アイビーカラー
アイビーカラーがバンドの総力を結集して挑んだ野心的試み、「失恋3部作“失うに恋”」が完結した。2月に「次で最後にしてね。」、4月に「ミッドナイトロマンス」、7月に「ほどけた二人」と続いた配信リリースは、4人のミュージシャンを着実に成長させ、失恋をテーマにした悲しくも魅力的なドラマは、これまで彼らを知らなかったリスナーをもしっかりと魅了した。彼らはいかにして高い壁に挑み、それを乗り越えたのか? バンドにとって大きな飛躍ポイントとなった3部作の制作エピソード、そしてこれから向かうバンドの方向について、4人の言葉を聞いてみよう。
――「失恋3部作“失うに恋”」の制作を発表して、第一弾「次で最後にしてね。」を初演奏したのが1月22日の恵比寿リキッドルームでした。あの時にはもう、3曲すべての制作が進んでいたわけですか。
佐竹惇(Vo&G):いえ、全然。「失恋3部作」というテーマだけ決めて、リキッドルームで発表した時には、2作目には全然手をつけれてなかったと思います。
――あ、そうだったんですね。見切り発車じゃないですか。
佐竹:そうです(笑)。いつもギリギリでした。
――あれから約半年が過ぎて、3部作が見事に完結しました。振り返って、どんな時間でした?
佐竹:今年はその前の2年間と比べるとライブもたくさん増えてきた中で、2作目、3作目と制作を進めていたので、コロナ以前のあの忙しさがまた戻ってきた感覚はありました。2年間でなまっていたぶん、大変な感じもあったんですけど。曲を作って、ライブができて、そこで消化できるという生活が戻ってきて、すごく良かったなと思いますね。
佐竹惇(Vo&Gt)
「ほどけた二人」は、こういう曲をやりたくてアイビーカラーを組んだとはっきり言えるくらいの曲。現時点で自分ができる完成形の詞とメロディができたんじゃないかなと思います。
――吉博くんは楽曲制作だけじゃなく、ミュージックビデオの撮影と編集もやっていたから、特に忙しかったんじゃないかと思います。
酒田吉博(Dr):まあ、そうですね。1、2作目のMVは僕が作らせてもらったので、いろいろ大変なこともありましたけど、僕は制作するのが基本的に好きなタイプなので、楽しくやれたかなと思います。3曲目の映像に関しては、僕は撮影に関わってはいないんですけど、スタッフチームの方々が、3曲目のディレクターさんの選択やとりまとめを、僕がやってもいいんじゃないか?ということで、3曲目にもちゃんと携わらせてもらって。自分的には、すごくいい3部作ができたなと思ってます。
――あらためて、1作ごとに振り返りながら制作エピソードを語ってもらおうと思います。1作目「次で最後にしてね。」は、ライブで初めて聴いて、シンセベースや電子ドラムを使ったアレンジに驚いたんですけども。ああいうアイディアは、惇くんの頭の中に最初からあったんですか。
佐竹:あ、いえ。僕は、アイビーカラーのすべての曲がそうなんですけど、僕が詞とメロディとある程度のコード進行を、弾き語りの状態でメンバーに提出して、そこからのアレンジはメンバーに任せるスタイルなので。今までのアイビーカラーでは珍しいシンセベースが入ったりとかは、メンバーが考えてくれたことで、レコーディングの1、2週間前にシンセベースを奈緒が買ったりだとか。
――え。そんな直前ですか。
碩奈緒(Ba):はい(笑)。
佐竹:なので僕も、ほったらかしていたわけではないんですけど、メンバーに任せていたら、気づいたらすごいことになってるな、みたいな感じでした(笑)。
――実際やってみてどうでした? この新しい音作りは。
碩:楽しかったです。ライブしながらの制作だったので、時間がカツカツだったのがプラスに出たところもあって、移動中にパソコンでベースを打ち込むことが多くて、それをしたおかげで、シンセベースのアイディアが出たので。もともとEDM寄りの、電子的な音作りの楽曲にしたいという話はあったんですけど、新しい機材を買うことまでは考えていなくて、でもそっちのほうがしっくりくるかな?と思って、レコーディングの1週間ぐらい前に楽器屋さんに行きました。現物がその場になかったので、頼んで、届いたのが3日前とかでした。
――なんと。本当にギリギリ。
碩:練習は、家にあるちっちゃい鍵盤でやっていたんですけど、届いてからは、音作りが一番難しかったです。弾くことよりも。
――でも、ばっちりですよね。いい感じです。
碩:はい。いい感じになったんじゃないかと思います。
川口彩恵(Key)
「次で最後にしてね。」はアイビーカラーのどの曲よりも弾きやすい曲やと思います。でもそのぶん、アレンジはダントツで難しかったです。
――では彩恵さん。「次で最後にしてね。」は、プレイヤーとしてはどういう楽しみがある曲ですか。
