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2人の音楽には清らかさと同時にこの上もない悲劇性がある~ピアニスト、ミュンヘン国立音楽大学教授、今峰由香が弾くモーツァルト、ショパンの最高傑作

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今峰由香

今峰由香

ピアニストの今峰由香が、2023年10月24日(火)大阪・あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールにて、『今峰由香 モーツァルト&ショパン』を開催する。この度、インタビューが届いたので紹介する。

ドイツ在住のピアニスト、今峰由香が10月24日(火) あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールでリサイタルを行う。今峰由香は大阪府吹田市出身。関西学院大学文学部を卒業後、ミュンヘン国立音楽大学および同大学院に学んだ。1993年、ドルトムントで行われたシューベルト国際コンクールでの優勝を機に、活発な演奏活動を開始。高度な技巧に支えられた明晰なピアノはヨーロッパでも高く評価された。2002年には32歳の若さで母校ミュンヘン国立音楽大学のピアノ科教授に就任。世界の著名な演奏家を教授陣に迎える名門大学に、初めてポストを持った日本人ピアニストでもある。今回は後半にショパンのバラード全4曲を置いたプログラム。今峰自身、バラード全曲をコンサートで演奏するのは初めてという。帰国中の今峰に公演への抱負を聞いた。

ーー今峰さんの日本公演ではこれまでシューベルトやシューマンなどオーストリア・ドイツの作品が印象的だったので、それだけに今回のショパン、バラード全4曲が新鮮に映ります。そこでまず今回のプログラムに寄せる想いのようなものを、お聞きしたいと思います。また、前半にモーツァルトが置かれていますが、このあたりに意図したことなどがあれば、それもうかがえればと思います。

私自身のドイツ生活が長いことやドイツで教鞭をとっていることから、日本での演奏会ではドイツ物が中心であることが多かったかも知れませんが、ヨーロッパの演奏会ではモーツァルトもショパンもよくプログラムに取り入れています。子どもの頃、最も好きな作曲家はモーツァルトとショパンでした。ショパンのバラードはそれぞれ単独では弾いていますが、4曲通して演奏するのは今回が初めてです。技術的にも、また芸術的内容といった面でも非常に難しく奥深い作品で、よく知られているがゆえに説得力のある演奏をするのは至難の業(わざ)。私にとっても挑戦です。ショパンの高貴な魂、バラードの持つドラマ性などが表現できたらと思います。ショパンが最も尊敬していた作曲家の1人がモーツァルトでした。そのためか、彼の天性の完璧な音楽は私にはショパンの音楽との組み合わせがしっくりくるのです。2人の音楽には透明感と言うか、天からの音楽のような清らかさと同時にこの上もない悲劇性もあり、スタイルはまったく違いますが組み合わせやすい点があるように思います。
 
ーー1曲目のピアノソナタK.310はモーツァルトの数少ない短調のソナタです。ここから始めたことに何か意味はありますか?

今回選んだモーツァルトの2曲は、彼のソナタの中でも、他とは異なる色彩を持ったソナタです。モーツァルトはソナタもコンチェルトも、短調の曲はそれぞれ2曲のみで特別な存在です。この曲が作曲された当時、音楽の分野でも広がっていたシュトゥルム・ウント・ドラング(※)の色が濃く出ているソナタで、感情の自由と人間性の解放が表現されているように思います。マエストーゾ(威厳に満ちた、荘厳に)と書かれた性格に、抵抗、諦め、絶望といった感情も表現された第1楽章、それとは対照的な慰めに満ちた抒情的な緩徐楽章には、しかし、その中にも内なる情熱が込められています。何かに駆り立てられているような陰鬱な色を持つ運命的な最終楽章。そのようなドラマ性を表現したいと思います。

ーーそれが2曲目、イ長調のK.331に反転するようにつながっていく展開が興味深いです。この曲はとてもやさしく、癒されるような響きで始まります。第3楽章は有名なトルコ行進曲ですね。

