「No Name Horses」 を率いる 小曽根真
小曽根真を中心に、ジャズ界のサラブレッドたちによって2004年に結成されたビッグ・バンド「No Name Horses」。彼らは文字通り ”名も無き馬” の如く、18年に渡り音楽シーンを自由自在に駆け廻り、刺激を与え続けてきた。今年6月、活動の集大成である「ベスト・アルバム」がリリースされ、コロナ禍のリベンジツアーが始まった。現在はツアー前半戦を終え、2023年2月より始まるツアー後半戦までの間、「From OZONE till Dawn」など別のプロジェクトで多忙を極める小曽根真に、「No Name Horses」のあんなコトやこんなコトを聞いてみた。
小曽根真 featuring No Name Horses ©️Ryota Mori
―― No Name Horses(以降、NNH)の15周年記念アルバム『Until We Vanish15×15』のツアーは、コロナ直撃でほとんどが取りやめになりました。それだけに、今回のベストアルバム発売を受けての全国ツアーは、ファンにとってもメンバーにとっても待ちに待ったツアーだと思います。
おかげさまでツアーの前半戦を盛況のうちに終えることが出来ました。今年、NNHはバンド結成から18年が経過しました。40歳少しで始めた僕も61歳ですし、メンバーの多くが還暦近くになっています。実は今回、ツアーのリハーサル前に、メンバーに向けてこんな話をしました。「僕自身、年齢と共に技術的にも肉体的にも衰えを感じるようになってきているけど、お互いに必要な練習を重ねてツアーに臨もう。そして、よりグレードアップしたツアーにしたい!」と。
そのハナシをした途端、全員が下を向きました(笑)。瞬間、余計なことを言ったかなと思いましたが、これはどうしてもシェアしないといけないことだったのです。僕が本気でこのバンドを続けて行きたいと思えるかどうか、すごく大きな問題なのです。今でこそ彼らは日本を代表するミュージシャンですが、それは彼らが人一倍練習したから成れたこと。もちろん音楽性やクリエイティビティは大事ですが、楽器が上手くなる方法は、練習するしかありません。みんな最初は下手だったから練習したのであって、上達したければ練習をすればいいだけなのです。それがベテランになると、自分のプライドや忙しい日常が邪魔をして、おざなりになりがちです。
ジャズピアニスト 小曽根真 ©️Kazuyoshi Shimomura(AGENCE HIRATA)
―― あれだけのメンバーです。そんな事を言われることはまずないでしょうね。
あの人たちに向かって「練習しなさい!」なんていう人、誰もいませんから(笑)。もちろん普段からちゃんとさらっている人もいます。そんなことがあって迎えたツアー初日、ブルーノート東京の一発目の音が、それはとてつもない音でビックリしました。1回目のセットで、僕は爪が割れるくらいピアノのキーを叩きました。それだけのエネルギーが彼らから出て来て、やっぱりこのメンバーは一流だと、改めて嬉しかったです。そのままツアーに出て行きましたが、どこの会場でもバンドを始めた頃の迫力ある音圧というか、エネルギーのある音楽に戻りましたね。それを聞くと、やっぱり彼らのために音楽を書き続けたいと思いました。結成から18年、ベテランバンドと言われるのだけは死んでもイヤだと新しいことをやって来ましたが、NNHのサウンドは誇れると思います(笑)。
エリックはジャズ、ポップス問わず、世界レベルで見ても管楽器の世界では、ずば抜けた才能とビジョンを持っている人です。自分でも素晴らしいアレンジも書くしね。また、バディ・リッチやメイナード・ファーガソンのバンドなんかで厳しく育てられて来ているから、超一流の音楽家がどういうモノかを知っている。彼の吹くハイトーンは、これまでの経験に裏打ちされた意思の強さが感じ取れるので、一流のミュージシャン全てが彼に惹かれるのでしょうね。通常、音は高くなれば細くなるのですが、彼のハイトーンは太くて音が美しい。彼の人間の器の大きさだと思います。
トランペット エリック・ミヤシロ ©️Ryota Mori
―― 他のメンバーのこともお願いします。
木幡光邦さんはデキシーからスィングに行く辺りの音楽をこよなく愛されていると思うのですが、NNHで2番トランペットを吹いてくれているのはとても嬉しいです。なんせ優しい人でね、一緒にやれて嬉しいですよ。クラシック畑出身で、何でもこなせる奥村晶というトランペッターが、重要な3番トランペットを吹いてくれるのはとても有難いです。NNHの中で、トランペットの岡崎好朗、テナーサックスの岡崎正典の岡崎兄弟と、テナーサックス三木俊雄、アルトサックス池田篤、バリトンサックス岩持芳宏、このあたりのメンバーはジャズコンボでソロミュージシャンとしてバリバリやっていくイメージが強いんじゃないでしょうか。彼らが自由にやれる自分のコンボ以外に、制約の多いNNHでやってくれるのは、このバンドにジャズスピリットを感じて、NNHをサポートする事に誇りを持ってくれているからだと、僕は勝手に思っています(笑)。
