1885年に創設されたアメリカ名門ポップス・オーケストラ「ボストン・ポップス」が総勢70名以上のフルオーケストラで20年ぶりに来日し、東京国際フォーラム ホールAでコンサートを開催した。2023年10月6日(金)より行われた東京公演のオフィシャルレポートが到着した。
ボストン・ポップスは、『E.T.』や『スター・ウォーズ』などの映画音楽作曲者として知られるジョン・ウィリアムズが1980年から1993年まで常任指揮者として在籍したことでも知られている。今回は、ジョン・ウィリアムズの“ボストン・ポップス”イズムを受け継いで1995年から第20代常任指揮者を務めるキース・ロックハートのもと、「ジョン・ウィリアムズ・トリビュート」と「STAR WARS:The Story in Music」という日本初上陸の新プログラムを披露。
10月6日は「ジョン・ウィリアムズ・トリビュート」の初日。オーケストラのメンバーが音合わせを行い準備が整うと、指揮のキースがステージに登場。そして、ステージ左右に設置されたビジョンにクラーク・ケントがビルから飛び降りてスーパーマンに変身するシーンが流れるのと同時に「スーパーマン・マーチ」(映画『スーパーマン』より)の演奏が始まった。 軽快なサウンドに合わせて、『スーパーマン』の他に『スター・ウォーズ』『インディ・ジョーンズ』『ハリー・ポッター』『ジュラシック・パーク』といった人気シリーズ、『ホーム・アローン』『シンドラーのリスト』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『プライベート・ライアン』など、ジョン・ウィリアムズが音楽を手がけた映画の名シーンがコラージュ的に映し出されていく。まさにジョン・ウィリアムズの功績を振り返るオープニングに。
盛大な拍手の中、キース・ロックハートが「皆さん、こんばんは。お元気ですか? 僕は元気です。我々ボストン・ポップスは20年ぶりに日本に戻って公演することを大変嬉しく思っています」と日本語で挨拶をすると、さらに大きな拍手が鳴り響いた。
キース・ロックハート
キース・ロックハート
その後は、映画『未知との遭遇』『ハリー・ポッターと賢者の石』『インディ・ジョーンズ』『スター・ウォーズ』の名シーンが、オーケストラの演奏中にビジョンに映し出され、視覚的な演出も含めて映画音楽を楽しませてくれた。
しかし、今回のプログラムの特徴は映画の名シーンだけではない。楽曲を演奏する前にジョン・ウィリアムズのインタビュー映像が流れ、その曲を作った時のエピソードやレコーディング時の思い出などを知ることができる。たとえば、『ジョーズ』のテーマについて「E(ミ)とF(ファ)の2音で劇的な効果を出すために緩急強弱しつつ繰り返される気味悪い音型を考えました」という感じで。『未知との遭遇』では「スティーヴン(・スピルバーグ監督)の台本に信号音として5つの音を使うよう指示がありました」と、あの有名なフレーズが生まれたきっかけについても語っている。よく知っている楽曲ばかりだが、新たな発見もきっと多いはず。
もう一つのスペシャルは、日本人のソリストがゲストとして参加していること。6日は、2009年にリピンスキ・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールにおいて史上最年少で1位になり、その他にも多くの国際コンクールでグランプリを獲得しているヴァイオリニスト・服部百音。 キース・ロックハートに「天才的な若きヴァイオリニスト、服部百音さんに盛大な拍手を!」と日本語で呼び込まれた服部は、映画『遙かなる大地へ』より「組曲」、映画『SAYURI』より「会長さんのワルツ」、映画『シンドラーのリスト』のテーマをオーケストラと一緒に演奏した。服部はステージで共演できたことへの感謝の気持ちを指揮のキース・ハートロックとオーケストラのメンバーに伝え、観客にも「皆様、ようこそおいでくださいました」と挨拶を行った。
服部百音
服部百音
そして、「ボストン・ポップスがコロナ禍でなかなか日本に来れなくて、ようやく実現した来日ということで、キースさんたちが『日本の曲を何かやりましょう』と言っていただいて、提案として出た曲があります。『シンドラーのリスト』ではありませんが、世界中に戦争とか、環境問題とか病とか、心の痛む現実が蔓延っている地球ですけれど、“世界遺産”は地球が産んだ子どものような愛おしい存在だそうです。敵味方関係なく、音楽の言葉で共通して融合と和合ができることが音楽の存在意義だと思っています。 皆さん、愛をもって生きていきましょうという願いを込めて演奏したいと思います」と想いを伝え、父・服部隆之作曲による「Les enfants de la Terre~地球のこどもたち~」を演奏。感情のこもったヴァイオリンの音色がオーケストラのサウンドに溶け込み、聴く者のイマジネーションを広げてくれた。
