ジルベスターコンサートで歌う船越亜弥(2021.12.31 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
オペラ歌手 船越亜弥(ソプラノ) 写真提供:びわ湖ホール
―― 船越さんが日本音楽コンクール(声楽部門)で第1位に輝いてから1年が経過しました。この1年で周囲を取り巻く環境は変わったのではないですか。
受賞記念演奏会であちこちを巡って歌わせて頂いたことが嬉しかったです。おかげさまで、いろいろなプロダクションから声をかけて頂くようになりましたが、私が関西を本拠にしているせいか、東京の仕事が増えたわけではありません。受賞したのがちょうど、びわ湖ホール声楽アンサンブルを退団した後のタイミングだったのですが、びわ湖ホールの仕事は退団後も頂いています(笑)。
―― びわ湖ホールとしても最高の結果だったでしょうね。しかもコンクールの本選で、ワーグナーを歌っての受賞ということで、びわ湖ホールで積極的にワーグナーのオペラ作品を取り上げてきた沼尻竜典芸術監督の思いを代弁するかのよう結果でした。
ワーグナーは師匠と相談して決めました。日本ではあまりコンクールで歌われる作曲家ではないかもしれませんね。でも私は、びわ湖ホール声楽アンサンブルの受験の時もワーグナーを歌って合格を頂きましたし、ゲンの良い作曲家なのです(笑)。
日本音楽コンクールでワーグナーを歌うのは師匠と相談して決めました (C)H.isojima
―― 来年1月に船越さんのリサイタルが決まりました。会場はびわ湖ホールの大ホールだそうですね。リサイタルに向けた今の思いと、プログラムについてもお聞かせください。
私が歌を始めたのは、愛知県立芸術大学を受験すると決めた高校3年の夏と遅かったのです。運良く大学に入学してからは、メゾソプラノとして歌っていたのですが、びわ湖ホール声楽アンサンブルに入ってからソプラノに替わったので、レパートリーが人と比べてとても少ない(笑)。コンクールを優勝したことを受けて、1年がかりでレパートリーを増やす取り組みを始めました。今回のリサイタルはその集大成です。
「魔笛」パミーナ船越亜弥、パパゲーノ迎肇聡(2021.1.30 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
J.シュトラウス二世「こうもり」ロザリンデ船越亜弥(右)、アイゼンシュタイン谷口耕平(2020.1,11 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 盛り沢山で魅力的なプログラムですね。
びわ湖ホール声楽アンサンブル時代に歌った曲もありますし、今回初めて挑戦する曲もありますが、「愛と祈り」をテーマに、私が今、届けたい歌を集めてみました。愛知県立芸術大学の同級生の大久保亮さんをゲストに招いています。彼は私の一押しテナーです。大久保亮さんの歌唱にもご期待ください。
―― 船越さんはオペラ、歌曲、宗教曲で言うと、何がお好きですか。
私は宗教曲や歌曲が好きです。もちろんオペラも好きですが、どうも演じるのが苦手で…。恥ずかしい気持ちが先に立ってしまいます(笑)。オペラをやるなら、主役よりも縁の下の力持ちのようなポジションのほうが落ち着きます。
びわ湖ホール声楽アンサンブル第71回定期公演(2020.9.12 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― とは言っても周囲の評価は別なので主役クラスが配役されるケースも多いですよね。以前、取材させて頂いた時、「魔笛」のパミーナ役が割り当てられて、悩んでおられました(笑)。
大学院に進んですぐの大学院オペラ『カルメン』で、いきなりタイトルロールに抜擢され、その重責で苦しい日々を送りました。その時の経験は歌手活動の原風景にもなっています。『魔笛』では苦労しましたが、モーツァルトのオペラ作品は他にもいろいろやってみたいです。やったことがあるのは『ドン・ジョヴァンニ』だけで、ドンナ・エルヴィーラをやらせて頂きました。びわ湖ホールでは、『不思議の国のアリス』公爵夫人、『ヘンゼルとグレーテル』ゲルトルート、『ディドとエネアス』ディド、『こうもり』ロザリンデをやらせて頂きましたが、『こうもり』も『魔笛』も日本語上演でした。
「魔笛」タミーノ清水徹太郎、パミーナ船越亜弥(2021.1.30 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
「こうもり」ロザリンデ(2020.1,11 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 2020年の11月の『マタイ受難曲』が船越さんの名前と顔が一致した最初でした。主要アリアのひとつ「主よ憐れみたまえ」を船越さんが歌われたからです。パンフレットには船越さんはソプラノと表記があるのに、何故アルトのアリアを?と思ったことを覚えています。歌唱が素晴らしかったので、その後に取材をさせて頂きました。
