加藤 runpe 将×大城裕介
2021年に下北沢の“下北線路街”にオープンしたエンターテイメントスペース・ADRIFTを知っているだろうか。老舗のライブハウスも多い街において一際異彩を放つ、まるで美術館か何かのようなモダンで開放的な外観からして目を引くこのハコ。これまでにsumika [camp session]や雨のパレードやFIVE NEW OLDといったバンドがライブを行ったほか、ハコが仕掛けるブッキングライブ/イベントも数多く仕掛けるなどして注目を集めている。このADRIFTの企画やブッキングを手がけるのは、sumika等のスタイリストを担当するほかイベントや企画のプロデュースでも手腕を発揮する加藤 runpe 将氏と、これまで有名アパレルやボウリング場で勤務しながら自らもステージに立ってきた大城裕介氏という異色のタッグだ。2人がどのようなビジョン、コンセプトのもとADRIFTを動かし、何を仕掛けようとしているのか、その胸中を語ってもらった。
──まずこのADRIFTはどのような経緯でできたんでしょうか。
大城:ここに元々あった小田急線の線路が地下に潜るということで、小田急さんが線路跡地の開発を行う中で地域のカルチャーに根付く場所を作りたいとの事で、商業+エンタメ+ホテルの開発/運営を弊社(株式会社G R E E N I N G)に依頼されたそうです。そこでたとえば近所の皆さんが何かの発表会をしたりとか、演劇をしたり落語をしたりライブをしたり、飲食も交えたイベントをやってみたりっていうスペースとしてここを作って、隣のホテルには演者さんとか関わる人が泊まってもいいよね、みたいなコンセプトでできた建物です。
加藤:下北沢に開発が入っていろんなものが出来ている中で、この通り自体にライフスタイルの提案みたいな要素が非常に強くて。店舗にもアートギャラリーがあったりアパレルがあったり、飲食や美容的なものもあったり。要はここの通りで全てが解決できるみたいなコンセプトと、新しいカルチャーを発信することも踏まえて出来てるんだろうなっていうイメージですね。
──お二人はどのタイミングから携わっているんですか?
大城:僕は今年の3月からです。
──それ以前の経歴を見るとなかなか面白いんですが、そのあたりもお話しいただけますか。
大城:(笑)。アパレルが20年、そのあとボウリング業界が7年で、今ですね。渋谷区笹塚に笹塚ボウルっていうボウリング場があるんですが、ライブができるステージやDJブースが新設されて、その向こう側にレーンがあるという感じのところになっていて。あそこのブランディングも含めた運営や企画まで僕が入ってたんですよ。それ以前は原宿のドメスティックブランドにいたんですけど、並行してDJをやったり音楽も作ったりしていて。
──演者としてもプロデュース側としても音楽業界との関わりはあったんですね。runpeさんも元々はアパレルのNANO universeにいらっしゃいましたよね?
加藤:そうです。元々はセレクトショップのPR系の事業部をやっていたところから独立して、当初はスタイリストをメインになっていたんですけど、いろんな縁もありアパレル企業やファッションビルなんかのPRもしていました。で、今に至る起点としてはhotel koé tokyoができるときにお話をいただいたことです。ブランディングのための音楽デザインというか、hotel koé tokyoというものの認知を上げて興味を持ったり使ってもらうようにすることを考えて、音楽イベントやポップアップを企画するようになって。そこから音楽まわりのイベント制作的なことも増えてきて、UNI9UE PARK、大洗海上花火大会をはじめ様々なイベントのブッキングや、ファッションビルのイベント企画、プロデュースさせて頂いたり、ここ数年は音楽と密接になっています。自社でアーティストを抱えて、レーベル、音楽マネジメント、出版、宣伝、制作っていう音楽業界の仕組みを知る動きもここ数年やっているので、トータル的な音楽プロデュースみたいなことも仕事として増えてきました。
──そうなんですね。
加藤:ちょうどここがオープンして1年くらいのタイミングでお話をいただいて──ADRIFTはtoeの美濃(隆章)さんがデザインして、音響機材も⻄川⼀三さんっていう音響技師の方がやっているんですが、現地調査に来たときに「絶対にいける」と思ったので、自分の思うイメージや企画をやらせてもらえるんだったら喜んでやりますよって。昨年の10月に契約をさせていただいて、本格的に動き出したのは11月からかな。そこからは月3〜4本くらいはハコ主催のイベントを、自分から発信する形で動かしている感じです。
加藤 runpe 将×大城裕介
──お二人はそれ以前から面識はあったんですか?
