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クリスマスシーズンを目前に、ヴァイオリニスト古澤巖が語る、あんなコトやこんなコト

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ヴァイオリニスト 古澤巖

ヴァイオリニスト 古澤巖

ポップスにラテンにクラシック。ジャンルも国境も飛び越えて、長年にわたり、第一線で大活躍を続けているヴァイオリニスト古澤巖

2013年から続いているクリスマスシーズンのお楽しみ、ベルリン・フィルハーモニックストリングスとのコンサートについて、今年の聴きどころを伺うつもりが、今年没後20周年を迎える、大阪フィルハーモニ交響楽団の創立名誉指揮者 朝比奈隆との、素敵な思い出話からハナシは始まり…。 ぜひご覧ください。

―― 古澤さん、よろしくお願いします。 寒くなり始めると、クリスマスシーズン恒例のベルリン・フィルのメンバーとのコンサートが気にかかりますが、今回はまず、朝比奈隆の指揮による大阪フィルの定期演奏会で、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏されたことについてお聞きしたいのですが。覚えてらいらっしゃいますか?

大阪フィルの定期演奏会でベートーヴェンの協奏曲を演奏する古澤巖。(第295回定期1996,2,14 フェスティバルホール)  写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団 

大阪フィルの定期演奏会でベートーヴェンの協奏曲を演奏する古澤巖。(第295回定期1996,2,14 フェスティバルホール) 写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団 

懐かしい話ですね。あれは確か1996年ですよね。朝比奈先生から、大阪フィルの定期でベートーヴェンを弾いて欲しいと頼まれたのですが、どうも気乗りがしなかったので、何度かお断りをしたのです。しかし朝比奈先生がどうしても弾いて欲しいという事だったので、いったんお受けしたのですが、やはりどうも気が進まない。これは直接お会いして断わろうと思い、要件は言わず、前年の1月17日の午前中にご自宅にお伺いをする約束をしました。前日から神戸に向うはずだったのですが、最終の新幹線に乗り遅れてしまい、始発で向かおうと東京駅まで行ったのですが、新幹線がストップしていました。朝、5時46分に起きた阪神・淡路大震災の影響でした。

―― えー、そんな事があったんですか。朝比奈さんとは連絡は付いたのですか。

はい、すぐに電話をしたところ、「おー、古澤君か。さっき地震があってなあ、家の壁が崩れたんだ。」と、まだそんな大変な様子でも無かったのですが、新幹線が止まっていて、伺えない旨だけ伝えました。結局その後、大変な状況だったので、断わるタイミングを失ってしまい、予定通り大フィルの定期演奏会には出演しました。

大阪フィルハーモニー交響楽団 創立名誉指揮者 朝比奈隆     (C)飯島隆

大阪フィルハーモニー交響楽団 創立名誉指揮者 朝比奈隆     (C)飯島隆

―― 震災の5日後の22日、朝比奈さんは東京都響の指揮台に立ち、シューベルトの交響曲第9番「グレイト」を指揮しています。この時、古澤さんは都響のコンマスをやられていたのですか?

いやいや、私が都響のソロコンマスをやっていたのは、88年の1月から92年の3月までなので、この時の「グレイト」は存じ上げておりません。朝比奈先生は、大変な震災の直後に、都響を振られていたのですね。

―― はい。シューベルトの「グレイト」といえば、古澤さんがベートーヴェンのソリストをされた96年2月14日の第295回定期演奏会のメイン曲も「グレイト」でした。その時の演奏は、ポニーキャニオンからCDが発売されています。私の愛聴盤です。もちろん、私もフェスティバルホールで聴衆として聴いておりました。

朝比奈隆指揮、大阪フィルでベートーヴェンの協奏曲を演奏。(第295回定期1996,2,14 フェスティバルホール)  写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団 

朝比奈隆指揮、大阪フィルでベートーヴェンの協奏曲を演奏。(第295回定期1996,2,14 フェスティバルホール) 写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団 

そうでしたか。実は、朝比奈先生の事では、忘れられない思い出があります。先ほども言いましたが、東京都交響楽団のコンマスを月に1度、4年ほどやりました。ちょうど、若杉弘さんが首席指揮者に就任された1987年のシーズンからです。コンマスとして、著名な外国人指揮者をはじめ、色んな指揮者を経験したのですが、私がいちばん感動したのが、朝比奈先生の指揮でした。指揮者とコンマスという立場でご一緒したのは、一度だけだったと思います。曲は、ブルックナーの交響曲第8番。その時まで、別にブルックナーに興味はありませんでしたし、朝比奈先生の事も、このおじいさん誰? くらいの感じで指揮台にお迎えしたのですが、後にも先にもあれほど感動したことは有りませんでした。何に感動したのか、よくよく考えてみると、テンポだったんだと思います。

―― いわゆる巨匠テンポという堂々としたテンポ設定だったのでしょうか?

