広告・取材掲載

薬師丸ひろ子、約3年ぶりの全国ツアーファイナル公演のレポート到着

アーティスト

撮影:田中聖太郎

歌手活動40周年のアニバーサリーイヤーを迎えている薬師丸ひろ子。その記念として開催した全国ツアー「薬師丸ひろ子40th Anniversary Tour 2022 ~アナタノコトバ~」は、2022年11月18日、東京・国際フォーラム ホールAにてスタンディングオベーションのなか閉幕した。コンサートの模様はWOWOWで1月9日に独占放送・配信される。

コンサートは二部構成で行われ、オーディエンスは着座で鑑賞。ピアノの旋律に乗せて幕が上がり、真っ白なドレスを身にまとった薬師丸が登場すると大きな拍手が起きる。透明感に満ちた、凛とした声で歌い始めたのは「ここからの夜明け」。暗闇から朝へと空の色が移り変わっていくような、美しい光の演出。この曲でコンサートを始める、というセットリスト構成から感じ取ったのは、祈りに似た強い信念と慈愛だった。

続く「すこしだけ やさしく」はボサノヴァ調のアレンジで軽やかに披露。歌い終えて薬師丸は、「こんなにいろいろなところを廻って、皆さんにお目に掛ったのも久しぶりでした」と、7都市10公演を数える約3年ぶりのツアーを振り返り、感慨深そうに客席を見つめた。「時代」は、2021年に品川教会で行なった初の無観客コンサート(薬師丸とWOWOWが初タッグを組んだ特番「薬師丸ひろ子 40th Anniversary Starting Special Concert presented by WOWOW」)時の、ヴァイオリンと歌唱のみのアレンジで披露。比類なきクリスタルボイスにただただ引き込まれていく。同じくアコースティックアレンジでソファに座って歌唱した「ステキな恋の忘れ方」では、アンニュイな気配をまとって歌の世界を表現していく。圧巻だったのは「トゥモロー」で、ソファからやがて立ち上がり、マイクを両手で握り締めて「TOMORROW 明日は幸せ」と歌う姿は真摯で情熱的。声を荒げるようなタイプの激しさでは決してないが、歌唱からは強くピュアな想いが溢れ出ていて、聴き手の心を揺さぶるのだった。

薬師丸は、この2、3年のコロナ禍を「自分の気持ちだけではなかなか動けなかった」と振り返り、気持ちの沈んだ夕暮れ時にラジオから偶然「トゥモロー」が流れて来て、「泣けて泣けて仕方なかった」と回想。「待っていればいいことがある。今日があれば明日がある。今日を大事に生きる」と、一言一言噛み締めるように、歌詞に込められたメッセージを解き明かしていく。続いて披露したのは、「Woman“Wの悲劇”より」以来37年ぶりに呉田軽穂(ユーミンの別名義)が薬師丸に書き下ろした新曲「Come Back To Me~永遠の横顔」。40周年を記念したベストアルバム「Indian Summer」に収録されている、このミディアムテンポの温かなナンバーで第一部を締め括った。

15分の休憩の後、黒を基調としたドレスに衣装を変えて薬師丸は再登場。これまでに発表してきたオリジナルアルバム全10作品から各1曲を厳選、年代順に#1、2としてまとめた「40周年スペシャルメドレー」で全10曲を届けた第二部の幕開けは、アニバーサリーコンサートならではの華やいだひと時。1984年に竹内まりやが提供した「元気を出して」(1stアルバム「古今集」収録)に始まり、薬師丸自身が作曲した「紫の花火」(3rdアルバム「花図鑑」収録)や、中島みゆき作の「未完成」(4thアルバム「星紀行」収録)など、レアな楽曲を次々と歌い繋いでいく。「40周年でもあり、1曲でも多くの曲をお届けしたい」(薬師丸)との想いからメドレーにしたのだという。続いて、「ステキな恋の忘れ方」以来32年ぶりに井上陽水が提供した「めぐり逢い」を披露。薬師丸の澄んだ歌声はロマンティックで、聴き手を陶酔させた。身体を物憂げに傾け、伏し目がちで気怠く歌い始めた「探偵物語」は、元来名曲だが、表現の陰影によって凄みを増して聴こえた。

