『BRAHMAN Tour –Hands and Feet 9-』 撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
『BRAHMAN Tour –Hands and Feet 9-』2023.12.21(THU)横浜・BuzzFront
こめかみや首すじを流れていく汗の量が、今が12月であることを忘れさせる。落ち着ける場所はないに等しく、曲が変わるたび、後方から強烈な力に押され、一瞬で右やら左やらに流されていく。荒波の中に放り込まれたようだが、実際には地に足が着いているから、満員電車の急カーブといったほうが正しいか。いや、加えて、びったびたに濡れた誰かのTシャツと接触し、たまにとんでもない匂いを嗅ぎ、おまけに何度も足を踏まれていたりするのだから、この状況は満員電車の比ではないかもしれない。
それなのに楽しい。私も含め、誰もが喜んでこの場所にいる。ちょっとでも不快な顔をした奴がひとりもいないことに清々しい気持ちになる。観客はほとんどが40代前後のいいオッサン。ここまであけすけな恍惚の表情は、普段まず見せることもないだろう。全身汗まみれ、どろどろになったオッサンたちの、風呂上がりの少年みたいな笑顔。若くないから滲み出るピュアもあるのだ。
秋から始まったBRAHMANの全国ツアー『Hands and Feet 9』。未到の地、訪れたことのないライブハウスを中心に回ることをコンセプトとし、過去にも計8回行われてきた名物ツアー・シリーズだ。主要都市の有名会場は当然省かれていくため、あまり名も知られていない地方の、空調もよろしくない狭小バコでの肉弾戦がメインとなる。体力的には相当キツい。だが、彼らもまた好んでこれを選択したのだ。コロナ禍を超えた何度目かの原点回帰である。
撮影=Kanade Nishikata
ツアー最終日の直前、横浜・BuzzFrontのゲストとして登場したのはHUSKING BEEだった。「BRAHMANはきっと、みんなにとって、心の支え」との一言から、1stアルバムの一曲目「ANCHOR」を放つ彼らもまた、原点に立ち返るパンクロックを選んでいた。
音楽性も主張も違う今の2バンドが、かつてどんな空気を共有していたか、若い世代に具体的に説明するのは難しい。ただ、争奪戦のチケットを手にした中年たちは、彼らがはっきりと盟友だった時代をよく知る証言者でもあった。イッソン(Vo.Gt)が「僕らのこと知らない人もいるかと思いますが……」と謙遜気味に話しだすと「そんなわけねぇよ」「リトル・ジャイアント!」と、妙に懐かしい単語が飛び出してくる。この2バンドに限らず、周囲に仲間や兄貴分やトップランナーがいて、それぞれリスペクトを持ちながらも切磋琢磨していた90年代後半。その熱が、結果的にはAIR JAM系と呼ばれるシーンになっていた。
十把一絡げにされるのが嫌で、バンドそれぞれのオリジナルが花開いたところもある。特にハスキンは、当時のパンクバンドの中でも、疾走感や攻撃性を売りにしてこなかったバンドだ。その代わり、じっくりたっぷり響かせるメロディがとにかく強い。やはり今も沁みるのは「THE SUN AND THE MOON」のようなミドルテンポ、さらには何気ない年末の風景を描いた「青い点滅」あたりが年相応に似合っている。ラストの「WALK」まで10曲足らず。短すぎるセットだったが、「いや、このあと俺もブラフマンが見たい」と言い切ったイッソンの表情は、盟友を超えた、長年のファンに近いものがあった。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
続いてBRAHMAN。SEが鳴った瞬間、今やお馴染みとなった祈りのポーズをする人が少なかったことがまず印象的。争奪戦のチケットを手にした中年層、ハスキンの過去曲にもばっちり反応できるAIR JAM世代にとっては、あのポーズも「当時はなかったもの」に過ぎない。SEよりも、一曲目に来る「SWAY」、1997年発表のレア曲にとんでもない爆発が起こるところに、もう今日はコレなんだと納得した。あえて題するならAIR JAM世代の証言大会。マニアなセトリにどこまで呼応できるか選手権である。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
