12月7日(木)大阪・Yogibo HOLY MOUNTAINにて、mol-74 presents『senses』が行われた。本公演は11月と12月に2ヶ月連続リリースのデジタルシングル「Mooner」と「寝顔」を記念して開催されたもので、「五感」をテーマに据えたライブ。12月2日(土)の下北沢ADRIFTに続いての開催であり、また、mol-74にとっては年内ラストライブとなった。アロマが焚かれたライブハウス、芸術美にこだわったセットリスト、楽曲の世界観と見る者の想像力を掻き立てる照明演出、メンバーが創意工夫を凝らしたステージングで、忘れられない、忘れたくない素敵な空間を作り上げたmol-74。今回はそんなライブの様子をレポートしよう。
mol-74 presents『senses』2023.12.7(THU)大阪・Yogibo HOLY MOUNTAIN
mol-74の音楽性に深く結びつく物語性、色、季節、時間。これまで彼らは、mol-74の世界観を表現するため、度々コンセプトを設定してライブやツアーを行ってきた。そんな彼らが今回初めて「五感」をテーマにライブを実施。今年2月には「mol-74が冬に聴きたい曲」に焦点を当て、冬の世界を表現した会場で演奏するコンセプトライブ『ICERIUM』を5年ぶりに開催したが、そこから約10ヶ月経ち、まためぐってきた冬の季節に、新たな切り口で世界観を構築することとなった。
公式HPとSNSで事前にアナウンスされていたのは、ライブのテーマが「五感」であること、連続リリース作品にちなんだメンバーのアート作品が展示されること、オリジナルドリンクの提供とアロマでの空間作りがなされること。そして照明効果が映えるよう「白いトップス」を着て来てほしい、ということ。ドレスコードのあるライブはそれだけでウキウキするから不思議だ。
会場のYogibo HOLY MOUNTAINは、今年10月に南海電鉄の⾼架下にオープンしたばかりのライブハウス。元難波ROCKETSを改装したハコで、なんばパークスのすぐ横にあり、アクセスの良さは抜群である。
会場に到着すると、まずはエントランスに併設されたアートスペースに誘導された。ここにはmol-74のメンバーが作った、新曲の「Mooner(11月配信)」と「寝顔(12月19日配信)」にちなんだアート作品が展示されていた。
武市和希(Vo.Gt.Key)の作品は、デジタルイラストレーションをキャンバスにプリントしたもの。対比する夜と朝の風景が美しく、どちらもシングルのジャケットに使用されている。井上雄斗(Gt.Cho)が作ったのはレジンアート。6cmの正方形のキューブに閉じ込められた「Mooner」をイメージした月と、「寝顔」をイメージした朝焼けと電線(使用済のギターの弦だそう)がライトアップされ、幻想的な雰囲気を醸し出す。髙橋涼馬(Ba.Cho)は趣味のカメラで撮影した写真作品。多重露光技法を用いた4枚で、2曲の世界観を表現した。そして坂東志洋(Dr)は油絵に初挑戦。楽曲を聴いて受けたインスピレーションを抽象画で表現していた。裏話だが、実は東京公演の時はまだ絵の具が乾いていなかったそう。それぞれの作品の横にはタイトルとキャプションが添えられていて、来場者はみんな写真におさめたり、じっくり作品を眺めて新曲に想いを馳せ、この後のライブへの期待感を高めていた。
ドリンクカウンターでは、メンバーが考案したオリジナルドリンクを販売。武市考案の「tsukiyoi(日本酒+グレープフルーツ+レモンシロップ+氷)」と坂東考案の「ミステリアスコーラ(コーラ+パイナップルジュース。当日は何のジュースか伏せられていた)」の2種があり、筆者はノンアルの「ミステリアスコーラ」をいただいた。オシャレな味わいが口内に広がり、早くも味覚が刺激された。
