Photo by Michiko Kiseki
2018.7.25(wed)マイナビBLITZ赤坂
神崎エルザ starring ReoNa ✕ ReoNa Special Live “AVATAR”
誰も身じろぎもせずにただ、ステージで歌う彼女を見つめていた。
『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の作中に登場する女性シンガーソングライター、神崎エルザ。本ライブはその歌唱を担当したReoNaがファンの前で歌うということで、抽選で選ばれた観客は期待と少しの緊張を持ってマイナビBLITZ赤坂に集まっていた。
ラフマニノフやエリック・サティの「ジムノペティ」などのクラシックが流れる開演前はアニソン系ライブとは思えないくらい厳かな空気で、外のうだるような暑さから空調のきいた館内が少し肌寒く感じるくらいだ。
開演に先駆けて、アニメで神崎エルザを演じた日笠陽子の注意事項ナレーションが流れる、凝った趣向だな、と思っていると客電が落ちる。SEで煽るでもなく、無音の中静かにステージ上にReoNaが登場した。何を語るでもなく、少し緊張をもって息を吸い込む音をマイクが拾った瞬間に一曲目「ピルグリム」が奏でられる。儚く感じながらも胸のど真ん中に突き刺さるような強い歌声。言葉の1音1音が違えることなく届く感覚はとても新鮮かつ強烈だ。
Photo by Michiko Kiseki
一曲目を終えてMCで何を語るのか、注目していると、聞こえてきたのは先程の日笠陽子が演じる神崎エルザのMC、ReoNaは少し微笑みながら何も語らない。そうか、あくまでも今日は「神崎エルザ starring ReoNa」と「ReoNa」の対バン形式なのか。ReoNaは神崎エルザのアバターとしてステージに立ち、歌う。すぐに意図を飲み込んだ観客はエルザの煽りに熱い声援を返す。
二曲目に「展覧会の絵」をモチーフに作られた「step, step」を披露し、そこから「Disorder」「Independence」と激しい2曲を一気に歌い上げる。「Disorder」の間奏時に片手を突き上げ、ほんの少し嬉しそうにはにかんだReoNaを見て、初めてアバターから漏れ出た彼女の気持ちが見えた気がした。自身の声で、歌で会場が熱狂しているのを肌で感じとったからだろうか。
Photo by Michiko Kiseki
まるでガラスの槍のようにその歌声は見るものの感性を貫いてゆく。触れたら壊れそうで、でも何よりも強く響く歌は、天性の授かりものだけではく、その上に積まれたトレーニングも感じるものだった。
「レプリカ」「ヒカリ」とMCを交えながら進んでいくライブ。あくまでもこれは神崎エルザのパート。最後の「Rea(s)oN」までReoNaはあくまでもアバターとして歌い続けた。ステージを去り、後半戦。ここからが本当の“ReoNaのターン”の始まりだ。息を呑みその時を待つ会場に、スクリーンから声が響いてくる。
Photo by Michiko Kiseki
ReoNaは毎日Twitterに「こえにっき」というものをアップしている。映像はなく、ただReoNaが思うことを呟くのだ。それは彼女がその日に感じたこと、言いたいことを彼女の言葉で綴り続けているもので、そこには派手な宣伝文句も、飾られた言葉もない。ただReoNaが備忘録のように、わざわざそこにアクセスしてくれる誰かのために上げ続けているものだ。それが編集され、音やタイポグラフィーを駆使した動画として会場に流される。
「真面目な話をするときっとくたびれてしまうから少し楽しくお話をしよう、辛く悲しいことでも笑い話のように話そう、そうやって頑張ってるやさしい誰かの我慢を私が全て引き取ってあげたい」(こえにっきより)
そういう彼女の言葉の一つ一つがアスファルトに落ちる雨粒のように染み渡っていく。決して背中を押さない。でも、隣りにあり続けようとするReoNaの小さく強い決意を感じる言葉。
立ち向かうだけが正義じゃない、逃げることは悪じゃない。そう言い切るのは実はとても勇気が必要なことだと思う。ステージに立ち、楽曲を発売し、ファンと呼ばれる人たちがその動向や発言に注目するようになった今の彼女は、本人が望もうと望むまいと影響力を持ち始めている。そのReoNaが「逃げてもいい、辛い時ちゃんとよりそえるようにありたい」と発言するのは、ある意味背中を押すよりも困難で、真摯な道を往こうとしているように思えたのだ。
ふたたびステージに現れた彼女は赤のワンピースの上に革ジャンを羽織っていた。神崎エルザのアバターではない、ただのReoNa、新たな一歩目は「おやすみの詩」から始まった。消え入りそうで、決して消えないその声。歌い終わった後ちいさく「ありがと」といった言葉が彼女がこのライブで最初に発した“自分の言葉”だった。
「赤坂の皆さんこんばんは、ReoNaです、こんなに沢山の人の前で歌うのが楽しみで、指折り数えていました」
少女と呼ぶには少し大人で、女性と呼ぶには少し幼い彼女は自分の言葉で感謝を伝えてきた、ReoNaとして二曲目に披露されたのは初公開となる「カナリア」。すごく小さなセカイの話。でもこの小ささはとても僕たちのリアルに直結しているサイズなのではないか。
人から見たら些細で大したことない悩みでも、本人にとっては人生をかけた苦しみなのかもしれない。誰にも理解できないかもしれない個々の抱える生きるという重さ、それを隣で引き受けたいというReoNaは、今まで登場したどんなアーティストよりも強くあろうとしているのかもしれない。
Photo by Michiko Kiseki
「当たり前になりたいの」
すべてのアーティストがそういう存在でありたいと思い続けている普遍性を、彼女は隠すこともなくその透明な声で耳元に囁いてくる。方法論なんてわからない、この先のReoNaがどういう存在であって、どういう活動をして、どう当たり前であろうとするのか、それを見続ける必要を感じる歌を彼女は歌う。
アニメ『ハッピーシュガーライフ』エンディングテーマにもなっている「SWEET HURT」を歌う前にReoNaがMCで語った言葉。「辛い時、逃げたいとき、アニメやお歌に救われました。無駄だって言われたりもしたけれど、それでここに来ることが出来ました」
きっと彼女は本音で僕たちに投げかけてくる、気がつけば神崎エルザの曲で熱狂して声援を送っていた客席は、いつしかReoNaの一挙手一投足を見逃さないとばかりにステージを凝視している。静かな熱情、それが赤坂の会場を包む。
ReoNaを紐解くヒントの一つはやはり歌なのだろう。「SWEET HURT」の中で「私の命をあげよう」と熱っぽく声を上げるReoNaは歌に全てをあげて、その力で誰かの苦しみの隣にあろうとしている気がする。彼女も苦しんでいるのかもしれない。だから何かにすがる。何かの力を借りる。それがアニメであり、歌なのかもしれない。
最後にステージを去る前に「みんなの心の中に何か一つでも残せたらいいなと思います」といったReoNaは少し恥ずかしそうに手を振りながら去っていった。確実に見ていた全ての人の心に青い炎をともして。
すぐ話を聞きたい、そう思えるアーティストに出会ってしまった。ベールを脱いだReoNaがもたらしてくれた、忘れてしまいそうだったセンチメンタルな痛みを抱えて、次の出会いを待ちたいと思う。
Photo by Michiko Kiseki
文・レポート:加東岳史