アルバム『EnVision』ジャケット
YouTubeなどネットでの動画投稿と生配信で人気を博すピアニストのござが2021年11月24日(水)に、デビューアルバム『EnVision』をリリースした。オリジナル曲はもちろん、ジャズやJポップ、唱歌など、培ってきた豊かな経験を存分に活かした11曲を収録。頭の中に浮かんだ情景を作品に昇華させたアルバムは「絵画を観ているよう」と自ら形容する。新盤と2022年1月15日(土)に浜離宮朝日ホール(東京都中央区)で行われるコンサートについて聞いた。
■配信開始から約10年 ござを支える原点とは
――SPICEでの単独インタビューは初めてですよね。「ござさんってどんな人なのだろう?」と思っている読者もいらっしゃると思いますので、ピアノを始められた理由から教えていただけますでしょうか。
はい。ピアノに興味を持ったのは、3つ上の姉がピアノを始め、家にピアノが置かれるようになったことがきっかけです。姉が弾いている姿を見て、僕も見よう見まねで触り始めたんです。曲や楽譜などは分からなかったので、指で「ドレミレド」などと弾いておもちゃのようにして遊んでいました。姉と一緒にレッスンに通うようになったのは5歳のときです。
――ござ少年にとって、ピアノはどんなところが魅力でしたか。
自分で好きで始めたことだったので、「楽しい」と感じられたことですね。小学校では休み時間などに「エリーゼのために」などを演奏したり、ほかにも音楽の授業で伴奏を務めたり。「聴いていると楽しい」と友だちに喜んでもらえたことがうれしかったです。
――クラスでピアノが上手に弾ける子=「ござくん」と人気者だったんですね。
そうですね。ピアノは女の子の習い事というイメージは持たれておらず、のびのびとピアノを弾いていました。
――クラブ活動とかはしていなかったのですか?
小学校のときは、毎日のように友達とサッカーをしていたので、サッカーに熱中してピアノの練習を忘れてしまったこともありました。でもピアノがおろそかになったということはなくて、どちらも同じくらい好きで夢中になっていました。
――ピアノ教室で5歳から18歳までクラシック音楽を学ばれて、大学時代にはジャズバンドに所属をされていました。音楽家を志したのはいつ頃だったのでしょうか。
実はいつから音楽家を志したかはあまりはっきりしていなくって。というのも、音楽を仕事にしてしまったらピアノを好きでい続けることは難しいのでないかと葛藤があったんです。
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――そこで挑戦の意味も込めて配信を始められた。配信での演奏は、奏者としてのござさんに変化をもたらしましたか。
配信は、コンサートと違って「用意してきたことを発表する場」ではありません。視聴者の方のリクエストに対して、僕が即興の場でいかに表現できるかが問われる場でした。だから最初は何が必要なのかを考えて、まずいろんな曲を弾けるようにならなくてはいけないと準備をしました。クラシック中心のレパートリーではなくて、いい意味で真逆というか。色々なジャンルを幅広く弾くことが求められるようになりました。
――弾きたいと思う曲ではなくて、求められて演奏する曲。そこにギャップがあると、心が負けそうになったりなどはありませんでしたか。
最初はあまりに幅広いリクエストに戸惑うこともありました。しかしそれに応じて10年間たくさんの曲を覚えていく中で、世の中に存在する曲に対しての印象が僕自身はフラットになりました。色々な曲の中にある良い部分を発見して、楽しめるようになったことが一番の変化です。
――何が起こるか始まってみないと分からないのが配信。怖いなとか不安はありませんか?
始めた当時はありましたが、もう夢中でやっていました。いまもどんな曲が来るかなと不安もあります。でも漠然とした心配ではなくて、期待に応えられるかなという思いに変わりました。あとは聴き手の声をリアルタイムで知ることができるので、こんなに多くの人が僕の演奏を楽しんでくれているのかと体感できる。聴いてくれる存在があることが、僕に自信をくれました。
――先ほど、小学校のときにクラスメートなどから「ござくんのピアノが好き」と喜んでもらえたことがうれしかったとお話ししてくださいましたよね。楽しいと思って続けていることで、周囲が喜んでくれたことがうれしかったと。ござさんがプロの奏者としての道を迷われたときも、「ござさんのピアノが好きだ」という声に励まされて、演奏を続けることができたのですね。大好きなピアノを演奏することで、誰かが喜んでくれることがうれしいという思いが根底にいつもあるのですね。
そうですね。演奏をして喜んでくれる人がいるということは、いまも昔も変わらず僕を励ましてくれるものです。あとピアノは一人で演奏する楽器なので、一人で完結することができてしまうために、孤高の存在になりやすいところがあると僕は思っているんです。自分を見失わないためにも、支えてくれる存在があるから成長できるということを忘れずにまい進したいです。
■デビューアルバム『EnVision』そのテーマ&内容をきく
――11月24日(水)にはデビューアルバム『EnVision』が発売となります。このアルバムはどんなテーマで制作されたのでしょうか。
最初は2つのテーマを持っていました。1つは、配信を始めてからの10年、昔からファンでいてくださる方はもちろん、ストリートピアノで僕を知って曲を聴いて下さるようになった方も、どちらも楽しめるようなアルバムにしたいということ。もう1つはアルバムとしてのまとまりを大切にしたいと思っていました。聴き込むこともできるし、BGMとして日常の中に溶け込むこともできる音楽。演奏者の人となりが現れるような1枚にしたいと考えていました。
