広告・取材掲載

石井琢磨、セカンドアルバム『Szene』発売記念ツアーがスタート「『明日、頑張ろう』と思っていただければうれしい」

アーティスト

SPICE

ピアニスト石井琢磨は、1989年生まれ。東京藝術大学を卒業後、ウィーン国立音楽大学修士課程と同ポストグラデュアーレコースを修了。ジョルジュ・エネスク国際コンクールでは、日本人初入賞となる第2位を受賞した。自身のYouTubeチャンネル”TAKU-音 TV たくおん”は、登録者数24万人に迫る勢いで拡大中。ウィーンからストリートピアノの演奏を届けるなど、ジャンルを超えた幅広いファンを獲得し、いまやチケットが入手困難なピアニストのひとりだ。

2022年からは、全国都道府県ツアー『ウィーンからあなたの街へ』を開始するなど、コンサート活動にも意欲的な石井が、2023年9月からセカンドアルバム『Szene』を引っ提げた全国ツアーを行なう。その初日となる東京オペラシティコンサートホールに足を運んだ。

石井によると、「さまざまなエンターテイメントの中で使用されているクラシック曲を中心にプログラムを構成いたしました」という。

コンサートは、ドビュッシー作曲の「月の光」(「ベルガマスク組曲」より)に始まる。潤いに満ちた音で穏やかに奏でていき、コントラストの強い音色を用いずに作品のあるがままの姿を美しく引き立てる。

続いては、プレトニョフ編曲によるチャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」から「アダージョ」。後半の劇的なクライマックスもさることながら、前半における喜びを静かに噛み締めるような表情にも心を惹かれる。

ウィーン出身のクライスラーが作曲した「愛の悲しみ」は、ヴァイオリン作品。ヴィルトゥオーソ的な要素をふんだんに盛り込んだラフマニノフの編曲であるが、石井は演奏技巧を披瀝するよりも、原曲のメロディの優美さを引き立て、作品の細部まで丁寧に描き出していく。

かつて、石井は「無名の作品もみなさんに知っていただきたい」と語っていた。スクリャービン《12のエチュード》作品8より第12番「悲愴」も、そうした作品のひとつと言える。低声部を豊かに鳴り響かせ、音楽を手堅く築き上げる一方で、跳躍音程に込められた表現を活かし、作品をドラマティックに仕上げた。

映画の音楽に採用され、広く知られるようになったショパン「ノクターン 嬰ハ短調(遺作)」。悲しみを強調するような演奏が多いなかで、石井は感情を煽りたてず、短調のメランコリックな響きを静かに際立たせる。

メロディは、石井のデリケートな音楽の呼吸によって、自然な演奏に生気を得ている。その息遣いは、ヨハン・シュトラウス2世のメロディがさまざまにとり入れられたグリュンフェルト「ウィーンの夜会」でも見事に発揮された。この作品は、石井の十八番でもある。リズムにも力みがなく、聴き手にとっても心地よい。

後半、舞台に現われた石井は、客席に向かって「ただいま!」と呼びかける。客席のあたたかな反応とその雰囲気は、かつてのクラシック音楽のコンサートでは感じられなかったものであり、アーティストと聴衆との新たな関係性を見た思いがする。

プログラム後半は、まず、ショパン「24の前奏曲」から第15番「雨だれ」。石井は、作品の中からある風景を見出し、そこへ作曲家への思いを重ね合わせ、情感豊かに描いていく。

そのあと、映画音楽を2曲披露した。

まず、映画『ティファニーで朝食を』よりマンシーニ作曲「ムーンリバー」は、石井曰く「自分の思いも聞いてくれる」人気ピアニスト菊池亮太による編曲。ロマンティックな雰囲気に満ちあふれた音楽で、同時に、ピアニスティックな面も強く感じられ、石井は安定したテクニックを通して色彩豊かな音楽に仕上げた。

また、モリコーネの有名な『ニュー・シネマ・パラダイス』はござによる編曲(2023年改訂版)。アレンジに際しては「ラフマニノフ風に」とリクエストしたそうだ。曲中には、ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」のメロディなどが織り込まれている。石井は、映画音楽の原曲の心揺さぶるようなメロディをたっぷりと歌い上げ、同時に複雑なテクスチュアを丁寧に描き分け、壮麗な音楽を作り上げた。

石井のウィーンへの思いはきわめて強く、このツアーの曲目にもウィーン由来の作品がいくつかとり入れられた。プログラムの締めくくりは、J.シュトラウス2世(ペナリオ編曲)「皇帝円舞曲」。この作品も、ピアノならではの華麗な表現が駆使されている。彼は、ハーモニーの変化を大きく捉え、いろどり豊かな音色と大胆なワルツのステップによって、音楽に華やかさを添えた。

この公演でも、石井は曲と曲との間にトークを挟み、その親しみやすい語り口は聴き手を彼の音の世界へより深く誘った。

プログラムの演奏が終わると、石井は客席に再び語りかける。彼のリクエストに応え、客席からは「ブラボー」の声が響きわたる。そして、彼は1階の客席を走り抜け、聴衆との交流も楽しんだ。

アンコールのリヒャルト・シュトラウス作曲「明日!」も秀逸だった。

石井は、「聴きに来ていただき、『明日、頑張ろう』『生きたい』と思っていただける人がいたら嬉しいです」と話す。彼の演奏の魅力は、メロディの豊かな表現と奇を衒わない作品の解釈、そしてそれを実現できる演奏技術にある。石井の繊細な音の呼吸から生み出される音楽には、気品が漂っていた。

終演後にはサイン会が行われ、訪れたファン一人ひとりと笑顔で交流した

終演後にはサイン会が行われ、訪れたファン一人ひとりと笑顔で交流した

終演後のサイン会の様子

終演後のサイン会の様子

石井琢磨 ピアノ・リサイタルツアー 2023 『Szene』は、2024年2月18日(日)サントリホール公演まで、6都市を巡る。

取材・文=道下京子 撮影=池上夢貢

関連タグ

関連タグはありません