(左から)岩井秀人、ユースケ・サンタマリア
2023年3月12日(日)~4月2日(日)PARCO劇場にて(大阪・福岡公演あり)、PARCO劇場開場50周年記念シリーズ ミュージカル『おとこたち』が上演される。
『おとこたち』は、岩井秀人が主宰するハイバイの劇団公演として2014年に初演、2016年に再演された演劇作品で、4人の「おとこたち」の22歳から85歳になるまでの人生の様々な問題を描いている。今回は、岩井が初のオリジナル音楽劇に挑戦した『世界は一人』(2019年上演)でもタッグを組んだ前野健太を音楽に迎え、ミュージカルとして上演する。
今作の上演に向けて、脚本・演出の岩井秀人と、4人の「おとこたち」の内のひとり・山田役で、岩井の作品への出演は2011年に上演された『その族の名は「家族」』以来となるユースケ・サンタマリアに思いを聞いた。
ミュージカルは大きな社会的なテーマがないと難しいと思っていた
ーーまず岩井さんにおうかがいしたいのですが、なぜ『おとこたち』という作品をミュージカルにしようと思われたのでしょうか。
岩井:ストレートプレイよりもミュージカルの方が、その感動や衝撃のマックス値というか飛距離みたいなものが圧倒的にある気がしているので、いつかやってみたいなと前々から思っていました。でもきっかけがなかったというのと、ミュージカルって大きな社会的なテーマがないと難しいのかなと思っていたんですね。そんなときに『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』(2018年)という、今作の出演者でもある吉原光夫さんと大原櫻子ちゃんが出演していたミュージカルを観たんです。家族の物語を描きながら、心の中で起きた葛藤とかを歌に乗せて届けている作品だったので、別に大きいテーマじゃなくても、むしろ話が小さければ小さいほどミュージカルにする必然性があるな、と思ったんですよね。それで「僕の作品でミュージカルをやろう」と思ったんですが、やっぱり無謀な挑戦はしたくないので安定した台本でやりたいと思って、『おとこたち』は再演もしているし、歌にしたら相当面白いだろうな、と思ったので選びました。
ユースケ:『FUN HOME』は岩井くんにとってデカいんだね。だってその作品に出演していた人が2人も今回の出演者にいるもんね(笑)。
岩井:吉原さんと櫻子ちゃんは、セリフからだんだん気持ちと一緒に音楽になっていくという歌い方ができる2人なので、それが今回キャスティングした理由でもあります。『FUN HOME』のときは、楽譜と録音したメロディーを渡されて「これを歌ってください」ではなくて、台本の時点から演出家と話して、どんな言葉を使うのかという選択も一緒にしながら進めていったというのを聞いて、僕もそういう作り方をしたいなと思いました。
(左から)岩井秀人、ユースケ・サンタマリア
ーー前野健太さんに音楽を依頼されたのは、やはり『世界は一人』で音楽劇を一緒に作った経験が大きいですか。
岩井:『世界は一人』も大きいですし、僕もそんなにいろんなミュージカルを観ているわけではないんですが、なんとなく僕の体感では「日本のオリジナルミュージカル」ってあまりない気がしていて。マエケンの歌って「日本」とか「東京」というものがいい意味で染み付いているものだと思うんです。それはマエケンにどんなジャンルのものをお願いしても、絶対彼独特の懐かしい感じみたいなのがあって。あと、彼は何でも歌にできるというか、歌詞を渡したらすぐに音楽にしてしまえるというすごい能力があるんですね。それは今回もあてにしています。
2011年の舞台のときにユースケが前説で言ったこととは?
