住友生命いずみホールを舞台に『室内楽シリーズ』がスタートーーシリーズの聴きどころをピアニスト小菅優に聞いた

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 小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.4 Earth (2020.11.25 住友生命いずみホール)

 小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.4 Earth (2020.11.25 住友生命いずみホール)  (C):樋川智昭

2010年以降、住友生命いずみホールを舞台にリサイタルシリーズを繰り広げ、芸術家として進化し、表現の幅を増していったピアニストの小菅優。ソロで弾く時とは違い、共演者を得た時の包容力溢れる演奏は、彼女の魅力のひとつだ。2024年3月7日(木)の住友生命いずみホールから新たに始まる『小菅優いずみ室内楽シリーズ』について話を聞いた。

ピアニスト 小菅優     (C)Takehiro Goto

ピアニスト 小菅優   (C)Takehiro Goto

●未来をどうしていくのか。シリーズを通して若い人たちと一緒に考えていきたいですね。

――関西では、いずみホールでリサイタルをされることが多いですね。

いずみホールは大好きなホールです。2010年から始まった『ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会』(~2016年)も『Four Elements』(2017年~2020年)も、いずみホールでやらせていただきました。ホールの大きさも、ピアノリサイタルとしてはちょうど良い大きさですし、ここで得られるお客様との一体感は最高です。とても家族的な雰囲気があるホールで、我が家に帰って来た感じがします。

小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.2 Fire(2018.11.16 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.2 Fire(2018.11.16 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

――今回はホールからのリクエストで、室内楽をやられるとお聞きしました。

はい。ホール側からありがたいお申し出をいただきました。私にとって室内楽は、とても大切な活動です。共演者たちと一緒に、アイデアを出し合って、音楽を作っていく過程はとても楽しいです。また、リハーサル後の共演者との歓談も、楽しいだけでなく、とても大切な対話の時間。コロナでできなかった時間が、ようやく戻ってきました。お客様には、一人で弾いている時とは違った、奏者同士のコミュニケーションから生まれるアンサンブルの楽しさを感じていただきたいです。これこそがライブならではの醍醐味です。

――『室内楽シリーズ』の狙いを教えてください。

今の社会情勢に触れ、自分の力のなさを感じます。音楽の力を信じ、音楽家としてお客さん、特に若い人と一緒に社会に何ができるか、未来をどうしていくのかを考えて行きたいですね。このシリーズを始めるにあたり、3つのテーマを考えました。「祈り」「愛」「希望」です。そして、それに沿う形で、プログラムを決めました。このプログラミングの作業は、私が最もこだわっているところです。単に弾きたい曲を並べるだけではありません。一つ一つの回に、イメージやストーリー、そしてメッセージがなくてはいけません。

「祈り」「愛」「希望」をテーマに室内楽シリーズを始めます    (c) Takehiro Goto

「祈り」「愛」「希望」をテーマに室内楽シリーズを始めます    (c) Takehiro Goto

――そんな思いで作られた最初の回「祈り」の中心となる曲が、メシアンの「時の終わりのための四重奏曲」なのですね。

この曲はメシアンが1940年、第二次世界大戦の最中、ドイツの捕虜となった時に知り合った仲間と一緒に、収容所で演奏されました。たまたま仲間の楽器がバイオリン、チェロ、クラリネットだったので、自分がピアノを弾くことで、変則的な楽器編成のカルテットが誕生しました。曲は8楽章で構成されています。キリスト教は7日間で1週間。天地創造の6日に加え、7日目は安息日という考え方です。8という数字は、7日目の休息の日を永遠へと延長し、不変の平穏な8日目が訪れるという考えに由来するものだそうです。8曲はそれぞれに楽器の組み合わせも曲調も違います。とにかく、捕虜収容所の過酷な状況下で作られ、練習も大変だったと思いますが、発表のコンサートには400人もの捕虜が集まったそうです。この曲を演奏する機会はそうあるわけではないので楽しみです。

小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.1 Water(2017.11.24 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

小菅優ピアノリサイタル Four Elements Vol.1 Water(2017.11.24 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

