2023年9月12日(火)東急シアターオーブにてミュージカル『アナスタシア』が開幕する。初日に先駆け行われた、プレスコール及び初日前会見の模様をお伝えする。
「皇女アナスタシア伝説」――と聞いて、心ときめく方もいるのではないだろうか。筆者もそのひとりだ。
1918年、帝政ロシア時代最後の皇帝となるニコライ二世をはじめ一族が殺害された中、皇帝の末娘アナスタシアだけは難を逃れて生き続けた……という歴史上の謎「アナスタシア伝説」。このロマン溢れる伝説に基づいた物語、それこそ、このミュージカル『アナスタシア』だ。
といっても、大元となるのは同名のアニメ映画。第70回アカデミー賞で歌曲賞、作曲賞にノミネートされたアニメ映画『アナスタシア』。これに着想を得て制作されたのが今作である。作中の楽曲、「Once Upon a December」などは、映画を見たことがなくても、どこかで聞いたことがある、という人もいるかもしれない。
作曲のステファン・フラハティ、作詞のリン・アレンス
ロシア皇帝ニコライ二世生き残りがいるかもしれない、というロマンチックな伝説と、その娘”かもしれない”少女が自分の本当の姿を追い求める物語。記憶を無くした主人公・アーニャが、自分の過去を取り戻そうと奮起し、愛する家族と自分の心の帰る場所を見つける旅路を描く本作は、2016年にアメリカでのトライアウト公演を経てブロードウェイ公演が開幕。2017年3月のプレビュー公演を経て2019年3月までロングラン上演され、その他、スペイン公演、北米ツアー、ドイツ公演など世界各国で上演されている。
日本版は2020年に初演。東京・大阪にて全52回の公演が予定されていたが、新型コロナウイルスの猛威で初日を延期、さらには中止によりわずか14回の上演となっていた。今回、満を持しての再演となる。
主演のアーニャ役には葵わかなと木下晴香(ダブルキャスト)。アーニャと出会い、ともに旅をする若い詐欺師・ディミトリ役には、海宝直人、相葉裕樹、内海啓貴がトリプルキャストで出演。皇女アナスタシア殺害の命を受けたボリシェビキの将官グレブ役には、堂珍嘉邦、田代万里生、そして、海宝直人がディミトリ役に加えてグレブ役の2役を、トリプルキャストの一人として務める。ディミトリと共にアーニャを皇女アナスタシアに仕立て上げ懸賞金を狙う詐欺師・ヴラド役には大澄賢也と石川禅(ダブルキャスト)。マリア皇太后に仕える伯爵夫人リリー役には朝海ひかる、マルシア、堀内敬子(トリプルキャスト)、そして、孫娘アナスタシアを探し続けるマリア皇太后役には麻実れいが出演する。まずは、アーニャ役の葵・木下が登壇した、初日前会見の様子からお届けする。
グレブ役の田代万里生、堂珍嘉邦/アーニャ役の木下晴香、葵わかな
アーニャ役二人は2020年からの続投。まずは当時のことを振り返りながら、再演への想いを口にした。
「この3年間は、すごく長く感じていたのですが、あっという間に明日開幕。前回は完全燃焼できずに終わってしまい、心に残っている作品だったので、ついにリベンジできると思うと、本当にうれしいなと思います」と話すのは葵。再演は、「絶対にやりたい」と思っており、「自分の中ではほぼ決定事項だった(笑)」という。
続く木下も、「作品とはタイミングも含めて巡り合わせ。アーニャと巡り会えたことは幸せです。再演の話をいただいたときは、ほっとした感覚がありました。もう1回、ちゃんとアーニャとして届けられるチャンスをいただけたことがすごくうれしかったです」と、二人とも感無量の様子。今回こそ必ず千秋楽まで、という強い意気込みがうかがえた。
二人の共演は3回目。信頼関係はすでに出来上がっており、役や芝居の話はもちろん、普段からなんでも話せる仲なのだという。「気持ちの面で支えてもらうことも多い」と葵。一方の木下も、「昨日も、『ここのセリフ、なんだか言いづらくなってるんだけどどうしてる?』と相談したり、ひっかかっていたことを共有して、二人でアーニャに向き合ってこられました」と信頼を口にした。
ディミトリ役の海宝直人、相葉裕樹、内海啓貴
作品の見どころを聞かれると、「夢と現実が拮抗しているところが特徴」と葵。「すごく夢のある世界なのに、歴史的背景だったり、現実味のあるエッセンスが入っている。煌びやかだけれど、泥臭さもあって、それが拮抗して存在しているこの世界観が『アナスタシア』の特徴なのだなと思います。そういうところが観る人の心に寄り添ったり、背中を押してくれる部分なのかなと思って、自分もそれを大切にしたいなと思います」と話した。
