翻訳版『ドリームガールズ』制作発表より、中央がディーナを演じる望海風斗、後列左から福原みほ(エフィ/Wキャスト)、sara(ローレル)、村川絵梨(エフィ/Wキャスト) 撮影=吉原朱美
ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]
これぞ究極のシアター・ミュージック!『ドリームガールズ』の作曲家が語る楽曲のルーツとは
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
2023年2月5日(日)に、東京国際フォーラム ホールCで初日の幕を開ける『ドリームガールズ』(公演情報参照)。1981年にブロードウェイで初演され、続演1,521回のロングランを記録した大ヒット・ミュージカルの、今回が翻訳上演初演となる。女性ヴォーカル・トリオの栄光と挫折の物語は、2006年公開の映画版や、2010年を皮切りに4回来日を果たした、アメリカからの再演ツアー公演でもおなじみだろう。ここでは、本作でトニー賞とグラミー賞ノミネートの作曲家ヘンリー・クリーガーへのインタビューを交え、楽曲の魅力に迫ってみたい。
映画版ブルーレイは、NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンよりリリース
■ブラック・ミュージックにハマる
『ドリームガールズ』(以下『DG』)の主役は、シカゴからやって来たガールズグループ、ディーナ、エフィ、ローレルの3人。辣腕マネージャー、カーティスのゴリ押しでデビューが決まるが、彼は歌唱力抜群のエフィをリード・ヴォーカルから外し、ディーナを抜擢する。エフィと恋仲だったカーティスは、今やディーナに御執心なのだった‥‥。このある意味ベタなメロドラマ風ストーリーを彩るのが、クリーガー作曲の音楽だ。
作曲家ヘンリー・クリーガー
全編が歌のみで綴られているような印象さえ受ける、パワフルな楽曲こそ本作の要。作品の舞台となる、1960年代のアメリカを席捲したモータウン・サウンドを始め、リズム&ブルースやソウル音楽などブラック・ミュージックのエッセンスが横溢しているのだ。これは、クリーガー自身の生い立ちとも大いに関係があった。彼は振り返る。
「『DG』の舞台にもなる、NYのアポロ劇場(黒人エンタテインメントの殿堂)には、授業をサボっては入り浸ったなあ。ソウル&ブルース歌手の大御所エッタ・ジェイムズや、アレサ・フランクリンのステージを大いに楽しんだよ。彼女たちは、自分の感情を包み隠さず観客に吐露し、正面切って堂々と歌い上げる。曲を創る上でも、どれだけ影響を受けたか分からないね」
クリーガーが、「僕のナンバーワン・シンガー」と讃えるエッタ・ジェイムズ(1938~2012年)のアルバム「アット・ラスト!」(輸入盤CD)
奇しくも、音楽業界の内幕を暴いた映画「キャデラック・レコード」(2008年)では、映画版『DG』でディーナを演じたビヨンセがジェイムズに扮し、フランクリンの伝記映画「リスペクト」(2021年)では、同映画版エフィ役のジェニファー・ハドソンが主演している。
■正統派ミュージカルの洗礼
実は本作の初演時は、クリーガーが余りにも巧みにブラック・ミュージックの本質を捉えていたため、当時そんな表現はなかったが、既成曲で構成した「ジュークボックス・ミュージカル」と早トチリした輩もいたほど。または、「モータウン・サウンドのコピー」と評する人も多かった。だがクリーガーは、これに異を唱える。
「単なる模倣だったら、絶対に成功しなかったと思う。『DG』の脚本・作詞家トム・アイエンと僕が目指したのは、シアター・ミュージックだった。つまり、ストーリー展開と劇中人物の感情を、如何に楽曲で表現し観客の心を掴むか。そこに専心したんだ」
クリーガーが、他のソングライターと一線を画すユニークな点はここなのだ。彼が少年時代に、ブラック・ミュージカルと同様に感化されたのがブロードウェイ・ミュージカル。それも王道系の名作を片っ端から観劇して、それを血肉とした。
『南太平洋』(1949年)のオリジナル・キャスト録音(輸入盤CD)
