シス・カンパニー公演『シラの恋文』 (舞台写真撮影:宮川舞子)
劇作家の北村想が台本を書き下ろし、劇作家・俳優としても活躍する寺十吾(じつなしさとる)が演出を務めるシス・カンパニー公演『シラの恋文』が、昨年2023年12月の京都・福岡公演を経て、ツアー最終地となる東京公演が、2024年1月7日(日)に日本青年館ホールで開幕した(1月28日まで)。
本作で主人公・鐘谷志羅(かなたにしら)役を担うのは、2023年前期の主演ドラマ『罠の戦争』や、現在放映中のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』での演技も大きな話題を呼んでいる草彅剛。多方面で活躍する草彅は、1990年代より数々の舞台作品にも出演。シス・カンパニーでは2006年『父帰る/屋上の狂人』(彼はこの作品で読売演劇大賞優秀男優賞+杉村春子賞を受賞)、2008年『瞼の母』、2010年『K2』(堤真一との二人芝居)に続く4作目で、13年ぶりの出演となる。
共演には、昨年、読売演劇大賞・杉村春子賞を受賞したばかりの大原櫻子、本作で初舞台に挑戦している工藤阿須加、鈴木浩介、西尾まり、明星真由美、中井千聖、宮下雄也、田山涼成、そして段田安則、といった実力派揃いの魅力的な顔ぶれが集結。
『シラの恋文』は、北村想がエドモン・ロスタンの傑作戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』から想を得て書いたオリジナル戯曲だ。ロスタンの戯曲の主人公シラノは剣豪で詩人。自らの容姿に自信を持てず、美しい女性ロクサーヌへの恋心をひた隠しにして、別の若者とロクサーヌの恋を成就させるべく若者の恋文を代筆する。そんなシラノの人物像をベースとしながら、『シラの恋文』では近未来の日本に設定を大胆に置き換え、独創性豊かに描いた。その舞台は、美しい海を一望する高台のサナトリウム(結核療養施設)だ。ある晴れた日、テンガロンハットと古めかしい旅行鞄を手に鐘谷志羅がやって来る。さまざまな事情を抱える施設の住人たちや職員たちは、新参者の志羅を温かく迎え入れ、志羅はここで運命の出会いをする…。
これまでにもシス・カンパニーの「日本文学シアター」シリーズなど、北村作品の演出を幾度となく手掛けてきた寺十吾は、哲学的な表現や数学、物理学などの要素が盛り込まれることも常套で時に難解な北村作品に於いても巧みな演出手腕を発揮し、作家本人からの信頼も厚い。そんな北村戯曲及び寺十演出と今回初めて出会った草彅は、本作とどのように向き合い、取り組んでいるのか。また、作家や演出家、共演者の方達との交流や現在の心境などについて、草彅本人に話を聞いた(インタビューは福岡公演期間中の12月末に実施)。
シス・カンパニー公演『シラの恋文』 (舞台写真撮影:宮川舞子)
── まず最初に、京都公演を終え、福岡公演を迎えられて、現在の手応えや率直なご感想をお願いします。
舞台ってやっぱり、お客様が入って完成するものなんだなぁ、というのを毎日実感していますね。良いものを更新している感覚で、「日に日に良くなってるなぁ」って思わずボソッと呟いてしまうような、ほんと幸せな空気が漂っている、そんな舞台になっています。
── 最近の舞台では音楽劇が続いていらっしゃったので久々の会話劇になると思いますが、会話劇の面白さや、北村想さんの戯曲の魅力などありましたら教えてください。
はい、“北村想”だけに“そう”ですねぇ、って感じなんですけど(笑)。なんかちょっとフワフワとして全体的に掴みどころがないというか。志羅も含めてそういう役で、どういう意味なのかな?とか、その時その時でセリフから受ける感情も違っていたりするので不思議な魅力がありますね。僕のセリフだけじゃなくて他の出演者の方のセリフでも、なんかその一つのセリフが単体で分かれているような、ちょっと全体から浮いてるようなセリフなんだけど、最後まで通してみたら、それこそ“輪廻転生”のようにグルグルと上手く丸い円を描いてまとまりのある舞台になっていく感じで、毎回感じ方が違う。僕自身も「志羅」という役を通してそれを楽しんでいます。
── 最初に台本を読まれた時の印象と、稽古初日に北村想さんご自身による“作家ホン読み”というのもあったそうですが、その時に感じたことだったり、実際に上演を重ねられてきて新たに感じたことなどはありますでしょうか?