大城:知り合えてなかったんですよ。
加藤:共通の知り合いはめちゃくちゃいるんですけど。入った当初に条件として、現場を任せられる人とブランディングや営業をできる人を2人くらい欲しいという希望を出していたので、そこに大城さんが館長という立ち位置で合流した感じです。で、しゃべったらめっちゃ気が合った(笑)。
──元々の出自や、いろいろな経験・人脈を持っていること、そこに基づいたマルチな感性をクロスオーバーさせていける部分など、共通する要素は多そうですね。
加藤:そうですね。元々音楽業界にずっといる人間じゃないので、「こうでなきゃいけない」みたいな固定概念がないところは、我々の強みで。
大城:そうですね。
加藤:そこをADRIFTの個性として表現していけるっていうのはありますね。
──実際にADRIFTを通して音楽業界やそこにいるアーティストたちと接する際、大切にしていることはありますか。
加藤:まず音楽を好きでいることと、人と人として向き合って良いところを探すこと。相手を尊重する心構えを自分が持つことで、興味を持ってもらえたり、ADRIFTに対する印象も良くなっていくので。細かい気配りや相手が言われて嬉しいこと……「そこを聴いてくれてるんだ」とか、痒いところをちゃんと見て伝えるようなコミュニケーションは努力してます。あとはアパレルで接客の仕事をやっていたので、相手のものを選ぶという職業で洞察力自体がすごく付いたと思うんですよね。そこがうまくミックスされて自分のキャラ構成になっているのかもしれないです。
大城:すごい、自己分析が(笑)。僕はわりと夜のクラブでの活動が多かったんですよ。だからいま自主イベントに出てもらってるアーティストとはあまり接点がないので、基本的にはrunpeさんとブッカーの子に任せてる部分はあります。基本的に来たものに対しては「どんなアーティストなんだろう」って自分の中で消化した上でやってますね。でも、僕も若いときに結構突っ走ってたし、若手のアーティストを見てると後押ししたいなっていう思いはめちゃくちゃあるから、頑張ってほしい。ADRIFTから色んなアーティストが出ていってくれたらすごく嬉しいなと思ってます。ありがたいことに、稼働が増えていく中で「初のワンマンライブをやりたいんです」っていう問い合わせもめちゃめちゃ増えていて。たぶんちょうどいいキャパなんでしょうね。
──MAX300くらいですか。
大城:300でお伝えしてます。なので「よし、ちょっとやってみるか」っていうハコになりつつある。runpeさんに入ってもらったときのコンセプトと、実際の今ある問い合わせとが合致していて。良い波が来ている感じがしてます。
──その当初のコンセプトというのは?