――Jポップからジャズ、民謡。そして3作のオリジナル曲もそれぞれ異なる輝きを持っていて、ござさんの表現の幅広さを感じます。「どんなときも。」(槇原敬之)のアレンジも素敵でした。「海の見える街」(久石譲)は2台ピアノというアイデアもユニークです。
「どんなときも。」は大人っぽい一面を見せたいとアレンジを考えました。「海の見える街」はスタジオでの録音経験が今回初めてだったのですが、スタジオならではのことをしたいと重ね録りを思いつきました。音が厚くなりましたし、ここを弾きたいけれど指が足りない!と思っていたもやもやも解消できました。光によって変化する海の色など情景をより深く表現できたと思っています。異国情緒を感じてもらえたらうれしいです。
――この曲は外せない!など特にこだわられた点はどんなことですか。
僕が大切にしてきたジャズは絶対入れたいと思っていました。「葛飾ラプソディー」(堂島孝平)は色々な音を入れてにぎやかに。アイルランド民謡の「Danny Boy」では逆に必要最小限の音での表現が中心となっています。
――必要最小限の音で伝えるというのはとても難しそうです。
クラシック、ポピュラー、ジャズなど学んでいく中で、成長したいという願望が強くなっていきました。試行錯誤する中で、音を増やし盛り上がる演奏にたどり着いたのですが、近年は、必要な音を追求していくことに変わっていきました。無駄な音を削ぎ落すことで、心に響く演奏に繋がるかもしれない。少ない言葉で伝えたいというのでしょうか。少ない音だからこそ出せる説得力ってあると思うんです。
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――文学の中に忘れられない情景があるように、音楽もその一音に感動があります。アルバムに収録した3作のオリジナル曲はどんな思いが込められていますか。
アルバムには2つのテーマがあったとお話ししましたが、制作を終えたときにもう1つのテーマが見えたんです。それはタイトルの「EnVision」の「形にする」「思いにする」にも繋がっていて。ゼロから何かを生み出していく中で、色々な思いがあって曲になっていく、それがとても絵画的だなと感じました。オリジナル曲の中で最も絵画的と感じるのが「夕さり」です。「夕さり」とは、むかしの言葉で夕方になっていく様子を表現した言葉なのですが、僕も夕方から夜に移り行くもの寂しさや、人々が家に急ぐ様子など、その一瞬の時間を切り取りました。
――「アネモネ」はいかがですか?
最初に浮かんだのは、冬の透明感を表現したいということでした。春になると植物が芽吹いて色彩が豊かになっていくと思うのですが、その過程を追いかけています。少しずつ温かくなっていくにつれて、気持ちも温かくなる。その温もりや、四季の美しさを感じてもらえたらうれしいです。
――「清新の風」は自然の中で聴かせていただいたのですが、吹く風や揺れる木々と調和していて、すごい曲だなと心が震えました。音符が風の中で揺れているように感じました。
収録した楽曲のどの曲とも違う自分らしさを出したいと思って制作しました。自分の音楽を構成する要素として、ジャズや、中高校生のときに経験した吹奏楽部で担当したクラリネットとユーフォニアム、学生指揮、シンフォニックなどがあると思っています。なので「清新の風」には、序奏からメインテーマへと移り変わっていく、吹奏楽的な要素を込めました。曲中にはジャズから着想を得たアドリブパートもあります。ここはライブでの演奏を楽しみにしていて欲しいです。これまで得てきた音楽を昇華できた。とても自信になりました。
――吹奏楽のご経験もあったのですね。ござさんの高いバランス感覚は、奏者としての色々な立ち位置をご経験なさっていることもひとつの理由かなと思いました。ござさんの演奏は繊細と癒しのイメージを持っていたのですが、アルバムでは大胆さもあって、新しい一面を見ることができました。アルバムのジャケットでは素顔も公開されていますね。
これは冒険しました……。1年前まで顔を出して活動をしていなかったので、大きな決断でした。
――心境の変化があった?
はい。ピアニストとして活動をしていくんだという自覚が芽生えたことが大きかったです。演奏する姿も観ていただきたいと。
――ペンギンもかわいらしかったですが。額に汗して演奏する様子や、苦悩の表情。笑顔などファンは見たいですよね。
そうですね。ペンギンの被り物は、雑貨店に行ったときにたまたま見つけたことが理由で、実は2代目なんです。その前は手だけを映していたこともあったのですが。これからは演奏する様子も楽しんでいただきたいです。
――その演奏する様子は、2022年1月15日(土)に浜離宮朝日ホールで行われるコンサートで観ることができますね。
はい。アルバムに収録した曲はもちろん、ジャズやクラシックなどを織り交ぜながら演奏する予定です。
――昨年、そして今年と、角野隼斗(かてぃん)さん、けいちゃん、菊池亮太さんと『NEO PIANO CO.LABO. 』(ねぴらぼ)として一緒にステージに立たれました。彼らの飛躍も刺激になりますか?
ねぴらぼの3人からは、めちゃくちゃ刺激をもらっています。本格的に4人でやる前に集まったことがあったのですが、そのとき3人のピアノ伴奏で僕が「もののけ姫」を歌う場面があって、いま考えるとめちゃくちゃ貴重ですよね。刺激し合える仲間がいることはとてもありがたいことだと思っています。
――11月はお誕生日と、デビューアルバムとおめでたいことが続きますね。今後はどんな活動を予定していらっしゃいますか。
ピアニストとして培ってきたアドリブ力、対応力など研鑽を積んでいきたいです。アルバム制作の中で、オリジナル曲を作る経験をさせていただきゼロから作曲する楽しさを知りました。こちらも並行して続けていきたいです。
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取材・文=Ayano Nishimura