このホンを想さん自身に読んでいただいたのは、自分で読むよりやっぱりわかりやすく、スッと浸透してきた感じがあって、とても有難かったです。あと、あまり頭で考えるものじゃなくて、感じるものなのかな、と。稽古の時から僕はずっと、「この芝居は演劇的だよね」って真面目な顔で言っているんですけど、心の中では何が演劇なのかよくわかってないで言っているっていう(笑)。そこを楽しんでいる感じがありまして。
“輪廻転生”というすごく大きな、宇宙的な話が書かれているんですが、それを会話としてセリフに具現化して落とし込んでいて、想さんは天才ですよね。演じているとなんかちょっと賢くなれたような、日に日に頭が良くなってきている感じがありますね。「人間とは何だ」とか、根源的なことを言っているところが多いじゃないですか。だからちょっと難しいことを言っているように聞こえても、実はすごくシンプルなことを言っているんじゃないかな、と思っています。
シス・カンパニー公演『シラの恋文』 (舞台写真撮影:宮川舞子)
── 今回の作品はサナトリウムが舞台ということで、今の草彅さんのお話の中にも“輪廻転生”というキーワードも出て来ましたが、この作品の死生観に触れて考えていらっしゃることを教えてください。
日々生活する中でコロナ禍を乗り切ってきたこととか、みんな同じ経験を持っているわけですよね。そういうことも舞台上でちょっとじんわり思い出したりして、リアルな気持ちがすごく湧くんですよね。またそういう恐ろしいことが、もしかしたらこの先も、なきにしもあらずなのかな、なんて思ったり。ちょっとハッとするようなことも書かれている、すごいホンだな、と思って。もちろんフィクションではあるんですけど、その中に事実が含まれていたり、胸の中がザワザワしてしまうようなシチュエーションとかがあったり。
結核になられた方が、サナトリウムでみんな肩寄せ合いながら畑仕事をしていたりする様子も、現実にあるのかな、なんて思ったりすると、僕は志羅という役にすごく入れるというか、没頭できるというか。なので、毎日こうやって普通に、クリスマスだったり年末年始だとかを過ごせるというのは、改めて考えてみると本当に素晴らしいことですよね。普通に生きているとそういうことって忘れがちだったりしますけど、「死」というものは誰にでも平等に起こるもので、いつ訪れるかわからないわけであって、そういうことを考えると、やっぱり日常の中の幸せとかちょっとした出来事もすごくかけがえのない時間なんだなと、この舞台は今一度、僕にそういうことを教えてくれている感じがします。
── 志羅という人物は、周りの人々が思わず本音を話してしまうという不思議な性質の持ち主で、戯曲上では「それはテンガロンハットのせい」ということになっていますが、草彅さんは実際に演じられてみて、志羅という役の魅力について、どのように感じられていますか?