あの時、アリアはアルト、合唱はソプラノでしたね。びわ湖ホール声楽アンサンブルに所属していないと経験出来ないと思います(笑)。私にとっても思いのいっぱい詰まった忘れられないステージです。本当に色々な経験をさせて頂きました。12月10日に、びわ湖ホールでKEIBUN主催の『第九』にソプラノ・ソロとして出演しました。アルトは森季子さん、テノールは島影聖人さん、バリトンは迎肇聡さんと、全員びわ湖ホール声楽アンサンブルのOBで、ソロ登録メンバーです。実は、この時がソプラノ・ソロのデビューとなりました。アルト・ソロは何度か歌っていますが、ソプラノは初めて。皆さん耳が肥えていて、アンサンブルが取れる方たちばかりなので、歌っていて絶対の安心感がありました。合唱団の喜びも爆発した、素晴らしい演奏になったと思います。
バッハ「マタイ受難曲」(2020.11.14 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― 船越さんご出演のコンサートは色々とありますが、来年1月と3月に上演される『森は生きている』はびわ湖ホール声楽アンサンブルでも何度も取り上げている作品だけに、思い出深いのではないですか。
おっしゃる通りです。びわ湖ホール声楽アンサンブルに入った1年目からやっている作品です。びわ湖ホールの思い出の半分は『森は生きている』と言っても過言じゃないほど(笑)。今回はリス、オオカミ、廷臣役の3月をやらせていただきますが、もう一人の娘役の6月や、大使夫人・5月をやらせて頂いたこともありました。3月は低めのパートの役です。声楽アンサンブルを離れても、こうしてステージに立たせて頂けることに感謝します。
「森は生きている」6月・もう一人の娘 船越亜弥(右)、9月・おっ母さん 益田早織 (2019.1.20) 写真提供:びわ湖ホール
―― 先ほど、歌を始めたのは、愛知県立芸術大学を受験すると決めた高校3年の夏と仰っていましたね。船越さんの幼少の頃の楽器経験を教えてください。
小学校まではピアノをやっていましたが、中学、高校は吹奏楽に青春を捧げていました。中学は、先生に勧められるままにチューバを吹きました。高校では、チューバの希望者がいたこともあって、以前から格好いいと思っていたパーカッションをやらせて頂きました。性格的に、主役では無く脇役でみんなを支えることに喜びを感じる私には、合っていたと思います。高校の吹奏楽部は比較的強豪校になりはじめていた頃だったので、中国地方の大会まで行かせてもらいました。
―― 歌を始められたのはいつからですか。
高校3年の夏、受験勉強もまさに佳境を迎えたタイミングで、私が突然「音楽大学に行きたい!」と言い始めたのです(笑)。好きでもない高校までの延長のような勉強をこの先もしていくのが、どうにも苦痛で…。周囲は慌てましたが、父は反対することもなく温かく見守ってくれました。また音楽大学出身の母は、真剣に話を聞いてくれて、自分の恩師に相談してくれました。歌は音大に入るために見出された作戦でした(笑)。楽器で音大に入るのが難しい私には、声楽科しか選択肢はありませんでした。そうか、私は歌をやるのかって、凄く他人事っぽく事態を捉えていました(笑)。それからレッスンが始まったのですが、現役合格は絶望的。浪人覚悟で母の母校でもある愛知県立芸術大学を受験したところ、奇跡的に現役で受かりました。
歌は音大に入るために見出された作戦でした(笑) (C)H.isojima
―― 凄い話ですね。歌はお好きだったのですか? 音楽の時間、先生に褒められたとか。
全然(笑)。むしろ歌が下手だと先生に言われていました。歌は比較的遅く始める方も多いと聞いていましたが、私のようなケースは珍しいと思います。もちろん、入学してからも大変でした。歌の勉強は、受験に向けたものだけでしたので、授業で付いていくのが精一杯。ただ、好きで選んだ道なので、一生懸命に勉強しました。卒業演奏会や定期演奏会で歌う機会は得られませんでしたが、大学院まで進みました。大学院の最初のオペラ「カルメン」で、予期せぬタイトルロールに抜擢されて大変な思いをしながらも何とか公演を務め上げた経験が、その後の人生に於いて生かされているのは間違いないと思います。
「魔笛」パミーナ(2021.1.30 びわ湖ホール) 写真提供:びわ湖ホール
―― びわ湖ホール声楽アンサンブルを目指された経緯を教えてください。実際に入って如何でしたか。
大学院まで行って歌を勉強したので、もうこれは歌を続けるしかないと思ったのですが、単発の合唱や「第九」などの依頼だけでは、正直生活は厳しかったです。それでも何年かは頑張りましたが、この状況を打開するには、びわ湖ホール声楽アンサンブルに入るしか無いという結論でした。いろいろ学べて、オペラにも出演出来て、お給料が頂ける(笑)。何としても合格するぞと臨んで、合格することが出来ました。入ってみると、これまでは年に1〜2本の本番が年間60本の本番を経験することになり、譜読みと稽古、本番の嵐で、音楽三昧の日々でした。厳しくも充実した期間で、かけがえの無い経験でした。昨年3月に退団したことで時間が出来たので、これまでの成果を測る意味でコンクールを受験し、晴れて日本音楽コンクールを優勝することが出来ました。
このために1年かけてレパートリーを増やし、歌曲を中心にプログラムを構成しました。会場は、びわ湖ホールプロデュースオペラでワーグナーのオペラ作品を上演する大ホールです。チケットはまだまだご用意出来ますので、皆様お揃いでお出かけください。ご来場をお待ちしています。
皆さま、船越亜弥のリサイタルにぜひお越しください。お待ちしています (C)H.isojima
取材・文=磯島浩彰
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