古海行子
ピアニストの古海行子が、2023年12月3日(日)大阪・あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール、2024年1月28日(日)東京・浜離宮朝日ホールにて、『ピアノ・リサイタル「Liszt」2023-2024』を開催する。
古海は、2022年第12回ダブリン国際ピアノコンクール第2位を受賞、2021年第18回ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。そして、2018年第4回高松国際ピアノコンクールにおいて日本人として初めて優勝した。日本はもとより、イタリア、ポーランド、アメリカなど数多くのコンサートに出演。また日本フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団をはじめ、オーケストラとも数多く共演し、跳躍を続けるピアニストだ。
本公演は、11月29日(水)に発売される、アルバム『リスト:ピアノ・ソナタ』発売記念で行われ、インタビューでは公演をはじめアルバムについて聞いたインタビューが届いたので紹介する。
ーー今回のリサイタルでは、アルバムのリリース記念として、リストのロ短調ソナタをメインに置いたプログラムが組まれています。なぜ今リストのソナタに取り組まれたのですか?
ずっと弾きたくて、でもなかなか手が出せなかった作品です。今回、2枚目のアルバムで何を録音しようかと考えたとき、この機会なら勇気が持てると感じて取り組むことにしました。
正直、リストは自分にとって近くはないというか、憧れの存在です。自分にないものがあって、それがすごく欲しくて手を伸ばしてみてもなかなか届かない、ちょっと遠くにいる作曲家です。リストを練習していると、もどかしいものを感じることが多いのです。
ーーどんなところがご自分にないと感じる部分なのでしょう?
オープンマインドなところや、華麗さでしょうか。人を惹きつける魅力あるパーソナリティに憧れます。その意味では、例えばショパンのほうが自分に近く、共感できる部分があります。
古海行子
ーー確かに録音でリストのソナタを聴かせていただいて、とても健康的でありながらどこかオープンではない、内に向かっているような、不思議な魅力を感じました。
多分、それがそのまま私のパーソナリティなのだと思います。わりと常に考えていて、でもそれがネガティブなほうに行くわけではないんです。外に向かって出ていくよりは、内側にずっと掘ってしまうところがあるというか。音楽を通して聴き手にそこまで伝わってしまうものなんですね(笑)。
リストのソナタには、中学生の頃、この曲が使われている「椿姫」を原作としたバレエ「マルグリットとアルマン」のDVDをたまたま観たことがきっかけで心を奪われました。長らく憧れ続け、自分の中に明確なイメージができていたので構想の面で苦労することはなかったです。今回の録音ではバレエで描かれるいろいろな場面、時の流れ、愛、別れや死という人生の物語が自然と表現の核にありました。
ただこれからコンサートで弾いていく中で、そのイメージにもいろいろな変化があるだろうと思っています。
ーーリサイタルは、J.S.バッハに始まり、シューマン、リストと続くトラディショナルな構成です。
今回は、初めて同じプログラムで全国いくつかの都市を回ることができるので、多くの方に楽しんでいただける内容を考えました。
バッハのイタリア協奏曲はメジャーな作品で、コンサートの始まりにいいと思いました。あと私、冬になるとバッハを弾きたくなるんです。冬の気候が教会やヨーロッパのしんとした冷たい空気を思い起こさせるのかもしれません。純粋な音楽の喜びが感じられる作品です。
また、シューマンの「謝肉祭」は、主人公なしにいろいろなキャラクターが次々にあらわれては消えていきます。リストのソナタが一人の主人公とともに物語をたどる作品であることから、その対比として選びました。
ーーシューマンは、以前からよく取り上げていらっしゃる印象があります。
好きなんですよね。ピアノソロの中でも特に初期の頃の作品は、終盤のほうで、痛みや傷を全てうけとめ、携えながら前に進んでいくような部分がどの作品にも出てきます。それがシューマンの音楽の泣ける部分で、勇気をもらえます。
『古海行子 ピアノ・リサイタル 「Liszt」2023-2024 -CD 「リスト:ピアノ・ソナタ」発売記念-』
ーーということは、シューマンの気分のアップダウンには自然と共感できるのですか?
いえ、大変ですよ(笑)。私は気性が荒くないほうなので、一生懸命ついていかないといけません。でも、シューマンももがきながら曲を書いてたんだろうな、器用でない部分もあったんだろうなということが音楽から伝わってくるので、“不器用仲間”としては勇気をもらえるんですよね。もっとシンプルにいけばいいのにそうはできないところに、すごく共感します。
ーーそうすると、リストはご自身とは違うタイプということになるのですね。
そうですね。リストについては、器用とまではいえないかもしれませんが、もう少し本人の理想がストレートに音楽に現わせられているような気がします。感覚的な話ですけれど。やはりそういうところに憧れるのだと思います。
ーーピアニストとして歩んでいくなかで、一番大切にしたいと思っていることはなんでしょうか?
演奏者は作曲家が楽譜に残したものを音にする媒介者です。これまでもこれからも、作曲家を最大限にリスペクトし、自分はいわば楽器の一部のようなものだと認識していることは、変わりません。その気持ちで作品の魅力を伝ることで、聴いてくださる方の心に何かが残ったり、変化を感じていただけたりするといいなと思います。
最近、自分がクラシックの演奏会に行って改めて感じるのは、その非日常感です。客席にいるあれだけの人が音が消える瞬間に耳を澄ますことは、普段の生活ではありえません。そんな時間芸術ならではの空間を体験できることが、生演奏の醍醐味だと思います。特にピアノは音が減衰する楽器なので、空気感が特別ですよね。演奏する側として、これからもその感覚を大切にしていきたいです。
取材・文=高坂はる香