2023年9月から10月にかけて、6都市でのリサイタルツアー『Szene』を行う石井琢磨。8月26日(土)にリリースとなる最新アルバム『Szene』を引っ提げ、新たな世界観を客席に届けたいと願う石井に、選曲のコンセプトや自身の活動の軸について話を聞いた。
◆”雷に打たれたような感動”から誕生。選りすぐりのピアノ編曲も聴きどころ
『Szene』初回盤ジャケット
——9月から東京、北海道、群馬、福岡、大阪、愛知の主要都市6ヶ所を回られます。今回は新譜『Szene』(スツェーネ)に収められる作品を生演奏でお届けするツアーとなりますね。ツアーとアルバムのコンセプトについて教えてください。
「Szene」とはドイツ語ですが、英語でいうシーンの意味です。つまり、映画やバレエやオペラなどの印象的なシーンで使われている音楽を、選りすぐりのピアノ編曲版でお届けする内容となっています。実は、昨年リリースしたアルバム『TANZ』(タンツ)の発売日翌日にはもう、『Szene』に向けて動き出していました。
いろいろと企画を練っていたとき、『皇妃エリザベート』(Netflixにて配信)というドラマにハマりまして。オーストリア帝国最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の妻であり、シシィという愛称で呼ばれ、ウィーンの人々に親しまれてきた女性を描いたドラマです。そのドラマを見ていると、昔の貴族はこんなふうに髪を洗ってもらっていたんだなぁとか、いろいろと面白かったんです。
そのドラマで、シシィと皇帝がヨハン・シュトラウスII世のピアノ伴奏に乗ってワルツを踊るシーンがありました。僕はその映像を見た瞬間に、雷に打たれたような感動を覚えたんです。これだ!と。そして、ふとした場面で出会う素晴らしい音楽、作品の中で効果的に使われているクラシック音楽、それを抽出してお客様に届けることができたら、きっと喜ばれるのではないかな、と閃きました。それがアルバム『Szene』のコンセプトの軸となったのです。
そのワルツのシーンで使われていたのは「皇帝円舞曲」という曲です。この曲をメインに据えながら、いろいろな映画やバレエなどの名曲を選んでいきました。たとえば、ドビュッシーの「月の光」は映画『オーシャンズ11』で、クライスラーの「愛の悲しみ」は漫画・アニメ『四月は君の嘘』で、ショパンの「ノクターン第20番」は映画『戦場のピアニスト』で使われていますね。そのほかバレエやオペラから素敵な作品ばかりを選んでいます。
——親しみやすい作品が並びますね。もちろん演奏は本格的ですし、原曲がピアノ作品でないものはピアノように編曲されていますが、どれも聴き応えのあるピアニスティックでゴージャスなアレンジです。
編曲は今回の大きなポイントの一つです。オペラやバレエだけでなく、映画でも使われる印象的な音楽の多くはオーケストラ曲ですから。ピアノ・アレンジに関しては、僕自身の演奏技量や表現力を発揮できるものを選んでいます。プレトニョフ編曲のチャイコフスキーの「眠れる森の美女」、ギンスブルク編曲の「ペール・ギュント」など。中心曲である「皇帝円舞曲」はレナード・ペナリオというアメリカのピアニストの編曲です。アルフレート・グリュンフェルトというオーストリアのピアニストの編曲と比較したところ、ペナリオのほうが、明らかにピアニスティックな技法が多くて、演奏効果が高いんですね。さすがラフマニノフの全集なども出しているピアニストだと思いました。
——このアルバムのために書き下ろされた編曲もあるのでしょうか。
あります。菊池亮太さんによる「ティファニーで朝食を」(マンシーニ作曲)、そしてござさんによる「ニュー・シネマ・パラダイス」(モリコーネ作曲)は、僕のために書き下ろしていただきました。お二人はともに素晴らしいアレンジャーであり、即興ピアニストであり、人気YouTuberです。実力があるからこそ、彼らの動画は視聴者の心を沸き立たせ、200万、300万といった再生回数を叩き出せる。僕は彼らのそうした光輝く力を信じていて、彼らに頼むことによってアルバムはさらに良いものになると思い、お願いしました。
>(NEXT)クラシックピアニストとして、ジャンルの垣根なく良い音楽を届けたい
◆クラシックピアニストとして、ジャンルの垣根なく良い音楽を届けたい
——内容の濃いアレンジだからこそ、名曲の魅力をあらためて発見できるように思います。
実は、そこはこのアルバムのもう一つのコンセプトなのです。僕のYouTubeチャンネル「TAKU-音TV」でお届けしている作品には、映画やミュージカルの音楽も多いです。自然と選曲していたのですが、少し調べてみましたら、モリコーネやマンシーニといった作曲家たちも、やはりクラシック音楽にルーツがあり、基礎的な教育をしっかりと受けているんですね。マンシーニはジュリアードを出ていて、お父様はフルーティスト、モリコーネはサンタ・チェチーリア音楽院で学んでいる。