早い、遅いでは無く、巨匠テンポといったありふれた言い回しで語れるものでもありません。敢えて言うなら、天国の階段を昇っていくようなテンポと云えばいいのでしょうか。先生の頭の中では、こんなに素晴らしい音楽が鳴っているのかと驚きました。神々しい音楽。先生はきっと、音楽の神様に認められた人なんだ。ブルックナーが朝比奈先生を介して、自分の音楽を聴かせてくれているように感じられる、そんな体験でした。終演後すぐに朝比奈先生の楽屋を訪ね、「先生、本当に素晴らしい音楽をありがとうございました!」と、感謝の思いを伝えたことを覚えています。この感動を半ば興奮状態で、仲の良い指揮者に語ったのですが、意外にも素っ気ない反応に少々ショックでした。

「朝比奈先生の天国の階段を昇っていくようなテンポに感動しました!」     (C)飯島隆

「朝比奈先生の天国の階段を昇っていくようなテンポに感動しました!」     (C)飯島隆

―― 実は、今年が朝比奈隆没後20年です。

もうそんなになりますか。そんな事があったので、先生からベートーヴェンのソリストで声をかけて頂いた時には、気が進まなかったものの、簡単には断れなかったのです(笑)。今でも多くの人が先生の音楽を好んで聴いていることは理解できます。あんなに凄い指揮者、いませんからね。以前、ザ・シンフォニーホールの横にホテルプラザがあった時代の事ですが、演奏会を終えた朝比奈先生が、楽屋口から燕尾服のままホテルに入って行かれる姿を偶然見かけました。まず、海外でも見かけない光景ですが、疲れた様子も見せず、矍鑠としておられ、とても格好良かった事を覚えています。没後20年のタイミングで、朝比奈先生の話しが出来て良かったです(笑)。

2001年12月29日に93歳で亡くなった朝比奈隆。今年が没後20年となる。   (C)飯島隆

2001年12月29日に93歳で亡くなった朝比奈隆。今年が没後20年となる。   (C)飯島隆

―― 古澤さん、貴重な話を有難うございました。さて、クリスマスシーズンのお楽しみ、ベルリン・フィルハーモニックストリングスによる、スペシャルコンサートの話しに移ります。今回2年ぶりの開催となります。

昨年は、コロナの影響でベルリン・フィルのメンバーが来日できませんでしたが、今年は若いイケメンを加えた新しいユニット(弦楽五重奏)で、昨年出来なかった分まで皆さまに楽しんで頂きます。どうぞご期待ください。

ベルリン・フィルハーモニック ストリングスのメンバー

ベルリン・フィルハーモニック ストリングスのメンバー

―― 今回もイタリアの現代作曲家ロベルト・ディ・マリーノの、新作書き下ろしのコンチェルトは演奏されるのでしょうか。

もちろんです。協奏曲第6番「海」は、いつもながら美しく気品のある曲で、皆さま気に入って頂けるはずです。そして今回もマリーノには、編曲でも大変お世話になっています。巨匠ハイフェッツの愛奏曲として知られる、マックス・ブルッフの「スコットランド幻想曲」を弦楽器6本用に編曲してくれましたし、大好きなエンニオ・モリコーネの「続・夕日のガンマン」から「The Ecstasy Of Gold」も原曲に忠実に編曲してくれました。

―― マリーノ、大活躍ですね。

はい。このコンサートだけでなく、私が主宰している「品川カルテット」でも、色々なタイプの曲を書いてもらっています。ご本人は、現代音楽の作曲家として活躍されていますが、メロディアスな調性音楽を、抵抗なく作れるところが、人間の器が大きいと言いますか、彼の素晴らしいところです。マリーノとの出会いは、かけがえの無いものです。

―― このコンサートのもう一つの売りが、古澤さんの使用楽器、1718年製のストラディバリウス「サン・ロレンツォ」です。

「サン・ロレンツォ」はあまり資料が無かった幻級の名器です。ヴァイオリンのサイドにラテン語で「栄光と富は、神の家に在る」と、ストラディバリウス自身が旧約聖書の一節を書いています。ヴァイオリン本体に文字の入ったストラディバリウスは、他には無いそうです。

長年にわたり、ジャンルを超えて活躍するヴァイオリニスト 古澤巖

長年にわたり、ジャンルを超えて活躍するヴァイオリニスト 古澤巖

―― ストラディバリウスを鳴らし切るのは、難しいと聞きます。

はい、その通りです。いつも同じように鳴ってくれる訳ではありません。コロナによる自粛期間中、改めてヴァイオリンの持ち方や構え方、弾き方を研究して、これまでと全てを変えました。以前はしっかり鳴らそうと、チェロボウを使ってガシガシ弾いていたのですが、現在は通常の弓より細いバロックボウを使って今までの半分の力で弾いても、以前より良く鳴るようになりました。

―― そう言えば古澤さん、チェロの弓でヴァイオリンを弾かれている映像を見て驚いたことがありました。

今の方が良く鳴りますし、古澤巖​の音ではなく、ストラディバリウス「サン・ロレンツォ」本来の音がします。ずっと私の演奏を聴いて頂いているファンの皆さんも、それには驚かれたほどです。それと、もう一つ、発見がありました。

―― 何ですか、発見って。

ホールは楽器と言いますが、ステージ上に、良く鳴るスポットが必ずあることに気付いたのです。ある会場で、コロナでもあり客席との距離を取ろうとステージの奥に下がって弾いたいたところ、偶然発見しました。そこで弾くと、力を抜いて弾いても、ホール中にクリアな音が響き渡ります。今回演奏するホールでもスポットを探し出して、弾いてみたいですね。いつもよりステージの奥で弾いているかもしれませんが、そういう事です(笑)。

名器ストラディバリウス「サン・ロレンツォ」の響きを聴きにいらしてください!

名器ストラディバリウス「サン・ロレンツォ」の響きを聴きにいらしてください!

―― 古澤さん、長時間ありがとうございました。最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。

コロナの影響で2年ぶりとなる、ベルリン・フィルハーモニック ストリングスとのスペシャルなコンサートですが、最高の演奏をお約束します。自粛期間中、時間が出来たことで色々と発見がありました。名器ストラディバリウス「サン・ロレンツォ」本来の、豊かでクリスタルな響きを聴きにいらしてください。お待ちしています。

取材・文 = 磯島浩彰

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