今回最もインパクトがあった演出といえば、何といってもこれだろう。会場に入った瞬間、ふわっとアロマの香りに包まれた。新曲に着想を得てメンバーが調合したアロマが天井から噴霧されており、フロア全体が良い香りで満たされていたのだ。あまりに良い香りで、思わず「わぁ!」と声が出た。「深い森に差し込む月明かりをイメージした香り」だそうで、リラックスして落ち着ける感じ。調合や演出はアロマコンサルティング会社・Cinq sens協力のもと実現したもので、物販では同じ香りのアロマティックルームスプレーも販売されていた。
いつもと雰囲気の違うライブハウスとこだわりの空間に、否が応でもテンションが上がってしまう。続々と入場するオーディエンスの服はもちろん白色。「senses」オリジナルの白のロンTを着ている人も多く見られた。ステージの背面には大きな白い布が張られている。一体どんなライブになるのか。オーディエンスはワクワクとドキドキが入り混じった表情で開演の時を待っていた。
そしていよいよ開演時間。BGMが止み、メンバーが1人ずつ白い衣装で登場。武市が「mol-74です。よろしくお願いします」と挨拶して音を出そうとするも、何かトラブルがあったようで「時を戻していいですか(笑)」と仕切り直し。少し空気がほぐれた会場に「グレイッシュ」を響かせる。柔らかなサウンドに武市のハイトーンボイスが美しく溶けてゆく。演奏の高まりに合わせ、最初は暗めの白と青だった照明が、ゆらぎを伴った白く明るい照明に変化した時は、早くも没入しそうな感覚に襲われた。
続いては自主レーベル「11.7」設立後初のミニアルバム『きおくのすみか』に収録された「ひびき」。井上の頭上に神々しいまでの閃光が射し、背景にグリーンの照明と抽象的なモチーフを使った映像が映し出される。軽快なサウンドに乗って武市の歌声が伸びやかに広がり、髙橋と井上のコーラスワークも美しく会場を満たす。目を見合わせて楽しそうに演奏するメンバーを見ると、こちらも嬉しくなる。間髪入れずアコギのバッキングから始まった「ノーベル」では、照明が青い海のような流線からイエローの花柄へと変化。そのたびに情景が移り変わるようで、旅をしている感覚になる。先ほどよりも浮遊感の増したボーカルとグルーヴが心地良く、客席はクラップしながらゆらゆらと身体を揺らしていた。
この日のセットリストは「五感」のテーマに基づいて、mol-74の楽曲の中でも「芸術美」を意識したものになるということで、おそらく来場者もいつもより感覚が研ぎ澄まされ、積極的に何かを見つけよう、受け取ろうとしていたのではないだろうか。
MCでは武市が「今日は『senses』大阪編に集まってくれてありがとうございます」と挨拶。「『senses』は「五感」をテーマにしています。視覚的な部分を大切にしていて、今日はみんなに白い服を着てもらったり。ここから見てるとすごい景色です。おもしろい。でも照明が当たるとすごく綺麗」と微笑む。また「聴覚的な部分ではセットリストに重きを置いてるので、結構ストイックというか、ゆったり揺れながら楽しんでもらえる曲が多い印象です。とはいえ堅苦しい感じじゃなくて、自由に楽しんでもらえたらと思います」と述べて「不安定なワルツ」へ。こがね色に染まったステージ、それよりも赤みの強いオレンジ色のライトが客席を照らす。一般的なライブではステージと客席で当たる照明の色が分けられることもそうないため、やはり特別感がある。時折香るアロマが非日常感を高め、この瞬間がより強く記憶に刻まれている実感が感じられた。
<たった一つの、たった一度も>という言葉が楽器のような響きを醸し出した「約束」では、青い絵画のような空間で、坂東の繰り出すビートに合わせて心臓の鼓動のようにうごめく照明が印象的だった。4人による繊細なアンサンブルはもちろん、各パートのどんなフレージングにも存在感があり、無駄な音は一切ないと感じさせられる。