ボリビアのバンドSEMILLAのカバー「MIS 16」を聴いたのはいつぶりか。敬愛するニューキー・パイクスのカバー「LET’S GET ANOTHER PLACE」から初期曲「ARTMAN」で締めるラストなど、もうレアすぎて奇声が出てしまう。ただ、ポカンと置いていかれる客がほぼ皆無なのがもっと貴重でよかった。全曲で迷いのないコーラスが起こり、絶え間なくダイバーが湧き続ける。客席とステージを隔てる柵もない会場、下手にステージに落ちてしまえば演奏の邪魔になる。それを理解しながら、ギリギリの空間を使いながら絶妙のクラウドサーフを決めていく中年たちの素晴らしき身体能力よ。これぞ長年のプロファンと言いたい動きが、フロアのあちこちで起きているのだった。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
その景色が見えているのかいないのか、メンバーは酸欠気味のステージで一心不乱に演奏を続ける。ただし危うさや乱れは感じられず、さらに中盤、「不倶戴天」では、KOHKI(Gt)が高々と持ち上げたギターを頭上に乗せ、大胆にギターソロをぶちかますシーンもあった。ステージの低い会場、客席からステージ全体が見えにくい会場で、たまに披露するパフォーマンスなのだとか。毎回を全力でやりきる、だけでなく、ちゃんと魅せることを忘れていない。ファンはもちろん、バンドこそが熟達のプロフェッショナルである。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
ちゃんと魅せ、ちゃんと聴かせるという意味で、TOSHI-LOW(Vo)はさらに細かい配慮を忘れない。コロナ禍に生まれた最新曲「Slow Dance」は静と動のどちらかで二分できないニュアンスをまとっているが、だからこそ、一語一句を噛み締める歌唱の大切さと、それでも踊りたがっている身体のニュアンスが、どちらもリアルに伝わってくる。至近距離でぶつかり合うツアーだから、総じて書けば「狭小バコでの肉弾戦」となってしまうが、歌唱そのものはすこぶる丁寧。勢いで誤魔化すことを許さない表現力が確かに備わっているのだ。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
忘れない原点があり、重ねた経験があり、変わらずアグレッシヴに突き進む今がある。そんなふうに締めるのが妥当なのだろうが、一曲だけ、強烈な感傷もあった。「今夜」。フォーキーなバラードで、近年は親友・細美武士と一緒に歌うことが多かった曲だ。この日はTOSHI-LOWの独唱だったが、イントロの前に「スターがほんとに星になってどうすんだよ。せめて一緒に歌ってくんねぇ?」と客に語りかけたTOSHI-LOWは、曲間でも「そんな声じゃ星まで届かねぇよ!」と煽り続ける。彼なりのレクイエムだ。誰のことかは語られなかったが。
近しいバンド仲間から大先輩ミュージシャンまで、あまりに多くの人が逝ってしまった2023年だから、下手に特定するのは野暮だろう。ただ、個人的な記憶をプラスしておくと、2019年に北陸で行われた三つ巴の対バンシリーズ〈乱〉、その最終日に、BRAHMANはチバユウスケを呼び込み「今夜」を共に歌っていた。ツアー中の打ち上げで撮影された泥酔映像がSNSで回ってきた人も多いはずだが、あの馬鹿騒ぎの前には、互いに心を重ねた美しい共演があったのだ。
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
とはいえ、あんまり引っ張るのもこのレポートには似合わない。実際泣きのシーンはどこにもなかったし、終わった瞬間は「あちぃ」「つらい」「空気!」ぐらいのことしか頭に浮かばなかった。それでも「すっげぇ楽しかった」と笑って帰る。そんな繰り返しの中にBRAHMANはいろんなものを刻んでいく。多くを語らず、背中だけを見せて。これからもそうなんだろう。
そのタフネスがありがたいと昔以上に思うようになった。来年にHUSKING BEEが、そして再来年にはBRAHMANが、それぞれ結成30周年を迎えるのだ。この会場にいた300人だけではない。今となればすべてのAIR JAM世代に伝えておきたい。最後まで見届けるのが我々の役目だろ?
撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
取材・文=石井恵梨子 BRAHMAN 撮影=Tsukasa Miyoshi(Showcase)
HUSKING BEE 撮影=Kanade Nishikata