トランペット 木幡光邦 ©️Ryota Mori
トランペット 奥村 晶 ©️Ryota Mori
トランペット 岡崎好朗 ©️Ryota Mori
―― 素敵な話ですね。
若い年代のジャズ屋に多いのが、もっとソロが欲しいと言ってくるパターン。このバンドの素晴らしいところは、誰一人として、一回もそれを僕に言って来たことがありません。何故なら、アンサンブルを吹いているだけでも楽しめる方法をみんな知っているバンドだから。そこにジャズスピリットが有れば納得するはずなのです。ピンで立つことはとても大切ですが、実はそれと同じくらい大切な事が他にも沢山あるという事を、みんな知っているのです。
―― 小曽根さんは、メンバーに向けて当て書きを結構されているように思うのですが。
可能な限り、当て書きします。この曲のココで俺のソロかって、お互いに何も言いませんが、当て書きをされた方は分かっていると思います。それも含めて、任せてくれているというか。それと、このバンドの醍醐味が、スリリングな演奏にあると思います。僕はまず、譜面通りには弾かないんですよ。だから聴いていないと大事故が起こる(笑)。スイングの曲なのにいきなりモーツァルトの様なイントロで始めたりするので、みんなビックリしているのがわかるんです。どうやって原曲にもって来るんだろうか。ああ、なるほど、そういうことかって。そんなことで楽しめるのはNNHならではです。ここにジャズスピリットがない人が入って来ると、「ああいう事をされると困ります。ちゃんとリハーサル通りにやってください」と言われてしまいます(笑)。そうなるとビッグ・バンドで僕がいちばんやりたくない、譜面があるから譜面通りという事になってしまうのです。それは、僕にとってはジャズバンドではない。吹奏楽のジャズスタイルになるわけで、コンダクターがいてその通りにやる。それも一つのやり方で、悪い事ではありません。でもNNHはジャズバンドなので、トリオでやっている事をそのままビッグ・バンドでやるのです。
世界に誇る最強ビッグ・バンド、小曽根真 featuring No Name Horses ©️Nori Soga
―― トリオでやっている事をそのままビッグ・バンドでやる。改めて言葉で聞くと実に刺激的な響きですね。
僕が好きなようにソロを弾いていても、メンバーは曲の事を知り尽くしているので、何処を弾いているのか分かっています。だからメンバーの誰かに目配せすれば、OKって合図が来て、そのまま全員がちゃんと演奏に入る。阿吽の呼吸ですよね。本当にコンボでやっているような感じで進めます。突然、曲の途中でバンドをカットして、ドラム1人にソロを渡しても、高橋信之介が音楽的に美しく戻る方法を考えて、ちゃんと帰って来るので、何も言わずに皆んな楽器を構える。これは幸せですよ。そういう素晴らしいメンバーが集まっている(笑)。
―― トロンボーンセクションは、こちらもブラバン・キッズも憧れる中川英二郎さんと、2番は半田信英さん、そしてバストロンボーンは山城純子さんです。
半田くんが、僕が絶対的な信頼を置いている中川英二郎の薫陶を受けて、素晴らしい働きをしてくれています。山城純子はジャズに関しては、日本のベスト・バストロンボーンプレーヤーだと思いますよ。音も柔らかいし素晴らしいです。
トロンボーン 中川英二郎 ©️Ryota Mori
トロンボーン 半田信英 ©️Ryota Mori
バストロンボーン 山城純子 ©️Ryota Mori
―― サクソフォンセクションをまとめているのは、アルトの近藤和彦さんという事でしょうか。
セクションリーダーは発足時からコンちゃん(近藤)です。彼は長らく熱帯JAZZ楽団にもいたので、ラテンのイメージがあるかもしれませんが、実はコテコテのジャズ屋です。ソプラノサックスやフルートの持ち替えもバッチリで、安定したリードプレーヤー。池田篤は200%ピュアなジャズミュージシャン。彼のジャズ耳は怖いです!。テナーの三木俊雄は、NNHの名物プレーヤーです(笑)。音楽が大好き、ジャズが大好きな人です。自分のバンドもあるし、色々なところで演奏もしていますが、彼はNNHで演奏するのが大好きだって言葉で伝えてくれる温かい人。緻密に音楽を作っていくタイプなのに、忘れ物をよくします(笑)。岡崎正典も本物のジャズスピリットを持っているプレーヤーで、話すとおとなしいのですが、実はしっかり暴れ馬。トランペットの岡崎好朗との「OKAZAKI Brothers」には、僕のもう一つのミッション、”From OZONE till DAWN”でも助けてもらっています。
アルトサクソフォン 近藤和彦 ©️Ryota Mori
