2003年、神戸生まれの吉本梨乃は、早くから才能を開花させ、14歳でウィーンにわたり、ミヒャエル・フリッシェンシュラーガーに師事したあと、現在は、エリザベト王妃音楽院でオーギュスタン・デュメイに学んでいる。2022年にはウィーンのクライスラー国際ヴァイオリン・コンクールで第2位に入賞。そんな吉本が2023年1月14日(土)に浜離宮朝日ホールでリサイタルをひらく。現在ウィーン在住の彼女に、オンラインでインタビューした。
――まず、ヴァイオリンを始めた頃からの話をしていただけますか。神戸のご出身ですね。
神戸の六甲アイランド出身です。3歳でヴァイオリンを始めました。はじめはピアノを習おうとしたのですが、体験レッスン中にヴァイオリンの音が聞こえてきて、そちらに惹かれたらしく、ヴァイオリンを習うことになりました。5歳の頃から本気でヴァイオリンを練習するようになり、ソリストになりたいと思いました。その頃は神戸の木田雅子先生に習音楽の楽しさを、その後小学校4年生から6年生までは1か月に1回、東京に通ってジェラール・プーレ先生のレッスンを受けて基礎の大切さを教えていただきました。
――14歳でウィーンに留学されたのですね。
小学5年生の終わりから中学3年生まで師事していたマウロ・イウラート先生の恩師のミヒャエル・フリッシェンシュラーガー先生のマスタークラスに何度か参加して、この先生にどうしても習いたいと思い、ウィーンへ行くことを決めました。ウィーン国立音楽大学のギフテッド・コースに入って、そのあと、予備科(19歳までの過程)に移りました。
――フリッシェンシュラーガー先生はどのようなレッスンをされるのですか?
フリッツシュラーガー先生には、大人の演奏家になるにはこのままではダメだ、子供なのに上手だという演奏だと君の寿命はあと2年だと言われて、基礎を徹底的に叩き込ました。その後、主にベートーヴェン、モーツァルトなどの古典派音楽やバッハを学びました。先生は、ザルツブルク生まれなので、モーツァルトには特に厳しかったですね。軽やかさ、トリルのかけ方、テンポなどモーツァルトの演奏のルールを教わりました。
――その頃、学校はどうしていましたか?
神戸の中学校(3年生)に在籍しながら、ウィーンに住み、東京音楽大学附属高校では特別特待奨学生だったので、高校に毎日通うことができない私にも、オンラインでたくさん課題を出していただき、テストの時だけ帰国していました。
――今は、ブリュッセルのエリザベト王妃音楽院でオーギュスタン・デュメイ先生に師事しているのですね。
私はもともとデュメイ先生のファンだったんです。先生にはロマン派の作品を中心に習っていますが、先生のレッスンは最初、魔法みたいだなと思いました。自分が気づけていなかった細かいポイントを言ってくださって、そこを気をつけて弾くだけで音楽ががらりと変わってしまうような。今は、ブリュッセルのエリザベト王妃音楽院で学んでいますが、デュメイ先生も忙しい方なので、先生がブリュッセルにいるときに、ベルギーまで行くという感じで、普段、私はウィーンに住んでいます。
先日はウィーン国立歌劇場管弦楽団の代理奏者としてはじめてオペラを弾きました。ウィーン・フィルの方にレッスンを受けたとき、「音がソロイスティック。もっと音の幅を広げた方がいい」と言われたんです。その後、ウィーン・フィルの第2ヴァイオリン奏者のハラルト・クルンペクさんから電話があって、代理奏者のオーディションを受けました。演奏したのは『椿姫』です。これまでオーケストラの音といえば後ろから聴こえてくるものでしたが、中に入ってみると、一人ひとりの音がすごくきれいで、それらがまろやかに融合していて、弾いていてとても楽しかったです。12月には『アンドレア・シェニエ』や『ばらの騎士』などのオペラ、バレエ『眠りの森の美女』を弾きます。『ばらの騎士』はオペラのなかで最も難しいものの一つといわれているので、もっと練習しないと、と思っています。オペラはもともと見るのが好きで、ウィーン国立歌劇場では、16歳までは5ユーロで見られるので、14歳からこちらに来て、何回も見ました。プッチーニが一番好きで、特に『蝶々夫人』や『トゥーランドット』が好きです。
代理奏者の試験を受けたのは、オーケストラのプレーヤーになりたいというわけではなかったんです。自分がこれからソリストとしてやっていく上で、オーケストラの中で弾いたときの感触を知っておくのもいいことだと思うし、ウィーンフィルの音楽作りや音色など、世界的なオーケストラの中で学んだ経験をソリストとしての活動のなかで活かしていければと思ったからです。毎回違う演目でリハーサルも無いので、毎回がオーディションのようで緊張しますが、自分の成長を感じられてやりがいがあります。
――今回のリサイタルのプログラムについて話していただけますか?
