西川貴教、2ndアルバムを引っ提げたライブツアー完走
西川貴教が、3年半ぶりにリリースした2ndアルバム「SINGularity II -過形成のprotoCOL-」を引っ提げたツアー「TAKANORI NISHIKAWA LIVE TOUR 002『SINGularity Ⅱ -過形成のprotoCOL-』」を行い、2022年9月7日に愛知県名古屋市のZepp Nagoyaでファイナルを迎えた。
ソロプロジェクト「T.M.Revolution」とは違うさらなる表現の可能性を模索するため、2018年から本格的に本名名義での活動を始めた西川貴教。当時「自分の声をボーカロイドのように使ってもらいたい」と発言、以降さまざまなクリエーターが「西川に歌わせたい」と提供した楽曲で新たな世界観を構築している。
ライブに関しても、映像や芝居を挟んだ物語性のあるユニークな構成を取り入れていて、2019年のファーストツアー「Takanori Nishikawa LIVE TOUR 001[SINGularity]」では、ステージのスクリーンに現れた学習機能付きAI「F.L.E.I.(フレイ)」(CV田中敦子)が不安定に揺れ動く人間の感情に疑問を抱き「人間と共存はできない」と訴えるのに対し、西川は「きっと共存できる、共に進化するほうが何倍も価値がある」と語りかけ、最後は「(西川貴教は)人間ではあるけどAIが組み込まれている。俺は受け入れた、だからお前らついてこい」と、F.L.E.I.と西川貴教が融合する結末を迎えた。今回のツアーはその続編とも言える物語で、「人間の記憶は何のためにあるのか」が描かれている。
開演時刻になるとスクリーンに西川の顔のアップが映り、そこには「TNNK BOOT」(西川貴教、起動)の文字。さらにニューアルバムの曲名が次々に表示され、どうやら西川の体にアルバム曲のデータがプログラミングされているようである。
そうして始まった1曲目は「Crescent Cutlass」、スクリーンには火を吹き地上を火の海にしようとする巨大な怪物と、それに立ち向かう西川が映し出される。いきなり独特の世界観で始まったライブだが「As a route of ray」「The Barricade of Soul」「Claymore」と、ニューアルバムからのナンバーを立て続けに歌い上げる西川のパワーに客席は大いに湧く。
西川は「新しいアルバムのリリースまで3年5カ月、いろんなことがあった」「(コロナ禍で)どこか不安があったり、辛かったり、しんどかったりすることが頭の片隅に残っていて、自分で自分の(つらい)夢を見た。今日はみんなと過ごして、いい眠りをむさぼりたい」と話し、「アルバムの核心に触れる1曲」と前置きして「Dominant Animal」、そして最新シングル「一番光れ!-ブッチギレ-」を披露する。
しかしライブ中盤の、盛り上がりに盛り上がったところで突然会場が真っ暗になり音が止まった。
そこに「久しぶりね、西川貴教」とスクリーンに現れたのが、前回とは違い西川の姿に進化したF.L.E.I.だ。「こんな風に話すのはいつぶりかしら。脳内での並列交換ではなく有機的な対面での会話。まるで人間同士のよう」、つまり前回のツアーでF.L.E.I.と西川は融合し、その後は西川の脳内に存在していたのであろう。西川は「感染症もあったし、同調圧力が収まる気配もない。直接のコミュニケーションがどれだけ難しいかわかっているのか」と問う。
F.L.E.I.「それが故に西川貴教、心がスタックして意識が拡張できずにいる」
西川「はぁ? スタック? なぜ俺が」
F.L.E.I.「夢を見た、のよね? 自分ではない自分の」
西川「どうしてそれを」
F.L.E.I.「愚問ね、私とあなたは一緒…」
なるほど、F.L.E.I.は今回もライブの最初からずっと聞いていたというわけだ。この夢が意味するもののヒントは「一つは人の記憶、そしてもう一つは走馬灯」、そして「人はなぜ走馬灯を見るのか、それが次のステージへの鍵」だと言う。
ASCAとのデュエットナンバーとしてリリースした「天秤-Libra-」がプレイされ、F.L.E.I.との会話は続く。
西川「走馬灯、最期に人生を振り返って思い出を…」
F.L.E.I.「死ぬ直前に思い出なんて、ずいぶんと感傷的。センチメンタルなのね」
西川「それが人間だ。過去を慈しみ、大切な記憶を…」
F.L.E.I.「そう、記憶。ただ、記憶の役割はそれだけじゃないはずよ」
ここで西川が母への想いを込めたナンバー「慕情」をじっくりと聴かせると、観客からは大きな拍手が送られた。
F.L.E.I.の「記憶とは数多の選択の蓄積。選択は分岐を生み、新たな世界線を作る。西川貴教、あなたはどの世界の記憶を選択する?」という言葉に続いて、曲は「Judgement」「Eden through the rough」へ。このライブの面白いところは、物語の中に組み込まれることでそれぞれの曲がストーリーに沿った意味を持って聴こえてくることである。
