日本を代表するジャズ・サックス・プレイヤー矢野沙織、菊地成孔をゲストにデビュー20周年記念アルバム発売を記念したプレミアムイベントを開催

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矢野沙織 / 菊地成孔

矢野沙織 / 菊地成孔

矢野沙織×菊地成孔『The Golden Dawn』CD 購入者限定 発売記念プレミアムイベント
2023.12.21(thu) 東京・ヒューマントラストシネマ渋谷

日本の女性ジャズ・ミュージシャンを代表するサックス・プレイヤー矢野沙織が、デビュー20周年アルバム『The Golden Dawn』のリリースを記念して、12月21日にヒューマントラストシネマ渋谷でプレミアムイベントを開催した。

CDを購入したファンを招待したこのイベントは、アルバムでストリングスアレンジを手掛けた菊地成孔を迎えたトーク、映画館での試聴会、サイン会の三本立て。『The Golden Dawn』は、矢野沙織名義ではおよそ8年半振りのオリジナルアルバムで、彼女のルーツであるチャーリー・パーカーにちなむビ・バップのスタンダードナンバーと、自伝的な心象を綴った最新オリジナル曲を組み合わせた力作だ。11月29日のリリース以降、多くの賛辞が寄せられる最新傑作の制作過程が知れる貴重な機会ということで、会場には熱心なファンが集まった。

矢野沙織 / 菊地成孔

矢野沙織 / 菊地成孔

第一部のトークイベントに登壇した、ジャズ界きっての論客として知られる菊地成孔と矢野沙織を繋ぐキーワードはビ・バップ。矢野沙織が昨年リリースしたHouse of Jazz名義のアルバムを、菊地が絶賛したことから始まった20周年アルバムの話題に入る前から、「ビ・バップとは何か?」というテーマでいきなり盛り上がる。1940年代に始まるビ・バップの歴史と意義について語る、菊地成孔の解説に矢野沙織がうなずき、「今のビ・バップはスポーティーなものになっているけど、そういうものじゃないと思う」という矢野の言葉に菊地がうなずく。チャーリー・パーカーを始めて聴いた時に、強い悲しみを感じたという矢野沙織ならではの、エモーショナルなパーカー観、ビ・バップ観がとても興味深い。

レコーディングの打ち合わせでも、本題に入る前に数時間にわたって、「ビ・バップとは何か?」で毎回盛り上がっていたと明かす菊地成孔。そのニューアルバム『The Golden Dawn』にインスピレーションを与えたのが名盤『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』で、あの作品が持つ「不気味さ、耳が酔っ払う感じを表現するため」に菊地に声をかけたと話す矢野沙織。本来は大編成のオーケストラが必要なサウンドを、4人編成のストリングスで出してほしいという矢野の無茶振りに応え、ミカ・レヴィやジョニー・グリーンウッドなど、現代エクスペリメンタルポップの奇才たちのアレンジを参考にしたと語る菊地。直感と理論がぶつかりあって刺激的な音楽が生まれる、舞台裏を紐解くトークが実に楽しい。

矢野沙織

矢野沙織

第二部では、『The Golden Dawn』からの数曲を、映画館の音響システムを使って爆音で試聴する。「Rocker」、「Autumn Leaves」「I’m In The Mood For Love」の3曲は、すべて菊地がストリングスアレンジを手掛けたもので、左右のスピーカーの中央にミュージシャンの姿が浮かび上がるような、立体感と迫力ある音が素晴らしい。「Rocker」は「いい意味で(サックスと)ストリングスが交じり合っていない」ことが『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』を意識した部分だと語る矢野。「Autumn Leaves」は現代的なオルタナティブ解釈で、ストリングスのコード進行を変えずに、サックスがパーカーの語法で吹きまくるスタイルにトライしたという菊地。しかもアルバムに採用されたのはテストトラック、つまり本番前の練習テイクだという。緊張感とリラックスが相半ばするみずみずしい音の連なりに、瞬間芸術としての二人のジャズ観の一致がうかがえる、素敵なエピソードだ。

「I’m In The Mood For Love」は、矢野の恩師であるサックス奏者、ジェームス・ムーディの十八番だった曲。2010年に亡くなった彼への思いを込めた選曲だが、「ストリングスは温かくしないで冷たい感じで」という矢野のリクエストに、見事に応えた菊地のアレンジが素晴らしい。「ビ・バップがこの世に生まれた時の異物感を取り戻せたら」という菊地の言葉は、『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』を踏まえた『The Golden Dawn』の核心をずばりと突いている。

菊地成孔

菊地成孔

このあと、二人揃ってのサイン会でファンとの交流を深め、予定時間を大幅に超えるほど盛り上がったイベントは終了した。『The Golden Dawn』が、デビュー20周年を迎えた矢野沙織の新たな代表作になったことは間違いないが、トークの途中で明かされた、当初は菊地がアルバム1枚を丸ごとプロデュースする計画があったものの、菊地の体調不良で3曲の参加にとどまったという裏話を聞くと、もしも実現していたらとてつもない傑作が生まれたかも?という可能性を想像せずにはいられない。ぜひいつか、このコンビでの次回作を期待したい。

2024年01月31日(水)には、『矢野沙織 20th「The Golden Dawn」at Billboard Live YOKOHAMA with Strings (conducted by 菊地成孔)』として、ビルボードライブ横浜でリリース記念ライブが開催される。『The Golden Dawn』の世界を、菊地成孔と共に再現する絶好の機会に、ぜひ足を運んでほしい。

取材・文=宮本英夫

菊地成孔 / 矢野沙織

菊地成孔 / 矢野沙織

 

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