服部百音
服部百音
大きな拍手で服部がステージから送られた後、「レイダース・マーチ」(映画『インディ・ジョーンズ』より)、「悪魔のダンス」(映画『イーストウィックの魔女たち』より)を聴かせ、「ダース・ベイダーのマーチ」「ヨーダのテーマ」「レイのテーマ」といった『スター・ウォーズ』関連の楽曲を畳みかけ、最後はお馴染みの『スター・ウォーズ』メイン・タイトルで初日の幕が下ろされた。
終演直後にゲスト出演した服部に話を聞くと、「9月にボストンで共演させてもらったんですが、今日の公演がボストン・ポップスとの初めての共演と、アメリカを経ての今回の共演とでは全然気持ちが違っていたと思います。ゲスト参加ではありますが、ツアーみたいなものなので、普通のコンツェルトを在京オケとツアーで演奏している時と同じような信頼関係を感じました。 丁々発止もそうですし、音楽を交えず、人としての関わり合いも濃くなりつつありますし、音楽のやり取りも密になりつつある中で、この日を迎えられた感じがしましたので、ファミリー感と言いますか、温かい空気も感じました。アメリカの時はお互い、緊張感があったように思います」と、2度目の共演ということでの安心感・信頼感があり、演奏でもその感覚が出ていたと答えた。
演奏したジョン・ウィリアムズの3つの楽曲はそれぞれ違っており、服部も「0(ゼロ)、50、100くらいのバランスの良さというか、ジョン・ウィリアムズのいろんな面が感じられる3曲だと思います。『遙かなる大地へ』は、私は映画を観る前に曲から入ったんです。曲のイメージから『こういう映画なのかな』って想像していたら、まさにその通りの素晴らしい映画でした。作品に合わせた感情を沸き起こさせるというのも音楽の持つ力だと思いました。 映像を観なくてもそれを伝える音像を彼は作ってるという証明だなと思って、演奏しながら感動してました(笑)。ジョン・ウィリアムズの曲をステージで弾く機会は普通はないですから、本当にただただ幸せでした」と音楽の力を改めて感じつつ、演奏できた喜びも話してくれた。そして、ステージ上でも演奏した理由を語っていた「Les enfants de la Terre~地球のこどもたち~」も含めて、4つの違ったイメージをボストン・ポップスと共に奏でてくれた。
服部は12日の大阪公演にもゲスト出演する。「大阪の聴衆は東京とは全く気質が違いますよね。アメリカ、東京、大阪と場所によって環境も違いますし、私たちの心持ちも全然違うと思いますので、それこそ『未知との遭遇』のような気持ちで大阪での公演に臨みたいと思います。見に来られる方も楽しんでください」
>(NEXT)2日目のゲストには角野隼斗が登場
10月7日(土)、「ジョン・ウィリアムズ・トリビュート」2日目のゲストは、2018年に東京大学大学院在学中のピティナ特級グランプリを受賞したことをきっかけに、国内外のオーケストラと多数共演、“Cateen(かてぃん)”名義でのYouTubeチャンネルの登録者数が120万人を超えるなど、新時代のピアニストとして注目されている角野隼斗。
角野隼斗
角野隼斗
キース・ロックハートの「天才的な若きピアニスト、角野隼斗さんに盛大な拍手を!」という日本語での呼び込みで、ステージに登場した角野は、映画『サブリナ』のテーマと映画『E.T.』より「Over the Moon」を演奏。さらに、休憩を挟んだ後半の部の最初の曲として、ジョージ・ガーシュウィンの「ピアノ協奏曲より第3楽章」をオーケストラと競演。
「『ボストン・ポップス on the Tour』にソリストとして参加できていることを本当に光栄に思います」と感謝の気持ちを伝え、「2週間前にもボストンで一緒にコンサートをさせていただきまして、貴重な体験だったんですけども、そこでも弾いたアンコール曲をここでも弾かせてもらえないかと思いまして」と言って、同じくガーシュウィンの「I Got Rhythm」をピアノの独奏で聴かせた。超絶テクニックで奏でる音色を観客が聴き入り、演奏が終わると大きな拍手が起こり、席を立って拍手を送る人の姿も多く見られた。夜公演ではガーシュウィンの代わりに、ルロイ・アンダーソンの「ピアノ協奏曲より第3楽章」でオーケストラと競演した。