「生まれて初めて観た作品が『南太平洋』(1949年)。〈魅惑の宵〉や〈バリ・ハイ〉など、リチャード・ロジャーズ作曲の芳醇な音楽の美しさに陶然となった。もう一作忘れられないのが、『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1964年)だ。僕はユダヤ系だけれど、祖先の迫害の歴史を見せられて衝撃を受けた。主人公のテヴィエ一家が、故郷を追われるラスト・シーンは涙が止まらなかったよ。同時にミュージカルには、観客の心を揺さぶる大きな力がある事を痛感した。あの作品は、僕が演劇の仕事を志す大きなきっかけとなったね」
『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1964年)のオリジナル・キャスト録音(輸入盤CD)
■敗者の心情を楽曲に託す
ブラック・ミュージックとシアター・ミュージックが完璧に融合した『DG』。さすがに入魂の楽曲揃いだ。初演時に大ヒットした〈ワン・ナイト・オンリー〉を始め、ディーナ、エフィ、ローレルが歌う華やかなタイトル曲〈ドリームガールズ〉や、悪辣な手口で音楽界制覇を目論むカーティスらが展開する〈ステッピン・トゥ・ザ・バッド・サイド(ヤバい道へ踏み込もう)〉、リード・ヴォーカルの座を外されて落ち込むエフィを仲間が励ます〈ファミリー〉など、メロディーラインのくっきりしたナンバーが素晴らしい。
そしてハイライトとなるのが、一幕の最後だ。恋人のカーティスをディーナに奪われ、しかも身勝手ゆえグループから解雇されたエフィ。激昂し食ってかかる彼女に、カーティスが「おまえは時間にルーズだし、わがまま放題」と責め立て、これにディーナやローレルらも参戦し派手なバトルを繰り広げる〈イッツ・オール・オーヴァー〉。続いてエフィが、カーティスへの断ち切れぬ想いを爆発させ、「絶対に別れたくない。もう一度私を愛して!」と絶叫するド迫力ナンバーが、〈アンド・アイ・アム・テリング・ユー・アイム・ノット・ゴーイング〉だ。この件の楽曲構成は、ほとんどオペラ。何度観ても打ちのめされる。
加えて二幕で、職を失い四面楚歌のエフィが、「私は立ち直る。生まれ変わってみせる!」と誓う〈アイ・アム・チェンジング〉も感動的な名曲だ。クリーガーは、「逆境に立たされた人間の心情をリアルに綴る事で、楽曲に普遍性を持たせたつもりだ」と語る。
初演キャスト盤(1981年)は、エフィ役ジェニファー・ホリデイの絶唱が圧巻(輸入盤CD)
■ベネットのスピリットを後世に
ブロードウェイ初演の振付・演出は、ダンサーのオーディションを描く不朽の名作『コーラスライン』(1975年)のロングランで、当時トップの座を極めていたマイケル・ベネット(1943~87年)。クリーガーは、彼のステージングの見事さを賞賛する。
「とにかく創造力に富んだ男だったよ。照明を仕込んだジャングル・ジム状の高い塔を、舞台の上で縦横無尽に移動させ、場面の転換や時間の経過を表現したばかりか、ダレる瞬間のない快テンポの演出を可能にした。これを実現させるため、照明やセット・デザインに、業界のベストと言われる逸材を抜擢してね。後に映画版を監督したビル・コンドンと、日本でも公演を行った再演ツアー版を演出したロバート・ロングボトムは、初演を観てマイケルの演出に魅了された。だから2人は、彼の遺志を継承して流れるようなステージングにこだわったんだ」
最近では2016年に、ブロードウェイを代表する演出家ケイシー・ニコロウ(『アラジン』)が、振付と演出を手掛けたニュー・バージョンがウエストエンドのサヴォイ劇場で開幕(意外やイギリスでは初演)。好評を得て約2年間の続演を記録し、相変わらず作品のパワーを見せつけた(その後イギリス国内をツアー)。クリーガー自身がプロデュースを担当した2枚組のキャスト・アルバムは、臨場感溢れるライヴ録音で聴き応え十分。必聴だ。
2016年のロンドン・キャスト盤(録音は翌2017年)
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