川口彩恵(Key):プレイヤーとしては……正直、アイビーカラーのどの曲よりも弾きやすい曲やと思います(微笑)。めちゃくちゃシンプルなので。リキッドルームの時に初披露やったんですけど、普通だったら初めて演奏する曲はすごい緊張するんですけど、あの曲はそんなに、プレイ自体の緊張がないぐらい、珍しくシンプルな曲やなと思っていて。でもそのぶん、アレンジはダントツで難しかったです。
――ああー。そうですか。
川口:奈緒ちゃんも言ってたんですけど、けっこう時間がなくて、私も遠征帰りの車の中で夜中にフレーズを考えたりしていたんです。シンセの音をメインで使うことになった時に、普通のピアノの音との兼ね合いとか、フレーズをどういうふうに重ね合わせたらいい感じになるかな?というのをすごい考えて。大変ではあったんですけど、出来上がってみて、また一つ成長できたかなって思った曲でもあります。
――吉博くんは、こういうエレクトロっぽい音作りのアレンジは、作りながらどう感じてましたか。
酒田:僕は普段からR&Bとかを聴いていることもあって……もともとこの曲はEDM調というか、「海外で流行るような曲の感じで」という話になっていたんですけど、ドラムに関しては、EDMにしすぎると、バンドで演奏するような曲ではなくなってしまうので。バランスを考えた時に、普段聴いているR&B系から取り入れるのはどうかな?と思って、ああいう形になりました。生ドラムはサビでしか叩いてないですし、サビの中でも、たとえばスネアの音一つ取っても、5つの音を重ねているんですよ。
――5つも? それはすごい。
酒田:一個一個はスネアの音じゃなくて、たとえばクラップの音だったり、金属を叩く音とか、5種類ぐらいをくっつけてスネアの音にしてます。J-POPではあまりやらない手法ですけど、R&Bではわりとやってる人が多くて。いろんな曲を聴いて、考えながら作っていきましたね。
――そんな隠し技があったとは。
酒田:そうなんです、実は。厳密に言うと、サビ以外のスネアは3つの音でできていて、サビでは5つの音に変わるみたいに、音を変えているんですけど。
――惇くん、すごいですね。頼もしいメンバーですね。
佐竹:そうですね(笑)。アレンジ面に関しては、こだわり抜いてくれます。僕が意見を言うこともありますけど、それもちゃんと尊重してくれるので。特に「次で最後にしてね。」は時間がなくて、たぶん3部作の中で一番もめたというか、意見が交差した曲ではあったんですけど、でもすごくいい形になったと思います。
――そして3部作の2曲目が「ミッドナイトロマンス」。これはさっき話したように、「次で最後にしてね。」を作った時にはまだできていなかったと。
佐竹:そうです。「次で最後にしてね。」がリリースされてから作り始めました。(リスナーの)反応を見た上で作りたかったというのも、ちょっとありますね。「失恋3部作」ということで、同じテーマの中で3作のストーリーをつけていくのと、まったく違う3つの失恋の曲を作るのと、僕の中での二択やったんですけど、後者の、3作で全然違う失恋の形という選択をしたのは、みんなの反応を見させてもらったおかげなので。「ミッドナイトロマンス」は、アダルトな部分があるような、女性の中には聴くのがしんどいと思う人もいるんじゃないかというくらい、生々しい曲ができました。
――ですね。
佐竹:コード進行とか、ちょっと暗い感じとかも、ある程度自分の中で固めてからメンバーに送りましたね。
――「ミッドナイトロマンス」は、どんなふうにアレンジを進めていったのか。吉博くん、どうでしょう。
酒田:最初に音をつけたのは彩恵ちゃんやったんですよ。ピアノとストリングスをつけて送ってきてくれたんですけど、僕の中でやりたいストリングスとか、アレンジを思いついていたので、彩恵ちゃんが作ってきたストリングスを全無視して(笑)。ピアノと惇くんの弾き語りに合わせて新たにストリングスをつけて、という感じで始めました。主となるストリングス、ベース、ドラムは僕がつけたような気がします。
――この曲も、それこそR&Bっぽい、グルーヴのあるバラードという感じがしますね。
酒田:ああ、そうですね。そっちに持っていきたくて、そういう感じにしました。
――じゃあ、彩恵ちゃん、前後しちゃったけど、まず惇くんの弾き語りを聴いて、彩恵ちゃんが最初に音を入れてみたわけですね。
川口:そうですね。いつも通り惇くんの歌を聴いて、まずは好きなようにピアノを考えて、1作目と比べたら、この曲はあんまり苦労せずにスッと出てきたアレンジではありますね。ヨシくんが「ストリングスを全無視して」って言ってましたけど、「全無視された!」みたいな悲しみは別になくて(笑)。ぶつかりあったわけでもなくて、うまいことハマったなと思います。
佐竹:わりかしスッと最後まで行けた気がする。この曲は。
――確認ですけど、彩恵ちゃんが聴いた時点で、歌詞もすべて完成しているわけですね。
川口:はい。逆に、歌詞がなかったら私は作りづらいです。
