新たにリリースされた、映画「ホワイト・クリスマス」(1954年)のサントラCD
ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]
映画「ホワイト・クリスマス」サントラ盤大特集
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
クリスマスの季節には欠かせないミュージカル映画と言えば、1954年に公開された「ホワイト・クリスマス」。この名曲を生み出した、作詞作曲家アーヴィング・バーリン(1888~1989年)の楽曲を散りばめた一篇だ。今年(2022年)の10月に、劇中で使われたほぼ全てのナンバーを収録したサントラCDが発売された。しかも、〈ホワイト・クリスマス〉が初めて紹介された、映画「スイング・ホテル」(1942年)とのカップリング2枚組。早速聴きどころに迫ろう。
■4大スターの豪華競演
取り敢えず粗筋から。第二次大戦中の戦友ボブ(ビング・クロスビー)とフィル(ダニイ・ケイ)は、終戦後に芸人コンビを組み大当たり。姉妹歌手のベティ(ローズマリー・クルーニー)&ジュディ(ヴェラ=エレン)と知り合い意気投合し、ヴァーモント州に出かけると、何と宿の主人はかつての将軍。宿泊客も少なく苦労している元上官のために、ショウを開催するというお話であります。現在国内盤ブルーレイも発売中だが、約2時間の映画は正直テンポが緩く、冗長さは否めない。バーリンの楽曲を楽しむだけなら、このCDで十分だ。
主演のビング・クロスビー(左)とダニイ・ケイ(予告編より)
主演のクロスビー(1903~77年)は、「スイング・ホテル」で〈ホワイト~〉を創唱した、20世紀のアメリカを代表する国民的大歌手。マイクロフォンの効用を生かした、リラックスした鼻歌スタイルのヴォーカルは、フランク・シナトラやペリー・コモら、後進の歌手に大きな影響を与えた。共演は、コメディーからミュージカルまで達者にこなし、多彩な才能を披露したケイ(1911~87年)、〈カモナ・マイ・ハウス〉などのヒット曲で知られ、後年もジャズ歌手として活躍を続けたクルーニー(1928~2002年)、そしてキレの良いダンスで一世を風靡したヴェラ=エレン(1921~81年)と、人気と実力を兼ね備えたスターが顔を揃えた。
■サントラいろいろ
サントラとは、元々サウンドトラック(Soundtrack)の略。上写真の映画フィルム右側に走るギザギザの白い帯を指し、ここに音声や効果音、音楽が記録されている。
まずはサントラ盤について説明を。ミュージカル映画のサントラは大まかに分けて3種類ある。一般的なのが正規盤。これは、スタジオにキャストを集め劇中曲を録音し、収録時間に合うように、ダンス・ナンバーが長い場合は伴奏部分を短縮し、それに応じて編曲も変更、あくまでもリスナーのための商品として成立させたもの。次がスタジオ音源盤だ。ミュージカル映画では、多くの場合は事前に歌を録音し、撮影時にそれをスタジオのスピーカーから流し、演者は口パクが通常。この音源を使用したもので、前述のダンス場面は割愛せずにフルで収録されているため、マニアックなミュージカル・ファン以外は退屈を覚える傾向強し。3番目がダイレクト盤。文字通り映画の音を直接録音した原始的な手法で、かつては海賊盤にこのケースが多かった。セリフやダンスの靴音も収め臨場感が味わえるものの、音質は正規盤に及ばない。
こちらペギー・リー参加の変則盤サントラ
今回リリースの「ホワイト・クリスマス」は、スタジオ音源盤とダイレクト盤で構成。実は、映画公開時にもサントラLPが発売されたのだが、これがキャスト替りの、いわゆる変則盤と呼ぶべきもの。つまり、アルバムを販売したのはデッカ・レコード。ところが、クルーニーがコロムビア・レコード所属だったため参加出来ず(当時は契約の縛りがキツかったのだ)、彼女のパートはデッカ専属の名歌手ペギー・リーが吹き込んだ。この変則盤は、今年11月2日にユニバーサル ミュージックから国内盤で発売される(税込¥1,500)。