ここからはしばし潜るパートへ。「アルカレミア」ではステージが赤く染まり、重ためのサウンドをベースに演奏を展開。それによって武市のハイトーンボイスが一層際立ち、ポストロック的サウンドが情景を描き出す。穏やかなのに寂しい、綺麗なのに悲しい、どこかに感じる喪失感。曲が終わると、じんわりと熱い余韻が身体の中を駆け巡った。
長めの静寂を経て、ステージの右上に満月のような丸い光が浮かび、新曲の「Mooner」を披露。以前から知っているような懐かしさのあるメロディラインに浸っていると、井上がボウイング奏法で圧倒的な残響を作り出す。一瞬奪われた思考が戻ってきた時、フロアも自分の着ていた白い服も、純度の高い青色に染められていることに気が付いた。
さらに「鱗」では、坂東がサンプリングパッドを、髙橋はシンセベースを用いてビートを生み出す。壮大なストリングスと静寂の波が、ある種の熱を作り出し、<深く 落ちた底で>という歌詞に導かれるように没入空間へ。そしてマジックアワーのような淡いピンクとブルーが会場を包んだ「hazel+」で、<あなたがくれた私の生きる意味が私の中で生きてる>という希望を感じる歌詞が、深い底から浮上させてくれた。mol-74が奏でるのは、あらゆる時を行き来する魔法のような音楽だ。
2度目のMCでは「楽しんでくれてますでしょうか?ストイックな感じでしょ?(笑)。全然飲み物とか飲んでもらっていいし、リラックスして楽しんで」と武市。そしてアロマについて説明し、「香りって、記憶の中で一番残るって知ってました?そういう意味では香りも曲たちと一緒に楽しんでもらえたら」と述べて、ちょうど1年前の12月に自主レーベルを立ち上げたと話し、再び『きおくのすみか』から「花瓶」を披露。mol-74が得意とする幻想的で美しいメロディ、切ない歌詞が全身を満たす。<ばらの花言葉>に合わせた花束とサーモンピンクの照明、香るアロマはまさに世界観にぴったりだった。
かと思えば次は一転。「ゴオオオオン」という銅鑼のような金属音が波紋のように広がり、「ゆらぎ」へ。シンプルでありながら深い演奏で強烈な余韻を残した後、武市のピアノ弾き語りから始まった「Vanilla」では客席もステージも明るく照らし、とろけそうなホーンとコーラスが極上の時を作り出した「Morning Is Coming」を投下する。夜明け前を示すような照明に最高のギターソロ、ひたすら美しい歌声と演奏に耳が喜ぶ。最後はタイトなビートが叩き込まれ、多幸感の向こうへと連れていかれた。
武市は「演奏しながら思うのは、皆、白いなあって(笑)。ありがとうね。おかげさまですごく良い空間になってます」と述べ、来年公開予定の映画『朝をさがして』の主題歌になった新曲「寝顔」を披露。ギター2本のアンサンブルから始まるこの曲は、胸がキュッとなるグッドメロディ。曲を構成する全てが優しく心地良く、浄化されるように響き渡る。もう一度、メンバーのアート作品をじっくりと見たくなった。そこから力強いビートが空間を割り、「アンチドート」へ。終宴に向けて温度を上げるように、あたたかくもダイナミックな音が放たれる。開放感たっぷりの美しいサウンドが、眩しく空間を包み込んだ。
「すごく楽しかったです。今日は2023年最後のライブということで、こういうライブで締め括れて嬉しく思います。今年1年、本当に皆さんありがとうございました。2024年もmol-74をよろしくお願いします」との武市の言葉から、本編ラストの「Replica」をプレイ。壮大なイントロから心地良く体を揺らすフロアにクラップの花が咲く。サビではしっかり手が挙がり、会場が能動的にひとつになる。ここまでの時間、素晴らしい音楽と空間を主に享受し続けてきたが、この曲では受け取るだけでなく伝えることができる。ここぞとばかりに手を伸ばす客席の様子を見て、嬉しそうな表情を浮かべる4人。会場は良い温度感に満たされていった。