でも彼らの音楽はこれまで、「映画音楽」と括られられることで、本格的なクラシックの奏者が取り上げるということはほとんどなされてこなかった。僕は自分が本当に素敵だなと思う曲は、ジャンルにとらわれずに、みなさんにお届けしたい。理想論かもしれないけれど、映画音楽もポップスもクラシックも、良い音楽は分け隔てなく扱っていきたいし、そうした風潮をクラシック業界の中で少しでも作っていけたらと思うのです。
そう考えていた矢先、昨年12月のジャパンビルボードで、前作『TANZ』がクラシック部門の5位に入りました。ありがたいことです。そして上位を見てみると……なんとあのベルリン・フィルが、ジョン・ウィリアムズの『スターウォーズ』で第4位に入っているではないですか。え!とびっくりしたけれど、クラシックカテゴリーでも、やはりそうしたニーズがあるということを知りましたし、そして天下のベルリン・フィルは柔軟な姿勢で、ボーダーレスに音楽を取り上げているという事実にも感動しました。日本の市場でも、映画音楽に正面から向き合うピアニストがいてもいい。そんなお墨付きをベルリン・フィルからいただいたような気持ちになりました。
僕はウィーンで10年以上暮らしてきましたが、やはり「外国人」としてのボーダーや制約からは逃れることはできません。でも音楽の世界でならば、枠組みや境界線を超えた活動ができると思うのです。自分が異質な存在である時に、周りから親切にしてもらい、助けてもらった経験は忘れられません。だから僕も人に優しくありたいし、人を傷つけず、みんなが幸せになれるような活動をしていきたい。
クラシック音楽業界は、日本でもかなり成熟し、ある意味完成しきっていると思います。外からみると、「入り口」がなかなかわからないと感じられるかもしれません。でも僕は、クラシック音楽を括ってしまうのではなく、これまで触れて来なかった人たちにとっての「入り口」になりたいのです。そのためにも、今ある形にあえて揺さぶりをかけ、入口となるような隙間を作り、ある種の未完成に持っていき、そして再び完成に向かうエネルギーを創出したい。
——石井さんがジャンルの垣根を超えた音楽に向かうのも、クラシック音楽への思いがあるからこそなのですね。
古き良き伝統は大切にしながらも、常に新たな創造していきたいと思っています。
>(NEXT)つぎつぎ生まれるアイディアを、ファンの皆様とともに形に
◆つぎつぎ生まれるアイディアを、ファンの皆様とともに形に
——昨年から47都道府県をめぐるツアーを始められています。今回は主要都市6ヶ所となりますが、やはり石井さんの生演奏を聴ける嬉しい機会です。
YouTubeの動画音質も向上していますが、クラシックピアニストとしては、やはり生でしか伝わらないものはあると思っています。動画は世界のどこにいても見ていただけますが、少しでも生演奏を届けるために、自分から47都道府県に出向いていこう!と考えたわけです。今回の6つの都市でも、多くのお客様に生演奏をお届けできるのを嬉しく思います。CDに収録された曲は、アンコールも含めると、ほぼ網羅する予定です。
——CDは初回盤には豪華なブックレットが付きますね。綺麗な写真も印象的です。
はい、今回はアルゲリッチさんやポゴレリチさんなども撮影されているフォトグラファーに撮っていただきました。ツアーのポスターでも使っている色味の美しいお写真です。ブックレットの中には、ベーゼンドルファー工房の外観が写った写真もあります。収録には、ベーゼンドルファー社が最新型のフルコンサートグランド280VCを4台ご準備くださり、その中から1台を選んで録音することができました。ベーゼンドルファーの音色は、柔らかくて深くて高貴なんですよね。クリムトの絵画や、王宮のイメージを喚起してくれます。
通常盤ジャケット
——今後ですが、6月にはファンクラブも創設されて、やってみたい企画もたくさんありそうですね。
ファンクラブ限定の生配信はぜひやりたいですし、ファンの皆様と集う機会を持てたらいいなと思います。みんなでウィーン・ツアーとかできたら楽しいですね。
YouTubeの企画では、「突撃あなたの家ピアノ」というのを始動しています。歩いていてピアノの音が漏れ聞こえてきたら、そのお宅をピンポンしてピアノを拝見するという企画(笑)。これは世界中でやっていきたいです。
——YouTubeでは美味しいスウィーツやお料理のレポートも多いですが、スリムな体型を維持されている秘訣は?
実は僕、割と自炊するんですよ。ほぼ毎日。自分で食べるものを自分で作ると、あまり量を食べなくて済むのは秘訣かもしれないですね。最近、ステンレスのフライパンを買ったんです。やっぱりテフロンじゃ表現できない火加減があるなぁと思って。扱いは難しいと思うのですが、いずれ鉄鍋にも行くかもしれないです(笑)。
ファンのみなさんと、スウィーツを作る企画もやりたいですね。みんなが食べる時に僕は演奏しますよ。
アイディアはつぎつぎと湧いてきますので、これからもみなさんに楽しんでいただけるような活動を続けていきたいと思います!
取材・文=飯田有抄 撮影=池上夢貢
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