このイ長調のソナタは冒頭の楽章がバリエーション形式になっていて、これもソナタとしては画期的です。grazioso (優美に)と書かれていて、主題はほとんど民謡のようにシンプルで、それでいてエレガント。簡潔でありながら深みがあり感動的です。モーツァルトのメロディの独創性を言葉で表現するのは難しいですが、そのテーマがさまざまな形で発展していく過程を楽しみたいと思います。この時代、ヨーロッパにトルコ、オスマン帝国が攻めてくるようになり、トルコ軍の姿を見かけるようになっていたことから、ヨーロッパでは一種のトルコブームが起こっていました。そういった風景から生まれた有名なトルコ行進曲が終楽章に出てきます。また、モーツァルトを演奏する際は、常に根底に、彼のオペラのドラマ性がイメージとしてあります。

今峰由香

今峰由香

ーーそして後半に4曲のバラードが置かれました。改めてこの作品の魅力、聴きどころなどについてうかがいたいと思います。

ショパンのバラード全4曲には、ピアノならではの魅力が詰まっており、ピアニズムでしか表現できない芸術性があります。ピアニスト冥利に尽きると同時に、ピアニストの技量が測られる恐ろしさもあります。バラードとはもともと主に中世の歴史物語、架空の出来事を物語的に語ったもので、ショパン以前は詩のついた歌曲が中心でした。ピアノ独奏曲としてバラードを書いたのはショパンが初めてです。「ポーランドの詩人、ミツキェヴィチの詩からインスピレーションを受けて作曲した」。そうショパンが話したことをシューマンが書き留めていますが、ショパンはそもそも自分の音楽を標題音楽として捉えられる事を好んでいませんでしたから、その物語やインスピレーションは彼の音楽を通して、聴き手に委ねられていると言っても良いでしょう。 

ーー演奏家として最も集中力が求められるのは、どんなところでしょう?

私がショパンの作品を演奏する際にこだわっているのはペダリングです。ショパンの書いているペダリングにはさすが、と思わされるアイデアがあり、それを発見するたびに驚いています。「Ped」と書いているところでただ踏んで、ペダルをあげる印がついているところであげるだけではショパンの意図したペダリングは実現できません。どのような色合いにしたかったのか、どのような響きを求めてこのような指示をしたのか、当時のピアノの響きを考慮しながら、ペダルの半分から10%くらいしか踏まないとか、100%から0に向けて徐々にゆっくり上げていくなど、指にかけている音量と配分しながら響きを作っていくのです。

ーーありがとうございます。今峰さんにとっても1つの挑戦となるコンサートに、聴き手として大いに期待したいと思います。ところで長くドイツにお住まいですが、現在はどのようにお過ごしですか?

ドイツ生活もかれこれ30年を超えました。最近は教職や演奏活動に加え、コンクール審査、ドイツ音大の教授試験の審査などにも加わることが多くなりましたが、ゆとりのある生活をするよう心がけ、練習よりも友人や家族との時間を楽しんだりすることを優先するようになりました。ミュンヘン音大での教授活動も20年以上となり、さまざまな国からの生徒たちや同僚から刺激を受けています。またレパートリーの方では、最近あまりソロでは弾いていなかったフランス物をリピートしたり、新しく開拓しようかな、とも思っているところです。ライフワークであるシューベルトの、あまり知られていない作品なども手掛けています。
 
ーー最後にコンサートを楽しみにしているお客さまに、メッセージをお願いします。

モーツァルトとショパンという天才作曲家の最高傑作を通して、聴衆の皆さまにそれぞれの物語や作曲家の想い、人間性などを感じていただけたら、と思っています。日々の生活からひととき離れて癒しの時となることを願うと共に、演奏会場でその時しかない瞬間を享受しながら、お客さまと一緒に2人の天才作曲家たちに思いを馳せることができれば幸せに思います。

(※)シュトゥルム・ウント・ドラング
疾風怒濤。18世紀後半、ゲーテやシラーなどを中心にドイツで起こった文学運動。理性偏重の啓蒙主義に反対し、感情の自由と人間性の解放を強調した。

取材・文=逢坂聖也
映画記者としてキャリアを開始。情報誌や各種メディアで映画、演劇、音楽などの記事を発信する。2010年頃からクラシック音楽を中心とした執筆活動を開始。現在はフリーランスとして雑誌をはじめ、ホールや演奏団体の会報誌などに寄稿している。

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