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桑田佳祐の音楽が広く深く愛され続ける理由、ベストアルバム『いつも何処かで』から感じる音楽による繋がりの確かさ

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桑田佳祐

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桑田佳祐の音楽が広く深く愛され続ける理由
ベストアルバム『いつも何処かで』から感じる音楽による繋がりの確かさ

なんと親近感の湧く作品なのだろう。桑田佳祐のベストアルバム『いつも何処かで』を聴いてまず感じたのは、歌の距離の“近さ”だった。子どもの頃からごく普通に側にいた親戚のような“近さ”と“温かさ”がこの作品にはあると思うのだ。あくまでも聴き手側の一方的な感覚だが、“音楽による繋がりの確かさ”を感じた。“寄り添ってくれる存在”というよりも、“見守ってくれる存在”という表現がふさわしいだろう。これまでも見守ってくれていて、これからもずっと見守り続けてくれる存在。いつだって、桑田の歌声、歌詞、メロディ、サウンドが、トゲトゲした感情をまろやかにしてくれるのだ。

『いつも何処かで』はソロ活動35年の歩みを凝縮した作品であると同時に、コロナ禍や戦火が続く時代に希望の光を灯すような作品でもあるだろう。桑田自身が厳選した“今この時代に聴いて欲しい楽曲”と“未来への希望を詰め込んだ新曲”が合わせて35曲収録されている。2022年発表の新曲3曲が収録されているが、どの曲も初めて聴いた瞬間から、親しみが湧き、歌との距離が一気に縮まり、ある種の“親戚みたいな存在”へと化していく。

サザンオールスターズがシングル「勝手にシンドバッド」でデビューしたのは1978年6月。今から44年以上前だ。桑田がシングル「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」でソロデビューしたのは、1987年10月だから、35年前である。“気がつけば、いつも人生の傍らに桑田の歌があった”と感じているリスナーもたくさんいるのではないだろうか。35年で35曲収録だから、1年に1曲という計算になる。選曲は桑田自身が行っている。「東京」「真夜中のダンディー」「祭りのあと」などの代表曲がもれていることから推測するに、選考は相当な狭き門と言えるだろう。サザンオールスターズでも代表曲人気曲を数多く生み出していることを考えると、桑田の創作意欲は驚異的だ。

 

ベストアルバムの1曲目は、2017年発表の5thアルバム『がらくた』収録曲「若い広場」。昭和歌謡曲の朗らかさを備えた曲だ。ピアノとギターの調べに続いての桑田の《そりゃ》というかけ声は、きさくな挨拶のようだ。2017年発表曲なのに、懐かしさが漂っている。歌もコーラスも楽器の音色も温かい。曲によってはデジタルも駆使しており、音色やサウンドの質感はさまざまだが、ベストアルバム全体の基調になっているのはヒューマンな音色だろう。続く、「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)」は1988年発表曲。リスナーそれぞれの人生と併走するような曲が並んでいる。桑田の曲が色褪せないのは、パーソナルな題材を扱いながらも、個人な要素を突き詰めることにより、根源的なテーマを描いた普遍的な歌へと昇華しているからだろう。「ほととぎす [杜鵑草]」「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」「JOURNEY」「君にサヨナラを」「DEAR MY FRIEND」「月」などなど、人生のさまざまな局面とリンクする曲がたくさんある。

 

桑田のソロ曲とサザンオールスターズの曲との間に明確な境界線は存在しないと思うのだが、ソロ曲のほうがパーソナル色が強い傾向があるのは間違いないだろう。個人的な思いが起点となりながらも、多くの人が共有できる歌を生み出しているところにも、桑田佳祐というアーティストの特徴がある。東日本大震災からの復興への願いを込めた「明日へのマーチ」、東京2020 夏季オリンピック関連プロジェクトがきっかけとなって、アスリートと支えるスタッフをはじめ今を生きるすべての人へのエールを送る「SMILE~晴れ渡る空のように~」など、人の思いを繋いでいく曲も制作している。

 

“名曲だらけ”のベストアルバムと言いたくなるが、“名曲”という言葉からはみだしてしまう曲もある。作り手としての桑田は自在だ。生と死の狭間をモチーフとし、プリミティブなバイオリンの音色に乗って、桑田の歌声が時空を超えていく「銀河の星屑」、古今東西の音楽のエッセンスのカオスと言いたくなる「ヨシ子さん」、朝の歌なのに爽やかさとは真逆のエロス全開となる「EARLY IN THE MORNING~旅立ちの朝~」など、得体のしれない曲や型破りな曲もある。桑田佳祐の持っている多様性や多面性と、旺盛な創作意欲とは、なにがしかの関連性があるに違いない。

 

2022年発表の3曲の新曲にもふれておこう。「平和の街」はモータウンサウンドを今の時代に再構築したようなドリーミーな曲だが、時代性と普遍性が両立している。明るいポップな曲調が平和のかけがえのなさを際立たせているかのようだ。「時代遅れのRock'n'Roll Band feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎」は、同級生5人が平和への思いを胸に結集した曲。5人5色の歌声と5人の声が混ざり合ったコーラスを聴いているだけで、胸が熱くなる。信頼できる親戚が5人増えたみたいだ。『いつも何処かで』のラストを飾る「なぎさホテル」は、懐かしい場所、懐かしい時代へといざなってくれる郷愁漂う曲だ。ノスタルジックなナンバーなのだが、過去も現在も未来も混ざり合っていくような感触を持っていて、不思議な余韻が残る。音楽という柔らかくて温かなタイムマシンに乗ったような気分になった。

 

桑田佳祐『いつも何処かで』ジャケット写真

桑田佳祐『いつも何処かで』ジャケット写真

『いつも何処かで』のジャケットは意味深だ。目を閉じている女性の写真が使われている。かすかに微笑んでいるようにも見えるし、音楽を聴いている瞬間の表情のようにも見える。個人的には、後者の解釈を取りたい。この写真にキャプションを付けるならば、“ポップミュージック”。ポップミュージックとは作り手・演奏者・歌い手だけのものではなく、聴き手のものでもあると考えている。作り手にも聴き手にも開かれていることこそが、ポップミュージックの本質なのではないだろうか。最良のポップミュージックとは、いつも何処でも近くにいてくれる音楽、そして笑顔をもたらしてくれる音楽。例をあげるならば、この『いつも何処かで』だ。

ここ数年、コロナ禍、戦乱、災害など、耳を塞ぎたくなるような出来事がたくさん起こっている。暗いニュースばかりが入ってくると、耳が悲鳴をあげそうになる。そんな時には温かくて、優しくて、大らかな歌声にふれたくなる。親戚みたいな音楽を聴きたくなる。『いつも何処かで』を流し、目を閉じて耳を済ませば、ジャケットの女性のように、いつのまにか笑顔を浮かべているに違いない。

文=長谷川誠

 

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