角野隼斗
角野隼斗
出演を終えた角野は「嬉しいですね」と笑顔を見せ、「ジョージ・ガーシュウィンのConcerto in Fは1年半前に東京国際フォーラムで弾いたことがあって、それがこの曲を初めて弾いた時でした。その思い出もありましたので、今回、ここでこの曲が弾けたのが嬉しかったです」と演奏曲への思い入れを明かした。夜公演で演奏したルロイ・アンダーソンの「ピアノ協奏曲より第3番」については「アンダーソンもボストン・ポップスに曲を書いているんですけど、実はあまり演奏機会がないみたいなんです。この曲は最初、ピアノとスネアの会話から始まる可愛い曲で、全体を通してもすごく華やかなアメリカを思わせるので、このようなコンサートにぴったりかなと思って選びました」と選曲理由を語った。
他に演奏した『サブリナ』『E.T.』の楽曲については、「『サブリナ』は優しい曲なんですけど、トリッキーなハーモニーがあって、『さすが、ジョン・ウィリアムズだなぁ』と感じる曲です。不協和音をそう感じさせないんですよね。『E.T.』も『スター・ウォーズ』に通じる、未知なる世界に冒険するようなワクワク感が音楽からも感じられてすごいなと思いました。 ジョン・ウィリアムズが作った映画音楽の中だと、世代的に小さい頃から見ていたということもあって、『ハリー・ポッター』シリーズの曲が好きです(笑)」と語り、「ちょうど僕がアメリカに拠点を半年前に移したところで、アメリカで共演できましたが、ボストンはアメリカでの初めてのコンサートだったので本当に嬉しかったです。そして日本公演にもゲストとして呼んでいただけたこともすごく嬉しいです」と感謝。
>(NEXT)3日目のプログラムは「STAR WARS:The Story in Music」ストーリーテラーに津田健次郎が登場
10月8日(日)、3日目のプログラムは「STAR WARS:The Story in Music」で、ストーリーテラーとエピソード1から9までの名曲たちが観客を『スター・ウォーズ』の世界へと誘う。全エピソードから惜しむことなくお届けする内容ということで、コアな『スター・ウォーズ』ファンも納得の構成になっている。
開演時間となり、ジョン・ウィリアムズのインタビュー映像が流れた後、公演ナビゲーターの笠井信輔アナウンサーが登場し、1970年代に『スター・ウォーズ』が生まれた背景から2019年に公開された『エピソードIX:スカイウォーカーの夜明け』までの壮大な物語のこと、その壮大な物語のために作られた映画音楽が素晴らしいもので、それは歴史に残る偉大な創作であることを伝えた。
そして、笠井アナの呼び込みで、指揮のキース・ロックハートがステージに登場した。「ボストン・ポップスで20年ぶりに日本の皆さんに素晴らしい音楽を聴いていただけるので大変嬉しいです」と今の心境を答え、『スター・ウォーズ』シリーズにおけるジョン・ウィリアムズの音楽の素晴らしさ、偉大さについて語った。
笠井信輔
笠井信輔
そして、キース・ロックハートに向けて“May the Force be with you”という名ゼリフでコンサートの成功を願い、ストーリーテラーを務める声優・俳優として活躍している津田健次郎にバトンタッチして、ステージから退いた。津田はアニメ「チェンソーマン」「呪術廻戦」をはじめ、多くの作品に参加しているほか、『スター・ウォーズ』シリーズでもカイロ・レン役の日本語吹替を担当しており、日本の『スター・ウォーズ』ファンにもお馴染みということで、まさにストーリーテラーにうってつけの存在と言える。
キース・ロックハートが「皆さんご存知の通り、全てははるか遠い銀河の彼方で始まります」と日本語で伝え、英語で“A long time ago, in a galaxy far, far away…” とオープニングで流れるフレーズをきっかけに「スター・ウォーズ」のメインタイトルが会場に響いた。
津田健次郎
津田健次郎
津田の語りと音楽が交互に綴られていくスタイルで、「エピソードI:ファントム・メナス」に始まり、「エピソードII:クローンの攻撃」「エピソードIII:シスの復讐」「エピソードIV:新たなる希望」「エピソードV:帝国の逆襲」までを第一部、休憩を挟んで「エピソードVI:ジェダイの帰還」「エピソードVII:フォースの覚醒」「エピソードVIII:最後のジェダイ」「エピソードIX:スカイウォーカーの夜明け」までを第二部として披露した。第二部のオープニング曲が「ジャバ・ザ・ハット」だが、この曲にはチューバのソロがあり、その担当が日本人の楽団員・萩原崇丞氏ということで、曲終わりにキース・ロックハートが萩原氏を紹介するという粋な計らいも見られた。
