the band apart 撮影=俵和彦
貴ちゃんナイト Vol.15 2023.7.27 下北沢Shangri-La
ふと気になって確認したら、2017年から毎年『貴ちゃんナイト』のレポを書いてきたので、今回で7度目だった。初回はリスナー主催のDJイベントだから、ライブ形式になってからのちょうど半分を観てきたことになる。
バンドセットがメインの年もあれば、オール弾き語りの年もあり、会場もCLUB251、duo MUSIC EXCHANGE、ビルボードライブ東京と大小様々。出演者の顔ぶれも幅広く、しかもジャンルや世代で括ったりすることはなく、むしろその逆だ。なのに絶妙なシナジーがあって、観終えると毎回「なるほどなぁ」という納得感がやってくる。そういうイベントだ。「わたしが観たいアーティストに観たい組み合わせで出てもらっているだけ」と貴ちゃんこと中村貴子は言うが、その40年にも及ぶラジオパーソナリティ人生で培ってきたであろう"眼"の確かさ、恐るべし。今年もやはりそうであった。
ラジオパーソナリティ40周年の記念回ということで、会場は普段よりキャパシティが多めの下北沢Shangri-La。初開催のハコであっても、バーには出演者にちなんだスペシャルカクテルが並び、開場すると来場者が貴ちゃんの元へ集まって手紙を渡したり言葉を交わす風景はいつも通り。恒例となっている出演者がチョイスするフロアSEを、今年は堀込泰行が担当。自らの好むオールディーズのナンバーを軸に、対バン相手がロック畑であることも加味して選んだとのことだった。
とまとくらぶ
一番手で登場したのは、とまとくらぶ。THE BACK HORNの山田将司とNothing's Carved In Stone/ABSTRACT MASHの村松拓という、ロックシーンで確固たる地位を築くバンドのフロントマン2名による弾き語りユニットである。プライベートでの親交の深さから結成に至ったという経緯もあって、普段とはガラッと違うリラックスした空気をまとった2人は、まず「故郷」からライブをスタートさせた。山田が細かなピッキングで弾くイントロのリフが象徴するノスタルジックな曲調に、一音ごと丁寧に言葉が乗せられた童謡や唱歌にも通じる穏やかなメロディ。異なる倍音を持った2つの歌声は、やがて重なり合い心地よいハーモニーを生む。
とまとくらぶ・山田将司
結成1年にも満たない彼らのライブは観るたびに進化している。たとえば、とまとくらぶとしてのオリジナル曲ではないそれぞれのソロ曲が、「自分の曲では無い方」の歌うパートが大幅に増えたりと、すっかり"2人の曲"になっていた。さらに、まだ音源化されていないインディロックを彷彿とさせる新曲「Whaleland」に加え、事前のラジオで貴ちゃんと約束したというさらなる新曲まで持ってきていた。そこでは観客たちに一定のリズムでハンドクラップを続けるよう頼んでから、そのビートとセッションするかのように、パワーポップテイストのグッドメロディを朗々と歌う。一聴した限り前向きなイメージの歌詞も相まって新境地と言える仕上がりだ。こういう曲を山田が歌うのも、「故郷」のような曲を村松が歌うのも、とまとくらぶ以外ではなかなかお目にかかれない。彼らのライブをここで初めて目撃した人も多いはずで、今後の展開への楽しみも膨らんだ。
とまとくらぶ・村松拓
堀込泰行
2組目は堀込泰行。先ほどまでギター2本による厚みのあるコードストロークに慣れた耳に、音数少なめで弾むようなギターの音色がスッと入ってくる。歌もあくまでさらっとした質感ながら、地声からミックス、ファルセットをシームレスに行き来するボーカルの浸透力はとんでもなく、スキャットやフェイクを織り交ぜながら、楽器のひとつのように巧みに歌声を操っていく。セットリストにはソロ作品とキリンジ時代の作品のどちらも並ぶが、タイムレスな音楽性を持つだけに差異は感じない。ゆったりとした曲調の中にじんわりとファンクネスが滲む「光線」に続いては、ブルージーながら渋さや枯れたようなニュアンスよりも、あくまでふんわりとした印象の「Ladybird」。どの曲も「こういう曲」と端的に表すのが難しいほど様々なエッセンスが取り込まれているのに、最終的にちゃんとポップスへ、無上の心地よさへと着地していく。
堀込泰行
