(左から)上森祥平、林七奈、田村安祐美、小峰航一
2024年3月26日(火)大阪・あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール にて、『G.A.コンサルタンツ クラシック・スペシャル バルトーク:弦楽四重奏曲全曲&弦楽四重奏曲傑作選 第1回(全6回)』が開催される。この度、出演者インタビューが届いたので紹介する。
野心的かつ挑戦的な試みだ。ヴァイオリンの林七奈と田村安祐美、ヴィオラの小峰航一、チェロの上森祥平という4人の名手で構成される「関西弦楽四重奏団」が、バルトークの6曲を軸に据えた、壮大な演奏会シリーズ(全6回)をスタートする。とかく「難解」と敬遠されがちなバルトークの弦楽四重奏曲。しかし、「とにかく聴いてもらえさえすれば必ず、面白いと思ってもらえるはず」と口を揃える。もうひとつの柱となるのは、「弦楽四重奏の祖」と位置付けられるハイドンの、《皇帝》をはじめとするタイトル付きの作品。さらに、毎回、室内楽史においてエポックメーキングな傑作を添える。「CDを聴くのとは全く違う、ライヴならではの興奮を」。4人は意気込んでいる。
「次は、バルトークを」と最初に提案したのは、林だったという。「私たちもそこそこの年齢になってきたので、弾けるうちに弾いとかないと…」と苦笑し、「なかなかハードルは高いけれど、音楽家として、たとえハードルは高くても、『ベートーヴェンのカルテットは全曲やりたい』というのが、まずありました。それが終わって、“次”は、やはりバルトークかな、と…。『ぜひ触れたい』と憧れている作品なので、音楽家として『最大限の努力をしつつ、ぜひ弾いてみたい』と純粋に、本能的に思ったんです」と真剣な表情で語る。
ヴァイオリン:林七奈
聴き手からは、敬遠されがちなバルトーク。しかし、「東欧圏の音楽が好きで、実際によく行くのですが…バルトークのお弟子さんから『彼は、こう言ってたよ』みたいな話を実際に聴いたりして、私にとっては、モーツァルトやベートーヴェンよりも“近い人”なんです」と田村。「日本人が全然知らない民謡を聴いても、なぜか共感できますね。バルトークは、そんな“知らない音楽”の東欧版みたいな感覚。決して学術的ではなく、民謡が音楽の中に組み込まれている。人々の息遣いが、生活があって、そこから生まれた音楽です。だから濃厚で、熱量が高い。特に関西の人には、きっと気に入っていただけるはず」と自信を見せる。
「例えば、ドビュッシーにも、今の音楽に通じる響きがあると思いますが、バルトークは、さらに先の響きですね。これらを受け継ぎ、新しい光も見える。その希望がたまらない」と語るのは上森。有無を言わさず引きつける力がある一方、ヨーロッパの中心とはちょっと違った文化が混ざっている。バルトークの音楽って本当に魅力的だし、本当にそれを伝えられるべき。私たちは、濃い音楽であればあるほど、力を発揮するアンサンブルなので、またちょっと違った魅力が引き出せると思います。それを大阪でできるのは、とても良いこと。画期的ですよね。それに、やはり大阪っぽい…」と笑う。
チェロ:上森祥平
そして、小峰は「バルトークの『ヴィオラ協奏曲』は、私には最も大事な作品のひとつなのですが、究極的には『弦楽四重奏曲を全て弾かないと、理解し切れない』とも言われるくらいだったので、やりたい思いはずっとありました。そもそも、カルテットの分野においては、ベートーヴェンが凄すぎたために、その後の一時期、誰も書かなくなってしまいました。それを打ち破ったのがバルトークとショスタコーヴィチです。実は、バルトークはチェルニーに師事していて、そのチェルニーは、ベートーヴェンの弟子。つまり、バルトークは、ベートーヴェンの“直系”で、彼も“後継者”を自認していたそうです」と明かす。
