2023年10月7日(土)に東京 LINE CUBE SHIBUYAにて『fhána 10th Anniversary SPECIAL LIVE “There Is TheLight”』が開催された。デビュー10周年を記念した2枚組のベストアルバムは10年という歳月の重みを感じさせられたし、そんなベストアルバムと同名の本公演もまた、fhánaのこれまでの歩みをズッシリと感じられるライブとなっていた。これまでのfhánaとこれからのfhána、今日という現在地から見渡した時に、道しるべとなって来し方と行く末を照らし出してくれたのは、やはり彼らの生み出した楽曲たちであった。
fhánaのこれまでの歩み、それは彼らの10年間に渡る壮大な旅の歴史だ。
紗幕が上がると真っ暗闇の舞台上にはいくつかの紫の光の柱が立ち上がり、そこにやがて一粒の温かい光がボワッと浮かび上がった。舞台上手の袖からリーダーの佐藤純一がランタンを持って現れ、下手側に置かれたキーボードまで、時に彷徨いながら、しっかりと足元を確認するように、少しずつ歩みを進めていった。そして彼の演奏する「Outside of Melanchooly~憂鬱の向こう側~」の音に呼び寄せられるようにkevin mitsunagaが同じように現れ、鉄琴を奏でる。ステージ奥からtowanaが、そしてサポートメンバーの面々がまるでキャラバンの隊列のように加わっていき、段々と音が頼もしくなっていく。
光の柱が客席を包み込み、僕らを照らすと「World Atlas」へと突入した。みんなで旗を振ったりして、まるで旅の始まりでもあり、終わりでもあるような光景が眼前で繰り広げられる。人の旅とは誰かや何かとの出会いと別れの繰り返しとも言い換える事が出来ると思う。同様に”人生は終わりのない旅”と言ったりもするけれども、そんな中にも何かが区切りを迎えたり、また気持ちを新たに一新しなくてはならない時もある。今夜、fhánaはまさにそんな人生における重要な分岐点の最中にあった。今夜の「World Atlas」は、これまでのfhánaを労う意味でも、そしてこれからのfhánaの門出を祝う意味にも聞こえた。
続く「コメット・ルシファー~The Seed and the Sower~」ではサポートギターの中西(from HoneyWorks)のソロパートが胸に響いた。まるで冒頭の演出を想起させる「tiny lamp」では、あえて照明を落とし、小さなランプの頼りない明かりでも、暗闇の中では大きな希望を照らし出してくれることを再認識させられた。最新曲の「Runaway World」まで5曲続けて駆け抜けると「本日はfhánaのデビュー10周年の記念のライブにお集まり頂き、ありがとうございます」と佐藤のMCに入るも「最後までfhánaの音の旅をお楽しみ下さい」と言葉数もそこそこに、再び演奏へと戻る。10年という歳月を振り返るには、あまりにも時間が限られているということを暗に仄めかしているようで、今夜の旅はどんな結末を迎えるのか、武者震いがしてきた。
6曲目の「いつかの、いくつかのきみとのせかい」では、ライト+幕でより力強く輝く虹色の演出が印象的だった。後にメンバー紹介でも「バキバキの照明」と紹介されていたが、正直こんなにライティングにこだわっているライブは見たことがない。それこそ「Runaway World」のMVでも使われていた虹色に輝く幕が今回のライブでも使われていたし、まるでMVの撮影現場に居合わせているのかというぐらい、映像とそのままのクオリティだったことに驚いた。
私は、昨年のCipher Live Tourの東京公演をレポートした際に”圧倒的な光と音のユーフォリア”と表したが、方向性はそのまま、その精度がより緻密さを増していたように感じた。例えばドラムのフィルインに合わせて激しく点滅をしたり、いわゆる音ハメのレベルがグンと上がっていたし、いくら演出のためとはいえ演者が譜面台も見えないレベルで暗転したり、照明に照らされたりもしている。「これはリハが大変だろうな…」と心の中で思いつつも、それだけ演出に心血を注いでいる姿勢にはリスペクトしかない。
