オペラ歌手 森谷真理を中央に、びわ湖ホール声楽アンサンブル山岸裕梨と平欣史 撮影=H.isojima
序曲からワクワク感が掻き立てられ、気付けば名曲の数々と共に狂乱の1日に引き込まれてしまう人気のオペラ、モーツァルト『フィガロの結婚』。今年度より、びわ湖ホール芸術監督に就任した阪哲朗が、オペラ通にも、オペラ初心者にも楽しめると評判の「オペラへの招待」シリーズで採り上げるのは、この名作オペラだ。ウィーンで音楽人生をスタートさせ、オーストリア、ドイツ、スイス、フランス、イタリアなどを中心にオペラ指揮者としてのキャリアを積んできた阪哲朗にとって十八番ともいえるこの作品を、フォルテピアノの弾き振りで聴かせてくれると言う。
びわ湖ホール芸術監督 阪哲朗 (c)Takashi Imai
先日行われたプロデュースオペラ『ばらの騎士』の記者会見では、「モーツァルト『フィガロの結婚』とリヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』を同じ年度にやることに意味があります!」と熱く語っていた阪哲朗。その理由を尋ねると、「R.シュトラウスは、モーツァルト『フィガロの結婚』の書かれた時代のマリア・テレジア朝に舞台を移し、人工的に古き良き時代のウィーンを感じさせる作品に『ばらの騎士』を仕立て上げました。テキストにはウィーンらしさが随所に散りばめられ、加えて宮廷文化の最後の輝きを放った時代を代表する音楽〜ヨハン・シュトラウス一家で有名なウィンナ・ワルツもあちこちに登場します。R.シュトラウスの生きた時代の約100年前に生まれた『フィガロの結婚』がなければ、おそらく『ばらの騎士』もなかったでしょう。そして「ウィーンの風」というテーマで『びわ湖の春音楽祭』を開催し、新芸術監督の就任を祝うびわ湖ホールとしては、『フィガロの結婚』、『こうもり』、『ばらの騎士』を3月までに一括りに上演する事で、びわ湖ホールにウィーンの風を吹かせることができれば素敵だなと考えていました」と話してくれた。
びわ湖ホールプロデュースオペラ『ばらの騎士』記者会見 森谷真理、芸術監督 阪哲朗、山際きみ佳(左より)
まずは、来月に迫った『フィガロの結婚』の伯爵夫人役を務める日本を代表する歌姫 森谷真理と、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーから、森谷と同組で伯爵役を演じる平欣史、別組でスザンナ役を演じる山岸裕梨の3人に、作品の見どころや聴きどころ、役作りの苦労や抱負などを聞いた。
『フィガロの結婚』の魅力を語る3人
●2幕フィナーレ、二重唱が三重唱、四重唱と歌が積みあがって行くアンサンブルは絶妙です
――森谷さんはモーツァルト『フィガロ結婚』の伯爵夫人は初めてだそうですね。『フィガロの結婚』は人気のオペラですが、その理由は何だと思われますか。
森谷真理:モーツァルトの『魔笛』の夜の女王役でデビューして、世界を廻りました。夜の女王は歌手として成功するきっかけとなった大切な役ですが、海外では他の役も色々と歌っていました。『フィガロの結婚』のスザンナ役はデビュー後、早い時期にオファーがあった役です。実は、歌ったことが無く、稽古までの2週間半で譜読みから暗譜までをこなし、そこから稽古に入って舞台に立ちました。モーツァルトには、私のキャリアの背中を押してくれているような親しみを感じています。
「伯爵夫人役は今回初めてやらせて頂きます」
山岸裕梨:さすが、森谷さん。初めて譜面を開いてから2週間半で暗譜って、凄すぎます。ちょっと考えられません。