アルトサクソフォン 池田 篤 ©️Ryota Mori
テナーサクソフォン 三木俊雄 ©️Ryota Mori
テナーサクソフォン 岡崎正典 ©️Ryota Mori
―― バリトンサックスは岩持芳宏さんです。
バリトンサックスプレーヤーを探していた時に、名古屋のCUGジャズオーケストラに素晴らしいプレーヤーがいると聞いたので、すぐにもっちー(岩持)に連絡を取って会いました。会った瞬間に一緒にやりたいと思ったので、その場でお願いしました(笑)。彼は今でも「小曽根さんは、僕の演奏を聴いていないのに決めた」って言いますが、彼との場合は会って話をしただけで、どんな音楽をするか大体わかりました。
バリトンサクソフォン 岩持芳宏 ©️Ryota Mori
―― リズム隊についてもお願いします。
ドラムの高橋信之介は、彼が22、23歳の頃に初めて聴いて、こんなにスイングする子がいるんだと驚いたのが最初。ドラムは信之介しかいないと思って頼みました。彼はコンボでやりたい人で、ビッグバンドといえどもドラムにモニタースピーカを置くなんて言語道断というほどピュアなジャズドラマー。色々とありましたが(笑)今では裏のバンマスと言われるほど絶対的な存在です。中村健吾は、日本のプレーヤーには出せない太い四分音符を紡げる素晴らしいベーシストです。一度、オーチャードホールで、信之介と健吾と僕のトリオにブランフォード・マルサリスが入って4人で演奏した事があったのですが、リハーサルが終わったところでブランフォードが「コングラチュレーション、マコト!」ってやって来て、「グレイトリズムセクション!」って言ってくれたのです。上手いピアノ、上手いベース、上手いドラムは沢山いても、グレイトリズムセクションはなかなか無いんですよ。そういう意味で、最大の褒め言葉でしたね。スイングの土台となる四分音符を二人でガチっと作ってくれるから最高です。
ドラム 高橋信之介 ©️Ryota Mori
ベース 中村健吾 ©️Ryota Mori
ピアノ 小曽根真 ©️Ryota Mori
―― ありがとうございます。メンバーのことがわかると、音楽の聴き方も少し変わるように思います。やっぱり皆さん、凄いですね。
NNHのライブにお越しのお客様にぜひ見て頂きたいのが、人がソロをやっている時の、他のメンバーの顔ですね。信之介が熱くなってドラムを叩いている時、バンド全員が振り返って至福の眼差しで彼を見ていますから(笑)。あれは凄く素敵な光景だと思います。NNHは人がソロをやっている時の反応も、日本一じゃないかな。本当に音楽が好きなメンバーが集まっています。CDを聴いて来られた皆さまは、ライブは全然違う曲になっているので驚かれるかもしれませんね 。それこそがライブの醍醐味!ぜひ会場でお楽しみください。
世界に誇る最強ビッグ・バンド、小曽根真 featuring No Name Horses ©️Nori Soga
―― 小曽根さんがNNHで演奏する上で、意識されていることは何ですか?
一般的にビッグ・バンドのイメージってあると思うのです。僕たちが気をつけていることは、ただパワフルなサウンドを奏でて順番に前に出てソロを吹いて終わりではなく、曲の世界観、物語をしっかり作って行くこと。オーケストラだと、あれだけパレットの色があるけれども、ビッグ・バンドは色としては、トランペット、トロンボーン、サクソフォンと3色しかありません。そこにピアノとドラムとベースでしょ。それだけ原色に近いパレットの中で曲の世界観を作って、ビッグ・バンドのコンサートでも、みなさんと一緒にイマジネーションの旅が出来るところを聴いて頂きたいです。
―― ビッグ・バンドという言い方が、カウント・ベーシーやデューク・エリントンを聴いてきた私なんかは凄く馴染めるのですが、最近は挟間美帆さんなんかもそうですが、ラージ・アンサンブルというような言い方をしますね。
うちはビッグ・バンドです、そこには、ジャズがあり、ブルースがあるからです。NNHはジャズ・オーケストラではないんですよ。うちはジャズのビッグ・バンドなんです。敢えてそこにはこだわりたいのです。カウント・ベーシーやデューク・エリントン、サド・メル、あれはジャズですね。そこにスイングがあり、ブルースがある。マリア・シュナイダーにはブルースを感じますが、僕は挟間さんの音楽から彼女独特の素晴らしい世界観は感じますが、ブルースは感じません。ご本人もブルースにはそんなに興味がないのだと感じます。うちはビッグ・バンド。これは一番大切にしているところ。もちろん、ジャズにはいろんな形があって良いのですが、僕はブルース。例えばパット・メセニーはエレキですが、彼の音楽にはブルースがいっぱい詰まっています。エリックが音楽監督をやっているブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラにパットが加わった時、エリックの書く美しいハーモニーの中に、血の通うブルースを感じるパットのギターがありました。ハーモニックなモノやオーケストレーション、変拍子など、音楽を楽しむための要素は色々ありますが、ジャズと言うのであればブルースが無いと、僕はグッと来ないです。