最初のうちは観客が遠慮して拍手を躊躇っていたりしたが、途中でキース・ロックハートが観客に“拍手をしてもいいよ”と手で合図を送り、そこからは楽曲が終わるたびに大きな拍手が会場を包んだ。物語が進み、「エピソードIX:スカイウォーカーの夜明け」の最後の曲「スカイウォーカーの夜明け」の演奏が終わるやいなや観客たちが立ち上がってスタンディングオベーションで気持ちを伝えた。
津田健次郎
笠井信輔、津田健次郎
カーテンコールでキース・ロックハートが再びステージに登場した直後、ステージ袖から花束を持って、初日のゲストとして出演したヴァイオリニストの服部百音が現れた。完全なサプライズだったらしく、キース・ロックハートも驚いた表情を見せたが、笑顔で花束を受けとり、感謝の気持ちを込めて抱擁すると会場に大きな温かい拍手が鳴り響いた。
終演後、公演ナビゲーターの笠井に話を聞くと「私は中学生の時にテアトル東京で最初の作品を観て、それ以降も劇場で公開されるたびに観てきました。そんな自分が、まさかジョン・ウィリアムズのオーケストラがパフォーマンスするコンサートで導入の進行役を務められるなんて予期していませんでした」と終演後も興奮が冷めやらぬ様子。そして、「『スター・ウォーズ』シリーズはこれまでに映像は技術の進歩と共にいろいろ手を加えられたり、修復されたりしてきていますが、音楽は変わってないんです。 ジョン・ウィリアムズは作品が進んでいくにつれて音楽で世界を広げていっているんです。今日、聴かせてもらってジョン・ウィリアムズの音楽の偉大さを改めて感じました。オープニングでロックハートさんに質問をさせてもらいましたが、その中で、『時代によって重要な作曲家として考えるならば、ベートヴェンがその時代で重要だったのと同じように、ジョン・ウィリアムズは今の時代における重要な作曲家だ』と話されていました」と、ジョン・ウィリアムズの偉大さを再確認したとも語っていた。
ストーリーテラーを務めた津田健次郎も「本当に楽しかったです! あまりリハーサルをする時間はなかったのですが、音楽と僕が語るお話とずっとバトンリレーをしているような感じが気持ちよかったですし、メインタイトルが流れた瞬間に一気にテンションが上がりました!」と大興奮。「ボストン・ポップスさんの音楽が主役ですから、お客さんがいかに気持ちよく音楽を聴けるかを考えました。それがストーリーテラーの役目だと思いましたから、うまく橋渡しが出来ていたのであればよかったなって思いますね。 とはいえ、ステージの上で、オーケストラの真横で音楽が聴けるという貴重な体験が出来て最高です。時系列での物語になっていたので、『スター・ウォーズ』全体の物語のテーマを改めて感じることもできましたし、最後のエピソードになった時にはグッと胸にくるものがありました。またボストン・ポップスが来日した時にも、このプログラムを演奏してほしいと思いましたし、その時にまたストーリーテラーとして参加できたら嬉しいですね(笑)」とボストン・ポップスとの再共演を熱望。
そして、ボストン・ポップスを率いたマエストロ、キース・ロックハート。3日間の東京国際フォーラム公演を終えた心境を聞くと「疲れました(笑)。でも、素敵な会場で音楽が出来ましたし、3日間4公演で1万8000人に音楽を届けられたことがとても嬉しいです」と笑顔を見せた。そして「12日にはまた服部百音さんとの共演もありますし、大阪でのコンサートも楽しみです」と12日・13日に控えている大阪公演を楽しみにしていると答え、「今度は20年も経たないうちに日本に戻ってきたいと思っています」とファンに嬉しいメッセージも届けてくれた。
「ボストン・ポップス on the Tour 2023」日本公演は、10日(火)にサントリーホールで井上芳雄をゲストに迎えての公演を行い、12日(木)と13日(金)の2日間は大阪・フェスティバルホールで「ジョン・ウィリアムズ・トリビュート」(12日・ゲストはヴァイオリニストの服部百音)、「STAR WARS:The Story in Music」(13日・ストーリーテラーは浪川大輔/公演ナビゲーターは東京公演同様、笠井信輔)が、開催される。
文=田中隆信 写真=福岡諒祠(GEKKO)