バルトークの全6曲は、それぞれが個性的だ。「第1番は後期ロマン派に、自分の音を少し入れて…実験している感覚があって、調性感もぼんやりとあります」と小峰。「でも、第2番になると、途端に“ワープ”してしまう。はっきりと調性の離脱を意識しています。第3番では、特有の強烈なリズム遣いが登場。第4番は『バルトーク・ピツィカート』(はじく際、指板に弦をぶつける)の指示が初めて出てくるなど、『あらゆる技法を試そう』という感じ。第5番では古典回帰が始まり、穏健と絶望が拮抗。第6番は各楽章の冒頭に「メスト(悲し気に)」と書かれています。バルトークはこの曲の完成の後、アメリカへ渡りますが、それから4曲しか残していません。これは、実質上の遺作ですね」と説明する。
シリーズで毎回、ハイドンの傑作を対置することを提案したのは小峰。「プログラムを常に、たくさん“妄想”しているので…」と笑い、「バルトークは、実は伝統に深く根付いていて、それを彼自身が変容させていった。ベートーヴェンも、モーツァルトも常に彼の中にあったけど、でも『オーストリア・ハンガリー帝国』という枠組みを考えると、ハイドンとバルトークの組み合わせがいいかな、と…」。
ヴィオラ:小峰航一
第1回では、さらに、ドビュッシーの傑作を組み合わせる。「両者の「橋渡し的な存在であり、バルトークの作品へ影響を与えている」と小峰。第2回以降も、ラヴェルやスメタナなど、多彩な作品をカップリング。音で時空を超えてゆく感覚が味わえそう。さらに、「若い人にこそ、聴いてほしい」(林)と、一般の半額で入場できる学生割引チケットを、初めて用意する。
正式な結成から12年目を迎えたが、4人は「あっという間だった」と口を揃え、「それこそ、10周年も忘れていたほど…」と笑う。大阪交響楽団コンサートマスターの林をはじめ、オーケストラの要職にあったり、ソリストとして活躍したりと、多忙を極めるメンバーが練習スケジュールを合わせるのも大変だ。「でも、プロの演奏家でありながら、どこかで『自分たちも楽しみたい』という気持ちが常にあります」と林は言う。
ヴァイオリン:田村安祐美
田村も「この4人でなかったら、カルテットの活動をしていなかったと思います。皆で勉強した曲がたくさんできて、今、すごく嬉しいんです」と話す。「曲を再演する場合、一からではないにせよ、以前は二くらいから“やり直す”感じでしたが、最近は不思議に『すっと入っていける』感覚になりました」と上森が言えば、林は「細く長く続けることに、きっと意義がある。これは、単発の寄せ集めカルテットでは、生まれない感覚だと思います」。
オーケストラ活動にフィードバックする部分も大きいという。「ベートーヴェンのカルテットを全曲やった前と後とでは、シンフォニーを弾く時の感覚が全く違う。様々な楽器の色んな旋律が、全く違った風に聞こえてくるんです。毎年、何回も弾く第九にしても…」と林が話すと。田村が興奮気味に「すごく感動するよね!」と同意する。そして、「10年以上やって、『これが変った』とは明確に言い表せないんですが…4人で弾いていると、『今、とても大切なことを表現している』という、不思議な“声”が聞こえる感覚になることがありますね」と上森。「コロナ禍を経て音楽活動に復帰できて、凄く楽しいと感じたし、そんな思いを深めてこられて“幸せの10年”って感じですね」と小峰が言うと、他のメンバーが「カルテット、好きだよね」「楽しいよね」と口々に語った。
このシリーズを、どう聴いてほしいのか。「難解な楽曲だからこその“苦み”って、それが、すなわち旨みだったりするじゃないですか。お抹茶も苦いけど、おいしい。そして、バルトークも、苦い中に面白い要素が、たくさん詰まっています」と小峰。「これは絶対に、一聴して『つまらない』と思ったらストップ・ボタンを押せてしまうCDでは味わえません。『いざ始まったら、ちゃんと皆で終われるか』という緊張感もあるし、演奏会じゃなければ、絶対に魅力は伝わらない。ライヴで聴いてこそ、“入って来る”作曲家だと思います」。すると、林が「バルトークをひとつずつというステージの機会は、そう多くないと思います。この機会を、ぜひ逃さないでいただきたいですね」と言葉を重ねた。
取材・文・撮影=寺西 肇/音楽ジャーナリスト