ーーユースケさんは今作にキャスティングされたことをどのように感じていますか。
ユースケ:岩井くんが今言ったように「帝国劇場をぶっつぶす!」みたいな、そういうミュージカルをやると。
岩井:言ってないでしょう(笑)。
ユースケ:そんなこと言うなよ! って僕は思うんだけど、そういう舞台に彼が僕をキャスティングしたわけで、僕の中の何かを見て「やれる」と思うから呼んでくれたんだと思います。僕は前に岩井くんと一緒に舞台をやったときのことが本当に印象に残っているんですよ。
ーー2011年に上演された『その族の名は「家族」』ですね。
ユースケ:彼の演出の仕方とか、舞台に込めている熱であったりとか、あと脚本の内容も全部ひっくるめてすごい好印象で、僕はすぐに物事を忘れるんですけど、あの舞台のことはすごくよく覚えているんですよ。だからまたあの感じが味わえるかなっていう思いがあります。本を読んだときの感想も全く一緒で、わからないところもたくさんあるんだけど、なんだか捨て置けない話だな、みたいな感じでした。岩井くんって狂人みたいなイメージがちょっとあるじゃないですか。本の内容とかもちょっと狂気じみたところがあるというか。でも実際、本人はちゃんと節度があって、彼の前でちょっと狂ったことをやらないと満足しないんじゃないかと思ってやってみると、「ちょっとやりすぎです」って言われちゃうみたいな、そういうところも僕はすごい好きなんですよ。あんまり役者に100%任せてない感じというか、僕はそういう演出家が好きですね。あと、今回はミュージカルなのに出演者が少ない、というところもいいなと思いました。
ーー岩井さんはユースケさんのどういうところに期待されていますか。
岩井:テレビに出演しているときのユースケさんは、面白いことを言ってるんだけど、それがカメラの向こうの視聴者に対してだけじゃなくて、スタジオにいる人たちに対しても向けてやっている感じがするんですよね。例えばこうしてインタビューを受けているときも、本来は質問をしてくれているインタビュアーに対して答えればいいんですけど、でもインタビュアー以外のいろんな人たちのことも感じ取って、それを集約したものすごい短い言葉をポンと生み出す、みたいなことを異常なスピードでやっている人だな、と思うんです。だから、ユースケさんはものすごく演劇的なことをやっている人だと思いました。それで『その族の名は「家族」』のときに出演オファーをしました。
あの公演のとき、前説はユースケさんに任せたんですよ。震災のあった年だったので、結構ナイーブな空気が流れていたんですよね。ユースケさんは、この建物は耐震構造です、もし揺れがあったら係の指示に従ってください、という説明の時に、会場が青山円形劇場だったので6つくらい出入口のドアがあったんですけど、「係から指示があったらこの6つのドアから出てもらいますけど、6つのドアのうち3つは偽物です」って言ったんですよ。それが僕はもう……。
岩井秀人
ユースケ:不謹慎だったよね、あれは(笑)。
岩井:ものすごい繊細な時期にこの人は地震をいじって、お客さんもそれを聞いて笑ってたんですよ。それを見て「この人ほんとすげえ!」と思って。本人は全く意識していない可能性が濃厚なんですけど(笑)。今作に出てもらいたいと思ったのは、まずそれがすごく大きいです。
ーーユースケさんはその前説のときは、意識されていたんですか?
ユースケ:あの時は抑圧というか、自粛とか不謹慎といったものが社会的に結構のしかかってきた時期だったということは意識していたかなと思います。あと舞台っていうのは、その場にいる人しか目撃者がいないというのが大きいですね。あのときは毎回前説をやっていたので、毎回同じことを言うのもなんだし、自分も楽しみたいのでちょっとずつ変えたりしてました。その中でも「6つのドアのうち3つは偽物」っていうのは結構気に入っているフレーズです。6つもドアがあって、こんなにいらないだろう、逆に戸惑わない? って思ったから。
岩井:確かに「風雲たけし城」みたいな感じになってましたよね(笑)。
ユースケ:そうそう(笑)。扉開けたらコンクリートだった、とか想像するだけで面白いじゃないですか。あの頃は自分がまず社会の空気に窮屈さを感じていたところもあったから「ここでは俺の自由にいろいろやってもいいよね」みたいな感じでやってましたね。でも、舞台で役者が前説やるってなかなかないでしょう。僕が普通に「どうも皆さんこんにちは!」って出ていくんですよ。それはすごく衝撃だったけど、前説が終わった後で「では、始めます」って言って、照明がフッと変わるとかきっかけがあって芝居に入っていくんだけど、それがすごく気持ちがよかったというか、ちょっとクセになる感じでしたね。今回も全く一緒で、最初僕が「どうもこんにちは~」って出ていくんですよ。
岩井:逆にそうしないでユースケさんに出てもらうのはもったいない気がするんですよね。今から芝居でやろうとしていることと、実際は今こんな状態です、っていう両方をやってもらうのがユースケさんを有効活用する術な気がするんです。ユースケさんなのか山田なのかよくわからん、みたいな。やっぱり演劇の面白いところってそこだと思うんです。でもそれで役になって物語に入ったときに、演じているその人の人生でもあるんだな、みたいに役と演者がオーバーラップして見えて来るっていうのが演劇の強みだと思っています。
(左から)岩井秀人、ユースケ・サンタマリア
前野健太との作業は「その人が歌う意味をどんどん引き出してくれる」
ーー岩井さんは、今作において前野さんとどのようなことを意識して音楽の制作をしたいと思っていますか。
岩井:音楽制作にあたって、演者さんをひとりずつ呼び出しているんです。
ユースケ:今日は僕が呼び出されました。
岩井:『世界は一人』のときもそうだったんですけど、僕とマエケンの中である程度下地を作っておいたものを演者さんに聞いてもらって、台本と歌詞はこれです、っていうのを渡すんです。例えば吉原さんと橋本さとしさんはミュージカル畑なので、歌ってきた歌の蓄積の中から「大体こういうメロディーだ」と自分で選べるんですね。だから歌のメロディーがその人から生まれたものになるというか、その人が歌う必要があるものにどんどんなっていくという作業をしています。そういう作り方ができるのがマエケンなんだな、って思うんです。その人が歌う意味っていうのをどんどん引き出してくれるのがすごく大きいですね。
ーー今日のユースケさんとの作業はどんな感じで進みましたか?