木下は、「舞台装置と衣装の力」を挙げた。そう話すとおり、世界最高水準の高精細LED映像や煌びやかな衣裳、華やかな舞台美術は美しく、特にロマノフ王朝の衣装たちは目を見張るものがある。きっと幕が上がったその瞬間から、その美しさに感嘆することだろう。「それぞれの要素が持つ力が強く、ミュージカルは総合芸術である、ということをこの作品では一層強く感じ、助けられています」と語った。
最後に、二人からのメッセージで締めくくられた。
「明日から初日。初演時の想いを胸に、2023年版の『アナスタシア』として、大阪公演まで、元気に楽しくのびのびと、この世界をお届けできたらいいなと思いますので、ぜひ劇場でお待ちしております」(葵)
「3年間、キャストやスタッフと同じように待っていてくださったお客様がいらっしゃると思いますので、元気をお届けできるようにみんなで一丸となって頑張ってまいりますので、ぜひ楽しみにしていただくさい。お待ちしております」(木下)。
>(NEXT)プレスコールの模様を紹介
プレスコールでは、劇中より7曲が披露された。この日は、作曲のステファン・フラハティ、作詞のリン・アレンスによるシーン解説とともに披露された。ここでは、ストーリーの流れに沿って紹介していこうと思う。
舞台は、20世紀初頭、帝政末期のロシア、サンクトペテルブルク。ロシア帝国皇帝ニコライ2世の末娘として生まれたアナスタシアは、パリへ移り住み離ればなれになってしまった祖母マリア皇太后から貰ったオルゴールを宝物に、家族と幸せに暮らしていたが、突如ボリシェビキ(後のソ連共産党)の攻撃を受け、一家は滅びてしまう。しかし、街中ではアナスタシアの生存を噂する声がまことしやかに広がっていた。パリに住むマリア皇太后は、アナスタシアを探すため多額の賞金を懸ける。それを聞いた二人の詐欺師ディミトリとヴラドは、アナスタシアによく似た少女アーニャを利用し、賞金をだまし取ろうと企て、アーニャと三人でマリア皇太后の住むパリへと旅立つ。記憶喪失だったアーニャは次第に昔の記憶を取り戻してゆく…同じ頃、ロシア政府はボリシェビキの将官グレブにアナスタシアの暗殺命令を下す。マリア皇太后に仕えるリリーの協力を得て、ついにアーニャはマリア皇太后と会う機会を得るが、グレブがアーニャを見つけ出し…。
※以下、お話のネタバレも含みます※
1幕より披露されたのは5曲。
まずは革命後のロシア政府で副総監を務めるグレブのナンバー「ネヴァ川の流れ(M7)」。アーニャがアナスタシアになりすまそうとしているという噂を聞いたグレブは、彼女を政府事務所に呼び出し忠告する。革命後のロシアにとっては、たとえ噂話であっても前時代の血筋、皇女の存在を看過することはできない。記憶を失くし、自分を追い求めるアーニャにとって、アナスタシア”かもしれない”ことは一筋の希望でもある。だが、その夢は危険だ、とグレブは訴える。グレブ役に田代万里生、アーニャは木下晴香。
「舞台版が描かれた時、アニメをそのまま再現するわけにはいかないと強く感じていた」と話したのは、作曲のステファン・フラハティ。より成熟した、豊かな大人のミュージカルに仕立てるため、舞台のために新たにキャラクターを追加した。それが、敵役となるグレブだ。アニメオリジナルでは、ラスプーチンやその相棒・喋るコウモリが敵役として出てくるが、そうしたファンタジックなおとぎ話的な要素は、舞台化にあたり現実的な敵役へと変更された。グレブはロマノフ王朝後、新たなロシアでの象徴的な存在。彼の父は皇帝と家族を残虐した一人で、彼自身も父の影を追い、貴族階級を根絶やしにすることを使命としている。
田代の徹底した敵役っぷりにゾクゾクするこのナンバー。将官として父の背中を追い、新生ロシアを導かんとする田代グレブはブレない。やや妄信的にも見える演技と目力で、迫力のある歌声を聞かせる。グレブは敵役として物語に存在するが、実はこの作品で自分を見つめ直すひとりでもある。混沌とした時代の中で、それぞれのキャラクターがそれぞれに精一杯生きる姿もこの作品の魅力のひとつだ。
続いての舞台はサンクトペテルブルク市内。ディミトリが自分の生い立ちをアーニャに語る「俺のペテルブルク(M9)」。ディミトリは内海啓貴、アーニャは木下晴香がつとめた。無防備なアーニャを利用し、失われたプリンセスに仕立て上げ、一攫千金を狙うディミトリ。内海のディミトリは、野心に燃える若者の(良い意味での)”軽さ”が見え隠れする。チャンスを掴むためなら何事も厭わない、アグレッシブに突き進む彼が、アーニャとの出会いでどう変わっていくのか……後半に期待したい役どころだ。
ちなみにこの楽曲は、特に早口の言葉が多く歌詞が詰まっているのが特徴だそう。「限られた歌の中で訳すのが特に大変だったのではないか」と作詞のリン・アレンスは訳詞家へのねぎらいと感謝をのべた。
