縁から始まった協同作業である。2016年、2018年には『プロメテの火』全景が江口・宮門下の金井芙三枝らによって復元上演され、伊福部の壮大な音楽とともに半世紀の時を超えて蘇った。
『プロメテの火』復元公演(2016年)の際のチラシ
今回の『伊福部昭百年紀Vol.8 藤岡幸夫の指揮で聴く伊福部バレエ音楽の総決算!』は2部構成。第1部でバレエ音楽『サロメ』(1948年原典版)を、第2部でバレエ音楽『ファシヤン・ジャルボオ』(1956年)を演奏する。
バレエ音楽『サロメ』は貝谷バレエ団の貝谷八百子(1921‐1991)の依頼によって作曲された。貝谷は1948年5月に帝劇で行われた貝谷バレエ団の10周年記念新作発表会のために伊福部に委嘱したのだ。貝谷は1946年8月、帝劇において行われた『白鳥の湖』全幕日本初演において、主役のオデット/オディールを踊ったことで有名(松尾明美と交替出演)。『サロメ』は貝谷の代表作となり、伊福部の音楽も1987年に演奏会用に改訂され演奏されてきたが、このたびは1948年初演当時の原典版の演奏で贈る。貝谷生誕100年に際しての貴重な演奏機会であり、妖艶な踊りで一世を風靡した貝谷の姿に思いをはせつつ味わいたい。
バレエ音楽『サロメ』オリジナルスコア表紙と構成記述
バレエ音楽『ファシヤン・ジャルボオ』は、1956年、江口隆哉・宮操子舞踊団のために作曲され、伊福部自身が原作も担った。全2幕の大筋と見どころは「使徒ジャルボオが、邪教の王ランダルマを討ち果たす、チベット伝承に基づく説話を、バレエにした。3管編成によるダイナミックなサウンドで、仮面舞踊による大鴉、青牛、骸骨の舞い、勝利、虐殺の舞い、官能の舞い、ランダルマの死など多彩な楽想を味わえる」(公演主催者リリースより)。タイトル・ロールを宮、ランダルマを江口が演じた。異色の舞踊劇の世界を想像しながら楽しもうではないか。
『ファシヤンジャルボオ』初演の様子より、ジャルボオ=宮操子、ランダルマ=江口隆哉(1956)
話は変わるが、さる2021年10月20日、バレエ界の大御所・牧阿佐美が享年88歳で逝去した。牧の振付家デビューは、1968年、芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎という「3人の会」を結成していた大物作曲家の音楽に振付した時だった。3人のうち、芥川、黛は伊福部に師事した。牧は母の橘秋子とともに"日本のバレエ"の創造に心血を注いだが、橘の『角兵衛獅子』、『戦国時代』を、それぞれ作曲した山内正、小杉太一郎も伊福部門下。さらに、やはり伊福部に師事した三木稔、石井眞木(舞踊家・石井漠の三男)はバレエ音楽を、また今井重幸は現代舞踊やスペイン舞踊のための音楽を、それぞれ遺している。日本のバレエ&ダンスにおける、伊福部に端を発する現代音楽との関わりは、より注目されていい。その意味においても『伊福部昭百年紀Vol.8 藤岡幸夫の指揮で聴く伊福部バレエ音楽の総決算!』は聴き逃せないのである。
「3人の会」(左から)黛敏郎、芥川也寸志、團伊玖磨。今回の演奏会を主催するスリーシェルズ(3つの貝)の社名は「3人の会」を捩っている。
【動画】『伊福部昭百年紀Vol.8 藤岡幸夫の指揮で聴く伊福部バレエ音楽の総決算!』PV
文=高橋森彦