坂本美雨、EP「あなたがだれのこどもであろうと」発売日に開催したワンマン「still lights」レポート到着
2023年は、ライヴはもちろんのこと、11月には自身が翻訳を手がけた絵本『クリスマスのまえのよる』の刊行、また最新EP「あなたがだれのこどもであろうと」のリリースなど、精力的な活動が目立った坂本美雨。その最新EPのリリース日である12月20日、東京・すみだトリフォニーホールにて、ワンマン公演「still lights」が開催された。
ピアニストの平井真美子、そしてチェリストの徳澤青弦という、2021年発表アルバム「birds fly」と同じ布陣(そのほか舞台スタッフも作品に関わった人々)で臨んだステージ。ふわっとした印象のレースのドレスに身を包んで登場した坂本は、とても柔らかな表情を浮かべ、観客に挨拶。16年に発表した宮沢賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」のカバーを披露する。キャンドルのような仄かな光に包まれたなか、街の喧騒を忘れさせてくれながらも、聖なる夜を祝福するような、美しいファルセットを響かせた。そして「年末の慌ただしい時期にお越しいただきありがとうございます。今夜は、終演後にみなさんがよく眠れるような楽曲を用意しました。最近はこうやって(観客の前で)ライブができることの大切さを、より実感するようになった。だから、この2時間のステージはみなさんと今しか体験できない特別なものを作りたいと思います。音に身を委ねてください」と優しく語りかけ、「birds fly」の収録曲の数々を披露する。一緒に制作したメンバーとのアンサンブルということもあって、とても息のあった、また楽曲それぞれの持つ風景が思い浮かぶような、シネマティックなサウンドを展開。その音色が紡ぎ出す甘美な余韻に、誰しもが魅了されていた様子だ。
最新アルバム収録曲を披露した後は「手放しでお祝いできる世界情勢ではないですが、素敵なクリスマス・ソングを届けたいと思います」と、スタンダード曲「きよしこの夜/Silent Night」と「ザ・クリスマス・ソング (The Christmas Song)」をメドレーでカバー。混沌としている世界を憂いながらも、どんな状況にある人にも平穏で暖かな光を捧げたいという思いが伝わってくる歌声だった。
その光あふれる楽曲に続いて、「これからは父親が遺したメロディを歌いたいと思います」と、23年春にこの世を去った坂本龍一の手がけた楽曲の数々を、エピソードとともに披露。まずは「一時期は難しくて、歌いたくないと思ったこともありましたが、最近になって改めて楽曲の良さを感じるようになった」という奥田民生が作詞を手がけた99年発表のオリジナル曲「鉄道員」。オリジナルのレコーディングをしていた10代の頃の自身を振り返っているような雰囲気を感じ取ることができた。その後は、大貫妙子&坂本龍一名義で発表された「3びきのくま」、そして86年に英国の女性シンガー・ソングライターであるヴァージニア・アストレイに提供した「Some Small Hope」という自身のお気にいりの楽曲を披露。教授が創りあげた珠玉のメロディやサウンドの数々を大切にしながらも、自分らしさも加え、今後楽曲にさらなる輝きを与え続けたいという強い意思を感じ取ることができた。
終盤に入るとNHK朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」の挿入歌だった「天と手」や、友人の愛猫へのレクイエムとして制作したという「for IO」を披露。失ったすべての生命に対しての思い、そして今を生きている自分たちができることは何か?ということを問いかけているような真摯なメッセージが伝わってきた。そして本編のエンディングには、05年に発表した「THE NEVER ENDING STORY」をパフォーマンス、会場を華やいだ空気に包んだ。
アンコールには、坂本ひとりが登場。ステージの先端に座り、観客とほぼ同じ目線で友人のように語りかけ、そのままマイクなしで映画『戦場のメリークリスマス』(83年公開)の劇中歌としても使用されたアイルランドの民謡である「ダニー・ボーイ/Danny Boy」をアカペラで歌いあげ、圧倒させた後に、最新EPにも収録され、「赤ちゃんが泣き止む歌」として話題沸騰の楽曲「タベタイ」を、2人のメンバーを交え、とびきりの笑顔を浮かべてパフォーマンス(ラストに声を張り上げる場面がインパクト大)。子育ての慌ただしい暮らしのなかから生まれた楽曲であるそうだが、そこからは「どんな境遇にある子どもでも、それぞれに宝物のような輝きを持っている」というメッセージを聴きとることができた。最新EPでは、今を生きる<子ども>たちはもちろんのこと、かつて<子ども>だった人にも向けて制作したという。どの楽曲も純粋な笑顔がほころぶような仕上がりになっていると同時に、これから先は誰しもが笑顔になれ、またそれぞれが持つ輝きが活かせる世界や社会を構築していかなくてはいけないという気持ちを奮い立たせる作品に仕上がっていると思う。
ラストには97年に坂本龍一 featuring Sister M名義でリリースした「The Other Side of Love」、是枝裕和監督作品『怪物』の本編エンディングでも使用された坂本龍一「Aqua」の原曲でもある 99 年発表の「in aquascape」を歌いあげ、2時間におよぶステージは終了。最後には「良いお年を」と明るく手を振って幕を閉じた・
途中のMCでは「最近は、日常と音楽が密接につながるようになった」と語っていたが、現在の充実ぶり、そして等身大の自分を表現していきたいという思いが(シンプルなアンサンブルということもあってか)ストレートに響いてきた、今回のライブ。24年以降も、ナチュラルな姿勢で、世界と寄り添いながら、彼女にしかできない音楽世界を追求していく姿がうかがえた、スペシャルな一夜になった。
そして12月27日にはこの布陣で初の海外単独公演をソウル・世宗文化会館Sシアターで行う。
(文:音楽ライター 松永尚久)