森谷:人気がある理由は、モーツァルトの音楽が素晴らしいからだと思います。どの曲も魅力的で、伯爵夫人のアリアも美しいのですが、アンサンブルオペラと言われるだけあって、アンサンブルが絶妙です。例えば、2幕のフィナーレは、二重唱から三重唱、四重唱と歌がどんどん重なって行く様子は見事で、その美しさは鳥肌モノですよ。
山岸:フィナーレのアンサンブルだけで、25分くらいありますよね。
平欣史:楽譜にして100ページ以上ありますから。
終始、和やかに笑いの絶えない取材という名の座談会でした
森谷:そこだけ取っても大傑作と言えるでしょう。「ダ・ポンテ三部作」はどれも素晴らしいのですが、『フィガロの結婚』には『ドン・ジョヴァンニ』や『コジ・ファン・トゥッテ』とは違った魅力があります。オペラ初心者の方にはどれも見て頂きたいのですが、まずは手始めに、私たちの作る『フィガロの結婚』からご覧ください。
オペラ歌手(ソプラノ)森谷真理 (c)タクミジュン
――平さんは、以前にも取材させて頂きました。あれは、びわ湖ホール声楽アンサンブルに入団直後でしたね。今回は伯爵をやられるのですか。
平:ありがとうございます。『魔笛』のパパゲーノをやった時に、タミーノ役の清水徹太郎さんと一緒に取材して頂きました。『フィガロの結婚』は、大学に入学して最初に取り組んだオペラです。その時は合唱で出演しました。その後、3年の時にフィガロ役を日本語の歌詞でやりました。そして、大学院の時に伯爵をやったので、今回が2度目となります。
オペラ歌手(バス)平欣史 写真提供:びわ湖ホール
――どこにポイントを置いて、伯爵役を演じられますか。
平:松本重孝先生も仰っていましたが、伯爵はズボン役のケルビーノ以外では、いちばん歳が若いのだそうです。そんな若い伯爵がいちばん上の地位について、周囲の大人たちを若気の至りでぐちゃぐちゃにする訳です。伯爵は、自分の気持ちに素直で、良い意味でも悪い意味でも純粋。私とは違いますが、そういう事が出来たら楽しいだろうなとは思います(笑)。2幕のフィナーレと4幕フィナーレで、多くの人が繰り広げるドタバタ劇は、言葉と音楽が上手くマッチしていると思います。ストーリーにも感心しますが、やはり私はモーツァルトの音楽が好きですね。
初日組の伯爵夫人役 船越亜弥と平欣史。左には初日組フィガロ役の平野和 (立稽古の様子)
松本重孝の演出を受ける平欣史 (立稽古の様子)
――山岸さんは声楽アンサンブルに入って何年目ですか。スザンナ役は何度目でしょうか。
山岸:入団3年目になります。スザンナ役は初めてです。今回、挑戦したいと思って自分で手を挙げました。『フィガロの結婚』は学生時代に合唱で歌いましたが、アリアは全く歌ったことはありませんでした。大学では殆どオペラの経験をせずにここに入って来たので、今は目の前のことに必死です。実は学生時代、器楽的に正確に歌うイメージのモーツァルトが好きではありませんでした。先生からもモーツァルトを勉強しなさいと言われなかった事もあり、全然勉強して来ませんでした(笑)。昨年、23年度の「オペラへの招待」で『フィガロの結婚』を採り上げると聞いて、自分の年齢に合ったスザンナに挑戦してみよう! と一念発起し、試験を受けて役を頂きました。実際に毎日稽古をしていて思うのは、やはりアンサンブルの美しさです。他の作曲家に比べて、モーツァルトのオーケストラ伴奏は、役の感情にいちばん素直にしっくりと来ます。オーケストラをバックに歌える幸せを噛みしめながら、しっかり役作りをしていきたいと思っています。
オペラ歌手(ソプラノ)山岸裕梨 写真提供:びわ湖ホール
●奇を衒わない松本重孝さんの演出、私は好きですよ!
