須田祥子
ヴァイオリンよりも少し大きなサイズのヴィオラ。艶やかながら渋さがあり、人の声域に近い音色は、耳に心地よい。その魅力を世に広めるべく、2013年、東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者で、日本センチュリー交響楽団の首席客演奏者を務めるヴィオラ奏者 須田祥子(すだ さちこ)の呼びかけで、世界的にも珍しいヴィオラ・アンサンブル「SDA48」が立ち上げられた。結成10周年を迎える今年、クラウドファンディングによる成功を受けて、セカンドアルバム『ヴィオラ・インフィニティ』をリリースした。来年1月8日(月・祝)には、11年目のスタートを飾るコンサートが紀尾井ホールで予定されている。クラシック音楽の名曲から、ロック、映画音楽まで、ジャンルレスなレパートリーを国内屈指の名ヴィオラ・プレイヤーたちのアンサンブルでお届けする。須田にSDA48結成の経緯からコンサートに向けた意気込みまで聞いた。
ヴィオラの魅力とSDA48の10年間
――今年(2023年)は、「SDA48」結成10周年という記念すべき年ですね。おめでとうございます!
ありがとうございます。ヴィオラという楽器の認知をなんとか上げたいなという気持ちで始めたコンサートが、10年経ってこういう形になったことは本当に嬉しいですね。クラシック音楽家は、小難しい曲を小難しい顔で弾いていることがどうしても多いですから(笑)、それが、クラシックファンがなかなか増えないとか、良くないことに繋がっているんじゃないかと思っていました。やっぱりコンサートに魅力がないと裾野が広がらないだろうなという想いがずっとあったんです。
――SDA48のコンサートを通じて、ヴィオラを知ったという方もいらっしゃるのではないでしょうか?
コンサートに行ったことがなかった方を、無理矢理、連れてきてくれる人もいるので(笑)、実際に増えていると思います。そういう方も皆さん、「本当に来て良かった!」と言って下さいます。やり方として間違ってない、一つの形が見えて来たのかなと思っています。
――SDA48というアンサンブルの名前は、一度耳にすると、記憶に残りますね。
私は洗足学園音楽大学で教えているのですが、10年前に「新しい建物を作るから、先生方も企画をやって下さい」と言われたことがきっかけでした。学内の審査を通過する必要もありましたし、何より見てもらえる書類を作りたかったので、インパクトのある名前にしたいと名付けました。公演が大好評で再演を頼まれて、名前を変えるわけにもいかないですから2回目も同じ名前でやったら、本当に(名前が)変えられなくなっちゃったんです! 世間に名前が知られるようになりましたので、その後、商標登録もしました。安全な名前です!(笑)
――SDA48の名付け親は須田さんなのですか?
「名前を売りたい!」と思って付けた訳じゃないのですが……結果、ゴロが結構良くって。よく「48人いるの?」と聞かれるんですが、そういうわけではないです。過去の出演者を合わせると30人は超えると思いますけれども。
――今年は2枚目となるCDアルバムをリリースされましたね。
ええ。アルバム制作にあたっては、クラウドファンディングに挑戦しました。お金という観点以上に、活動自体を知ってもらうきっかけになったらいいなという想いからです。お陰様で目標金額も達成でき、とてもありがたかったですね。
――ヴィオラという楽器にはどういった特徴があるのですか?
ヴィオラという楽器は、実は、わざと中途半端なサイズで作られています。音域的には、チェロとヴァイオリンの中間ぐらいの大きさがないといけないのですが、その大きさだと演奏できない。だから、「大体、このくらい」というサイズで作られています。そのせいで、一つひとつ楽器の音色にだいぶ違いがあります。しかも、ヴィオラ奏者は、割と個性の強い人が多い!(笑)でも、不思議とそういう個性がぶつからない楽器なんです。
――ヴィオラだけで演奏することが想像できないのですが、どんな感覚なんでしょうか?
不思議ですよね。先日、コンサートを手伝ってくれた学生さんから、「音がすごく綺麗に混ざりますけど、皆さん、弾き方が似てるんですか?」と聞かれました。改めて考えみましたけど、誰も似ていないんです! 似ていないのに音色が交わるのって、多分、ヴィオラだけじゃないでしょうか。ヴィオラという楽器を選んだ時点で、アンサンブルが非常に重要な要素になってくるっていうのは間違いないんですよね。もちろん、立ち上げてしばらくは、やはり音色を溶かすのは大変でしたけれども。
>(NEXT)「演者も、お客さんを楽しませるために真剣に楽しむ」
「演者も、お客さんを楽しませるために真剣に楽しむ」
――ヴィオラがもつ個性と協調性が面白いですね。10人のヴィオラ奏者から生み出される生のハーモニーを、1月、紀尾井ホールのコンサートで聴けるのが今から楽しみです。
本当にありがたい話ですね。これまでは、お客さんと近い距離を保つことを念頭においてきましたが、紀尾井ホールの良い音響もありますので、お客様と共に私たち演奏する側も良い音にどっぷりと浸れたらいいなと思っています。
――SDA48の11年目を飾るこのコンサートですが、ここでしか聞けない曲ばかりを集めた選曲にも注目しています。
コンサートの幕開けを飾るのはロッシーニの「ウィリアムテル序曲」です。この曲はCDアルバムにも収録しました。チェロはいらない!オーケストラはいらない!と思わせてくれる一曲です。次は、ジェイコブの「8つのヴィオラのための組曲」。ヴィオラのために書かれた作品は数が少ないのですが、その内の名曲です。8人奏者が揃わないと演奏できない曲で、楽譜を手に入れるのもなかなか大変でした。どちらの曲も、ぜひ聴いていただきたいですね。
――そして、ビゼー「アルルの女」第2組曲と続きます。情熱的で人気がある作品ですし、誰もが一度は耳にしたことのある曲だと思います。
この曲も盛り上がりますよね。既に日本センチュリーではヴィオラ4人版として弾いていました。最近は、オーケストラの仕事をしながら、「これヴィオラだけでいけるかな?」とか、ついつい考えちゃいます(笑)。ビゼーの曲は、案外、全部いけるんじゃないかなと思っていて、「カルメン組曲」や「交響曲第1番」もいけるんじゃないか……と、そんな妄想をしていた中で実現しました!