加藤:“クロスオーバー”というのが前提にあって。過去・現在・未来じゃないですけど、音楽シーンを作ってきた人、今作ってる人、これから作る人を分け隔てなくクロスオーバーさせて、一緒にここで表現者としてステージに立ってもらうことだったり、あとは音楽だけでなく……ADRIFTの武器の一つとして外が使えるんですよ。キッチンカーを出したりフリマをやったりもできるから、アーティストの持っている個性を立体的に表現していくところにコンセプトとして重きを置いていて。ライブをする人同士もジャンルもボーダレスにするし、音楽だけじゃなくカルチャーやアートとも一緒にやってクロスオーバーしたり、そういうことをすべき場所だと思って動いていってます。
──なるほど。
加藤:それを実際に表現する場所として、『Creators Circuit』っていう自主イベントを作っているんですよ。そのアーティストごとのライフスタイルを表現しようという形で、今まで雨のパレード、FIVE NEW OLD、RUNG HYANG、kojikoji、Living Ritaなどが共同開催させていただきましたが、それぞれに考えてることが違うし、それぞれが気になっているけど一緒にライブやったことがない人もあえてアサインして、新しいものを生み出していくイベントとして開催しています。できれば毎月やるようにしたいですね。そこがADRIFTの武器というか……下北沢って良いライブハウスが多くて、そういう古き良き的なところと競合してもしょうがないので、ロケーションに合ったことは何かと考えたときに、やっぱり新しい風が吹いている場所なので新しいことをやりたい。じゃあ新しいことって何だろう?ってなると、新世代のアーティストだったり、会場前のスペースで催し物もできるっていう部分でした。ライブハウスでキッチンカーを出してミニマルなフェスみたいなことをできる場所ってないじゃないですか。
──ないですね。規模感を別にすれば、かつてあった新木場STUDIO COASTくらい。
加藤:ああ、そうですね。そういうところを武器として、アーティストと一緒に成長していけたらと思ってます。“参加型のハコ”みたいな言葉が一番しっくりくるのかもしれないですね。演者も我々キュレーターもお客さんも、みんなが作るイベントを積極的にやっていきたいなと。
ADRIFT
──下北沢という既存のライブハウスも多い街で、どう戦っていくつもりかは気になっていたんですが、そもそも同じ土俵に上がっていないということなんですね。
大城:そうですね。
加藤:もともとhotel koé tokyoをやっていたことで、自分のまわりのシーンは現代のシティポップにカテゴライズされるアーティストが多いです。土着的なロックの方っていうよりはバックボーンにカルチャーがあって、ファッションにも興味があるアーティストがそもそも多いんです。だから俺が選ばれた時点でコントラストはできてるじゃないですか。まずはハコのあるべきビジョンを作ることが大前提にあって、そこからの味付けとして「でもこういうのも良いよね」「これもあるよね」みたいな形にしていきたいと思ってます。パンクなイベントとかもやりたいですけど、今はまだできていないですね。
大城:ただ、最近はラッパーやアイドル、声優さんなど多方面から問い合わせも多いんですよ。
──あ、そういうイベントに関しても地下にあるライブハウスよりだいぶ向いている気がします。
加藤:やっぱりキレイだから、初めてライブに来る人も入りやすいんですよね。グランドフロアにあるのも大きくて。
大城:外からステージの様子まで見えますしね。(ライブを)やってるのが丸見えなのも楽しいですよね。
──そういうブランディングやハコの理想像を描く上で、リファレンスはあったんですか。
大城:僕が入るときは、ぶっちゃけまだ厳しい……ハコ自体が認知されていないので「厳しい状況にあります」「どんどん認知を上げていってほしい」ということで動き出して。そうしたら自主イベントをやってることによって少しずつ認知が広まっていく感覚があって、だんだん問い合わせも多くなってきたんですよ。利用者の方も本当にさまざまで、それって僕が笹塚ボウルのときにやっていたこととリンクするというか。当時、DJのイベントをやったりウェディングや企業の懇親会の受付も全てやっていたんですけど、そういう予約も入ってくるようになって。
加藤:間口が広いから誰でも使えるんですよ。それに音もすごいから、一回ライブした人はまたここでやりたいっていう動線もできている。