また「World Atlas」で一新し、ここからは新たなfhánaの旅路を期待させる構成だったからか、楽曲の節々で登場する未来に関するワードが私の海馬を刺激した。「物語は未来へ続いてく」と「いつかの、いくつかのきみとのせかい」を歌い上げた直後の「ケセラセラ」では「未来のことは分からないけれど今ここにある奇跡は僕のものと信じてる」とtowanaが歌い上げる。一寸先は闇の中でも、いま立っている現在地とこれまでの歩みだけは不変で確かなモノであることを強調されたように感じる。
「次はデビュー前に作ったこの曲を聞いてください」と再び、幾何もないMCを挟み「true end」へ。舞台上には無数の白い光の筋が立ち上がる。それらは、無数に存在するルートの中で、”まだどれが正解かなんて誰にも分からない”と語り掛けるように、最後まで一つに収束することはなかった。そう、僕らが今いるこの現在地ですら、正解かどうかなんてまだ誰にも決められないのだ。続く「現在地」では佐藤もギターを携え、懸命にその胸中を音に乗せていた。そのまま「little secret magic」と、2曲続けてyuxuki wagaが作曲を担当した楽曲を並べたのにも、強いメッセージを感じる。これまでのfhánaも、そしてこれからのfhánaの選ぶルートもtrue endへ続く道のりだと信じて歩みを進めるしかないし、この先で結果を残していくしかない。そんな決意にも取れた。
ここでようやくメンバーを交えたMCパートらしい会話が繰り広げられた。「最初から飛ばしてましたね!」と佐藤がtowanaに語り掛けるも「ちょっとまって、前髪が変だから直したい」とうまく嚙み合わず、すかさずkevinが「リーダーのギター、カッコよかったですよ!」とフォローを入れると「kevinのその青い髪の毛もカッコいいよ」と男同士で謎の褒めあいが発生し、なんとも微笑ましすぎる空気が会場を包む。「今回はベストアルバムのタイトルを冠したライブですが、10年を振り返るだけではなく、現在や、これからの未来にも注目してもらえるような、そんなライブにしていきたいと思います!」と意気込みを新たに、早くもライブは中盤戦へと突入していく。
ここからは、なんとfhánaにとって初の試みとなるメドレー形式でのステージとなった。虹を編めたら~Hello! My World!!~ワンダーステラ~GIVE ME LOVEと、軽快な楽曲たちが紡がれていく。最後の「GIVE ME LOVE」ではkevinが「みんな調子はどうだ~!メンバー紹介行くぜ~!」と場内の手拍子を促しつつ、サポートメンバーを一人ずつ紹介し、各自がソロパートを披露していく流れに。その間、towanaはお色直しに戻りつつ、再び舞台上へ姿を現すと、メドレーの手拍子のまま、ダンサブルな雰囲気を途切れさせずに、流れるように「Relief」へと入る。僕らの日常も、陽が登り沈むことで何となくの区切りをしているが、実は連綿と続いているものだし、fhánaの楽曲も1曲1曲の良さは確かにあるが、こうやってメドレーや1つの流れのままに聞いてみても、全く淀みがなく、一連の関係性を感じることができる。1曲1曲に込められた”fhánaの意思”は途切れることなく、脈々と息づいている事を実感させられる。
そしてダメ押しの「愛のシュプリーム!」で会場のボルテージも最高潮に達すると「みんな、まだまだ元気あるよね?一緒に「chu chu yeah!」しよう!」とこのタイミングで「青空のラプソディ」が投下されてしまったら、もう”みんなで声出して踊ると楽しいね!!”しか言えなくなってしまう。さすがにここで一段落かと思いきやトドメに「divine intervention」のイントロが響き渡る。全力疾走が続いた場内をなだめるように「一旦、落ち着きましょうか」と着席を促し、再びじっくりと腰を据えたMCパートへ。