――森谷さん、松本さんの演出は初めてですか。
森谷:初めてです。ダ・ポンテの素晴らしい台本なので、演出が大切なのですが、松本さんの演出は素晴らしいですよ。私は大好きです。具体的にですか。ちょっとした所なのですが、例えばキャラクターに対する解釈がなるほど! と思わせてくれます。ああそうだよねではなく、なるほど! という気付きがあります。奇を衒っていない、至極納得のいく演出なのです。
「松本重孝さんの演出は大好きです」 (立稽古の様子)
山岸:クスッみたいな感じですね。
森谷:そうなのそうなの。
山岸:最初にレチタティーヴォ稽古があったのですが、皆さん、この台本を勉強する前に、まず吉本新喜劇を見て、笑いを勉強してから来るようにと言われました(笑)。そんなことを演出家の先生に言われたのは初めてで……。身近な笑いを求めている演出なのかなと思いました。
2日組のフィガロ役 内山建人と山岸裕梨を演出する松本重孝 (立稽古の様子)
森谷:でも、こじんまりしてなくて、オシャレなの。どのキャラクターもイキイキしているんです。衣装を着てライトを点けて、オーケストラと一緒にやったら、とても華やかな舞台になる事は、今の時点で想像できます。立稽古が始まったばかりなのに、こんなにワクワク出来て楽しいなんて……(笑)。だからこそ、皆さんに観に来て頂きたいのです! こればかりは、実際に劇場で観ていただかないと伝わらないものです。録画をした映像を見るのではなく、生の舞台を、自分の目と耳と鼻と、五感をすべて使って感じて欲しい! 舞台ってそれが醍醐味だと思います。二つの組が、ダブルキャストで『フィガロの結婚』に取り組んでいますが、同じ演出を受けていても、全然違う作品に仕上がる。それも面白いと思います。
「私たちが作り上げる『フィガロの結婚』を観てください!」
平:本当にそう思います。出来る事なら両方の組とも観て頂きたいです。
山岸:稽古が進み、松本さんの演出によって個人のキャラクターがより一層前面に押し出されると、違いが出て来て面白くなると思います。
――伯爵夫人は2幕の冒頭、苦悩に満ちたアリアを歌いながらの登場です。どんな役作りを考えられていますか。
森谷:意外だったのですが、伯爵夫人は20歳の設定だそうです。決してたそがれているマダムではなく、まだまだ伯爵の事が大好きな一人の女性です。ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』のロジーナで見せた活発な部分は、『フィガロの結婚』の中でも出して行きたいと思っています。
「こんな風に仲間と作品の事を色々語り合えるのは楽しいですね」
――共にボーマルシェの戯曲のオペラ化という共通点を持つ『フィガロの結婚』と『セヴィリアの理髪師』ですが、『セヴィリアの理髪師』では、 「街の何でも屋」フィガロの応援もあって、美女ロジーナとアルマヴィーヴァ伯爵が結ばれました。大熱愛の末に結婚したのにも関わらず、伯爵は浮気を繰り返します。話の核心部分に触れますが、『フィガロの結婚』のラストで、伯爵夫人は伯爵を許したのでしょうか。
森谷:伯爵が謝罪するシーンで流れる音楽は、オペラの中で一番美しいですよね。神々しいまでに美しい。それは、伯爵夫人が葛藤を超えた先に出した答えだから美しいのだと思うのです。彼女が伯爵に対して出来る愛情の示し形としては、最上で最大のものだったと思います。そこには偽りはないと思っています。実はまだ、松本さんの演出意図が聞けていないので、実際のところは分かりませんが、私は許したと思っています(笑)。
〈びわ湖ホールプロデュースオペラ〉ワーグナー『ローエングリン』エルザ(森谷真理)(2021.3.6&7 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
――伯爵はあのシーン、ノーを6回繰り返し、断固としてフィガロを許さないと言っていたのに、夫人が出て来た瞬間、全てを察知して跪いて許しを乞おうとする。瞬間的に反省して謝罪というのはどうなんでしょうか。演じる方も難しいのではありませんか。
平:そうなんです。「みんな出てこい!」と大騒ぎの末、スザンナに扮した夫人が登場したことで、全てを理解します。そして彼女の一言で謝罪をする訳ですが、この場面は側近をはじめ衆人環視の中、仕方無く謝罪に追い込まれたという風に演じたくはありません。スザンナは好きだけど、ロジーナへの愛に偽りは無いという、伯爵の本心からの潔い謝罪という風に見せたいですね。