――第1回目の「祈り」をテーマにしたプログラム、その他の曲も紹介してください。

1曲目から演奏が進むにつれてデュオ、トリオ、カルテットと演奏者が増えていき、曲想も祈り、哀しみ、希望、救済と感情が移り変わっていきます。1曲目のサン=サーンスの「祈り」は、シンプルなメロディで聴きやすい曲。チェロの語るような甘い響きに合うような叙情的な作品です。サン=サーンスがオルガニストとして活躍していた中で、これは亡くなった年に書いた曲です。次に演奏する「哀しみの夜に」は、24歳で亡くなった夭折の天才女性作曲家リリー・ブーランジェが死ぬ間際に書いた曲で、「春の朝に」と対になっています。彼女の暗い面が出ていて、原始的で激しい曲です。メシアンの曲は四重奏で2曲演奏します。

ピアニスト 小菅優    (c) Takehiro Goto

ピアニスト 小菅優    (c) Takehiro Goto

「多くの死」という曲は、ブーランジェ家とメシアンの関わりを調べていたら辿り着いた曲で、それまで知らなかった曲です。オリジナルは、ソプラノ、テノール、バイオリン、ピアノの曲ですが、ソプラノをクラリネット、テノールをチェロで弾けるのではないかと思い、皆に相談して、やってみることになりました。この編成で演奏されたケースはないと思います。死後、魂が永遠へと導かれるといった意味の作品で、メシアン自身が詩を書いたそうで、画期的な作風の曲です。やはり、「時の終わりのための四重奏」と同じ編成の曲が少ないので、同時に採り上げるとすれば、ヒンデミットの曲か、武満徹の「カトレーンⅡ」になるようですが、新しい編成でお届けする「多くの死」にもご期待ください。前半3曲演奏した後に休憩が入り、後半は「時の終わりのための四重奏」を演奏します。

ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ最終回(2015.3.19 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ最終回(2015.3.19 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

●今回のカルテットのメンバーは、10代から40代まで見事に揃いました(笑)。

――今回の共演者について教えていただけますか。バイオリンは金川真弓さんです。

コロナ禍の中、外国人アーティストが来日できない時に、日本人のバイオリニストを手当たり次第に聴いたことがありました。その時に、この人いったい何者? と、思わず引き込まれる演奏をしていたのが彼女でした。何と言っても、音楽に対して愛があって、バイオリンを弾くことが楽しくてしようがないのが伝わってきました。すぐにお願いをしたのですが、やはりリハーサル初日からアイデアに溢れ、素直で純粋な人でした。そして曲に感動できる心を持っている人。それ以来、仲良くさせていただいていています。偶然、彼女も私もベルリンに住んでいるので、一緒に食事に行ったりしています。また一緒にやろうと言っていたのが、今回実現することになりました。

バイオリン 金川真弓 (c)Victor Marin

バイオリン 金川真弓 (c)Victor Marin

――チェロは北村陽さんです。

北村君は小学生の時から、いずみホールの私のリサイタルを聴きに来てくれていました。その頃の演奏はYouTubeで観ていましたし、彼の師匠の山崎伸子先生とも一緒に弾かせていただいているので、注目はしていました。2022年3月に、私が樫本大進さんと東京でリサイタルをやった時に、アンコールでカザルスの「鳥の歌」を二人で弾きました。ちょうどウクライナの戦争が始まった翌月だったのですが、北村君からの感想を綴った手紙の中に「僕も平和のために演奏したいと思います」と書かれていました。2023年にはブラームス国際コンクールで優勝。最近、ドヴォルザークとハチャトリアンのコンチェルトを実演で聴いたのですが、こんなに成長したんだと驚きました。まだ19歳ですよ(笑)。今回が初共演ですが、とても楽しみです。

チェロ 北村陽

チェロ 北村陽

――クラリネットの吉田誠さんとは、ブラームスのCDをリリースされていますね。

誠君とは、2016年くらいからの付き合いです。2020年にはブラームスのクラリネット・ソナタを一緒に録音しました。音楽に関して正直に意見をぶつけ合って、時には喧嘩することもあるほど、気を遣わずに接することのできる友達であり音楽仲間です。彼はものすごく勉強をする人で、メシアンについても大変詳しいです。今回演奏する上で、彼のアイデアも楽しみにしています。実は今回のメンバーですが、たまたま北村君が10代、金川さんが20代、誠君が30代、私が40代ということになりました(笑)。