どれほど曲の世界観に深く引き込まれても、MCでは、薬師丸の柔らかな話し声に心をほぐされて穏やかなムードが会場には広がっていく。メンバー紹介では、名前を呼ぶだけでなくメンバーの魅力が伝わるエピソードを一人一人丁寧に紹介。薬師丸の歌声が心にさり気なく寄り添って染み渡り、愛され続ける理由は、その人柄と無関係ではないだろう。「そしてヴォーカル、薬師丸ひろ子です!」と自己紹介してすぐに「あなたを・もっと・知りたくて」の愛らしいイントロが鳴り、観客は待ってました!とばかりに手拍子。薬師丸はリズムを身体で取りながら終始笑顔で、電話の台詞パートを含め、可憐な歌声を響かせた。「メイン・テーマ」では背後が紫に染められ、ストロボライトが明滅。一瞬赤い世界に染められる光の世界の中で、凛とした声色で歌唱。深いお辞儀をした後、鳴り出したのはデビュー曲「セーラー服と機関銃」のイントロ。薬師丸の歌唱は、激しい感情を内に秘めながらも敢えて抑えているような、深みと奥行きを感じさせるものだった。

歌唱後、デビュー当時のエピソードを語り始めた薬師丸は、歌手デビューは想定外であったことを回想し、「とにかく真っ直ぐに歌った。映画の中の主人公を生きようと思った」と振り返った。その後、多くの主演映画で主題歌を歌う女優・歌手人生を歩むこととなったのは周知のとおり。そして本編最後の曲は、薬師丸の代表曲「Woman“Wの悲劇”より」。ステージが赤く染まり、やがて薬師丸を光が照らし、白く浮かび上がっていく。歓喜と絶望、愛と哀しみ、激情と躊躇い……渦巻く相反感情の全てを受け止めて空へと放つような、歌の包容力と説得力に打ち震えた。1本の長編映画に匹敵する物語を感じさせる、壮大な1曲。拍手はいつまでも鳴り響いていた。

アンコールで最後に届けたのは、2017年に書かれた曲で、「それから先の、現在までのことを予想することもなかった」(薬師丸)にも拘わらず、まさに今の時世にこそ響く「アナタノコトバ」。「争いのない世界なんて無い それでも それでも それでも 今日を良く生きよう」と綴った歌詞を挙げながら、「皆さんに、というよりも、私自身が自分に言い聞かせている言葉でもあるんですけれども。美しい行ないをする方、そして人に優しい方を見るたびに、本当にホッとします」と述べた。「今日が明日に繋がること、そしてまた皆さんにお目に掛かれる日を楽しみにして、また一歩一歩、歩いていきたいと思います」と決意表明し、悲しみを湛えながらも光へと向かっていくような、澄んだ歌声を響かせた。最後は演奏の音がかき消されるほどの大拍手。メンバー全員でラインナップして挨拶すると、観客はスタンディングオベーションで讃えた。

40年という長い歌手活動の歩みの中で出会った人々、作品、その時々の自身の心情について誠実な言葉で振り返りながら、真っ直ぐな歌声を届けた薬師丸ひろ子。2つのスペシャルメドレーを含め多数の曲を披露したが、ただ羅列するのではなく、共に作品をつくり、濃密な時間を過ごした人々との想い出を蘇らせ、感謝を捧げるセレモニーのようでもあった。そして何より、自身の祝祭というよりも、コロナ禍に戦禍が重なった2022年の今を生きる人々に寄り添おうとする温かな真心の伝わってくるコンサートだった。

取材・文:大前多恵

関連タグ