MCでの気ままな語りでも場を盛り上げた堀込が、「……バカみたいに暑いですよねえ、最近」というフリから「クレイジー・サマー」を繰り出すと場内からは歓喜の声。しっとりとしたアルペジオとメロウなメロディから思い浮かんだのは、炎天下でもセンチメンタルな夕暮れでもなく、蒸し暑いが辛くはないくらいの夜、のような空気。そういう風に聴き手それぞれの脳内に自然と情景が浮かぶような歌と演奏が続く。ハイトーンのファルセットを堪能できるお待ち兼ねの「エイリアンズ」で大きな盛り上がりを生んだあとは、「楽しくなってきた。あったまってきたとこで終わるな」と惜しみつつ、「でもこれで良い感じにタスキを繋げる」と「YOU AND ME」を力強いカッティングとともに披露。この日一番ロック的要素が感じられる曲調に、オーディエンスはクラップやシンガロングで応え、盤石のライブを締め括った。
堀込泰行
the band apart
トリはthe band apartだ。"neked"と銘打ったアコースティック形態でもライブをしている彼らだが、ここはあえてのバンドセット。このあたりのバランスにも『貴ちゃんナイト』らしいこだわりを感じる。そしてこの日唯一アンプを通して鳴らされた彼らのバンドサウンド、素晴らしかった。問答無用で高揚を誘う4つ打ち、細やかなカッティング、有機的に蠢めくベース。キレとかグルーヴ感といった概念をそのまま具現化したような演奏に、荒井岳史(Vo/Gt)の柔らかでどこか人間味も感じる歌声が乗る──つまり「これぞバンアパ」という音が、「ZION TOWN」から「higher」、「Waiting」と間断なく畳み掛けた序盤から場内を席巻していく。
the band apart:荒井岳史
the band apart・川崎亘一
自分たちが"細々とやっている"YouTubeまでチェックしてくれている、と荒井が貴ちゃんの仕事ぶり&音楽ラバーぶりに感謝を贈るなどしてから披露された、会場限定盤に収録の新曲「Sunday Evening」は、メロディアスな歌もの然として始まり次第に身体を突き動かす展開も、変拍子が続くスリリングなアウトロも、とにかく楽しい。木暮栄一(Dr)のソロから突入した「The Ninja」は、パッドの音をアクセントにしたキャッチーかつソリッドな曲調こそダンスミュージック的でもあるものの無機質なそれではなく、ライブならではのとことん有機的なグルーヴで踊らせる。川崎亘一(Gt)がスペーシーなサウンドで差し込むソロも秀逸。木暮は夏になると頭を蚊に刺される、原昌和(Ba)はChatGPTと喧嘩しながら怪文を書かせている、というシュールなMCを挟んでからライブはクライマックスへと向かい、「夜の向こうへ」、そして「Eric.W」が演奏されると、ダンスの快楽とファンクの肉体性、洒脱なジャズ要素、そしてロックのダイナミズムが渾然一体となり、大きな喝采を呼んだ。もう一回言っておこう、これぞバンアパ。
the band apart・原昌和
the band apart・木暮栄一
アンコールでは村松、山田、堀込、荒井と4人のボーカリストが木暮を伴って登場し、アコギとカホンによるパフォーマンスを見せてくれた。「最高すぎて気が狂いそうだったよ」と興奮気味に話すのは村松。堀込は先ほど「ギターストラップを忘れて山田に借りた」ことを明かしたにもかかわらず、自身のライブでは座りっぱなし(つまりストラップは不要)だった……という伏線をここで回収した。先にライブを終えていた面々に「追いつく」ために楽屋でビール2本を摂取したところ「追い抜いてしまった」そうで、やけにご機嫌なのは荒井だ。たちまち無軌道になっていくトークの進行を見た山田がまとめ役に回る。フロアは笑い声に満ちている。
貴ちゃんナイト Vol.15
そんな空気の中で演奏されたのは、まずフジファブリックのエバーグリーンな名曲「若者のすべて」で、4人のボーカリストそれぞれの個性と魅力が伝わる歌唱をみせたあと、ラストに全員で声を重ねるエモーショナルな展開となった。仕上げは清志郎版の「デイ・ドリーム・ビリーバー」で、15回目の『貴ちゃんナイト』はピースフルに締めくくられた。
貴ちゃんナイト Vol.15
今回は貴ちゃんの40周年アニバーサリー回であるだけでなく、堀込はデビュー25周年、the band apartと山田のTHE BACK HORNは結成25周年、村松のNothing's Carved In Stoneは結成15周年と、全員にとってメモリアルな年に起こった巡り合いでもあった。ただでさえ毎回音楽愛が飛び交い充満するこの幸せなイベントが、いつも以上に祝福に満ちていたように感じたのはそれゆえだろう。「このメンツで次集まるとしたら50周年かな?」と村松は言っていた。当たり前だが、その時はまた全員アニバーサリー。もし実現したらとんでもなく素敵なことだ。
取材・文=風間大洋 撮影=俵和彦
貴ちゃんナイト Vol.15
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