4幕ラストの演出シーン (立稽古より)
4幕ラストの演出シーン (立稽古より)
森谷:あの場面での伯爵の謝り方は急ですよね(笑)。あそこで伯爵と夫人の関係性が見えるような気がします。夫人は「私はあなたより素直なので、ハイと答えましょう」と、伯爵と自分を比較している所が何とも悩ましい所です。ただ、許しますと言っているのではありません。その違いは、大切なポイントだと思っています。
山岸:それにしても、伯爵はオペラの中で結構謝っていますよね。2幕でも謝罪しています。
平:自分で言うのも何ですが、謝れば許してもらえると思っているんでしょうね。2幕の謝罪は口だけだと思います。この場を乗り切れば、何とかなると思っている(笑)。
「伯爵は謝れば許してもらえると思っているんでしょうね」
森谷:伯爵と夫人の関係に比べると、フィガロとスザンナは仲が良いですね。
山岸:何と言っても、まだ新婚ですからね。スザンナは『セヴィリアの理髪師』に登場する、頭の回転の早い「街の何でも屋」のフィガロが大好きなので、彼が少々見当違いな事を言っても許してしまう。利発なフィガロは、そもそも謝る発想が無いのかもしれませんしね。
「スザンナはフィガロのことが大好きですから」
――フィガロは『セヴィリアの理髪師』の「街の何でも屋」ほどクレバーには思えないのですが。
山岸:確かにそうかもしれませんね。ちょっと喋りすぎですよね。でもスザンナはフィガロの事を愛しています(笑)。
●びわ湖ホールは日本でのオペラデビューの地。稽古に集中出来て、癒しの場所でもあります。
――びわ湖ホールは、森谷さんの日本でのオペラデビューの地ですね。
森谷:びわ湖ホールは特別な場所です。ここに来るとホッと出来て、安心感があります。琵琶湖の風景も美しいですし、東京にいる時と違った時間の流れがあり、稽古に集中できます。私にとっての癒しの場所です。
別組のフィガロ役 平野和と談笑する森谷真理
――びわ湖ホールでのデビューは、2014年の『リゴレット』でした。出演された経緯を教えてください。
森谷:オーストリアのリンツ州立劇場の専属歌手時代に、びわ湖ホール前芸術監督の沼尻竜典さんを、同僚の歌手が紹介してくれたんです。そこでFacebookで繋がって、帰国が決まった時に「帰国します!」と呟いたら、沼尻さんからイイね! が来ました。そして、「びわ湖ホールで『リゴレット』やるんだけど、ジルダのオーディションを受けない?」って連絡があって。そしてデビューへと辿り着く訳です。
〈沼尻竜典オペラセレクション〉 ヴェルディ『リゴレット』ジルダ(森谷真理)とリゴレット(牧野正人)(2014.10月11日&12日 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
〈沼尻竜典オペラセレクション〉 ヴェルディ『リゴレット』ジルダ(森谷真理)とリゴレット(牧野正人)(2014.10月11日&12日 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
――これまでびわ湖ホールの何度くらい、びわ湖のオペラに出演されていますか。
森谷:日本デビューとなる『リゴレット』でジルダをやって、ワーグナーの『ラインの黄金』、『ワルキューレ』、『神々の黄昏』、『こうもり』、『魔笛』、『ローエングリン』、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』に、今年『フィガロの結婚』、『こうもり』、『ばらの騎士』と、3本加わります。改めて振り返ると随分やっていますね(笑)。
〈びわ湖ホールプロデュースオペラ〉ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第2幕 エファ(森谷真理)とヴァルター(福井敬)(2023.3月2日&3日 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
〈びわ湖ホールプロデュースオペラ〉ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第3幕 エファ(森谷真理)とヴァルター(福井敬)(2023.3月2日&3日 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