――編曲はどなたが手掛けられたのでしょうか?
今回、出演者としても参加してくれている飯田香さんです。彼女のアレンジが、とにかく素晴らしい!「SDA48」の活動を始めた頃、「誰がアレンジできる?」とメンバーに尋ねたら彼女の名前が挙がって、お願いしたのが最初です。以来、新しく楽譜を作る際は、基本的に彼女にお任せしています。今では、彼女の下に外国からのオファーも来るようになったそうです。
――それはすごい才能ですね!ヴィオラのことを熟知している上に、素敵なアレンジもできるとは、心強いですね。そして、後半にはメタリカの「Master of Puppets」があります。他では聞けない一曲で、正直、驚きました!
モルゴーア・クァルテットの荒井英治さんは、私が大尊敬している方のお一人です。彼らのプログレッシヴ・ロックはあまりにもカッコいい! 英治さんに「ヴィオラ4人で何やったらいいですかね」って聞く機会があって、候補として提案していただいた曲の一つがメタリカのものでした。弦楽四重奏の曲を、今回はヴィオラ四重奏にアレンジしています。
――そして、プログラムはハードロックの楽曲に進んで行きます。X JAPANの「紅」(YOSHIKI 作曲)ですが、ヴィオラによる迫力の演奏に期待しています。
実は、この「紅」という曲は、クラウドファンディングのお礼として用意したものだったんです。「5分ぐらいのご希望の一曲を、ヴィオラ四重奏にして、動画でプレゼント」というものでした。寄付額が高額だったので購入していただけないかと心配していましたが、お2人も寄付してくださいました。その時のリクエストが、さだまさしメドレーとX JAPANの「紅」だったんです。
紅 (KURENAI) X JAPAN presented by SDA48
――おお!元々は、リクエスト曲だったんですね。
TOSHIさんの歌声はヴィオラ的なんです。わざとこう、絞り出すように歌っている。それがまるでヴィオラだったので、メンバー皆でびっくりしました。こうした縁もご支援者様のおかげです。
――新レパートリーと言えば、人気漫画『鬼滅の刃』の主題歌「紅蓮華」(草野華余子 作曲)や、『スターウォーズ』メドレー(J・ウィリアムズ 作曲)もありますね。
「紅」にしろ、LiSAさんが歌う「紅蓮華」にしろ、歌う声にとても音域・音色が近いヴィオラという楽器の特徴がよく出ていると思います。歌うものを弾くのが、ハマりやすいんです。チェロも「人間の声に一番近い楽器」とか言われますが、生身の人間に比べると低めの音ですよね。『スターウォーズ』メドレーは、当然、カッコいい曲なんですが、演奏がすごく難しいので、実はあんまり弾いてきませんでした。一つの挑戦です。
――充実のラインナップと、それを実現していく須田さんの企画力に脱帽です。他にもおすすめの曲はありますか?
今回のコンサートには入れなかったのですが、クイーンの「We Are The Champions」がすごくいい。フレディの声は、正にヴィオラの声。日本センチュリー交響楽団のYouTubeで動画を見ることができますので、是非。全員がお面をつけているので、全く誰だか分からないですが(笑)。
「いつ何があってもいいように」とお面を持ち歩いているという須田さん。
始めに話したように、つまらないコンサートがあまりにも多いんじゃないかという問題意識があります。自己満足の要素が強いのは、やっぱり良くない。ジャズピアニストの小曽根真さんと親しくさせていただいていますが、彼のステージを見に行った時に、彼自身が本気で楽しんでるのが見えました。「『こっち』が楽しまなかったら伝わらないよね」と、すごく反省させられた。演者も、お客さんを楽しませるために真剣に楽しむ。どこまで面白さを広げられるかをいつも考えています。
――今後、やってみたい曲や、ご自身の中で温めてるアイディアがあればお聞かせください。
沢山あります(笑)。SDA48のメンバーに聞くと、結構、面白い案が挙がってきます。特に、ロック系のレパートリーは増やしていきたいですね。
――次の10年間もSDA48から目が離せないですね。それでは最後に、コンサートを楽しみにされているお客様へのメッセージをお願いします。
最初の頃から、メンバーの間で共有してきた絶対忘れちゃいけないことがあります。それは、「クオリティを下げるな、じゃないと面白さが伝わらない」ということです。「高いクオリティで、あらゆることを」というのが、すごく大切なことだと思ってます。ご来場いただいたお客様には、絶対、後悔させないという思いでいます。来てよかったと思っていただけるためにメンバー全員で準備を進めていますので、是非、会場にお越しください!
取材・文=大野はな恵 写真=ヒダキトモコ