佐竹:メロディだけで提出ができないんですよ。フル尺の歌詞を全部作らなきゃいけない。だから僕は、曲作りのド頭で、ほぼ全部の仕事量がそこで終わる感じです(笑)。でも歌詞を尊重してフレーズをつけてくれるのが、アイビーカラーの音楽にとってすごく重要なことなので。彩恵も奈緒もそうですけど、それはすごくうれしいですね。
――確かに、このフレーズは歌詞の感情に寄り添うフレーズだなと思うことは、アイビーカラーの曲にはよくある感じがします。
川口:(歌詞がなくてもフレーズを)つけようと思ったらつけれると思うんですけど、あとで歌詞が来た時に「そういうことじゃなかった」となってしまうから、先にほしいなと思います。
碩奈緒(Ba)
1作目と2作目の、あんまりアイビーカラーっぽくない楽曲があったからこそ、3作目でよりアイビーらしさが際立ったのかな?と思います。
――奈緒ちゃんは? 「ミッドナイトロマンス」には、どんなふうに取り組みました?
碩:彩恵ちゃんがピアノをつけた、その日の夜中ぐらいに、ヨシくんから、「え、その速さでこれ全部つけたん?」ぐらいの速さで、ストリングス、ベース、ドラムが入ったワンコーラスが送られてきたんですよ。私がベースを考える前にそれが送られてきて。
酒田:そうっすね……。
碩:(笑)でもいい感じだったので、それを元に、自分が変えたいところは変えて。ヨシくんはコードとかあんまりわからへん人やから、そこは清書して。という感じで、ベースは考えました。逆に言うと、バラバラに考えるよりも、ドラムとベースを一緒の人が考えたことによって、はまりがいいということもあると思うので。この曲は、シンセベースとエレキベースを両方使っているんですけど、一旦全部打ち込みで作って、そのあとにエレキベースで弾くところを振り分けて、完成しました。3部作でこの曲が一番、歌詞とアレンジがリンクしてるなあと思います。
――確かに。内面的なドラマ性のある歌詞と、パートごとの楽器のフレーズと音色の面白さが、うまくマッチしてますね。劇伴みたいに。そして3部作の完結編になるのが、「ほどけた二人」。これはどんなテーマで作った曲なのか、惇くんから。
佐竹:一作目の「次で最後にしてね。」が、だいぶ主観の男目線の、男の自分勝手な引きずり方を描いた曲で、その次の「ミッドナイトロマンス」はさっき言ったような、女性目線の生々しい曲で。そして「ほどけた二人」に関しては、個人的なところで言わせてもらうと、「こういう曲をやりたくてアイビーカラーを組んだ」と、はっきり言えるくらいの曲です。自分の中での過去を振り返って、すごくノスタルジックな気持ちになる曲の、現時点で自分ができる完成形の詞とメロディができたんじゃないかなと思います。
――間違いないですね。
佐竹:これはアレンジャーさんとメンバーの共同で作らせてもらったんですけど、僕では考え付かないギターフレーズを入れてくれて、過去にアレンジャーさんが入ってくれた曲の中でも一番ギターが効いている曲になってます。ザ・バンドサウンドというか、アイビーカラーには「大阪ノスタルジックピアノバンド」というキャッチコピーがあるんですけど、そのまんまの曲ができてすごく満足しています。アイビーカラーの代表曲ができたなという実感がすごくありますね。
――それは僕も思いましたし、ファンの人もみんな思ってると思います。
佐竹:みんなもこの曲が特に気に入ってくれたみたいで。事務所の方からサブスクの再生回数を教えてもらうんですけど、3部作の中でもこの曲の初動再生回数がすごく多かったみたいで。それも合わせて、自分がやりたいことが、リスナーの方の求めているものと一致して、全部がそうとは言い切れないですけど、それがリンクしていることがすごくうれしかったですね。
――彩恵ちゃん奈緒ちゃん、「ほどけた二人」はどんな曲ですか。
川口:私も、アイビーカラーっぽいと思いました。それまで、ちょっとアダルトな曲だったり、今までと違うことに挑戦したり、そういうものを重視してアレンジをしていたんですけど、一旦初心に帰るという気持ちでした。アレンジは自分たちではないですけど、アレンジャーさんが作ってきてくれたピアノを聴いて、自分の色も多少は出せたかなと思います。
碩:3部作を作り始める時に、2作目は「L」だったり「ライター」だったり、そっち系の曲にして、3作目は“ザ・アイビーカラー”みたいな曲にしようって、だいたいの形は決まっていて。1作目と2作目の、あんまりアイビーカラーっぽくない楽曲があったからこそ、3作目でよりアイビーらしさが際立ったのかな?と思います。アレンジャーさんにお願いする時に、1作目と2作目で使ってきた電子的な要素も入れたいという話をして、たぶんそれがイントロに入ってるシンセだったり、あれは彩恵ちゃんが私のシンベを弾いてるんですけど、あとはギターのリバース音とかにそういうものが表れてるのかな?と思っていて。でも前からあるアイビーカラーらしさは失われていないから、うまく融合できたんじゃないかなと思ってます。
――吉博くんは、「ほどけた二人」については?