――びわ湖ホールのオペラの中でも、音楽監督のプロデュースオペラではなくて、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーと共演する「オペラへの招待」シリーズは、森谷さんにとっても特別なのではないですか。
森谷:皆さん若くて、どん欲に学ぶ姿勢が刺激になります。伯爵役の平さんは、パートナーとしてはこれまででいちばん若いんじゃないかな。でも、今回は私一人ではありません。同世代の平野和さんも萩原寛明さんもいらっしゃいます。平さんや山岸さんのように、びわ湖ホール声楽アンサンブルの皆さんが仲間として迎えて下さって嬉しいです。
びわ湖ホール声楽アンサンブル 写真提供:びわ湖ホール
――山岸さんは、世界でご活躍の平野さんが相手役のフィガロですね。
山岸:私たちもオペラ歌手を目指して勉強中ですので、こんなことを言っていてはいけないのですが、私には森谷さんも平野さんもテレビの中の人なのです。今もそうですが、憧れの森谷さんが、目の前にいいらっしゃるのが不思議で(笑)。森谷さんのYouTubeは、沢山見て来ましたし、夜の女王役をされたびわ湖ホールの『魔笛』は、お客さんとして観に行きました。昨年の『ニュルンベルクのマイスター・ジンガー』は、合唱の後ろの方から、お姿を拝見していました。今回、森谷さんとは組違いなので、一緒に歌う機会は無いと思っていたのですが、今日の稽古で一緒に歌えて感動しました。平野さんが相手というのも、まだまだプレッシャーです。今はまだ、ファンの一人として見ている部分があるのですが、早く壁を越えてお二方の技を盗むような次元で見られるように頑張りたいです。今、この歳で出来る等身大のスザンナを、ぜひご覧頂きたいです。
初日組フィガロ役 平野和と山岸裕梨
「今の歳で出来る等身大のスザンナを、ぜひご覧頂きたいです」
森谷:彼女は演技が上手ですよ。とても愛らしいスザンナで素敵です(笑)。私もスザンナを演じて来たので、初めて挑む役としては期待と不安の両方があるだろうなと思って見ていました。山岸さん、スザンナは意外と音域が低かったでしょう。
山岸:はい、結構低くて驚きました。軽いソプラノ向きでは無い感じがしました。
〈びわ湖ホールオペラへの招待〉『森は生きている』もう一人の娘(山岸裕梨)とおっ母さん(山田千加)右から (2023.1.びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
森谷:伯爵夫人も歌ってみると、意外と低いと思いました。でもスザンナをやって来て、このタイミングで伯爵夫人を歌えるのは良かったと思っています。先日、阪哲朗監督のプロデュースオペラ『ばらの騎士』の記者会見に出席しました。席上、阪さんが「『ばらの騎士』と『フィガロの結婚』の両方を、同じ年にやりたいと思って来て、ようやく実現します」と仰っていました。その理由に関しては、この記事の前段のところで書いて頂いている通りです。私は阪さんの自然体の音楽が大好きです。阪さん拘りの二つのオペラで元帥夫人と伯爵夫人をやらせて頂けることが、とても光栄に思います。
びわ湖ホールプロデュースオペラ『ばらの騎士』記者会見で話す森谷真理
「びわ湖の春音楽祭」で指揮をする、びわ湖ホール芸術監督 阪哲朗(2023.4.23 びわ湖ホール大ホール) 写真提供:びわ湖ホール
――第3幕の有名な「手紙の二重唱」を楽しみにされているファンの方も多いと思います。スザンナと伯爵夫人の両方を経験されて歌われるのは、またこれまでとは違う格別な思いがあるのではないですか。
森谷:そうですね。歌詞に込めた思いを、新鮮な気持ちで歌えると思います。大好きな映画『ショーシャンクの空に』では、主人公アンディが刑務所中に響き渡るように『フィガロの結婚』のレコードをかけるシーンがあり、そこで流れたのが「手紙の二重唱」でした。突然のことに驚きながらも、服役囚が手を止めて音楽に聴き入るといった印象的なシーンなので、ご存知の方も多いと思います。
映画『ショーシャンクの空に』は一番好きな映画。「手紙の二重唱」が歌えて幸せです
山岸:私も、いちばんの見せ場だと思って楽しみにしています。頑張って歌います!