すぐさまアンコールを求めるクラップが発生し、しばらくして井上と坂東がグッズのロンTを着てカムバック。井上は「大阪、帰ってきました。ただいま。この上に通ってる線路が、おそらく南海高野線泉北高速鉄道。僕の実家へ帰るための素敵な電車が通ってるので、ぜひこれも音楽として(楽しんで)」と紹介する。そのタイミングで電車が通り過ぎたのはさすがだった。
髙橋も揃ったところで、各々が「Mooner」と「寝顔」にちなんで作ったアート作品を解説。井上は「僕はレジンアート。UV当てると固まるよ、みたいなやつ。実は意外と自信作なんですよ(笑)」と笑顔。プロトタイプも2点あるそうで、どこかでお披露目される機会があるかも?とのこと。髙橋は「普段写真を撮るんですけど、その中で選りすぐりの選抜メンバーを4人引き連れて、並べてみました」と述べる。そして油絵初挑戦、独学で描いたという坂東は「めっちゃ苦労しましたマジで。もう無理かもと思いました」と吐露する。井上は坂東を心配し、知り合いの画家に描き方を聞いて教えようと電話したそう。坂東は「謝った方が早いかもと考えた時もあったんですけど、とぅんさん(井上)の電話のおかげもあって、良い感じに描けました」と制作の裏話を明かしてくれた。
白いロンTで戻った武市は坂東を労い、「僕は直接ファブリックに描いたわけじゃなく、業者に印刷を頼んだんですけど、3人はすごく頑張ってた」と述べ、物販紹介へ。2023年も終わりですねという話の流れから、武市に「とぅんさん今年一番の思い出ってあります?」と急に振られた井上は「そういうの楽屋で聞いといてくれよ〜」と慌てつつ「久しぶりに中国に行けて嬉しかった」と11月に5年半ぶりに廻った中国ツアーを振り返った。
武市は「自主レーベルを立ち上げて、リリースして、久しぶりにインストアイベントで皆さんと会えたり。良い感じに皆さんに曲を届けられていると思うので、来年以降も頑張っていきたいと思います」と2023年を総括し、「今日はあまり身体を動かせる曲がなかったと思うので、一緒に歌ってくれたら嬉しいです」と「%」を披露。これまで再現性を重視していた彼らのライブに対する意識が外に向き、オーディエンスとの一体感を楽しむようになってきた。そんな姿勢がありありと感じられるラストチューン。サビでは言わずもがな、手を伸ばして盛り上げるオーディエンス。最高に気持ち良い疾走感に包まれて、爽やかに今年最後のライブを締め括った。武市は「今年もありがとうございました! mol-74でした!」と笑顔を見せ、坂東は地声で「来年もよろしくお願いしまーす!」と元気に叫びステージを後にした。
自主レーベルを設立し、より自由度高く自分たちの感情やムード、モードを出せる環境が整ったmol-74。今回の「五感」というテーマは、独自の世界観や情景を描き出す彼らのサウンドとの親和性が抜群だったと思う。会場に足を踏み入れた瞬間からずっと、満足度高く楽しませてくれた。そして家に帰ると、服から微かにアロマの香りがして、あの場の空気を持ち帰れたことが嬉しかった。
ちなみに終演後、メンバーに客席はどう見えていたのか聞いてみると「すごく綺麗だった、いつもと全然違った」と興奮したように話してくれた。ぜひまた「senses」を開催してほしい。そして「Monner」と12月19日(火)にリリースされた新曲「寝顔」を聴いて、レポを読んで、この日のことを思い返してくれたら幸いである。
取材・文=久保田瑛理 写真=オフィシャル提供