2022年夏のピティナ・ピアノコンペティションの特級グランプリに輝いた北村明日人が、2023年1月8日(日)にリサイタルを開催する。プログラムはべートーヴェンとブラームスの作品のみ。15年ぶりとなる浜離宮朝日ホールでの演奏について、北村に訊いた。
――1月の浜離宮朝日ホールでのリサイタルは、ベートーヴェンとブラームスの作品によるプログラムですね。
グランプリを受賞してからのリサイタルは、今回が初めてになります。ですから、北村明日人はこういう音楽が好きなんだ、ということを知っていただきたいとの思いが第一にあります。
僕はドイツ音楽が好きです。ベートーヴェンとブラームスが好きです。それから、ソロだけではなく、共演するのも好きです。そういうことも知っていただきたく、ソロとデュオを組み合わせたプログラムにしました。
――ベートーヴェンとブラームスの作品の、それぞれの魅力を教えてください。
ベートーヴェンについては、高校の初めのころまではよくわかりませんでした。高校3年生で「ピアノ・ソナタ第28番」を弾いていた時、この音があるからこれが表わせるのだ、と自分の抱いていたイメージの理由がわかり、納得のいくような楽譜の見方へと変わっていきました。
――一度わかると、ほかの作品の楽譜の見方も変わりますよね?
まったく違いました。
――ブラームスについては?
ベートーヴェンのような人間的な、生々しいエネルギーや熱を作品にぶつけるようなところはありません。でも、こうあってほしいという希望のようなものを、初めから歌として表わしているように思えます。ブラームスの方が、どの音にも歌が感じられる。バスラインだけを聴いても、素晴らしい歌と思えるフレーズがたくさんあります。いろんな人が集まって歌っているように感じられるところが好きです。
――このリサイタルでは、なぜベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」を選んだのですか。
僕は幻想曲というジャンルが好きなのです。この夏にはブラームスの「7つの幻想曲」作品116を弾きました。作曲者が「幻想」とつけた作品の、「どういうところが幻想曲なんだろう?」と考えるのも好きです。
――ベートーヴェンは「月光」を含む作品27の2つのピアノ・ソナタに、「幻想風ソナタ」というタイトルをつけていますね。
「月光」はみなさんもよく知っている曲だと思いますが、その曲を僕は今まで弾いたことがなかったのです。僕にとって、新たなチャレンジでもあります。
――取り組んでみていかがですか?
音のないところで音楽をつなげる難しさを、特に第1楽章と第2楽章に感じます。
先生に「このプログラムでいきます」とお伝えしたとき、「《月光》の第1楽章を最初に弾く難しさをわかっているの?」と言われました。確かに、お辞儀して座るまでにあの第1楽章は完成されているのではないか、と思わせるような空気感を作るのは難しいです。
自然に舞台に出て、何も波を立てないように座って弾き始める……その空気の作り方がベートーヴェンの音なのだけれど、「音を見過ぎない大切さ」がとても表われているように感じられます。
――次に、ブラームスについて。初めて「3つの間奏曲」作品117を弾いたのはいつ頃ですか?
スイスに4年半留学していましたが、その間にレッスンへ持って行き、2か月ほど弾いていました。でもその当時、本番で披露するチャンスはありませんでした。
――ブラームスは作品116から作品119までの、4つの作品集を作曲しています。「3つの間奏曲」作品117の魅力を教えてください。
「7つの幻想曲」作品116も「6つの小品」作品118も「4つの小品」作品119も、例えばインテルメッツォ(間奏曲)とカプリッチョ(奇想曲)、あるいはラプソディ(狂詩曲)とを対比させることで、インテルメッツォの静けさを出しているのです。でも、「3つの間奏曲」作品117については、インテルメッツォだけで構成されています。
僕は、静のなかに動があるような作品が好きです。作品117の3曲はすべてそうです。何もないところからエネルギーを生み出していくプロセスを感じます。例えば、第1曲はABAの3部形式ですが、Bで単純に盛り上がるというわけではありません。和音の響きがうねったり濁ったりする。その響きのゆがみのなかでエネルギーが出てきたり、静のなかで音ではない部分でも音楽を進めています。その時間の進め方が全3曲、同じようで少し違うところが好きです。
特級ファイナルの様子
――「3つの間奏曲」作品117はブラームスの晩年の作品です。それに対して、「8つの小品」作品76はブラームス中期の創作ですね。
大学院の修士論文を書き終わったところで、そのなかでインテルメッツォ(間奏曲)の比較をしてみました。それを発表したかったので、作品76を選びました。この曲集のなかでインテルメッツォは何度も登場します。
――「8つの小品」作品76は、8曲それぞれのキャラクターがまったく違う曲集ですよね。
演奏するのは今回が初めてです。この作品集のなかで、ブラームスはいろいろ試しているのがよくわかります。
――ブラームスはピアノの名手でしたけれど、そういう面を作品に感じることはありますか?
作品76の特に第8曲などは、2拍3連であったり、右手に出てきた声部を引き継ぎながら左手へ流していき、その時に右手は新しいフレーズを表わしていたり、ロマン派だけれどバロックで使われていた声部の扱い方が見られます。それは、単純に響かせれば良いわけではなく、横の流れも重視しつつ、ブラームスの縦の響きもよく考える必要があります。この表現では、左手と右手の独立性が試されています。バッハを尊敬しつつ、ベートーヴェンの響きも感じられ、難しいなと思います。
――このリサイタルでは、ベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第6番」を髙木凛々子さんと共演します。髙木さんとはこれまで共演経験はありますか?
髙木さんは、東京藝大の附属高校からの同級生なんです。試験でも伴奏したことがありますし、髙木さんの「ソナタをやりたい」との言葉がきっかけで、短期間でしたが2週間に1曲のペースでソナタを仕上げたりもしました。グリーグの第3番や、ベートーヴェンでは第9番の「クロイツェル」や第10番と、いろんなソナタをとりあげましたね。僕にとって、とても楽しい思い出です。今回のリサイタルで共演してほしいと思ったのが髙木さんでした。
――リサイタルでは、ベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第6番」を演奏されますね。髙木さんの演奏の魅力を教えてください。
髙木さんの魅力は、自然に歌ってくれるところです。自分の言葉になっていて、僕もそうなれたら良いなと思います。
今回の曲は、二人とも初めて取り組みます。最近、僕が良いなと思っていた曲です。このソナタにも幻想的な面や風景を感じます。
――リサイタルの舞台は、浜離宮朝日ホールです。
小学校5年生で出場したショパン国際ピアノコンクールin Asiaで、初めて浜離宮朝日ホールの舞台に立ちましたが、その後は演奏する機会はありませんでした。
僕は神戸出身で、(ショパン国際ピアノコンクールin Asiaは)初めて全国大会に勝ち進んだコンクールだったので、「東京へ来た!」との強い思いがありました。僕がピアニストになると決意したきっかけでもあります。再び同じ舞台で演奏できることをとても嬉しく思っています。
――読者のみなさまにメッセージをお願いします。
コンクールのような気負はありません。はじめましてというイメージで臨んでいるので、僕の演奏を楽しんでいただきたいです。それから、「ベートーヴェンって良いよね」「ブラームスってこういう曲があってすごいよね」と、さまざまな感動をみなさまと共有したいです。
取材・文=道下京子
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