小曽根真 featuring No Name Horses ©️Ryota Mori
―― 先日の「題名のない音楽会」にトランペットの松井秀太朗さんと一緒に出演されていました。小曽根さんは、若手の育成に力を入れておられます。
才能のある若いミュージシャンを世界に向けてに紹介して行くプロジェクトを立ち上げました。"From Dusk till Dawn"(日没から夜明けまで)という言葉を文字って「From OZONE till Dawn」と命名しました。オゾネとオゾン。なかなか夜明けが来ないこの世界。美しい地球を取り巻くオゾン層から昇って来る光をイメージしたネーミングです。このプロジェクトの狙いは、才能有る若手ミュージシャンにチャンスをあげたいという事と、演奏以外の大切な事が、実は自分の音楽に相当の影響力を持つという事も、教えてあげたいと思います。
「From OZONE till Dawn」という教育プロジェクトを立ち上げました ©️Ryota Mori
―― それは音楽以外のことも含まれているのでしょうか。
そうです。プレゼンテーションのやり方もそうですし、お客様に向けた感謝の気持ちをどう伝えるのかといったことや、音楽以外の世界も知るべきでしょう。僕の相棒の三鈴もこのプロジェクトに関わっているのですが、彼女はプロジェクトに選ばれたメンバーにおすすめの映画を見せて、感想を書かせています。評論家のような感想を書いてくる子や、知らない世界を教えてもらって感謝していますと書いて来る子もいます。それに対してコチラからは良い悪いは一切言いませんが、面白いのは、評論家みたいな文書を書いて来る子は、そういう音楽を演奏するということ(笑)。自分をさらけ出さずに、上っ面だけの音楽をやる人間は、絶対に人の心を掴む音楽は出来ないという事は教えます。ミュージシャンなら自分をさらけ出せ!と。自分の内面を見せるのが怖い。出来ないと言うのが怖いというのは、自意識です。自意識の有る人間はステージに立ってはいけない。出来なければ出来ないと言えばいい。出来ないと言ったら、出来るようになるまでやるだけです。とにかく自分をさらけ出せ!と。ステージに立つ人間は、それだけ厳しい姿勢で臨んで欲しいです。
ステージに立つ人間なら、自分をさらけ出さなければいけません
―― 小曽根さんは現在、国立(くにたち)音楽大学でも教えておられます。
新入生に僕が最初に言うのが、「出来ない事は宝物」という言葉。出来ない事や知らない事は恥ずかしいことではありません。そうでなければ、僕みたいに40歳過ぎてからクラシックを始めたりしませんからね(笑)。弾けなければ練習をして弾けるようなればいいだけなのです。人前で弾くのなら、弾けるようになろう!という気持ちが基本です。そんな気持ちを常に持っていて欲しいですね。昨日より今日。今日よりも明日。そういう事を若い人たちと共有しながら、一緒にステージを作って行きたいのです。
―― 「題名のない音楽会」にご出演された、トランペット松井秀太朗さんもそんなお一人なのですね。
あの番組の反響は大きかったです。彼は3月に国立音大を卒業したばかりで、今回のプロジェクトの中ではいちばんの若手です。大学に入学するまでジャズに触れたことが無かったので、当初アドリブはほとんど出来ませんでした。ただ彼には知らない音を吹く度胸がある(笑)。こういう人は上手くなるのです。2年の時には音色が変わって、3年の時には学生のビッグ・バンドで堂々とリードを吹くようになっていました。アドリブのボキャブラリーもアイデアも飛躍的に増えました。音楽性もスター性もあるので、きっと勝負していけるでしょう。彼はいずれ、海外に送り出したいと思っています。
―― 小曽根さん、色々とお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。最後にツアー後半戦に向けたメッセージをお願いします。
前半が凄く盛り上がったところで中断されているので、きっとメンバーは早くやりたくてしょうがないはずです。初日には、みんなしっかりさらってくると思います(笑)。後半のツアーのラストは大阪、兵庫、奈良の3連戦。ノリのイイ関西だけに、盛り上がる事は間違いなし。今から楽しみです。ぜひお越しください。ホールで皆さまをお待ちしています。
「No Name Horses」 のツアー後半戦にお越しください
―― 小曽根さん、長時間ありがとうございました。更なるご活躍を祈っています。
取材・文=磯島浩彰
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