岩井:今回、ユースケさんは歌うところは極端に少なくて、ラップをやってもらうんです。ただ、ラップっていっても、綺麗にリズムに乗っているラップじゃなくって、ミュージカルの歌がしゃべっているところから自然に音楽になっていくみたいな感じで、しゃべっているところとリズムの間を行くみたいな、すごい難しいことをやってもらうんです。それはまさに山田のポジションなんですよ。他の人たちは人生にめちゃくちゃ巻き込まれて、大きな葛藤を持ったり、ものすごい裏切りに合ったりするから、ズドーンとした音楽になりやすいんですけど、山田の人生にはそういう大きなドラマがなかなか起きないから、漂うしかないと言うか。
ユースケ:山田にはメロディーがないというかね。
岩井:そう、メロディーがない、っていうことを伝えるためにどうしても「ラップをやってもらう」って言い方になっちゃうんだけど。
ユースケ: 前々から「ラップやってもらいます」って言われていたので、節々でラップが入ってくるのかと思っていたんですけど、今日やってみたら僕のセリフはほぼラップでした。僕はラップが得意なわけでもないから、ラップのような新しいものを生み出すつもりでやりますよ。
ユースケ・サンタマリア
ーー岩井さんと前野さんとキャストの皆さんとで完全オリジナルミュージカルを作るということが伝わってきました。稽古中も進行形で作り続ける感じになりそうですか。
岩井:メロディーはなかなか完全に決定はしないんじゃないかなという気はしています。歌詞もまだあまりちゃんとは決まっていないんです。ユースケさんが山田としてこの作品の中で話すときに、適切な言葉を選べるのは僕が何年も前に書いた台本よりも、その場に立っているユースケさんなんですよ。だから、稽古の中で言葉を選択する局面が生まれて、その場で判断するレベルの場合にはユースケさんの方が優先だな、というふうには思っています。他の人たちに関しても、歌う人たちの体感優先で、皆さんに自由に変えてもらっています。
ユースケ:『その族の名は「家族」』のときのことを思い返してみると、初日始まってから最終日までダメ出しがありましたからね。つまり、千穐楽まで彼の演出って終わらないんですよ。それに加えて今回は歌があるでしょう。ますます終わらんだろうなと思います。終わりのない稽古というか、でも岩井くんの作品は完成形を目指して、とかじゃないんですよ。そのときのシチュエーションでのベストを探っていくみたいな、そういう舞台なんですよね。
ーー今作を前半の日程で見た場合と後半の日程で見た場合とでは、だいぶ受ける印象が違いそうですね。
ユースケ:どの舞台でも「同じものはない」って言うけれど、本当の意味で毎回違うと思いますよ(笑)。そんなバーンと大幅には変わらないけれど、全然違う部分がちょこちょこあるというか。それで岩井くんがまた前の方の席でメモを取りながら舞台を観てるんですよ、きっと。円形劇場で本番が始まってからも、岩井くんがメモ取ってる姿が舞台上から見えて……あれはどうしてあんな前に座っていたの?
岩井:円形劇場のときはそうなっちゃいましたね。大体いつも一番後ろにいるんですけど、なんであの時は前の方だったんだろう。
ユースケ:あんな前に岩井くんがいたらどうしたって目に入るじゃない、それで心が一回冷静になりましたね。しかも芝居中に何かメモを書かれるということは、何かダメなところがあったってことかな? ってストレスに感じたり醍醐味に感じたりしながら最後までやるっていう、不思議な経験でした。
岩井:まあ、ずっと作っていくものですからね、演劇作品って。
ユースケ:ずっと作り続けるから、完成形がないんですよね。でも本来は一番後ろの席に岩井くんが座るということを今聞けてよかったです。これで安心して本番に臨めます!(笑)
(左から)岩井秀人、ユースケ・サンタマリア
■ユースケ・サンタマリア
ヘアメイク:池田真希
スタイリスト:藤本大輔(tas)
衣裳協力:ATON(ATON AOYAMA/03-6427-6335)
■岩井秀人
ヘアメイク:須賀元子
スタイリスト:藤谷香子
衣裳協力:Phablic×Kazui
取材・文=久田絢子 撮影=鈴木久美子
広告・取材掲載