そして、映画のために書き下ろされ、ミュージカルのメインテーマにもなっている「遠い12月(M10)」。アーニャが過去を知るための鍵=オルゴールが奏でるメロディだ。ディミトリが闇市で見つけた古いボロボロのオルゴール。どうしても開けられなかったはずのそれを、アーニャはなぜだか開けることができる。すると、不思議で美しい思い出の中に飲み込まれ――。アーニャは木下晴香、ディミトリは内海啓貴。
ここでぜひ、本作の魅力として伝えたいのが、高精細LEDの美しい映像だ。季節の移り変わり、ロシアからパリへの列車、緑あふれる庭園、輝くパリの街……映像は想像を補完してくれ、臨場感を与えてくれる。過去の記憶か幻想か、映像演出も相まってファンタジックな世界の中に彷徨う少女の姿を木下は繊細に演じた。
グレブ役・堂珍嘉邦が披露したのは「それでもまだ(M13)」。アーニャたち一行がパリを目指す中、グレブは上官からアーニャを殺すように命令を受ける。たとえ偽物であっても、皇族の生き残りは存在してはならないのだ。自らの使命と、一人の男”グレブ”としての心の狭間で葛藤し揺れる心をのびやかで力強い歌声で歌い上げた。
そして1幕最後の楽曲「過去への旅(M14)」。この曲もアニメオリジナルからの一曲で、アカデミー賞とゴールデングローブ賞にノミネートされている。ロシアからパリへ。ホーム(居場所)、愛、家族、憧れ……すべてを追い求めようとした少女アーニャがパリ到着目前で歌う。「どの言語で歌われようとも、『アナスタシア』というこのロマンチックな物語が過去100年以上にわたり変わらぬ力を放ち続けてきたのは、世界のどこにいようとも、自分自身を見つけたいという私たち全員の本能的な願望が詰まっているからです」とリン・アレンスは説明した。アーニャ役は葵わかな。探し求めていた自分の過去を探す旅へ、いよいよ本格的に足を踏み出そうとする、不安と希望。自らが未来を切り開くのだという決意を、凛として強く、高らかに歌い上げた。
2幕は抑圧されたロシアから一転、華やかなパリへ。幕が上がると、パリの地図が描かれたスクリーンが目を引く。
2幕からは2曲。まずは、アーニャとディミトリ、ヴラドの3人が、「アーニャの過去の鍵を握っているかもしれない」と信じるパリに到着し、華やかに歌い上げる「パリは鍵を握っている(M15)」。アーニャは葵わかな、ディミトリは相葉裕樹、ヴラドは大澄賢也がつとめた。
時は1920年代。パリは「グラマラスでゴージャス、カラフル。有名な芸術家や作家が集まるスリリングな年」(解説より)だった。三人はボロボロの服から美しい装いに、恐怖から、興奮と希望へと変貌を遂げる。
大澄はさすがのキレで、カラフルな衣装を身にまとうダンサーたちとステージを華やかに彩る。スリーピースのスーツに着替えた相葉のディミトリは、詐欺師であることを忘れさせる、爽やかな好青年ふう。きらきらと希望に輝く笑顔が眩しい。生き抜くために詐欺師となったディミトリも、パリに来ればその煌びやかな世界に心躍らせるただの青年なのだ。
2幕には、皇太后に使える伯爵夫人・リリーが登場。リリーとヴラドのコミカルなデュエットは注目だ。また、皇太后とアーニャを引き合わせるために向かう劇場では、バレエ『白鳥の湖』が上演されている設定。ポワントを履き白鳥ルックなバレエダンサーたちが登場し束の間バレエの世界との融合を楽しめるのも、『アナスタシア』の楽しさのひとつだ。
そして披露される「すべてを勝ち取るために(M24)」。皇太后とアーニャを引き合わせたディミトリとヴラドが、緊張しながらアーニャの帰りを待つシーン。ディミトリ役に海宝直人、ヴラド役を石川禅。報奨金目当てでアーニャを仕立て上げた二人は、完全勝利目前!……となるはずが、喜びだけではない様子。彼女こそ本物だと皇太后が信じたなら、ディミトリは褒美を手に入れる代わりにアーニャを失うことになるのだ――。海宝はさすがの歌唱力、表現力で複雑な心境を吐露した。果たして、物語の行方は……。ここからはぜひ劇場で目撃してほしい。
アーニャの魅力は、「待っていない女の子」であることがひとつあると思う。自らの過去を探しにロシアを一人徒歩で旅し、暴漢に襲われそうになっても、ディミトリの助けを待つことなく、自分で戦う。そして最後は、自分で自分の居場所を決め、未来をつかみ取る。
アーニャは果たして「皇女・アナスタシア」なのか? アーニャが最後にたどり着き、選ぶ”自分”とは?
ミュージカル『アナスタシア』は9月12日(火)~10月7日(土)東急シアターオーブにて東京公演、その後、10月19日(木)~31日(火) 梅田芸術劇場メインホールにて大阪公演が予定されている。
取材・文・撮影=yuka morioka(SPICE編集部)