私の10代を締めくくるリサイタルだと思っています。今、ロシアとウクライナが戦争をしているので、平和を祈る気持ちで何かそれらの国の曲で弾けるものはないかなと考えました。そしてプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番が今の現状を表しているように思ったので、弾くことにしました。
第1楽章の最後でプロコフィエフが「墓場の風」と呼んでいる部分があります。弱音器を付けて弾く、本当に墓場を風が突き抜けていくような音楽ですが、第4楽章ではフォルテになって突風のように駆け抜けていきます。その関連性が興味深いですね。第4楽章の変拍子で書かれた民族的なリズムも面白いです。
バッハも、戦争と関連して、です。私のバッハのイメージは祈りで、自分が苦しいことがあったときにこの曲を弾くと少し心が落ち着くんです。それもあってこの「アダージョとフーガ」を選びました。バッハは、音自体のピュアな美しさが表わされていて、その音楽そのものの美しさを伝えたいと思います。
モーツァルトのロンドは、コンサートのオープニングは明るい方が入りやすいかと思って、選びました。フィッシェンシュラーガー先生に習った曲です。私は基本的にモーツァルトがすごく好きです。モーツァルトは、ヴァイオリンの曲でも、オペラっぽくって、気分がころころ変わったり、冗談みたいなところもあり、短調でもベートーヴェンやロマン派とは違って深刻になり過ぎないところとかが、好きですね。
ラヴェルの「ツィガーヌ」については、昨年から今年にかけて私の音楽家としての人生での大きなできごと、コンクールであったり、大きなオファーであったり、その節目節目で弾いてきた曲なので、みなさんに聴いていただければと思いました。弾いていてとっても楽しいし、妖艶な部分も好きです。最初、2分くらいヴァイオリンだけの部分が続いて、ハープ(ピアノの伴奏の場合はピアノ)が入って来るのですが、そのキラキラ感が一番好きです。自分が弾くところではないのですが(笑)。
――ピアノのロー磨秀さんとの共演はいかがですか?
共演は今回が初めてですが、先日、リハーサルをしてきました。音がすごくきれいで、素敵な方です。ラヴェルのツィガーヌの難しいピアノを正確に美しくリズミックに弾いてくださって感動しました。プロコフィエフのソナタでは、ピアノが打楽器のように扱われるところがあるのですが、すごくダイナミックに弾いてくださる方なので、とても楽しみです。伴奏を仕事にされているピアノの方は、ヴァイオリンを邪魔しないように控えめに弾かれる方が多いのですが、ソナタらしく遠慮なく自分を出してくださる方と弾くと、自分もそれに反応して、ソナタを弾く醍醐味が味わえるのです。
――リサイタルに向けて、メッセージをお願いいたします。
この11月に日本音楽財団からストラディヴァリウスを貸与していただいて、そのストラディヴァリウスが、もともと素晴らしい音色なのですが、今、ウィーンで毎日練習するなかで、私の音色になってきています。リサイタルの頃には、もっと良くなっていると思いますので、その音色を楽しみに来ていただけたらと思います。
――将来、どういうヴァイオリニストになりたいですか?
ヨーロッパを拠点に、世界中のオーケストラと毎日のように共演できるワールドワイドなソリストになりたいです。デュメイ先生のような演奏家になりたいと思っています。
取材・文=山田治生
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