クラリネット 吉田誠   (c)Aurélien Tranchet

クラリネット 吉田誠   (c)Aurélien Tranchet

●シリーズ全体の曲目選びは大変ですが、楽しい時間でもあります。             

――『室内楽シリーズ』としてはこの後、「愛」、「希望」と続いていきます。楽器編成などは変わって行くのでしょうか。

第2回の「愛」は、シューマンの「女の愛と生涯」や、ベートーヴェンの「遥かなる恋人に」といった歌曲を採り上げる予定でいます。そして、第3回「希望」では、ベートーヴェンの「大公トリオ」を中心に、ピアノ三重奏に挑戦します。皆さんに勇気を与えられるような、そんな選曲を考えたいと思っています。

――小菅さんのこれまでやってこられたシリーズ企画は、テーマからの曲選びにメッセージやストーリーを感じます。普段からそういったことを考えておられるのでしょうか。

今回演奏するメシアン「多くの死」もそうですが、色々と掘り下げて調べていくうちに発見することが多いです。例えば今回の『室内楽シリーズ』でも、現在進行中の『ソナタ・シリーズ』でもそうですが、テーマが見つかると、やりたい曲を1枚ずつカードに書き出します。ベートーヴェンのシリーズの時は、弾く曲は決まっても、曲順や組み合わせを決めるのが大変で、カードをパズルみたいに幾通りも並び変えたりしました。若い時代の作品はコレで、晩年はコレを弾こう。ベートーヴェンの場合は短調の作品が少ないので、1曲ずつ各回均等に割り振ったり……。この作業は大変ですが、楽しい時間でもあります。

曲順や組み合わせを決める作業は、大変ですが楽しくもあります。    (C)Takehiro Goto

曲順や組み合わせを決める作業は、大変ですが楽しくもあります。   (C)Takehiro Goto

――クラシックのコンサートには、よく足を運ばれているのですね。

コンサートに行くのは好きですよ。ベルリンでも色々なコンサートに出かけています。クラシックに限らず、ジャズも好きです。好きなアーティストですか? スティーヴ・ガッドはお気に入りです。やはり家でヘッドホンを使って聴くのとは違い、倍音が飛び交うコンサートホールで音を浴びる体験は貴重です。生音の魅力は訴えていきたいですね。

いずみシンフォニエッタ大阪第47回定期演奏会「協奏燦然!」(2022.2.5 住友生命いずみホール) (C)樋川智昭

いずみシンフォニエッタ大阪第47回定期演奏会「協奏燦然!」(2022.2.5 住友生命いずみホール) (C)樋川智昭

――NHKの『スーパーピアノレッスン』(2008年12月~2009年3月)でサー・アンドラーシュ・シフの生徒として出演され、ベートーヴェンの「皇帝」を弾かれていたことをよく覚えています。その小菅さんが40歳になられたと聞いて驚いています。後進の指導についてはどうお考えですか。

とても大切なことだと思っています。ワークショップなんかはやらせていただいていますが、教鞭をとるということはまだやっていません。教えるということに関して、私より向いている人がおられると思っているのと、私にはまだ早いという思いもあります。まだまだ自分自身勉強することが多く、後進の指導に目を向ける余裕がないというのが正直なところです。教えることで、こちらが学ぶことも多いというのも理解しているつもりですが、もう少し先の課題だと思っています。

ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ第7回(2014.6.18 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ第7回(2014.6.18 住友生命いずみホール)   (C)樋川智昭

――最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。

平和な世の中が当たり前ではなくなった今、私たち音楽家が政治的なメッセージではなくて、人間的なメッセージを表明することは大切だと思います。私たちは多くの時間を、既に亡くなった作曲家と共に過ごしています。作曲された時代背景などを学び、思いを巡らしているのです。そんな私たちが、音楽だけではなくその時代の歴史を学んだ上で、現実を直視し、未来をどう変えていくのか。若い音楽家と一緒に考えていかなければいけないと思っています。この『室内楽シリーズ』は平和を願い、そんなことを皆様に問いかける場になればと思っています。第1回目は「祈り」をテーマに、フランス近現代を代表する作曲家達の作品で構成します。メシアンの作った壮大な「時の終わりのための四重奏曲」は、演奏機会の少ない曲だけに、この機会にお聴きください。皆様のお越しを、住友生命いずみホールでお待ちしています。

皆様のお越しを、住友生命いずみホールでお待ちしています。    (C)H.isojima

皆様のお越しを、住友生命いずみホールでお待ちしています。    (C)H.isojima

取材・文=磯島浩彰

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