F.L.E.I.「走馬灯は、過去の記憶の検索といえるんじゃないかしら」
西川「そういうことか、なぜ人は走馬灯を見るのか。記憶は選択の痕跡だとF.L.E.I.は言った。例えば、命が危険に晒された時、どう対処し、どう回避すべきか。また過去に同様の経験をしたか否か。脳内でそれを必死に探ってるんだ、乗り越える方法を。走馬灯とは過去の記憶をデバック(※コンピュータプログラムのバグを特定して取り除き、動作を仕様通りに修正すること)する行為なんだ」
F.L.E.I.「人は遺伝子レベルで生きることを諦めない生き物。その命はギリギリまで乗り越える術を探り続ける戦闘の種族。眠りという短い修正と適正化を繰り返し選択を重ねてゆく。それが、過形成のprotoCOL」
1曲目の背景に映っていた巨大な怪物それに対峙する西川は、これを意味していたのだろう。つまり、コロナ禍に経験した辛く苦しい記憶さえも、次のステージで戦うための大いなる武器となることを示しているのだ。
続いて先ほどF.L.E.I.によって中断された「一番光れ!-ブッチギレ-」が再びプレイされると、「一番光れ!(ブッチギレ)誰より高くへ」という歌い始めの言葉にさらに大きな意味が感じられる。そして次のステージに向かって走り続けることを歌う「Life’s Anomalies」をプレイ。
そうして、人間の記憶について西川が出した答えはこうだ。「コピー&ペーストではない、オリジナルの無限増殖。無数の西川貴教が集まり、ひとつの西川貴教を形成する。それぞれの魂を持ち、集合体としても同じ意識を共有する。さらにそれが結びつきリンクすることでより強い力を成す」「時間も次元をも超越した、無尽蔵のエネルギー」であると。
この言葉には、これまでの経験や出会いのひとつひとつが「記憶」となり、その「記憶」の増殖が前進する力になるのだという、西川が体現してきた人生哲学が盛り込まれていた。
後半戦は衣装チェンジした西川が現れ、「確かめればいいんだろ、その無限のエネルギーってやつを。ここからが本当のSINGularityだ」と、「Roll The Dice」「His/Story」「REBRAIN In Your Head」「Be Affected」を続けてプレイ。このゴリゴリのライブパートでは、羽織ったジャケットをはだけて鍛え抜いた肉体を見せて客席を煽り、パワフルな歌声で「無尽蔵のエネルギー」を惜しみなく放出する。興奮した観客の拍手を聞いて西川は、「これを味わいに来たんスよ。今日来てくれた人、来られなかった人の分も、もっと遠くまで気持ちどんどん飛ばしていくんで、引き続き応援よろしくお願いします」と笑顔を見せた。
ラストパートは「UNBROKEN(feat.布袋寅泰)」と「BIRI x BIRI」をプレイ。アンコールには「Bright Burning Shout」「HERO」、そして「鉄血†Gravity」を披露し、「また近いうちに会いましょう! いや、イナズマで会おうぜ!」と、2時間あまり全力で走り抜けてステージを後にした。
このライブの模様は、11月にWOWOWでの放送が予定されている。ぜひ、西川の織りなす「時間も次元をも超越した、無尽蔵のエネルギー」を見届けてほしい。
また西川は、2022年9月17日・18日・19日に滋賀県草津市 烏丸半島芝生広場にて自身が主催する「イナズマロック フェス 2022」に出演。17日は西川貴教、18日はT.M.Revolution、19日は西川貴教・T.M.Revolutionと2つの名義で2度登場する。西川貴教とT.M.Revolutionのステージを1度に見られる、貴重な機会となりそうだ。
文:フジタアヤコ
撮影:Photo by CHIE KATO(CAPS)
9月7日Zepp Nagoyaセットリスト
00 Hyperplasia protocol
01 Crescent Cutlass
02 As a route of ray
03 The Barricade of Soul
04 Claymore
05 Dominant Animals
06 一番光れ!-ブッチギレ-
07 天秤-Libra-
08 慕情
09 Judgement
10 Eden through the rough
11 一番光れ!-ブッチギレ-
12 Life’s Anomalies
13 Roll The Dice
14 His/Story
15 REBRAIN In Your Head
16 Be Affected
17 UNBROKEN
18 BIRI × BIRI
E1 Bright Burning Shout
E2 HERO
E3 鉄血†Gravity
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