「fhánaのライブでは初の試みとして、メドレーをやってみたんですけど、いかがでしたか?」fhánaとして変わらざるを得ないこと、挑戦すべきこと、変わりたくないこと、色々とあるだろうが、その中の1つとしてはある意味では打算的であったが、それ以上に意義があった事である、という意見は既に前述の通りだ。
「10年も活動していると、タイアップさせて頂いた楽曲だけでも非常に多くてですね、ライブ前のセットリスト会議をしたのですが、今回の公演ではなんと35曲以上も候補が挙がっちゃいまして。とても全部をやり切るなんて出来ない!ということでメドレーをやることにしたのですが……」というのが真相なのだった。
「10年の活動のうちの後半3年間ほどは、人と会うのも憚られたり、有観客でライブが出来ても声が出せないような辛く厳しい状況が続いたのですが、そんな状況だからこそ作れた曲を続いては披露したいと思います。ぜひみんなで歌ってください。」最後にひと言だけ残し、「Choir Caravan with fhanamily」から「Ethos」へ。ふぁなみりーの皆の声がコーラスとなって奏でられている1曲だ。そして「Ethos」。個人的にはこの曲は振り絞って出した声のようなリードギターの響きが肝要だと感じているのだが、佐藤も認める若き才、本多秀(from:インナージャーニー)が見事にその役割を果たしていたのが鳥肌モノだった。今にも泣きだしそうで、寂しくて、切なくて、身悶えているような、私がEthosで感じた音色の中に加えてエネルギッシュさも感じる。こうした新たな仲間との出会いが、fhánaの新たな冒険をこれからも加速させていくことだろう。
続いて「君という特異点」を披露すると、会場からは思わず「おおーっ!」という歓声が。LEDのムービングライトだから出来る虹のグラデーションは鮮やかで、「捕まえていて」の歌詞に合わせて光が収束する演出はズルすぎる。「The Color to Gray World」も曲名からして実に照明映えしそうなタイトルだが、灰色の世界に少しずつ光が差し込んでいく様子は、ライブで実際に体験すると、一気に楽曲への解像度が上がる気がする。何万回続く寂しさも、最後は彩りで満ちていくように、アウトロのリーダーのピアノの音色には、かつてあった悲しみはもう感じられない。
最後は「white light」。暗転した舞台上へ、パッと佐藤だけを照らすスポットライトが差し込むとピアノの伴奏が始まる。まるで数時間前、開演直後に見たような光景だ。いつの間にか虹色に輝く幕もどこかへ消え、あるのはホリに大きく照らし出された白い光だけ。まるでリハーサルのスタジオみたいな殺風景な壇上。バキバキの照明で後光が差していて、メンバーの顔すらハッキリと見ることは出来ない。演奏する姿をシルエットでしか確認することが出来ない。今、僕たちはfhánaの事を音と光の輪郭でしか、捉えることが出来ない。それはまるで夜明け空のようで、確実にそこまで来ている”明日”の輪郭を、山肌から顔を覗かせようとしている朝日が具体的に、正確に何秒後にかなんて誰も分からないように、なんとなくでしか認識できないのに似ていた。そして1人、また1人と演奏を止め、ステージを後にしていく。スポットライトがポツリ、ポツリと明かりを落としていく。最後に鳴り響くのは、佐藤のピアノの音だけだ。こうして、fhánaの新たな冒険の第一章は幕を閉じた。
物語は、第二章へと突入する。