大城:癖になるみたいです。
加藤:だって陽が入るライブハウスですよ、意味わかんなくないですか(笑)。
大城:(笑)。だから一回やった人が、来年またやりたいですとか、そういうふうになったら良いなって。
──育っていくのを見守るみたいな観点も生まれるでしょうね。
加藤:アーティストに関しては特にそうですね。自主イベントのステップを作っているんですが、まず観てみたいアーティストは『next up』っていうイベントに出てもらって、そこでのライブでのパフォーマンスやお客様とのコミュニケーションを見ています。そうすると自分たちも気持ちが入るんですよ。ここをホームグラウンドとしてもらえるアーティストを何組か作って、ADRIFTとしてプッシュしていくことを意識していますね。
ADRIFT
──以前のスタイリスト等の業務だと、そのくらいのキャリアの若手と接する機会はなかなか無かったんじゃないですか。
加藤:そうですね。スタイリストだと冒頭の1組以外もはややっていないので(笑)。でも若い人ほど自分たちの持っていない感性を持っているから──
大城:めちゃくちゃ楽しそうですよね。
加藤:楽しいですよ。そういう人たちから「新曲できたんです、聴いてください」って送られてきたのを聴いて「いいね!」「プレイリスト入ったね」みたいな。そのコミュニケーションってすごくピュアで。そうやって前を向いて頑張ってるのを見るのはすごく好きかもしれないです。……というのもありつつ、ブッキングに関しては“俺だからできるブッキング”もぶっ込んでるので。
大城:ふふふふ。
──両輪あるのが良いですね。ある意味ハコの規模に合わないアーティストから、いにしえのライブハウスと同様に新人のフックアップ機能も果たせる。
加藤:はい。そういうところでアーティスト同士の接点もできて、若いアーティストにもチャンスが生まれて。自分の絵図でいうと、いま若手として出てる人が、大きくなってもここへ帰ってきてライブをやってくれるみたいな循環を、どんどん作りたいんです。
大城:僕としては下北沢の街の、みんなが使える場所にもしていきたいんです。ライブがあると近所の人たちが集まってくれたり、それでADRIFTを認知してくれたりとか。reloadには結構ご近所さんも買い物に来るんですけど、外で掃除しているとそういう人たちから「ここってどうやったら使えるの?」って相談を受けたりもして。そういう誰でも使えて街に貢献していくみたいなイメージですね、烏滸がましいですけど。
加藤:地域共生みたいなね。
大城:そう。もともと僕がこの会社に入った理由がそれなんですよ。reloadっていう場所ができていく様を、毎日自転車で笹塚に通いながら見ていたときに、街の人が楽しそうなんですよ。で、「どこがやっているんだろう?」で辿り着いたのが今の会社なんです。笹塚にいた頃から思っていた、街の人のコミュニティスペースになればいいなという思いが、変わらずにこの下北沢を拠点にできるっていうのが、僕の中ではワクワクするポイントです。
加藤:あとはもうひとつ武器が欲しくて。ドリンクカウンター以外にキッチンもあるので、お酒とかにもこだわって、ここのライブハウスに来るときはビルボードじゃないですけど、ちょっとカッコつけて来たくなるような感じにしたいなと思います。こだわりのお酒だったりとか、ここに来ないと食べれないようなものが音と共にあることで、何かができたらより良いなと。
大城:朝までのイベントもやりたいですね(笑)。本当言うと、近所の人が許してくれるなら夜通しのフェスはやりたいです。
加藤:メインステージと外で、2ステージのフェスはあるんじゃないですか、今後。どこかのタイミングでやりたいですね。
大城:そうすると夜のアーティストとか友達も呼べるし。OPPA-LAみたいな、ああいう朝から夜くらいまでDJの人とかブッキングしたフェスとか。
加藤:最近はよくアーティストが遊びに来るハコにもなってるんですよ。アーティストとの距離もすごく近いハコだと思うので、わりと友達感覚で来てくれるような環境ができていて。さっきも言いましたけど、お客さんもアーティストも一緒に成長する体験型・参加型のハコになっていくことも、今からやっていきたいことなのかもしれないですね。あとはやっぱり、『Creators Circuit』っていうイベントをこれからも押していくことで、アーティストのアイデンティティを表現するトータルイベント、カルチャーの発信というところにフォーカスしていきたいです。
取材・文=風間大洋
加藤 runpe 将×大城裕介