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月詠み 3周年を迎え、新たな可能性を明示した『ANOTHER MOON』Spotify O-EAST公演をレポート

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月詠み

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月詠み LIVE 2023『ANOTHER MOON』
2023.11.2 Spotify O-EAST

居待月と呼ばれるだけあって、今宵の月の出は20時前頃であったというがーーまだ月のあがらない空のもと、渋谷の街中にたたずむSpotify O-EASTでは「月詠み LIVE 2023『ANOTHER MOON』」が行われようとしていた。

ちなみに、月詠みとは作曲家のユリイ・カノンが立ち上げた多角的にクリエイターが参加する音楽プロジェクトで、これまでにはユリイ・カノンの執筆した1st Storyとなる小説『だれかの心臓になれたなら』を土台に、ミニアルバム『欠けた心象、世のよすが』『月が満ちる』の2作が作られてきている。

ただ、昨年12月に渋谷Veatsにて『月詠み Story Live 2022「だれかの心臓になれたなら」』の追加公演が決まった時点で、ユリイ・カノンはこれに向けたインタビューの際に以下のようなことを語ってくれていたので、その言葉をここに再掲しておきたい。

月詠み

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「『欠けた心象、世のよすが』と『月が満ちる』でひとつの結末をみた物語であるとはいえ、このストーリーに関してはまだ語り切れていない部分も当然ありますからね。あるいは、描いてはいるけどもっと踏み込んだ表現が出来る部分もあると思うので、そういうところを自分が憔悴するくらいまで追求していきたいです」

まさにこの言葉を具現化するかのごとく、月詠みは先だって9月に自身初のEP作品『アナザームーン』を発表し、ここでは1st Storyに対する“アナザーストーリー”が描かれていくことに。1st Storyにおいて重要な立ち位置にあった、ユマとリノというふたりの少女たちにとっての“もしかしたら存在していたかもしれない平行世界”が、ユリイ・カノンの詞世界やボーカリスト・Yueの歌声をもって紡がれていくことで、物語はより拡がりを増したのではなかろうか。

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そんな月詠みの生み出した“ifストーリー”は、今回の「月詠み LIVE 2023『ANOTHER MOON』」の場でさらなる深化を遂げたと言っていい。コロナ禍のガイドライン制限下では考えられなかったほどの密度で多くの観客たちが集うことになっていたこの夜、開演時間になっておもむろに聴こえてきたのは繊細なピアノの音色で奏でられる「月灯りの消ゆまで」と、それにオーバーラップするユマ(CV:遠藤瑠菜)とリノ(CV:三宅美羽)の繰り広げる《monologue》という名のライブリーディング。さらに、ステージ前に垂らされた紗幕には音楽や音声とシンクロした映像や文字が次々と映し出されていくことになった。

かと思うと、一転して始まった「逆転劇」では、ダイナミックなバンドサウンドを背景にしてYueが伸びやかなボーカリゼイションを披露し、それにより瞬く間に聴衆の心が鷲掴みにされてしまったのは当然のことだったろう。至って自然な流れで、フロアは早々に高い熱量での盛り上がりを見せ始めたのだ。

なお、ステージ上にはセンターよりやや下手側に月面基地を思わせるようなフォルムの多角形ドーム型ブースが設置されており、その中にはシンセサイザー類を操るユリイ・カノンの姿が。紗幕越しなうえ、ブースにはほぼライティングが当てられないような演出になっているため、彼が一体どのような表情をみせながらパフォーマンスしているのかまではうかがいきれなかったものの、月詠みの主宰者としてユリイ・カノンがこの空間を絶対的に司っていることは間違いなく、彼はある種の強い存在感を放っていたようにも思う。

月詠み

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今回のライブでは、「或いはテトラの片隅で」で初めてユリイ・カノンが自らメインボーカルをとる予想外の展開があり、ここではオーディエンスが大きな手拍子をもって彼のいきいきとした歌声を歓待することになったのだった。

また、EP作品『アナザームーン』に“リノが初めて作った楽曲”として収録されている「春めくことば」を生で聴けたことも、月詠みファンにとっては大きな収穫だったはず。きっと音源とはまた違うリアリティや説得力を持ったものとして、この曲をよりいっそう堪能することができたに違いない。

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ライブ中盤で演奏された「真昼の月明かり」では、再びユリイ・カノンがボーカリストとしての才覚を発揮する一幕があり、ここでも観衆は曲のリズムに合わせたクラップで加勢し、見事に演者側と一体化したグルーヴを生み出すという、ライブならではの素晴らしい光景が生み出されていたのも印象的な場面だった。今やオンラインでのコミュニケーションで多くのことが事足りてしまう世の中ではあるが、やはりそれでも人が集い人と人が向き合う空間でしか生まれないものがライブには在るのだな、ということを今回のライブに参加したことで再確認した人も少なくなかったのではないだろうか。

その後も、随時ユマとリノの《monologue》をはさみながら進行していったこのライブでは、分岐点となる『アナザームーン』収録の「花と散る」からの流れが実に秀逸かつ重要だった。現実とは異なる夢の世界でふたりが向き合うどころかすれ違うことさえなく、過去の記憶を頼りに互いの存在を微かに感じあい、それぞれの心の中に変化が生まれていく様はもどかしいようでいて、やるせないほど切なくもあった。

月詠み

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このライブの本編最後にYueの歌いあげた「生きるよすが」は、夢から醒めたリノがユマから託された想いを彼女へ届けるべく歌うもので、歌詞にある〈どうか どうか こんなに命に 明日を生きる理由をくれよ〉という1節は、挫折や懊悩を経験したことがある人ならば誰もが共感し得るものになるだろう。

むろん、この「生きるよすが」をもって“もしかしたら存在していたかもしれない平行世界の物語”にもひとつのピリオドが打たれたことになるが、11月8日からは「生きるよすが」(Acoustic Ver.)が配信開始となっていることを思うと、それこそがふたつの物語をつなぐ終章になっているとも考えられそうだ。

月詠み

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「月詠み LIVE 2023『ANOTHER MOON』」は、ベースとなっている物語の特性もあり、喜怒哀楽のうち“楽”の部分はそこまでフィーチャーされないところがあったとはいえ、今回のアンコールではアッパーな新曲「電影都市七番街」と、月詠み以前からユリイ・カノンを知っている人々にとってなじみ深い「おどりゃんせ」の2曲がツインボーカル体制(ユリイ・カノン+Yue)にて披露された。満員御礼の会場は半ばお祭り騒ぎのようなハジけぶりをみせながら、大団円を迎えることになった。

10月10日にはめでたく3周年の節目を超えた月詠みが、このたびの「月詠み LIVE 2023『ANOTHER MOON』」で今までにはなかった一面や、新たな可能性を明示したこと。なおかつ、1st Storyがここで結末をみたという事実。それはいずれも月詠みにとって未来へと向けた布石になっていくのだろう、とあれこれ想いを馳せながらSpotify O-EASTを出て帰途へ着こうとした時。仰いだ空には居待月が輝いていた。

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文=杉江由紀
撮影=坂 龍之

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