そうですね、「まぁテンガロンの力もあるけど、やっぱり志羅自身に何か人の話を引き出すような力がないといけないな」というのは演出の寺十さんからも言われていたので、なにかこう、志羅自身が儚げというか浮世離れしているようなところがあるんじゃないかな、そういう風に演じたいな、と思ってやっています。自分の死に対しても客観視しているところだとか、志羅にはちょっと不思議な雰囲気があるんですよね。なんかそういう人っていると思うんですよ、この人話しやすいな~、みたいな。そんな感じのイメージを持って演じていますね。
── 台本の中に剣術の場面もあり、「剣術を通して相手を知る」というようなことも書かれていますが、実際の殺陣のシーンはどのようになっているのでしょうか。
想さんが昔から剣劇がお好きで観ていたらしく、それでホンの中にも書かれているんですけど、稽古の時も想さんが来てくださって指導していただいて、だいぶ良くなっているんです。「体重のかけ方が違うよ」とか「もうちょっと腰落として」って、あたり前ですけど、もちろんすごくたくさん稽古して、先生に細かくいろいろ教えてもらって、毎日ちょっとずつ進化しながら。
その剣術にいろんな流派があるのも面白くて。僕はどこまで読み取れているかわからないのですが、想さんの深い思いが詰まっているんです。剣術の中に志羅の人生だとか、院長の湯之助さん(段田安則)や市ヶ谷ドクター(鈴木浩介)の人生も含まれていて、カッコいい男の闘いも見せ場になっているので、僕自身もとても楽しんでいます。
不思議な世界観ですよね。サナトリウムなのに剣術がみんなの習い事みたいになってる。そこら辺の設定もなんかもう謎すぎて、面白いなぁと(笑)。まぁでも、ダンスだって昔はなかったけど今は学校で習い始めるとかありますからね。そういうところは何か現実っぽいな、と思ったりもしています。
シス・カンパニー公演『シラの恋文』 (舞台写真撮影:宮川舞子)
── 寺十さんの演出についてお伺いしたいのですが、草彅さんはこれまでもたくさんの舞台に出演されてきていろいろな演出家の方とお仕事をされてきたと思いますが、寺十さんの演出の特色であるとか、稽古場で感じたことなどありましたら教えてください。
寺十さんはご本人が役者さんでもあるので、実際にその役を演じて見せてくださるのが非常にわかりやすいですね。演出を受けながら、「この人やべぇな、芝居上手ぇな」って。だから演出家としての魅力ももちろんすごくあるんですけど、僕は存じ上げていなかったので、(役者としての)演技にも魅力があるっていうことがわかっちゃった、今回の演出で(笑)。だから寺十さんのことは、演出だけでなく、演者としても魅力的な方なんだなって思いましたね。
僕もそれなりに経験してきている中で、今まで考えたことはないですが、寺十さんの演出を見ていたら初めて「演出家って楽しそうだな。僕も演出とかやってみようかな」って思ったほどです。まぁ絶対やらないと思いますが(笑)。言葉で難しく説明してくださるよりも、本人がわかりやすく演じてくださるので、なんかそういう風に思ったんですよね。だから違う作品でもまたぜひご一緒したいな、と思いましたし、寺十さんが出演するお芝居も観てみたいなと。
── 寺十さんは想さんの作品をこれまで何作も演出されてきているので今作も深く解釈されていると思いますが、草彅さんがなるほどな、と思われた寺十さんの作品の捉え方や演出方法などはありましたでしょうか?
寺十さんじゃないと結構難しい部分ってあるんじゃないかな、と思っていて、やっぱり分かち合えてるんですよね、想さんと寺十さんが。それは今までの長い付き合いもあるだろうし、特に想さんが稽古場にいらして寺十さんと話している時のお二人の雰囲気に、言葉にしなくても分かり合えているようなところが垣間見えて。それこそ、芝居のセリフではない、行間だったりとか、想さんのホンのそういうところを演出できているんじゃないかな、って勝手ながら思っていました。
シス・カンパニー公演『シラの恋文』 (舞台写真撮影:宮川舞子)
── 稽古場の雰囲気も明るい様子がパンフレットの掲載内容からも伝わってきますが、キャストの皆さんとコミュニケーションを取る上で意識されていることや、印象的なエピソードなどあれば教えてください。
本当にチームワークが良くて、皆さん真面目で優しくて、なんでこんなに嫌な人がいないんだろうな、って思うカンパニーです。僕の周りってなんかそういう(嫌な)人がいなくて、恵まれてるなと思って。嫌な人って1人ぐらいはいた方が面白くなるのかな、って最近は思うぐらいにみんないい人で。出汁とかりんごとかコーヒーとかくれるんですよ。差し入れとかもみんなで分けるし、ずっと舞台をやってたら食事に困らないんじゃないかな、と思って(笑)。
── では最後に、東京公演に向けて皆さんにメッセージをお願いします。
京都から福岡を通して、どんどん舞台が良くなってきていて、もちろん毎回全力を出して臨んでいるのですが、やっぱりね、1回1回すごく進化して実りのある回を重ねているので、東京公演は全く別物になっているかもしれません。いつもその場その場、全力で本番なんですけど、やっぱり京都を経て、福岡を経験して、みんなのチームワークもより良くなってきてるので、最高の舞台が待っていると思います。東京でご覧になる皆さんには期待していただいて、「なんか期待外れだね」とは絶対に思わせない舞台になっていると思うので、ぜひとも楽しみにしていただきたいと思います。
草彅剛
取材・文=望月勝美