アンコール1曲目2曲目は、メンバーの背後のスクリーンに歌詞がまるで小説のように映し出されるなか、新曲「Last Pages」「永遠という光」がそれぞれ初披露された。この2曲は伝説の泣きゲーと名高い『ONE ~輝く季節へ~』の25年越しのリファイン版となる『ONE.』のEDテーマ、OP主題歌としてタイアップが決定している。同作品はfhánaのルーツともいえるゲーム作品『CLANNAD』を生んだスタジオ「key」を後に立ち上げる事になったスタッフが中心となって制作したゲームで、しかもOP/EDともに主題歌を手掛けるという、fhánaにとってはこれ以上ない喜びだったのは言うまでもない。そしてアンコール3曲目に「光舞う冬の日に」は、もう理性とかではなく涙があふれてきた。まるで曲のタイトルを実際に再現したかのようにステージに光に照らされた雪が舞い降る中、走馬灯のようにこれまでのfhánaの活躍と、そこにfhánaの新曲がもう1ページ加わった事とか、これは10年間活動してきたご褒美みたいなモノなんじゃないかとか、色んな事が脳内を駆け巡って、情報が処理しきれなくなっていた。そしてやはり、fhánaは10年前から変わらずにfhánaだったんだということを再々認識させられ、ホッとした自分もそこにはいたのだろう。メンバーの脱退やレーベル移籍、体制変更など、変わってしまった部分、変わらざるを得なかった部分もあったかもしれない。それでもfhánaはやっぱりfhánaだと、ようやく腑に落ちた瞬間だったように思う。頭上から舞い落ちる雪を眺めながら、そんな感慨に耽っていた。
ここで最後のMCへ。「この曲でようやく雪を降らせることが出来ました!」と、まずは喜びの声を上げ、「未来の話をしよう!」とカッコよく切り出したはいいものの、要するに告知タイム。先ほど初披露された2つの新曲を含む、全6曲を収録したfhána初のメジャーEP「Beautiful Dreamer」が2023年12月20日(水)にリリースされる事が発表された。また同EPをひっさげてのライブツアーも決定!なんと初のアジアツアーということで韓国・台湾・東京を巡る「Beautiful Dreamer ASIA Tour 2024」が来年1月に開催されることに。fhánaのこれまで、そしてこれからを彩る最後のアクセントがここに出そろった。
最後にメンバーからひと言ずつ、今夜を振り返ってコメントが入った。
「結構マジメになっちゃったんで、少しはフザケた事も言おうかと思ったんですけど、こうして終えてみて、素直に感謝の気持ちしかない」とkevinが語り、「発表から半年以上あって、ようやくこの日を迎えて、もしかしたら今日の思い出がいつか辛く感じてしまう日が来るのかもしれないけど、それでもこの世界線がtrue endだと思う。内向的で消極的な自分をようやく認められたような、そんな気がする」と towanaが続ける。これも1つの旅の分岐点だろう。「僕からはひと言だけ、僕らと皆の旅路に光あれ!」と佐藤がリーダーらしく、力強く宣言し、本当に最後の曲「Outside of Melancholy~憂鬱の向こう側へ~」へ。改めてメンバーとふぁなみりーの絆を強く感じたし、こんなにも愛されているのってスゴイことだと思わされた。最後にはエンドロールがあり、アジアツアーのティザー映像も。本当にライブというよりも映像作品を見たような演出の妙が最後の最後まで仕組まれていた。
先ほども述べたが、本当に最後の方は走馬灯のように、これまでの出来事や感情がフラッシュバックするくらいの10年間の重みを感じる公演だったのだが、最後に未来を明るく照らす一筋の光が差し込んでこそ、真の意味でこの”There Is The Light”公演は完成したんだなと強く感じた。なによりfhánaの最新楽曲が、10年を経て結局のところ自身のデビュー前のルーツに原点回帰してくるというのはあまりにも出来すぎた話ではないか。10年ひと昔とはよく言うが、fhánaにはひと昔前から貫き続ける1つの信念がある。環境が変わってもその芯さえブレなければ、案外10年という時間もあっという間なのかもしれない。しかし、決して短いとは言えないその歳月の中で、徐々にすり減ってしまったり、少しずつ忘れてしまう事だってあるだろう。そんな折に訪れた原点回帰のタイミングは、神様がくれた真のtrue endの方角を指し示す、一筋の光のように感じてしまう。2023年10月7日、そこに希望の光はあった。
取材・文:前田勇介