■バーリンの人生を反映した楽曲
さて肝心のCDは、全29曲収録。クロスビー&ケイのデュエット〈ブルー・スカイズ〉など旧曲も歌われるが、ほとんどはバーリンが映画用に書き下ろした新曲だ。さすがは、「誰もが口ずさめる歌を書く」を信条としたソングライターだけあって佳曲が多い。ただロシア系ユダヤ人の彼は、19世紀末に家族と渡米し、叩き上げで成功を掴んだ後も、運を授けてくれた国アメリカに感謝を欠かさず、愛国心が人一番強かった。そのため、第二次大戦中も率先して軍隊に協力(この映画のストーリー原案もバーリン作)。劇中でも、キャスト4人が歌う〈ああ懐かしの軍隊に帰りたい〉のような、今聴くと噴飯モノのナンバーが登場するが、終戦から約10年を経たアメリカで、戦地での生活を体験した人々の心を捉えたのも事実だろう。
海軍の戦艦アーカンソーで、兵士たちのために歌うバーリン(1944年)
だがその他は、クルーニーとトゥルーディ・スティーヴンス(ヴェラ=エレンの歌を吹き替えた歌手)の姉妹デュオ〈シスターズ〉を始め、ケイが歌い、ヴェラ=エレンと華麗なダンスを展開する〈最高の出来事は踊っている時に起きる〉や、クロスビーとクルーニーが和す美しいバラード〈幸せを数えなさい〉など、キャッチーな楽曲が魅力的だ。そして主題歌〈ホワイト・クリスマス〉は、映画冒頭の兵士の余興シーンで、クロスビーが手廻しオルゴールのシンプルな伴奏でしんみりと聴かせる。「私は、昔懐かしい白銀のクリスマスを夢に見る。ツリーのてっぺんは輝き、子供たちはソリの音に耳すます……」と歌われるセンチメンタルな歌詞が胸に迫り、聴く度に感動を憶える名唱となった。もちろんフィナーレでも全員のコーラスで歌われるが、本CDには別テイクを含め4パターンを収録している。
ローズマリー・クルーニー
■死の直前まで現役を貫いたクロスビー
2枚目の「スイング・ホテル」(1942年)もバーリン名曲集で、クロスビーと不世出の天才ダンサー、フレッド・アステア(1899~1987年)の共演。こちらは、スタジオ音源盤をメインにダイレクト盤を数曲加えている(音質は今一つ)。面白いのは、現在はアステアの知名度が圧倒的に高いが、映画公開時は4歳年下のクロスビーが格上で、広告など宣伝物でのビリング(名前の序列)も上なら、写真の扱いも大きかった事。この映画で創唱した前述〈ホワイト・クリスマス〉を始め、〈想い出は易し〉や〈黄金の雨〉など多くのヒット曲を放ち、ラジオと映画でも大成功を収めた彼は、当時ショウビズの世界でトップを極めていた事が分かる。
映画「スイング・ホテル」(1942年)で〈ホワイト・クリスマス〉を歌うクロスビーと、共演のマジョリー・レイノルズ(彼女の歌はマーサ・ミアーズが吹き替えた)。
今回このCDを聴いて、改めて感じ入ったのがクロスビーの圧倒的な歌唱力だ。深くまろやかな声で歌うバラードに酔い、軽妙にスウィングするナンバーでは、ジャズ・ヴォーカリストとしての天分に感嘆した。彼は1977年10月14日に、スペインでゴルフのプレイ中に心臓発作で急逝(享年74)。しかし、その直前まで歌い続けたのだから見事だった。死の前月に録音されたアルバム「シーズンズ」を聴くと、全く衰えを知らない、艶のある伸びやかなディープ・ヴォイスに陶然となる。なお「ホワイト・クリスマス」2枚組CDは、Sepia Recordsより発売(輸入盤で入手可)。「スイング・ホテル」DVDは、国内盤のワンコインや配信で視聴出来る。
クロスビーのラスト・アルバム「シーズンズ」(1977年録音/輸入盤CDで入手可)
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