――今回の演出プランなどで特徴的な事はありますか。
平:松本さんは、すべてブッファとして作るそうです。なので、伯爵も怒り過ぎてはいけないと。貴族としての振る舞いよりも、若い普通の男性として動いて欲しい。悪い所を指摘されたら謝るけれど、「でも、それは!」みたいな感じだそうです。
〈オペラへの招待〉ヴェルディ『ファルスタッフ』ファルスタッフ役(平欣史)(2022.7.15~18 びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
――怒らずに4幕の謝罪前の「ノー!」の6連発とか、難しそうですね。
平:本当にそう思います。細かな演出はこれからなので楽しみです。どうなるのでしょうか。
森谷:それにしても、こんな感じでみんなとワイワイ話し合えるのって、楽しくてイイですね。他愛ない会話の中にヒントを見つけたり。
山岸:森谷さんって壁も無く、本当に気さくに話して頂けて、感謝します。
〈オペラへの招待〉ヴェルディ『ファルスタッフ』ファルスタッフ(平欣史)、アリーチェ(山岸裕梨)(2022.7.15~18 びわ湖ホール中ホール) 写真提供:びわ湖ホール
森谷:同じ舞台に立つわけですから、皆さん同僚なので当然です(笑)。
――今回の『フィガロの結婚』はイタリア語上演ですが、オペラ歌手にとって語学は切実な問題ですよね。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーも一生懸命勉強されていると思います。森谷さんは今年に入ってからでも、大阪交響楽団のドヴォルザーク『ルサルカ』ではチェコ語を、いずみホールでは、ビゼー『真珠とり』、プーランク『カルメル会修道女の対話』などでフランス語の歌唱をされています。
森谷:チェコ語は頑張りました。ウィーンに行って、知り合いのチェコ人のメゾソプラノにディクションを見て貰いました。大変でしたが、歌えるチャンスを頂けて嬉しかったです。おかげさまで『ルサルカ』は評判良かったのですが、よくコンサートが終わった後に「もう少し出来たんじゃないかな」と反省することは多いですね。実際に本番から数週間経つと、テクニック的に出来るようになっている事ってあるんですよ。だから、色々な新作を歌うことも大切ですが、何度も同じ作品を歌い続けていたい気持ちもあります。表現力は大切ですが、私はまだテクニック的な事に拘りたいと思っています。
「実際に本番から数週間経つと、テクニック的に出来るようになっている事ってあるんですよ」
●びわ湖ホールの『フィガロの結婚』は自信作。ぜひご覧ください!
――長時間ありがとうございました。3人を代表して、森谷さんから読者の皆様にメッセージをお願いします。
森谷:びわ湖ホールのオペラといえば、年度末に行われる、音楽監督のプロデュースオペラがやはり有名だと思います。沼尻さんの時代に、ワーグナーシリーズをはじめ色々な作品に出演させて頂いているので、それは否定しません。今年は、阪さんの音楽監督最初の年だから『ばらの騎士』は絶対に外せないと思っておられる皆様、それは正解です(笑)。しかし、そのような目の肥えた皆様にこそ、今回の私たちが作り上げる『フィガロの結婚』はぜひ見て頂きたいのです。また、ミュージカルは好きだけど、オペラは観たことが無いという皆様にも、この『フィガロの結婚』はオススメです。ぜひお越しください。びわ湖ホール中ホールでお待ちしています。
オーケストラ付きのオペラなのに、破格の料金! 皆さまのお越しをお待ちしています。
取材・文 = 磯島浩彰