酒田:僕の中で、アイビーカラー史上一番簡単なドラムです(笑)。悪く言えば無難なんですけど、「これが一番普通のフレーズやな」というものを詰め込んでます。前に何かのインタビューで奈緒ちゃんに、「ヨシくんのドラムは変やと思うことが多い」と言われたことがあるんですけど(笑)。僕はそういうことをしがちなんですけど、今回はそれを抑えて、基本的には無難な感じで、ザ・J-POPな感じに落とし込んだ曲ではあって。でもそれが逆に、ライブでやってみると演奏を楽しめるというか、いい感じに落とし込めたなと思ってます。
酒田吉博(Dr)
僕の中で、アイビーカラー史上一番簡単なドラム(笑)。悪く言えば無難なんですけど、「これが一番普通のフレーズやな」というものを詰め込んでます。
――「ほどけた二人」はミュージックビデオもすごくきれいで、学校の教師や体育館が舞台で、演奏シーンと、モデルさんが制服姿で演じるエピソードがまじりあって、いい出来栄えでした。あのMVも、まさにアイビーカラーっぽい作り方というか。
佐竹:教室での物語なので、「まあ、学校で撮るやろうな」と(笑)。イメージはどんぴしゃでした。
――この曲で見事に3部作が完結しました。半年前の見切り発車を考えると奇跡のような。
佐竹:そうですね(笑)。あんなに計画性がなかったのに、よく着地できたなと思います。3部作あわせて、今までの集大成みたいなことになった気がします。
――これからもいろんな挑戦が聴けて、見られることを楽しみにしてます。そしてこれからのバンドの進み方で言うと、ライブがいくつかあって、中でも大きいのは9月2日の『夏色音楽祭』ですね。久々の主催イベントになりますけど、どうですか、今年の意気込みは。
佐竹:『夏色音楽祭』は、年イチで夏にやるイベントなんですけど、いつも本当に楽しみですね。対バンイベントなので、ただただ純粋に楽しみというところでしかないんですけども……。ちょっとだけネガティブな話をすると、3年前に初めて『夏色音楽祭』を心斎橋のJANUSで始めさせてもらって、なんとかソールドアウトできたので、次は会場を大きくしてBIGCATにして。コロナで1年できなかったので、次がBIGCATでの2回目なんですけど、1回目はコロナ禍ということもあってソールドアウトには程遠い状況だったので。会場をステップアップしきれなかったのが、自分たちのふがいなさとして残っていたんですけど、でも今年の日程が近づくにつれて、マスクありではあるけれど徐々にライブができるような状況になってきたことへの、感謝やうれしさのほうがだんだん大きくなってきて。今は1ヵ月を切って、一緒に出てくれるメンツも決まって、ただただ待ち遠しいなという気持ちです。セットリストはまだ決めていないですけど、ファンの人たちに今のアイビーカラーをどういうふうに届けるか、今はワクワクする気持ちでいっぱいです。
――大阪での1回公演なので、行けないファンも全国にいるとは思うけれど、良いイベントになることを願ってます。そのうち、ほかの街でもこういうイベントをやってくれたらいいなとか思います。
佐竹:そうですね。とりあえず大阪で自主企画をやっていますけど、もちろん東京とか、名古屋とかでも、やれるならやりたいなと思ってます。ぜひやりたいです!
取材・文=宮本英夫
広告・取材掲載