高橋幸宏のライヴ映像「Saravah Saravah!」、109シネマズプレミアム新宿にて上映開始

アーティスト

高橋幸宏「YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!」

2023年に東京・歌舞伎町に生まれた映画館、109シネマズプレミアム新宿。座席や鑑賞環境にこだわり、坂本龍一が監修をした音響で映画を楽しめるこの映画館で、高橋幸宏のライヴ映像「YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!」が公開された。本作は高橋の1stアルバム「SARAVAH!」(1978年)を再現するため、2018年に開催された一夜限りのコンサートを収録したもの。これまでDVD(CDとのセット)やブルーレイで販売されていた映像作品だが、それが映画館の大画面で、しかも最高のサウンドで観られるというまたとない機会となっている。

1月19日から1月28日まで10日間に渡る限定上映で、初日の上映前にトークショーが行われた。登壇したのは、ライヴに参加したギタリスト/プロデューサーの佐橋佳幸。同じくコンサートに参加して、晩年の高橋作品に欠かせない存在だった音楽家のゴンドウトモヒコ。そして、ライヴがCD/アナログとしてリリースされた際のミキシングや今回の上映の音響調整を手掛けるなど、長年、高橋の作品に関わってきたエンジニアの飯尾芳史の3人で、ライヴや高橋の思い出を語り合った。

このライヴのきっかけになったのは、「SARAVAH!」のヴォーカルだけを録り直した「SARAVAH SARAVAH!」(2018年)のリリースだった。飯尾によると、高橋は同じようにヴォーカルだけリテイクした小坂忠「HORO 2010」(2010年)に刺激を受けたという。そして、アルバムを完成させてライヴをやることになった時、高橋はバンマスをやってほしいと佐橋に声をかけた。

その際、高橋は「ドラムは林立夫で。当時の僕のドラムをすべて知っているのは彼しかないから」と指定したと佐橋は回想。飯尾は「林さんは幸宏さんとは全然違うタイプのドラマーなのにライヴでは『SARAVAH!』のドラムになってるんですよね」と感心する。

そして、ライヴでは、オリジナルの音を忠実に再現する、という目標を掲げて参加メンバーは「SARAVAH!」を何度も聴いてアルバムを分析した。それはさながら「SARAVAH!」研究会だったとか。そんななかで、加藤和彦のアコースティック・ギターがアルバムに洗練された味わいを生み出す隠し味になっていることなど様々な発見があったという。

そして、坂本龍一が弾いたシンセなど、「曲の顔になる演奏」は当時のものを使い、生演奏と融合させるという時を超えたセッションが行われた。しかし、難しい曲が多く、佐橋は後日、録音されたライヴ音源が届いた時、真っ先に最難関だった「Elastic Dummy」の自分の演奏を確認。これまでで一番の出来ばえだったことを確認して、胸を撫でおろしたという。

また、ライヴのオープニング曲は、高橋の依頼を受けてゴンドウが書き下ろしたもの。「フランス映画の音楽を意識して曲を書いていた時にフランシス・レイの訃報が届いた」(ゴンドウ)。フランシス・レイは高橋が10代の頃に何度も観た映画、「男と女」(1966年)のサントラを手掛けた作曲家。「SARAVAH!」というタイトルは、その映画の中で使われた言葉だ。

109シネマズプレミアム新宿では、本作の上映期間中に「男と女」をリバイバル上映している。また、アンコールで珍しい曲「四月の魚」が演奏されたが、それが飯尾のリクエストだったことも明らかに。「SARAVAH!」の世界と雰囲気を切り替えるには良いのでは?と提案したそうで、その結果、ライヴで初めてこの曲が演奏されることになり、ファンには嬉しいサプライズになった。

そうしたコンサートの裏話のなかに、「打ち上げをすると幸宏さんの周りにはいつも人が集まってたけど、本人は照れ臭そうにしていたね」(佐橋)と高橋の人柄を忍ばせるエピソードが飛び出したりも。大変なライヴだったけど思い出すのは楽しいことばかり、と語り合う3人のトークを通じてライヴ映像への期待が高まった。

そして、本編の上映。コンサートには行ったし、すでに映像作品も見ていたが、新鮮な気持ちで作品に向き合えた。やはり、まず驚かされるのは音の良さだ。スクリーンに映し出された楽器の音、一つ一つが聞き取れる。

トークショーで飯尾が言っていたが、実際のライヴのような生々しい音ではなく、映像作品としてのクリアな音なので映像に没入できる。ラウドでありながら細やかなサウンドという、この映画館ならではの音響体験が味わえた。そして、大画面で見ることで、プレイヤーの指の動きや表情がはっきりわかるのも見どころだ。例えば高橋と林のツインドラムで聞かせた「Maji」。恍惚とした表情を浮かべて演奏する林と、集中しながらもクールさを失わない高橋の表情のコントラストが印象的だ。

そして、素晴らしいプレイヤーたちが演奏を繰り広げるライヴを見ながらも、気がつけばアップになった高橋の表情や仕草、言葉を追いかけていた。映画館で上映されることで、この作品は単なるライヴ映像ではなく、高橋幸宏の主演映画になった。本編の映像が流れる前には、軽井沢で愛犬パスカルと過ごす高橋の姿を記録したショートフィルムを上映。それが美しいエピローグになり、観客は高橋幸宏という稀有なミュージシャンと出会えた喜びを改めて感じた。

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