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亀井聖矢インタビュー 新たな軌跡が描かれる 『Piano’s Monologue 亀井聖矢~オール・ショパン・プログラム~』に向けて

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ピアニスト亀井聖矢がオーチャードホールを舞台に3年間のオール・ショパン・プログラムを開催する。

日本の若手ピアニストとしていま最も注目され、さらなる飛躍が期待されている亀井聖矢。昨年秋には、超絶技巧とフレッシュな音楽性でパリの聴衆を魅了し、ロン=ティボー国際音楽コンクールで優勝したことで一躍話題をさらった。3年間、全3回にわたる今回のプログラムに向け、意気込みを聞いた。

――Bunkamuraから3年にわたる「Piano’s Monologue」シリーズとしてとにかくやってみたいことを提案して良いといわれて、どう感じましたか?

とても嬉しかったし光栄でした。同時に、何をやろうかすごく考えました。こんなに大きな舞台を自由に使わせてもらえる機会ですから、自分が一番成長できる内容にしたいと思いました。

――そこで選ばれたのが、1年目がソロ、2年目が室内楽、3年目が協奏曲でショパンに向き合っていくプロジェクトです。やはりショパンを学ぶことはピアニストにとって重要だと思いますか?

そうですね。特に僕の場合はこれまで技巧的な作品を好んで弾いてきたので、これから内面的な成熟を目指すうえでは、少ない音で人を惹きつけられる表現を学ぶべきだと感じています。美しいレガート、ハーモニーのバランス、文化特有のリズム感。ショパンでは、これら全てに高いレベルの意識が求められます。今勉強しておくことは、この先の人生で必ず財産になると思います。
技術的に難しい曲は、完璧に弾くだけで魅力的に聴こえますが、ショパンはその奥に立ちいらないといけません。そのため、自分では仕上がったと思っていた技術にも改善する余地があると気づくことができます。

――そういう作曲家は、ショパン以外にもいるでしょうか?

いや、やはりショパンは特別です。多くの作曲家の作品では、自分の理想にむかって練習し、録音を聴き返しては修正していくとだんだん仕上がっていくのですが、ショパンだけは思うようにいきません。自分で思っているものと、実際に聴こえるものの乖離が大きいのです。ショパンならではの独特の語法や文化まで自分の感覚とし、繊細な解像度で出力できないといけません。
しかも本番はまた感覚が変わってしまいます。練習中には、このタッチ、このレガートと注意して弾くのである程度思ったとおりになります。でも本番では総合的なバランスを調整する意識が強くなるので、やりたいことが指に伝わらないもどかしさを感じることになるのだと思います。その経験を繰り返しながら、問題は体の使い方なのか、リズムの刻み方なのか、拍の重心の位置なのか、少しずつ修正しながら理想に近づけていきます。やはり本番の舞台で得られるものは大きいです。

――この秋の1年目では、ソロ作品を取り上げます。

技巧的で華やかな曲に加えて、マズルカやワルツも取り上げます。こうした小品は、ショパンが愛奏したエラールやプレイエルで弾いてみたいと計画中です。同じ曲を違う楽器で弾き比べてもおもしろいかもしれません。ピアノと相談しながら考えたいです。
平行弦だった当時のピアノは、現代ピアノとは響きも全く違うでしょう。ショパンが作曲していたピアノで音楽を再現する経験は、現代ピアノに戻った時にも役立つはずです。

――2年目には、ショパンの数少ない室内楽曲からピアノ三重奏曲を演奏します。

ショパンはチェロが大好きで、ピアノ作品にも弦楽器のイメージで書いたのだろうと思えるところがたくさんあります。トリオの作品を組み立てることで、ショパンがどんな歌い方、音色を求めていたのかを探りたいです。

――5月にはウィーンで室内楽の演奏会をされていますが、いかがでしたか?

これまで、デュオ以上の室内楽を演奏する経験があまりなかったので、本当に勉強になりました。ベートーヴェンの大公トリオを演奏したのですが、意識しなくても耳に入る高音域のヴァイオリンに対し、チェロの音をよく聴けていないことに途中で気がつきました。そこでチェロの歌いたい歌を尊重して弾くことを意識すると、音量だけでなく音色的にも自然なバランスがとれるようになるとわかり、自分の中で何かが変わりました。ソロ作品の取り組み方にとっても、新しい感覚を得られました。

――そして3年目はオーケストラと協奏曲を演奏します。

協奏曲第1番、第2番と、「アンダンテスピアナートと華麗なるポロネーズ」の管弦楽付き版を演奏します。オーケストラの中で弾くときは、ソロとはもちろん音色やタッチの感覚が違います。いろいろな色彩のあるオーケストラの音に負けない表現、音色の多彩さを出すにはどうしたらいいか、突き詰めていきたいですね。
1番と2番では求められるものが違いますが、どちらも勉強したい。今の僕にとって2番はまだちょっと渋い作品という印象ですが、3年で僕の心も渋くなっていくかもしれないので、勉強の成果を出せたらと思います(笑)。

――今はショパンに近づいている過程だと思いますが、どんな方法で勉強をしていますか?

練習はもちろん、いろいろな先生のレッスンも受けたいです。また、音源を聴いたり、楽譜を読み込んだりすることで、ショパンの音楽を自分の血肉に染み渡らせてきたいです。言葉と一緒で、読んで、聴いて、出すことを繰り返すと、自然と表現できるところに到達できるだろうと思います。
そこに加えて、楽曲が生まれた背景やショパンの手紙を読むこともしています。ただそれが生きてくるのは、理想の音やテクニックが高水準に仕上がってから。まずは楽譜にあるすべての音や指示を理解し、確信を持ったタッチで表現できることが大事なので、今はショパンに必要なテクニックを磨いている段階です。

――現時点で、亀井さんにとってショパンはどんな存在ですか?

人格とかそういう部分は、まだ遠い感じがしますね。彼が感じていたものが理解できるようになるには、少し時間がかかりそうかな……。

――亀井さんは健康的ですもんね。

そうですね、健康的だと思います。悩みがないわけではないですが(笑)。
でもこの先、自分の人生経験によってなのか何かの疑似体験によってなのか、いずれにせよそこで生まれる感情の起伏も育んでいきたいなと思います。ショパンは、病弱で繊細だけれど同時に激しい人だったと思うので。

――シリーズが終わる頃には言うことが変わってるかもしれませんね。

多分変わっているでしょうね。そのときには23歳ですから。

――Bunkamuraオーチャードホールという広い会場での演奏で楽しみにしていることはありますか?

ステージも客席も広いですよね! これまではオーケストラとの共演でしかこの舞台に立ったことがありませんが、とても気持ちよく弾けた記憶があります。ソロのピリオド楽器や室内楽がどう聴こえるのかは未知数ですが、バランスよく響かせる方法を探りたいと思います。
いずれにしても僕はもともと音量を鳴らすのは比較的得意なほうで、音量をセーブしようとすると音楽表現までセーブされてしまいがちなので、広い会場のほうが嬉しいんです(笑)。ショパンの繊細さも含め、これが表現したいということを存分に込めて弾けそうで、とても楽しみです。

文=高坂はる香 写真=上野隆文

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